喧騒漂うキヴォトスの夜。ビルに設置されたディスプレイに映し出されるその報道を廃墟ビルの屋上から眺めていた。
『速報、シャーレの先生失踪』
この報道により、
連邦生徒会がマスコミや各学園から糾弾されていた。やめてくれ。彼女達は悪くない。悪いのは私だ。
私は右手を見る。鱗で覆われて、鋭い爪が生えた手。電源を消した携帯の液晶画面で顔を確認した。
顔部分にも鱗は侵食していて、右目は瞳孔が縦に伸びていた。言うなら爬虫類のような見た目だ。もう人間の姿をしていなかった。
「先生。以前に伝えたはずです」
背中を射抜くような声が後ろから聞こえた。
「く、黒服」
顔がひび割れた漆黒の男が立っていた。
「大人のカードの代償ですね。強力な分、代償も大きいのです」
聞いていたが、まさかこれほどのものとは思わなかった。自分の読みの甘さにため息が漏れた。
「どうするおつもりですか?」
「とりあえず生徒に見つからないようにする。だけど仕事は放棄しない」
闇の中から生徒を助ける。昔、映画で見たダークヒーローみたいだ。
「これまで以上に茨の道ですよ」
「分かっている。でもやらなきゃ。私は先生だから」
「そうですか。ではお元気で」
黒服は夜の闇に消えた。
それから私は陰で動き始めた。ブラックマーケットにいる連中や生徒達に危害を加えようとする大人達を消していった。
継ぎ接ぎの布で三メートルほどに巨大化した自分の身を隠しながら過ごした。
この体になってから、身体能力が上がったため、前線に立つことも出来た。世間では未だに私の捜索が続いている。いつしか私の噂が立つようになった。
『夜の怪物』クロノス報道部からのニュースでそう呼ばれるようになった。夜に活動して、暴れているからだろう。
アロナとプラナは時折、涙を浮かべながらこれ以上戦うのをやめてほしいと説得を持ちかけてきた。彼女達に申しわけないが化け物になろうと先生を辞めていい理由にはならない。
寝ても冷めても生徒達の事ばかり頭によぎる。私に関する報道を見るたび、私の名前を呼ぶ生徒を見るたび、心が痛む。
時間が経つにつれて、姿も変わり始めた。片目だけだった異常も両目になった。体も鱗に覆い尽くされて、人間であった証の肌色の皮膚も見えなくなった。
「がはっ!」
口から黒い血を吐くようにもなった。もう姿は完全に人のそれではない。自分の変化が溜息を零しながら、いつも身を隠している廃墟へと足を進める。
誰もしない静寂に包まれた場所。元々、都市建設が押し進められていた場所だが計画が中断されて、今は立ち入り禁止となっている。
今は私にとっては恰好の隠れ家だ。疲れから倒れる形で硬い床に身を預けた。気が抜けたのか、肩甲骨辺りに痛みを感じた。近くの水溜りで確認すると血が流れていた。
どうやら撃たれていたらしい。なかなか痛い。だけどこの傷も明日には完治している。眠る前にモモトークを開くと多くの生徒達から雪崩のようにメッセージが届いていた。ほとんどは私の不在に対する心配と不安の声が多数寄せられていた。
ごめん。みんな。画面を落として意識を手放した。
次の日の夜。ブラックマーケットの地下にある空間で私は麻薬密売組織と戦っていた。
こんなものが生徒の手に渡ってしまったら、彼女達の未来が台無しになりかねない。なんとしても潰さなければならない。生徒に危害が及ばないように。生徒が出来るだけ平穏な日々を過ごせるように。
「ばっ、化け物!」
発砲する敵の攻撃をかわして、右手で切り裂いていく。もう一人の敵の銃撃を交わして、天井に逆さまに張り付いた。
爪を突き立てて、蜘蛛のように移動する。放たれる敵の銃弾を交わして、首を撥ねた。今まで生徒に指揮をする立場だったが、今では自分で敵対者を粛清している。
生徒のため。生徒のため。壊れたテープのようにこの言葉が何度も頭を巡る。組織を壊滅させた後、外に出た。
静かに光る満月を見ていると荒れていた心が静けさを取り戻していった。早く家に戻ろう。
「止まって」
私の動きを制するように聞き覚えのある声が鼓膜と静寂な空気を揺らした。
「こっちを向いて」
私は恐る恐る声のする方を向いた。世を憂いたような赤い瞳。首や手首に見える包帯。間違いない。私の生徒。戒野ミサキだ。
「あんたが巷で噂の夜の怪物?」
彼女が鋭い目で私を見る。私の血にまみれた爪先を目にして、彼女の目つきがさらに鋭利になる。
彼女の言葉に応じず、私は走り始めた。なんで彼女がここにいる。私の頭にはそのことばかりが巡っていた。
彼女が発砲した。私のすぐそばを。
「答えて。それとも答えられない?」
私は逃げた。彼女と交戦なんてしたくない。その思いに反するように彼女が銃撃を仕掛けてきた。
後ろから迫り来る銃撃を躱しながら、廃墟の中に身を隠した。近くには数分前、自分が手にかけた男達が転がっている。
漆黒の廃墟を進んでいると一気に明るくなった。それとともに物凄い速さで何かが横を通り過ぎた。
次の瞬間、壁に激突したそれは凄まじい勢いで爆発した。おそらくミサキが放ったランチャーだ。
私はあまりの衝撃で後方に吹き飛んだ。
その時、私の懐から何かがするりと抜け落ちた。シッテムの箱だ。シッテムの箱が私の後ろの床を滑っていく。
急いで取り行こうと立ち上がろうとした時、ミサキの姿が見えた。
「さあ、もう観念して……」
ミサキが何かが気付いたように言葉を止めた。彼女が何かを躊躇するような足取りでこっちに向かってくる。そして、静かにシッテムの箱を手に取った。
「これ。シッテムの箱。先生のもの。なんでこれを」
言葉が出てこなかった。自分の心臓が破れそうなくらい鳴っている。
「先生なの?」
彼女の瞳が揺れる。
「先生。こんなところにいたんだ」
ミサキが安堵感を含んだような声で問いかけてくる。意味がないと分かっていながらも思わず、体を縮める。
「先生でしょ?」
「……ち、がう。わ、たしはせんせいじゃない」
彼女の言葉を否定した。きっと無駄だと言う事も分かっている。しかしそれでも口にしてしまう。
「そう」
ミサキが一言呟いて、太ももに装着していた拳銃を抜いた。
そして、銃をこめかみに向けた。私は即座に彼女の元に駆け寄って、か細い手から銃を取り上げた。急スピードで走った為、息を切らした。
「ほら。やっぱり。先生だ」
「ずるいよ。ミ、サキ」
「みんな探してるよ? 帰ろう?」
「か、えら、ない」
「どうして?」
「こ、んなす、がた。せいとたちに、みせられない」
雨粒のようにぽつぽつと言葉を吐いた。彼女がゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。
胸の辺りに温もりを感じた。ミサキが私の胸に手を回していたのだ。
「は、な、し、て」
彼女は応じない。それどころかどんどん抱きしめる力が強くなっている。
「離さないよ。先生」
その声は僅かに震えていた。
「私は絶対に離さないから。今、私がこうして生きているのは先生のせいだから。変に希望持たせて。私に希望を見せた癖に自分は一人消えるなんて許さないから」
しばらくすると胸元に湿った感覚がした。同時に彼女が肩を震わせていた。
彼女の言う通りだ。生の苦しみにもがき苦しんでいた彼女に生きるように言ったにも関わらず、そんな人間が消えようとしている。なんて身勝手なことをしていたんだ。
彼女の抱擁に応じるように私も静かに抱きしめた。
それから私は彼女と一緒に暮らし始めた。学園都市から遠く離れた世界の隅っこのような場所。
「め、い、わ、くかけて、ご、めん」
「別に迷惑だなんて思ってないよ。私がいたいって言ったんだから」
「で、も」
「先生。もうその話禁止。次、話したら怒るから」
「わ、かっ、た」
私が頷くとミサキが私の体に手を回した。
「今まで先生は自分の身を犠牲にして私達を守ってくれた。だから今度は私が守る」
彼女の温かい言葉が胸に沁み渡った。
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