――焔が消えたあとの大地は、いつも静かだ。
先代魔王との大戦が終わり、荒れ地は息を潜めていた。
英雄たちは去り、軍勢は引いた。
だが、戦いの名残は蠢き続ける。
白角はただ一人、砂の上に立っていた。
角に乾いた風が当たり、小さな砂粒が流れていく。
そのとき、泉に近い岩場で、ひときわ鋭い咆哮が響いた。
影纏いの砂狼――
戦火に焼かれ、陽光を拒んだ獣たち。
影に沈み、血を啜り、理性を削ってなお生き延びた群れ。
飢えと狂気と、生への執念。
それらが、命の匂いを嗅ぎつけて近づいてくる。
「……陽の光は苦しいだろう。
陽光に焼かれ、影にも堕ちきれず。哀れなり」
白角は腰の杖を静かに持ち上げた。
その表情は哀しみと責を帯び、怒りはなかった。
「来るがいい。
その命に終幕を……この手で弔ってやる」
影が揺れ、砂が跳ねる。
砂狼たちが一斉に跳びかかった。
白角の衣が揺れる。
骨折れる音、光の閃き、砂の赤。
「炎よ、渦を描き舞い上がれ、しかして我が手にて槍と成さん……疾走れ、フレイムランス」
炸裂した炎の槍が影を裂き、肉を焼く。
陽光に弱い影纏いには、致命の焔。
続く一匹が背後の闇から迫る。
白角は杖を反転させ、石突でその顎を砕いた。
詠唱魔術師でありながら、動きは剣士の老練。
「……まだ来るか」
残った砂狼は、恐怖と飢えの狭間で揺れ、
それでも家族の影を背負って跳び込んできた。
戦いは長くはなかった。
戦とは、時にひどく短い。
すべてが終わったとき、
白角は膝をついた砂狼の骸に手を添え、静かに祈った。
「おまえたちは弱さではなく、生きたいがために影へ落ちた。
ならば――その骨、無駄にはせぬ」
骨を集め、灰を払う。
その動作はまるで、友の亡骸を拾うかのようだった。
「かつて影を追い、光に怯えた者たちよ。
その命の残滓で、願わくば……かの勇者の一族を守れ」
白角の指先から、静かな炎がにじむ。
砂漠の夜風がその祈りを包み、消した。
――そして時は巡る。
影はまた世界のどこかで芽生え、
光はまた誰かの胸に宿る。
砂に埋もれた骨が、わずかにきらめいた。
それは眠るように、しかし確かに未来を待つ光だった。
* * *
焚き火の灯りが、夜風に揺れる。
白角は膝を折り、掌に抱いた骨片をそっと布に包んでいた。
その前に立つ少年は、拳を握りしめている。
黒銀の影を背負いながら、瞳にはまだ幼い光。
アルトリウス。
白角は、かつてブレイブを導いた時と変わらぬ静けさでその名を呼んだ。
「……勇者の息子よ。
おぬしの中にある光は、今の魔王には眩しすぎる」
少年は目を伏せる。
自分の中の勇者の血が、魔王を追い払い母の邪魔をするかもしれない恐怖。
胸の奥で、影がそっと揺れる。
「しかして希望はある。
光を消すな。
光を捨てるな。
ただ――いまは、これを持ち、光を影に納めて歩け」
白角は骨片を指先で結び、小さな匂い袋を形にした。
香草の煙が淡く揺れ、砂色の布から影が滲み溢れる。
「これは影纏の骨による影の衣。
生きるための夜。
光が歩むための“待つ力”よ」
アルトリウスの手のひらに、温もりの残る匂い袋が乗せられる。
「いつか、おぬしの光が世界を照らすその時まで。
必要なのは、焦らぬ心だ」
火がひときわ強く揺れ、影が二人を包む。
ローエンはやや離れた場所で、静かに息子を見守っていた。
少年の指が、そっと匂い袋を握る。
その小さな手に、未来の重さと優しさが同時に宿る。
影を纏い、光を抱いて。
魔王討伐の旅は、この町で――静かに始まったばかりだ。
今回は、静かな一幕でしたね。
アルはまだ未熟ですが、それでも前へ進もうとしています。
魔王へ向かう道は険しいけれど――
どうかこれからも、そっと応援してあげてください。