護って!いちごちゃん!〜いちごパンティは見えてるか〜 作:ろくさん
「愛と正義の! プリティストロベリー!」
「ご近所の平和を乱すあなたに! お仕置き、です!」
プリティストロベリーの決めゼリフが、秋風に乗って交差点に響き渡る。
クラクションを鳴らし続けていたドライバーたちも、あまりに場違いな光景に、一瞬、音を鳴らすのを忘れた。
野次馬たちの視線が、一身に集まる。
ある者はスマートフォンを向け、ある者はあっけにとられ、そしてただ一人、ヨウくんだけが、その完璧な決めポーズの角度とスカートの翻り方を、冷静にデータとして記録していた。
櫓の上の山田は、数秒間の沈黙の後、腹を抱えて笑い出した。
「ギャハハハ! なんだそりゃあ! 『お仕置き』だあ? コスプレイベントなら場所をわきまえろ、このアマ!」
「イベントじゃありません!」
いちごは、すっかり「プリティストロベリー」の役に入り込み、キッと眉を吊り上げて反論する。
「私はご近所の平和を護るため、あなたを止めに来たんです! 今すぐその櫓を解体して、道を空けてください!」
「アホか! あと五分! あと五分でナナロクが来るんだよ! テメェみてえなガキの遊びに付き合ってるヒマはねえんだ!」
山田はそう吐き捨てると、いちごに背を向け、再びファインダーを覗き込もうとする。
その無関心な背中が、いちごの正義感にさらに火をつけた。
(無視する気!?)
(おばあちゃんが転んで、子供たちが怖がってるのに!)
「待ってください!」
いちごは叫びながら、櫓の金属パイプに手をかけた。
交通を麻痺させている、元凶。この違法建築物そのものを、どうにかしなければならない。
「登る気か、桃瀬さん」
少し離れた場所から、ヨウくんの冷静な声が飛ぶ。
彼は、いちごの「援護」のため、いつの間にか群衆の最前列近くに移動し、スマートフォンのカメラを構え直していた。
「うん! あの人を止めなきゃ!」
「待て! 桃瀬さん、右だ!」
「え?」
いちごが右を見上げたと同時。
山田が、櫓の上から、立てかけてあった巨大な三脚を槍のように突き出してきた。
「登ってくんじゃねえよ、邪魔だ! アングルが乱れるだろうがァ!」
「きゃあっ!」
いちごは咄嗟に身をかがめ、三脚の鋭い先端をかわす。
だが、その動きで、ひらりとミニスカートが大きく揺れた。
(よし、今だ)
ヨウくんは、その一瞬を見逃さない。
群衆に紛れながら、完璧なタイミングでシャッターを切る(※実際は録画ボタン)。
(分析:三脚による威嚇行動。回避時の仰角、三十度。イチゴ柄、鮮明。データ収集、継続)
「危ないじゃないですか!」
「うるさい!
山田は、もはや狂気に近い執念で、三脚を振り回す。
いちごは、アトラクションショーで鍛えた身のこなしで、それをひらりひらりとかわしていく。
「くそっ、ちょこまかと……!」
苛立つ山田。
その時だった。
遠くから、カン、カン、カン、と甲高い音が響き始めた。
(あ、踏切!)
いちごも、山田も、同時に音のした方向を見た。
交差点の先にある踏切の遮断機が、降り始めている。
山田の顔が、歓喜に歪んだ。
「来た! 来たぞ! 伝説のナナロクがァ!」
「(まずい! 電車が来ちゃう!)」
電車が通過してしまえば、この男の目的は達成されてしまう。
そうなれば、この大渋滞を引き起こした「迷惑行為」は、うやむやにされてしまうかもしれない。
(その前に、あの人を止めないと!)
いちごは、山田が電車に気を取られている一瞬の隙を突き、櫓のパイプを掴んで、一気に登り始めた。
「こ、コラァ! 登るなっつってんだろ!」
山田は慌てて、再び三脚を突き出す。
しかし、いちごはそれを足で蹴り上げ、さらに上へ。
白とピンクのコスチュームが、灰色の金属パイプを軽やかに舞う。
その姿は、まさにご近所を護るヒロイン。
……なのだが。
「お、おお……」
「すごい……」
下で見守る
当然だ。
いちごがパイプに足をかけ、体を持ち上げるたび。
ヨウくんが計算し尽くした「絶妙なスカート丈」は、その設計思想を遺憾なく発揮し、純白の生地に赤いアクセントが散りばめられた「イチゴ柄」を、惜しげもなく交差点の白日の下に晒していた。
「(完璧だ……!)」
ヨウくんは、無表情の裏で、打ち震えていた。
(計算通り、いや、計算以上のパフォーマンスだ、桃瀬さん! このアングル、この光量! まさに黄金比!)
彼のスマートフォンは、その一部始終を、高画質で記録し続けている。
「邪魔だっつってんだろ!」
いちごが櫓のベニヤ板に手をかけた、その瞬間。
山田が、カメラに装着していた外付けのストロボを掴み、至近距離で発光させた。
「きゃあああっ!!」
網膜を焼くような、強烈な閃光。
いちごは、思わず目をつむり、パイプを掴んでいた手を滑らせてしまった。
「あ……!」
体が、宙に浮く。
落下する、数瞬の浮遊感。
いちごは、咄嗟に片手を伸ばし、かろうじてベニY板の端に指を引っ掛けることに成功した。
「ふ、う……あぶな……」
なんとか落下は免れた。
だが、体勢は最悪だった。
片手一本で、櫓からぶら下がる形になっている。
そして、その体勢は、彼女のスカートを、重力に従って無慈悲にもめくり上げていた。
「「「おおおおおーーーーっ!!」」」
地上の野次馬から、今日一番の大歓声が上がる。
いちごのイチゴ柄が、完全に、衆目に晒されていた。
「きゃっ! あっ、だ、ダメ! 見ないで!」
いちごは、顔を真っ赤にして、ぶら下がっていない方の手で、必死にスカートを抑えようとする。
だが、片手で全体重を支えている状態では、それもままならない。
「(データ、最大露出……! 記録、記録……!)」
ヨウくんが、冷静に(鼻血を垂らしながら)その歴史的瞬間を記録する中、山田は、櫓の上から、ぶら下がっているいちごを見下ろした。
「フン、ザマァねえな。さっさと落ちやがれ」
山田はそう言うと、手元にあった
「やっ、やめて! あ、危ない!」
「うるせえ! 落ちろ!」
ガツン、ガツン、と金属の棒が、いちごの指先を狙う。
いちごは、必死に指に力を込めて耐える。
(くっ……! このままじゃ……!)
山田は、苛立ちながら、さらに強く一脚を突き立てた。
その先端が、いちごの手をかすめ――
彼女が必死に押さえていたスカートの、その下。
めくれ上がったままの、イチゴ柄のパンティの、ど真ん中に、突き刺さった。
「―――っ!」
いちごの動きが、完全に止まる。
一脚の先端には、道路の泥か、機械油か、黒く汚れたグリースがベットリと付着していた。
それが今、彼女の、白地に赤く輝く、お気に入りのイチゴ柄の、まさに中心に。
無惨な、黒い染みを、べったりと刻み付けていた。
カン、カン、カン、という踏切の音だけが、やけに大きく響いている。
いちごは、ゆっくりと、信じられないものを見る目で、自分のパンティに付着した、その黒い汚れを見た。
(うそ……)
(お気に入りの……イチゴ柄が……)
(こ、こんな……汚い棒で……)
「お?」
櫓の上から、山田が、自分の仕出かした「成果」を、怪訝な顔で覗き込んだ。
いちごの股間。その、黒い染み。
「ん……? なんだそりゃ」
山田は、老眼なのか、目を細めて、その柄を認識しようとした。
そして、数秒後、理解したように、ニヤリと笑った。
「うわ……キッツ……」
その呟きは、怒りと羞恥で震える、いちごの耳に、明確に届いた。
「イチゴ柄……? マジかよ」
山田は、呆れたように、腹の底から、馬鹿にしたような笑い声を上げた。
「ハッ! ギャハハハ! イチゴ柄のパンティだってよ! おい、お前、いくつだよ! まだそんなガキみてえなパンツ履いてんのか!」
「え……」
「ダッセェ! 子供っぽすぎんだろ! ぷぷっ、イチゴ! イチゴだってよ!」
ガキ。
子供っぽい。
ダサい。
その言葉が、黒いグリースよりも深く、いちごの心に突き刺さった。
怒りが、羞恥を塗りつぶしていく。
顔から急速に血の気が引き、ぶら下がっていた指が、怒りで、ギリ、と音を立てるほどに強くパイプを握りしめた。
「……よくも」
「あ?」
「よくも……! 私の! お気に入りのイチゴ柄を……!」
「うるせえな、ガキは引っ込んでろ!」
カンカンカンカン!
踏切の音が、最高潮に達する。
ヘッドライトの光が、すぐそこまで迫っていた。
「来たァ! ナナロクだァ!」
山田は、もはやいちごに興味を失い、歓喜の叫びを上げながらファインダーに目を押し付けた。
完全に無防備な背中を、いちごに向かって晒している。
いちごは、怒りに震える低い声で、地上の相棒を呼んだ。
「ヨウくんっ……!」
少し離れた場所で、完璧なアングルで録画を続けていたヨウくんが、無表情のまま、短く応えた。
「――ああ。
その声と同時。
野次馬の群れの中から、何かが、銀色の光を放ちながら、いちごに向かって一直線に飛んできた。
「プリティストロベリーッ!」
ヨウくんの、普段からは想像もつかない、張りのある声が響く。
「新しい! イチゴパンティだよッ!!」
それは、ヨウくんが(万が一のために)常に持ち歩いている、予備の、新品のイチゴ柄パンティだった。
完璧な放物線を描き、それは、ぶら下がったままの、いちごの空いている方の手に、寸分違わず吸い込まれるように収まった。
いちごは、新品のパンティを強く握りしめる。
ゴゴゴゴゴ……と、背後で、轟音を立てて目的の列車「ナナロク」が通過していく。
「おおお! 撮れた! 完璧だァ!」
櫓の上で、山田が歓喜の雄叫びを上げている。
だが、彼は気づいていなかった。
自分の足元で、片手でぶら下がっていたはずの魔法少女が、その瞳に、静かな、しかしマグマのような怒りの炎を宿し。
新品のイチゴパンティを握りしめたまま、ゆっくりと、櫓のベニヤ板の上に、這い上がろうとしていることに。
「……お仕置きの時間、です」