護って!いちごちゃん!〜いちごパンティは見えてるか〜 作:ろくさん
気まずい沈黙が埃っぽいオタ研の部室に満ちていた。 桃瀬いちごはパイプ椅子に座ったまま、指先で自分のミニスカートの裾をいじくり回している。 視線は床の一点に固定されたままだ。
彼女の目の前。 ヨウくんの愛用だった机の上には、ノートパソコン(だったもの)の無惨な残骸が鎮座していた。 液晶は蜘蛛の巣状に砕け散り、キーボードはありえない角度に反り返っている。 先日のいちごの「ストロベリッシュ・パイプ椅子・クラッシュ」の爪痕である。
(うう……やりすぎたとは思うけど……) (でもあんな丸見えの履き替えてるとこ、保存されたままなんて絶対お嫁にいけないし……!)
いちごはちらりとヨウくんの様子を盗み見た。 当のヨウくんはまるで愛するペットの亡骸を前にした飼い主のように。 無表情のまま、砕けた液晶の「破片」をピンセットでそっとつまみ上げていた。
「(……あ、あのヨウくん……?)」
「……桃瀬さん」
「は、はいっ!」
ヨウくんの地を這うような低い声に、いちごの背筋がピシッと伸びた。 アホ毛が申し訳なさそうにしゅんと垂れ下がる。
「この僕の『
「(う……はい……)」
「そのあまりにも無慈悲な最期……」
ヨウくんはピンセットを置くと、静かにいちごの方を振り向いた。 その黒縁メガネの奥の瞳はいつも通りの無表情。 ……だったが。
「……君はどう責任を取るつもりだ?」
「ひっ!」 (こ、こわい! いつもの無表情が逆にこわい!)
「あ、あの! べ、弁償します! します……けど……」
いちごは自分のがま
「……ふむ」 ヨウくんはいちごのぺしゃんこながま口財布を冷静に一瞥した。
(……まあそうだろうな)
ヨウくんは立ち上がると白衣をバサリと羽織った。
「……仕方ない。買いに行こう」
「え?」
「新しい僕の『
「(え! 買ってくれるの!?)」
いちごの顔がパアッと輝いた。 (よかったー! ヨウくんやっぱり妖精さんだ! 太っ腹!)
「……ただし」
ヨウくんはメガネの位置をクイと直した。
「『弁償』はしてもらう」
「え?」
「……
ヨウくんの冷たい視線が、いちごの全身をまるで採寸でもするかのように、上から下までゆっくりと往復した。
「……君の『
「ひゃっ!?」 (な、な、何を言ってるのこの人!?) いちごは思わず自分の胸元を両手で隠した。
「……誤解するな桃瀬さん」 ヨウくんはため息をついた。
「物理的にPCがクラッシュしたことで、僕の『データ
「(……よくわかんない)」
「つまりだ。新しいPCが軌道に乗るまで、君には
「え? それっていつもと同じじゃ……」
「……『質』と『量』が違う」
ヨウくんは無表情のままいちごの耳元に顔を寄せた。 「(……例えば週三回の『
「いやああああ! わかった! わかったから! 協力します! しますから買いに行きましょう!」
いちごは顔を真っ赤にしてヨウくんの腕を掴み、部室から逃げ出すように飛び出した。 彼女は知らない。 ヨウくんのあの無惨に砕け散った
ヨウくんはいちごに腕を引かれながら、無表情の裏でほくそ笑んでいた。 (……すべて計算通りだ)
「わー! やっぱり商店街は活気があっていいね!」
いちごはすっかり(三秒で)機嫌を直し、放課後の賑やかな商店街をスキップするように歩いていた。 夕飯の買い出しに来た主婦たちの喧騒。 コロッケ屋から漂う香ばしい揚げ物の匂い。 八百屋の店先の叩き売りの威勢のいい声。 (※先日「ラップおばさん」との壮絶なMCバトルが繰り広げられた場所だがいちごはあまり覚えていない)
(……平和だなぁ)
いちごはその活気ある「日常」が大好きだった。 このご近所の当たり前の風景を護るためなら、あのちょっと恥ずかしい(というかかなり恥ずかしい)
「桃瀬さんはしゃぐな。……エネルギーの無駄遣いだ」
「えー! いいじゃん別に!」
いちごはヨウくんを振り返った。 その時だった。
キキキキィィィーーーーーッ!!!
鼓膜を引き裂くような甲高いブレーキ音。 そしてドンガラガッシャーン! という派手な衝突音。
「「!?」」
いちごとヨウくんが同時に音のした商店街の「アーケード(歩行者天国)」の入り口へと視線を向けた。 主婦たちの悲鳴が上がる。
「きゃああ!」 「危ない!」
二人が駆けつけると、そこには信じられない光景が広がっていた。
アーケードの入り口に無惨にもなぎ倒された
(……え?) いちごは目を疑った。 (……なんで車がこんな
「(……来たか)」
いちごの隣でヨウくんだけが冷静にその「車体」を分析していた。 (車種:プリウス。二代目。車体色:シルバー。損傷:多数。……間違いない。コードネーム:『敬老プリウス』)
ブオオオオン…… プリウスはエンジンをふかしたまま止まっている。 周囲の人々は恐怖で遠巻きに見ているだけだ。
やがて。 ウィーン……と運転席の窓がゆっくりと開いた。 中から現れたのは、推定年齢85歳。 シワだらけの顔に分厚い牛乳瓶の底のようなメガネをかけた小柄な老人だった。
「……なんじゃい」
老人――普利
「……クラクションなぞ鳴らしおって。……ワシの耳が遠いとでも思ったか」
「(……いや鳴らしたのは自転車の人じゃなくて、あんたが飛び出してきた大通りのトラックだよ……)」 いちごは心の中でツッコミを入れた。
「じいさん! ここは歩行者天国だぞ!」
コロッケ屋の店主が勇気を出して怒鳴った。 「車入ってきちゃダメだろ!」
「……はあ?」
臼三は心底意味がわからないという顔で店主を見返した。
「……ここは『近道』じゃろうが」
「「(近道!?)」」 いちごと周囲の全員が絶句した。
「ワシはな、もう七十年もこの道を通っとるんじゃ。七十年無事故無違反のゴールド
臼三はそう吐き捨てると再び窓を閉め始めた。
「(……ダメだこの人! 話が通じない!)」 いちごは戦慄した。
「(……桃瀬さん。
「(……どういうこと?)」
いちごが聞き返したその時。 プリウスが再び動いた。
ブオオオオン!
アクセルが思い切り踏み込まれた音がした。 だが車は前には進まない。 ギアがバック(R)に入っていたのだ。
「「「うわあああ!」」」
プリウスは凄まじい勢いでバックし商店街のアーケードの柱に激突した。 ガッシャアアン! アーケードの屋根がミシミシと軋む。
「(……あ、あぶない!)」
「……おお?」 臼三はようやく自分がバックしたことに気づいた。 「……いかんいかん。また間違えたわい」
彼はそう呟くと今度はギアをドライブ(D)に入れた。 そしてそのままもう一度アクセルを床が抜けるほど踏み込んだ。
「(……まずい!)」
いちごは叫んだ。 「みんな逃げてえええ!」
ブオオオオオオオオ!!
プリウスがロケットのように発進した。 いやそれはロケットのように制御されたものではない。 まさに「シルバーミサイル」。 制御を失った凶器そのものだった。
「きゃあああ!」 「助けて!」
買い物客たちがパニックになり我先にと左右の店の中へ逃げ込もうとする。 八百屋の野菜が蹴散らされ。 魚屋の発泡スチロールが粉砕される。 商店街は一瞬で地獄絵図と化した。
プリウスは
「(……あのままじゃアーケードの出口に突っ込む!)」 いちごは血の気が引いた。 アーケードの出口。 その先は大きな交差点だ。 そしてその交差点にはいつも。
「(……あ!)」
いちごは思い出した。 今日は金曜日。 地元の保育園の子供たちが「交通安全教室」の実地訓練で、あの交差点の横断歩道を渡る練習をしている日だ!
「(ヨウくん!)」
「(……ああ。まずい。……最悪のタイミングだ)」
いちごは走り出した。 商店街の裏路地を全速力で駆け抜ける。 暴走するプリウスを先回りするためだ!
「(間に合って……! お願い……!)」
(なんでこんなことに……!) (ただパソコン買いに来ただけなのに!)
ぜえぜえと息を切らしながら裏路地を抜ける。 視界が開けた。 アーケードの出口。 そしてその先の交差点。
いちごは絶望的な光景を目撃した。
「はーい! みんな手をまっすぐ上げてー!」
保育士さん(※ボイン先生ではないベテラン)に引率された黄色い帽子の園児たちの列。 小さな手を必死に上げて横断歩道を渡り始めようとしていた。
「(ダメ!)」
いちごが叫ぼうとしたその時。
ブオオオオオオオオ!!
アーケードの暗闇から。 ヘッドライトをぎらつかせた銀色の
「(……あ!)」
保育士さんが気づいた。 「みんな戻って! 危ない!」 子供たちがパニックになり泣き叫ぶ。
だが間に合わない! プリウスはブレーキを踏む気配すらない。 それどころかむしろ加速している! (※臼三はパニックになりブレーキとアクセルを踏み間違えていた)
「(……あ……あ……)」
いちごの足が止まる。 (ダメだ……間に合わない……) (あの子たちが……!)
(……いや)
(…………間に合わせる!)
いちごは最後の力を振り絞り交差点の真ん中へと飛び出した。 子供たちの列の前に立ちはだかるように。
(
いちごはカバンを放り投げた。 そのカバンが宙を舞う。 カバンがアスファルトに落ちるそのコンマ数秒の間に。 彼女は叫んでいた。
「プリティ! ストロベリー! チェンジ!!」
(……間に合えっ!!)
銀色のミサイル(プリウス)が目の前に迫る。 いちごの身体が淡いピンク色の光に包まれ始めたその瞬間。