TS球体関節人形になった元勇者、元仲間に洗脳された少女だと勘違いされる 作:ギゴン兄弟
あの会話の席から離れ、冷静になれと自分に暗示して考えた結果セシルに思い浮かんだのは――失望、だった。
ごまかそうとしても、ごまかしきれない大きな失望。
こんなにも心が乱れたのは、彼にとって初めてだった。
誰も信じてくれない。
何年も命を預け合ってきた仲間たちが、目の前の自分を本当のセシルだと信じてくれない。
その事実が、何よりも辛かった。
「お、おい、セシル待て!」
ソルティアの声が背後から響いた。
けれど、セシルは振り返らず、駆け出した。
慣れない新しい身体で石畳を蹴り、ただ前へと進みだす。
夕暮れの街に出た。
人々は穏やかに歩いている。
布袋にたくさんの果物を入れて歩く婦人。
仕事帰りだと思われる男たち。
手を繋いで歩く親子。
その中を、悔しさいっぱいにセシルは全力で走り抜けた。
「……えっ?」
「どうしたの、あの子……?」
「なんだなんだぁ」
店が並ぶ、人通りの多い道でみんなが歩いている中、こんな必死に走っているのは俺だけだろう。
通行人たちが思わずと言った感じで、俺を見た。
ざわめきが背後に広がるのを感じた。
それでもセシルは、なおも走り続ける。
俺が何したってんだ。
なんで俺ばっかりこんな目に遭わないといけないんだよっ!
いくら走ろうとも息切れをしない体が、自分が人でなくなったのを嘲笑うかのように突きつけてきてくる。
なんだよっ!なんだよっ!なんなんだよっ!
しばらく走ってやがて、足が止まる。
目の前に広がるのは、夕暮れの広場。
店が並ぶ商店街からいつのまにか噴水のある広場に出ていたらしい。
「――よってらっしゃい、見てらっしゃい!」
吟遊詩人の声が、広場に響き渡る。
観衆が集まり、ざわめきが波のように静まっていく。
疲れたわけではない。
人形だから、今の俺に疲れるという概念は無いようだから、息も全然上がらない。
広場を埋め尽くすように人が集まりこれ以上進めない行き止まりの状態だったのだ。
元々どこに行こうとも決めていない衝動的な行動だったため、俺は群衆の後ろに立ち尽くすしかなかった。
「十年前の奇跡を歌として皆に届けよう!
魔王が世界を脅かしていた時代、魔王を討つために立ち上がった歴代最高と謳われる五人の英雄譚を――」
どうやら俺がちゃんと勇者のセシルだった頃の活躍を唄っているらしい。
まぁまぁ、盛られてるような気もしなくもないが、嫌な気にはならない。
こんな所で油を売っている場合じゃないのに、耳を傾けざるをえなかった。
しばらくは良かった。過去に想いを馳せて懐かしみ、仲間たちが世間からどのように思われているのかを聞くのはささくれた俺の心を少し和らげた。もっとも懐かしむという表現があっているかは分からない。セシルの認識としては魔王に石化されたのはつい最近のような感覚なのだから。
それでも現実逃避するにはちょうど良かった。
吟遊詩人からある発言がされるまでは……。
吟遊詩人は懐から一枚の紙を取り出し、掲げる。
「そして、これこそが! 十年の時を経て帰ってきた勇者様のお姿!」
紙に描かれた“勇者”の肖像が掲げられる。
黒髪に鋭い瞳、剣を携えた堂々たる立ち姿。
まただ。
……違う。
仲間だけでなく俺らが守ろうとしてきた世間もそんな事を言うのか。
もうやめてくれ……。
「これはただの想像画ではない。写実魔法が優れた友が実際に帰ってきた勇者の実物を見ながら描かせたものだ。
十年の眠りを経た勇者様が、今まさにこのように立っておられるのだ!」
そんなわけがない。
実際に帰ってきた勇者を描かせたのなら、青年ではなく少女を模した人形になっているはずなのだ。
なのに……どうして。
群衆の熱は吟遊詩人の持つ一つの絵によってさらに熱狂していた。
お祭り騒ぎだ。
祝い事だ。
十年越しに勇者が戻ってきたと。
ただ、その本人なはずの俺は蚊帳の外らしい……。
俺は、俺の顔をした俺じゃない奴の絵をキッと睨みつけながら小さな声が漏れた。
自然と服の布をぎゅっと掴む力も強くなる。
「……違う。あんたらが盲信しているのは偽物だ」
◇
紙に描かれた“本来俺があるべき姿の勇者像”は、まるで俺自身を否定するかのように輝いて見えた。
その光が憎い。羨ましい。
そして何より――耐えがたいほどに、悲しかった。
人々の喝采を背に、俺は群衆をかき分けるように走り出す。
俺は人にぶつかり、押され、転びそうになりながらも、ただ必死に再び駆け出した。
俺が人形になっただけでも驚きなのに、なんで俺の元の姿をした得体の知れないやつが同時にいるんだよっ。
意味わかんないっつーの!
あんな意味不明なやつに俺が務まってたまるか。
リュートの余韻が広場に響く中、俺はただ一人、己の存在を心で叫ぶ。
俺はここにいる……!
しばらく無心で走った。そのおかげで広場からある程度離れることができた。
しかし広場が行き止まりだったとはいえ、商店街まで引き返すことになってしまった。
とはいえ、あのまま、あの場にいたら、俺の心は壊れていた。
本来自分が浴びる声援を自分ではなく、どこからきたかも分からない、身元不明の元の自分そっくりの人間が浴びるという居心地の悪い状況は、俺でなくとも当事者になれば逃げ出したくなるだろう。
人気のない商店街の路地裏に入る。
そして、膝をつき、うずくまる。
人形なので、泣きたいのに、泣けない。
そのことすら、情けなく感じる。
「セシル!」
しばらくそうしていたら、聞き馴染みのある声がした。
視点の定まらない目で、顔をあげる。
ソルティアだった。
息を切らしながら、ソルティアがやってきていた。
「探したぞ……。君ってやつは……こんなところに居たのか……」
「もう……ほっといてくれ……俺にかまうなよ」
「それは無理な相談だ。勇者、セシル」
俺はハッと馬鹿にしたように笑う。
「勇者?誰が勇者だよ、俺はそんな大それたもんじゃねぇって事が、仲間や世間のおかげで身に染みた。俺は勇者だと思い込んでいる一般関節人形だという事がよーく分かったんだ」
「そんなはずない、僕は確実に君の石像から魂を抽出して人形に移しかえた。だから君の石像には魂がない抜け殻の状態なんだ。そんな抜け殻が動き出すわけがない」
「そんなこと言ったって、動いてんじゃんかよ」
「あぁ、レアナ達が言っていた件か。君を探している時に耳にしたんだが、商店街のご婦人方もその話で持ちきりの様だった。あの件は確かに問題だな。ここに君がいるのに、世間が認知しているセシルはどうやら君の元の姿をしているらしい。僕ら以外が集団幻覚を見てるのか、それ以外かはよく分かっていないがとにかく異常事態なのには変わりない。信じられんが、君の抜け殻は、何故か石化が解けてそれまた何故か動いているという事が可能性としてあるのだろう。……そこでだ、それを確かめに君の石化した身体が保管されている王城に行きたい」
信じられないのは俺が人形になってる所からだよっと、一人心の中で突っ込む。
「勝手に行ってくれ、もう、俺はどうでもいいさ。認めたくないが……俺が偽物で今みんなが話題にしているのが本物だったってオチさ」
俺は手をひらりひらりと振り、また顔を膝の間に埋めようとした時だった。
「セシル!」
強い声が俺を呼んだ。
いきなりの大声に肩をビクつかせ、気重にまたソルティアを見た。
ソルティアは凛とした目つきで俺をまっすぐ見ている。
こんな真剣な顔は今までに一回しか見ていない。
魔王と戦った時だ。
しばらくどちらも口を開かず、耳に痛いほどの沈黙が続いた。
たまらず俺は口を開く。
「なんだよ……」
「君は世間や仲間に本物の勇者セシルだと信じてもらえないと思っている」
「は?その通りだったじゃないか、何を今更」
「一部誤りがある、訂正してもらいたい!」
また大きな声で叫ばれる。
俺は困惑する。
「訂正してもらいたいっていうが、するところないじゃんか」
俺がそう言い返すと、ソルティアは一呼吸を置きハッキリと言った。こんなにハキハキ大きな声で喋る人間だっけなとキャラ崩壊を疑うくらいだ。
「僕が居るじゃないか、セシル!!」
「は……?」
俺は呆気に取られる。
「誰もが信じていない中、僕が、僕だけが君は本物の勇者だと……勇者セシルだと知っている。いや、信じている!」
「……え、いやだってそれはソルティアが……」
「そんなの関係ないっ!世界中が敵になろうと僕だけはセシル、君の味方でいるつもりだし、例え、僕の立場が君を人形にした立場でなく、他の仲間のような立場だとしても君が本物のセシルだと信じていた!」
「そんな、たらればの話をされても……」
「僕が信じたって言うなら信じたんだ!」
「はぁ……」
まるで小さい子の駄々こねのような発言だ。
大人の男性エルフが発言していいことじゃない。
なんというか、ソルティアの迫力に圧倒されて、同時に呆れも込み上げてきて俺の悲観的な気持ちは、徐々に薄まっていった。
そんな俺に、ふっと表情をやわらげたソルティアは手を差し伸ばしてきた。
「このような妙な状況になっているのなら、何故こうなっているのかを探って、対策し一緒に打開しよう。今のような状況がいいはずなわけないからね。それに君ならできるさ。様々な困難な状況を打開するってのは――君が今までしてきたことじゃないか」
俺はその手を、冷たい人形の手で確かに掴んだ。
それを支えに地面に座っていた俺は立ち上がる。
そして自分の気持ちに整理をつけるべく、数分間目を瞑り、ただただ立ち尽くした。
目を開ける。
心が決まった。
せっかく世界を守って、その後復活したのにこんな扱いを受けるなんて性に合わない。
今起こっている事を把握して、事態の解決を図ろうじゃないか。
絶対にだ。
それを実行するには、俺だけじゃ心許ない。
だから――。
「――まぁ、なんというかソルティア、俺は人形になった事を飲み込むのにすら精一杯なのに、加えて俺の偽物が居るってことで完全に心を乱していた。申し訳ない」
「そんな、謝らないでくれ。そうなって当たり前だ」
「そこで……その……ソルティアに頼みたい事があるんだけど……」
「どうしたんだい?」
俺は覚悟を決めて言葉を口にした。
「俺に……協力して欲しい」
ソルティアはその言葉に首を傾げる。
んん……?んんんん?
いやわかんない。
なんだ、その反応。
なんでここで首を傾ける事になるんだ。
これはどっちで捉えればいいんだよ……。
YESかNOかで答えろよ。そもそもソルティアにとってはそれ以前の問題だったのか?だから不思議そうにしてるのか?
そう思っていた俺にあっさりとした言葉が返ってきた。
「そのつもりだったが……?だってさっき僕も一緒に打開しようと言ったばかりじゃないか。人の話はちゃんと聞いとくべきだよセシル」
「あれ……そうだっけ……?今日1日色々ありすぎて頭があまり回ってないかも」
「今日はもう休もう……君は人形になったが、休まなくていいわけじゃない。ちゃんと休んで、明日から調査を始めるべきだ……」
「そうだな、そうするよ。肉体は疲れていないけど、精神はやばいほど疲れた。俺にとっては魔王討伐の件があってノンストップでこれに巻き込まれてる感覚なんだ」
「そうだったのか、それはすまない。そこまで配慮できていなかった」
「まぁ、いいよ。それより、改めてよろしくな、ソルティア」
俺はそう言って人形の身体なので表情の作りずらい顔で、一生懸命にはにかむように笑って見せた。
「?」
何故かソルティアの顔が赤くなった気がした。