護って!いちごちゃん!〜いちごパンティは見えてるか〜 作:ろくさん
うららかな春の日差しが埃っぽいオタ研部室に差し込んでいる。
窓の外では満開の桜が風に揺れ淡いピンク色の花びらが舞っていた。
季節はすっかり春。
桃瀬いちごは机に向かいスケッチブックに新しいコスチュームのデザインを描いていた。
「うーん……やっぱり春は桜モチーフかなあ」
「でも『スウィートハート』の春限定フォームはチューリップだし……」
「プリティストロベリーの春バージョンはどうしよう……」
ペンを持つ手が止まりいちごは窓の外の桜に目をやった。
(……平和だなあ)
ラップおばさんとの激闘も水中の女帝との死闘ももう遠い記憶のようだ。
(こういう穏やかな日がずっと続けばいいのに)
「桃瀬さん」
隣の席から感情の読めない声が飛んだ。
ヨウくんは新しいノートPCに向かい何かのデータ分析に没頭している。
画面には複雑なグラフと……桜の花びらが舞う公園の3Dマップが表示されていた。
「その『春バージョン』の件だが」
ヨウくんは画面から目を離さずに言った。
「機能性を考慮するなら『花粉防御システム』の内蔵は必須だ」
「あと桜モチーフはピンク色が主体となるため現状のコスチューム(ピンク強調)との差別化が難しい」
「チューリップ……悪くないが悪目立ちする可能性がある」
「ここは敢えて新緑をイメージした『
「(……ま、抹茶……!?)」
いちごは想像した。
緑色のプリティストロベリー。
(……かわいくない……絶対かわいくない……!)
「却下! やっぱり春はピンクだよ!」
いちごはスケッチブックに再び向き直った。
ヨウくんは特に反論せずキーボードを叩き続けた。
彼の脳内では既に抹茶ストロベリー(※ハイレグ仕様)の3Dモデルが生成され空気抵抗や対花粉性能のシミュレーションが始まっていた。
「……それにしても」
いちごはペンを置き伸びをした。
「平和すぎてパトロールする意味あるのかなあ最近」
「ショータくんはプリティストロベリーのファン(?)になったみたいだし」
「ミミちゃんはアカウント停止されたらしいし」
「おじいさん(臼三)は免許返納したって聞いたし」
「おばさん(ラップ)も最近はおとなしくキャベツ売ってるし」
「オババ(女帝)も……なんか幼児用プールで子供たちに水中ウォーキング教えてるって噂だし……」
(……私が『お仕置き』した人たちみんな
いちごは少しだけ嬉しくなった。
ヒーロー活動の成果が出ているのかもしれない。
「油断するな桃瀬さん」
ヨウくんが冷たく言った。
「データによればこの時期……桜の開花と共に『
「とくいこたい?」
いちごは首をかしげた。
「毎年春特定の条件下でのみ観測される季節性の迷惑住民。……コードネーム『コート(一丁)おじさん』だ」
「(……なんか名前だけでヤバそう……!)」
いちごはゴクリと喉を鳴らした。
ヨウくんはPCの画面をいちごに向けた。
そこには不鮮明な
公園。桜。そしてトレンチコートを着た中年の男の後ろ姿。
「存在は確認されているが直接的な接触データは皆無だ」
ヨウくんのメガネが
「噂によれば彼は特定のターゲット……若い女性……の前でコートを開くという」
「その『内部』に何が隠されているかは……不明だ」
「(……不明って……えええ……)」
いちごは想像してしまい身震いした。
(絶対ヤバいやつじゃん!)
「……今日のパトロールはこの『特異個体』の
ヨウくんは有無を言わさぬ口調で宣言した。
「行くぞ桃瀬さん」
「えー! 今日は部室でお花見気分だったのに!」
いちごは不満を漏らしたがヨウくんは既に白衣を羽織りカメラ
(……また『弁償』のカタに協力させられる……!)
いちごはため息をつき重い腰を上げた。
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桜はまさに満開。
風が吹くたびにピンク色の吹雪が舞い散り地面を薄桃色に染めている。
レジャーシートを広げた家族連れ。
キャッチボールをする子供たち。
ベンチで日向ぼっこをする老人たち。
平和そのものの光景だった。
「わー! きれい!」
いちごは思わず駆け出し桜の木の下でくるくると回った。
舞い散る花びらが彼女の茶色い髪に降りかかる。
制服のミニスカートがふわりと揺れた。
「(……記録。回転速度毎秒1.2。スカート仰角最大三十度。桜との対比……絵になるデータだ)」
少し離れた場所でヨウくんが
「ヨウくんも早く! お団子食べよ!」
いちごは近くの売店で買った三色団子をヨウくんに差し出した。
「……今は任務中だ」
ヨウくんは団子には目もくれず公園全体を見渡せる高台へと移動する。
「桃瀬さん君はいつも通り公園を『巡回』してくれ」
「僕はここから全体を監視し『特異個体』の出現に備える」
「むー。わかったよ」
いちごは仕方なく一人で団子を頬張った。
(……でも本当にそんなヤバい人いるのかなあ)
(こんなに平和なのに)
いちごは公園をゆっくりと歩き始めた。
(……うん平和だ)
池の周りではおじいちゃんたちがのんびりと将棋を指している。
(……平和だ)
遊具広場では子供たちが滑り台やブランコで歓声を上げている。
(……やっぱり平和……)
いちごは少し拍子抜けしていた。
ヨウくんが大げさに言っていた「特異個体」なんてどこにもいないじゃないか。
(もしかして今年は現れないのかも)
そう思った時だった。
公園の隅。
一番大きな桜の古木の影。
そこに「彼」は立っていた。
(……ん?)
いちごは足を止めた。
他の公園利用者とは明らかに違う空気を放つ男。
すらりとした長身。
上質なトレンチコートを隙なく着込んでいる。
顔立ちは整っているがいかにもダンディな中年紳士といった風貌だ。
彼は桜吹雪の中ただ静かに立っていた。
手に持った一輪の桜を愛おしむように眺めている。
(……なんか絵になる人だなあ)
(俳優さんかな?)
いちごは少しだけ見惚れた。
迷惑住民とは到底思えない。
『(……桃瀬さん。十時の方向。距離五十メートル。……発見した)』
骨伝導イヤホンからヨウくんの冷静な声が響いた。
『(……コードネーム『コート(一丁)おじさん』。間違いない)』
「(え!? あの人が!?)」
いちごは驚いて男を二度見した。
(どう見ても普通のかっこいいおじさんだよ!?)
『(油断するな。外見に騙されるな。……接近する)』
「(え、ちょ、待って!)」
いちごが制止する間もなく。
男がゆっくりといちごの方を振り向いた。
目が合った。
男の表情が微かに変わった。
口元に笑みが浮かぶ。
それは穏やかな微笑み……ではなかった。
獲物を見つけた肉食獣のような獰猛さを秘めた笑み。
「(……ひっ!)」
いちごは全身に鳥肌が立つのを感じた。
(……ヤバい)
(この人……
男は手に持っていた桜を一輪そっとコートの胸ポケットにしまうと。
ゆっくりといちごに向かって歩き始めた。
一歩一歩がやけに芝居がかっている。
まるで舞台俳優のようだ。
ザッ……ザッ……
革靴が芝生を踏む音だけがやけに大きく聞こえる。
周囲の喧騒が遠ざかっていく。
(どうしよう……!)
(逃げなきゃ……!)
いちごの脚がすくんで動かない。
恐怖で金縛りにあったように。
『(桃瀬さん落ち着け。……データ収集のチャンスだ)』
ヨウくんの声が冷静に鼓膜を打つ。
『(……敵の行動を観察しろ。何があっても僕がサポートする)』
(サポートって言ったって!)
(ヨウくんあんな遠くにいるのに!)
男がいちごの目の前数メートルの位置で立ち止まった。
彼は何も言わない。
ただじっといちごを見つめている。
その目が品定めするようにいちごの全身を舐め回す。
(……や、やだ……!)
いちごは後ずさりしようとした。
だが男はそれを許さないかのように一歩距離を詰めた。
「……フフ」
男が初めて声を発した。
低くよく通る声。
だがその響きには明らかな「狂気」が宿っていた。
「……見つけた」
「(……え?)」
「……今年の『春の妖精』を」
(……妖精!? 私が!?)
(妖精はヨウくんだよ!)
男は恍惚とした表情で空を仰いだ。
「……ああ。素晴らしい。今年もこの季節が来た」
「
「そして
男はゆっくりといちごを見下ろした。
その目は爛々と輝いていた。
「……『解放』される」
「(……か、解放……?)」
男は両腕をゆっくりと広げた。
トレンチコートの前面が大きく開かれようとしている。
まるで巨大な鳥が翼を広げるように。
(……来る!)
いちごは咄嗟に目を瞑ろうとした。
だが間に合わない。
『(……記録開始! レンズ絞り最大!)』
ヨウくんの声が脳内に響く。
(ヨウくんのバカー!)
男の口元が三日月のように歪んだ。
そして。
バッ!
という音と共に。
彼のトレンチコートが大きく開かれた。