道の途中で“見たことのない扉”を見つける。
不思議と恐怖はなく、ただその向こうに呼ばれるような感覚に導かれ――
春香はその扉を開け、ゆっくりと中へ入っていった。
その先に広がっていたのは、自分の知っている世界に酷似した、けれど何かが違う世界。
友達も、先生も、家族も、性別がすべて反転している――
まるで“鏡の中の世界”のような、不思議な日常だった。
やがて春香はそこで、**自分と瓜二つの少年・新咲春人(しんざき・はると)**に出会う。
ただの夢のように思えたその出来事を境に、彼女の“日常”は少しずつ歯車を狂わせていく。
同じ学校、同じクラス、見慣れた風景。けれど——友人たちの姿も、先生の声も、家族の面影さえも、何かが「違う」。
そして春香の前に現れたのは、自分とどこか似た笑顔を見せる少年・新咲春人。
転校してきたばかりの彼との出会いが、春香にある“感情”を芽生えさせていく。似ているのに、同じではない。
違うのに、どうしようもなく惹かれていく…
第1話 出会い
新咲春香(しんざき・はるか)は焦っていた。
それもそのはず——今日は転校生がやってくる日。
しかも春香は学級委員を務めており、朝から準備で大忙しのはずだった。
にもかかわらず——
「遅刻遅刻〜っ!よりによって今日に寝坊するなんて!
もうっ、スマホのアラームのおばか〜っ!」
鞄を抱えて全力疾走。
息を切らしながら、いつもの通学路をショートカットするために、
学校裏の山道へと足を向ける。
「裏門からなら……まだ間に合うはずっ!」
そう言って駆け上がった、その瞬間――世界は暗転した。
何かが身体の奥で“ひやり”としたが、特に変化は感じなかった。
ただ、ふと隣を見た瞬間――そこにあるはずのない扉が立っていた。
「……なんで、こんな場所に?」
心のどこかで“開けてはいけない”と感じながらも、
それ以上に“入らなければならない”という衝動が、静かに胸を締めつける。
「学校に行かなきゃいけないのに……なんでだろう入りたくなってきたな…」
風が止み、世界が息をひそめた。
そして――
ギィ……。
古びた扉が、ゆっくりと音を立てて開いた。
春香の身体は、まるで何かに吸い寄せられるように前へと傾く。
そして――扉の中へ踏み出そうとした瞬間。
「そこに入ってはいけない!」
誰かの声が、確かに聞こえた気がした。
けれど、その声はすぐに風にかき消される。
――気のせい、だろうか。
そう思った次の瞬間、私の身体は勝手に前へ進み、
扉の向こう側へと消えていった。
はっ……と目を開けた。
まぶたの奥に残っていた光がゆっくりと薄れ、
気づけば――そこに“扉”はなかった。
目の前には、いつもの校舎裏。
そして見慣れた昇降口。
「……あれ? 夢、だったのかな。」
息を整えながら靴を履き替える。
昇降口のガラス越しに見える校庭も、朝の空気も、何も変わっていない。
それなのに、心の奥だけがざわついていた。
「……行かなきゃ。」
教室に入ると、ざわざわとクラスメイトたちの声
春香「はぁ……間に合った、かな……?」
担任「まったくもう。今日からあなたは学級委員なの、忘れたの?」
(春香、一瞬きょとんとする)
春香「え……先生?」
担任(女性・淡い声)「転校生が来るっていうのに、寝坊だなんて。全く、しっかりしてよね。
……まあいいわ。先生は迎えに行ってくるから、とりあえず授業の用意でもしてて春香さんよろしくね」
(担任が笑って教室を出て行く。春香はその背中を見送りながら、首をかしげる)
春香(心の声)
「……え? “先生”って、男の人だったはず……。
どうして……?」
(クラスのざわめきの中、春香だけが時間から取り残されたように立ち尽くしている)
春香「先生が戻られるまで授業の準備を」
(前の席の生徒がくるりと振り返る。ショートカットの“男の子”。)
前野「おはよ、春香。なんか顔色悪いけど大丈夫?」
春香「あ、う、うん。ちょっと寝不足で……。」
(内心)
「前野ちゃん……たしか、女の子だったはず……。」
(後ろの席の子が声をかけてくる。今度はポニーテールの“女の子”。)
後藤「委員長〜、今日プリント配るんでしょ?また私の分もお願いね。」
春香「……え、あ、うん。……(え? 後藤って、男の子だったような?)」
(心の声)
「どうして……みんな、少しずつ“違う”。
顔は大体似てる、けどどこか違う……。」
(春香は小さく息を呑み、黒板に目をやる。そこに貼られた“クラス名簿”の男女比が、明らかに逆転していた。)
(なにこれ…これじゃまるであべこべな世界じゃん…)
教室のドアが開き、担任が一人の少年を連れて入ってくる
先生「はいはーい、みんな〜注目! 今日から新しいクラスメイトを紹介するわねでは自己紹介、いってみよ〜」
転校生「新咲春人です。よろしくお願いします」
(その名前を聞いた瞬間、春香の心臓が一瞬止まった気がした)
「……え? 新咲?」
「うそ、春香と同じ苗字じゃん!」
先生「あらあら、本当ねぇ。春香さん? もしかして親戚かしら?」
春香「いえ……違います。」
先生「そう? あらまぁ偶然ね〜。しかも丁度、隣の席だわ! こんなこともあるのね〜」
(クラスがざわつく。春香は春人の顔をちらりと見る)
春香(心の声)
「顔も……声も……どこかで……いや、“私”に似てる?」
先生「それじゃあ春人くんのことは、休み時間にでもゆっくり話してあげてね。はい、それじゃ授業はじめま〜す!」
(春香はペンを握りしめたまま、隣の“自分に似た少年”をちらちら見つめている)
授業には集中出来なかった…
放課後。
春香は部活には入っていない。だから学校が終われば、あとは家に帰って宿題をして、お風呂に入って、ご飯を食べて、寝るだけ。
この単調なサイクルが、彼女の“いつもの日常”だった。
それゆえに、放課後という時間はどこか空っぽに感じる。
「今日も一日、半分が終わっちゃったな……」
春香はそんなことを思いながら、鞄を持って昇降口へと向かう。
そこで隣席の彼、春人に出会った。
「あれ?春人くん今帰り?部活の見学とか…」
「それは明日からにしようと思う。今日転校してきたばかりだしまだどこに入るか決めかねてるし」
うん、まだどこに入るか決めてなくて。」
春香「そっか。私、入って無いんだよね…帰り、よかったら一緒に帰らない?」
春人「……いいよ。」
二人は一緒に帰る事になった。
夕暮れ時の通学路
夕方の風が少し冷たく感じる。
春香と春人は並んで歩いていた。
沈黙が続く中、春香はふと街並みに目を向ける。
春香「……あれ?」
春人「どうしたの?」
春香(心の声)
(こっちは私の家の方角だ……春人くん、なんでこっちに)
「この道、私も通るんだ。」
春人「そうなんだ、僕の家もこの近くだよ。」
春香「そっか……。」
(そんな偶然ある?
いや、そもそも私と同じ苗字……しかもそんなに多くない苗字で、名前まで似てる。
そして——姿もどことなく、もし私が男だったら、きっとこんな感じなんだろうな……。)
春香(心の声)
「違う……“似てる”だけじゃない。
まるで、私がいた世界そのもの。
でも、ここには“私”がもう一人いる。」
春香「あなたを見てるとね、鏡を見てるみたいな気がするの。」
春人「……鏡?」
春香「うん。でも鏡に映ってるのは、少し違う私なんだ。」
春人「鏡か…確かに何となく春香は僕に似てる感じがするねまるで自分が女の子だったら春香みたいな感じがするね」
春香「もしそうなら……。ねぇ、春人くん。じゃあ、“自分”を好きになることって、恋なのかな?」
春人「恋って、誰かを想うことだろ?
その中に——自分も含まれているんじゃないかな?」
春香(心の声)
「もしこれが恋なら——
私、もう一人の“私”に恋してるのかもしれない。
だけど、これが恋だとしたら……
相手は、この世界における“自分”。
そんなの——」
(夕暮れの光がゆっくりと傾く。
二人の影は寄り添うように重なり、
やがてひとつの長い影となって伸びていく。)
春香(心の声)
「禁断の恋じゃん……」
(その声だけが、夜の色に溶けていった。)