ブレイブアフター   作:わしのシアン

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昨日は更新が空いてしまいました。
覗きに来てくださった方、ありがとうございます。
今日は静かな旅立ちの朝をお届けします。


第7話 旅立ちの朝――影を纏いて砂漠へと

 天幕の布を押し分けると、夜と朝が混ざり合う空気が流れ込んだ。

 冷たい風と、ほんのわずかな光。

 砂の世界はまだ眠っているのに、どこかで確かに、今日が始まろうとしていた。

 

 アルトリウスの心が、そっと熱を帯びる。

 旅はもう始まっている――そんな確信とともに。

 

 アルトリウスは、衣の内側に下げた匂い袋をそっと握った。

 影纏いの骨で作られた、小さな守り袋。

 白角から託された、光を忍ばせる夜の衣。

 

「……少し、冷たいね」

 

「きっと影だからさね。あんたの光を隠すんだもの」

 

 隣のローエンが肩をすくめる。

 その声に棘はないが、どこか遠くを見ているような響きがあった。

 

 アルトリウスは息を吸い込む。

 今日から、砂漠へ向かう。

 魔王の眠る遺跡へ――人々の帰る場所を取り戻すために。

 

「母さん、行こう」

 

「せっかちだねぇ。旅ってのは、出る前の挨拶から始まるって言ったじゃないか」

 

 言いながらも、その瞳は静かに揺れている。

 見送られる側の宿命。

 過去も今も、ローエンはいつも離れていく誰かを背に受けて歩いてきた。

 

 だからこそ、旅立ちの朝は胸が少し痛む。

 

 そこに、ぱたぱたと小さな足音。

 

「アル! おはようなの!」

 

 振り向けば、ルーナが尻尾をふるふる震わせて走ってきた。

 息が弾んで、舌っ足らずな声が愛らしい。

 

「いくの? ほんとうに、いっちゃうの?」

 

「うん、行くよ。でも——」

 

「かならず、かえってくる? やくそく、できる?」

 

 その大きな瞳が、揺れながらまっすぐに見つめてくる。

 アルトリウスは、少し驚き、それから笑った。

 

「帰るよ。約束する。

 砂漠を取り戻して……また剣のお話をしよう」

 

「うんっ! ぜったいだよ、まってるよ!」

 

 ルーナは腕を大きく広げ、そのままアルの腰にぎゅっと抱きついた。

 全身で信じてくれるその温かさが、胸に染みた。

 

 ほどなく、ルーナの父ガルドが無言で近づき、深く一礼する。

 言葉はない。

 だが、握られた拳と、揺れた瞳の誠実さがすべてを語る。

 

 続いてファラが一歩前へ。

 両手で包むように、水袋を差し出した。

 

「……砂漠の砂は、その身の乾きを招きます。どうか……どうか、二人揃って無事に帰ってきて……」

 

「ありがとうね、ちゃんと使わせてもらうよ」

 

 ファラの指先が少し震える。

 水袋は、帰りを信じる願い。

 それを手渡す母の想いは、ローエンにも痛いほど分かってしまう。

 

 ローエンは横で静かに息をついた。

 

(まったく……優しい人たちだねぇ……

 聖堂の坊主どもにも、一度この砂を噛ませてやりたいねぇ。

 喉が裂けるまで、乾きってのがどんなものか、思い知ればいい)

 

 この温かさを振りほどいて前に進むなんて、昔の自分はどんな顔をしていただろうか。

 ブレイブと背中合わせで駆け抜け、傭兵や商人たちの死を見続けた日々。

 親しい人々ほど、手の届かぬ場所へ行ってしまうのを、知っている。

 

 でも——だからこそ……

 

「ほら、行くよ。いつまでも泣かれっぱなしじゃ、旅が始まらないだろ」

 

 ローエンはアルトリウスの背を軽く押す。

 その手には、過去よりも、未来への期待が宿っていた。

 

「行こう、母さん。僕らの道を」

 

「ああ。行こうか」

 

 朝日が地平の縁で震え、泉の水面に金色の波を落とす。

 光はやわらかく、影はまだ薄い。

 アルトリウスは光を抱き、ローエンは影をまとい——二人の影が、ゆっくりと伸びる。

 

「アルっ! ルーナ、いい子にしてる! だから、ぜったいに、かえってきて!」

 

「もちろん。必ず、僕は君のところに戻ってくる。待っててね」

 

 少年の返事に、未来の音が響いた。

 

 泉の光が二人の背を押す。

 影を纏い、光を隠し、砂漠へ向かう道を踏みしめる。

 

 魔の国の人々を救うため、二人の旅は静かに、しかし確かに、再び始まる。




静かな章にお付き合いくださり、ありがとうございました。
アルはまだ小さな歩幅ですが、確かに前に進んでいます。

どうかこのあとも、彼らに温かな目を向けてください。
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