護って!いちごちゃん!〜いちごパンティは見えてるか〜   作:ろくさん

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第10章:汝、郷に従え! インターナショナル迷惑ボーイ その1

六月に入りじっとりとした湿気がオタ研部室の空気を支配していた。梅雨を思わせるぐずついた天気が続き窓の外では雨に濡れた街路樹の緑が一層濃く見えた。 桃瀬いちごは机に広げたファッション雑誌を眺めていた。 夏服への衣替えを前に気分だけでも夏を感じたい。 だが蒸し暑さが思考を鈍らせる。

 

「うーんこのサンドレス可愛いなあ」 「でもこっちのボーダーTシャツも捨てがたい……」 雑誌をめくる指が湿気で少し張り付く。 新しい服を買うお小遣いをどう捻出(ねんしゅつ)するかそれが最大の問題だった。 ヒーロー活動はお金にならないのだ。

 

隣の席ではヨウくんが新PCに向かい静かにキーボードを叩いていた。 画面にはいちご(バニー形態)の滑らかな3Dモデルが表示され流体力学に基づいた複雑なシミュレーションが展開されている。 特に超ハイレグ形態における股関節(こかんせつ)周辺の空気の流れ。 その解析に異様な情熱が注がれているように見えるのは気のせいだろうか。 彼の頬のアザは綺麗に消えていたがあの日の気まずさはまだ部室の空気中に(よど)んでいる。

 

(……なんか気まずいなあ) いちごは雑誌から顔を上げヨウくんの横顔を盗み見た。 彼は完全に自分の世界に入り込んでいる。 (……でもあの『良いスジ』発言は絶対許さないんだから!) (……パソコン代だってちゃんと返すもん! いつか!) いちごは心の中で固く誓い溜飲(りゅういん)を下げた。

 

「桃瀬さん」 ヨウくんが突然口を開いた。 画面からは目を離さない。 彼の指がシミュレーション結果のグラフを拡大する。

 

「今日のパトロールだが」 「対象地域を変更する」

 

「えー! パトロールあるの!? この雨の中?」 いちごは露骨に嫌な顔をした。 コートおじさん事件のトラウマはまだ生々しい。 春の陽光の下での悪夢がこの蒸し暑さの中で蘇る。 あれ以来知らない中高年男性に近づかれると心臓が跳ねるようになった。

 

「こういう悪天候時こそ迷惑行為は発生しやすい」 ヨウくんは冷静に返す。 いちごのトラウマなど彼の関知するところではないらしい。 「人目が少なくなり油断が生じるからな。我々の活動(データ収集)には最適だ」 彼は既に防水仕様の超小型ドローン(ヨウくん開発Ver.2・光学迷彩機能搭載)を白衣のポケットから取り出し起動チェックを始めていた。 プロペラが微かな音を立てて回転する。

 

「(……データ収集……)」 いちごはげんなりした。 (どうせ私のスカートの中とか撮る気なんでしょ……しかも防水で……) もはや反論する気力さえ湿気に奪われていく。

 

「……今日の対象エリアは君の自宅周辺だ」 ヨウくんが表示したPC画面。 衛星写真レベルの詳細な地図データにいちごが住む高台の住宅地が赤くマーキングされていた。 彼女のアパートの位置までピンポイントで示されている。 (……なんで私の家知ってるの!?) 今更ながらの事実にいちごは軽く戦慄した。

 

「私の家の近く?」

 

「ああ。ここ数週間『ゴミ出しルール』に関する地域住民からの苦情(クレーム)が急増しているとの報告がある」 ヨウくんはグラフを切り替え苦情件数の推移を表示した。 特定の曜日に関係なく連日異常な数値を示している。 「さらに三日前には小規模ながら不審火(ぼや)騒ぎも一件発生しているらしい。現場は君のアパートのゴミ集積所付近だ」

 

「え!? ゴミ!? 火事!?」 いちごの顔色が変わった。 自分の住む町内でのトラブル。 それも放火の可能性。 いつも挨拶を交わす優しい町内会長の鈴木さんや足の悪いおばあちゃんたちの顔が浮かぶ。 (……みんな大丈夫かな)

 

「行く! 行くよヨウくん! 今すぐ!」 さっきまでの気だるさは消え失せていた。 正義感(と地元愛)がいちごを突き動かす。

 

「(……よし。モチベーション回復確認。やはり直接的な『守るべき対象』への危機意識は有効なトリガーとなるか)」 ヨウくんは無表情で頷くと防水ポンチョ(※もちろんいちご用にはイチゴ柄がプリントされている特別仕様)と長靴を取り出した。

 

しとしとと降り続く雨の中いちごは自分の家の近所を歩いていた。 イチゴ柄のポンチョが雨粒を弾いている。 長靴が水たまりを跳ね上げる。 湿った空気が肌にまとわりつき少し肌寒い。 ヨウくんは少し離れた電柱の陰に溶け込むように立ち新PC(防水カバー付き)の画面を注視している。 上空では光学迷彩を施したドローンが雨雲の下をホバリングし広範囲の映像データをヨウくんに送り続けていた。

 

「(……特に異常なさそうだけど……)」 いちごは眉をひそめた。 閑静な住宅街は雨に濡れて静まり返っている。 時折傘を差した人が通り過ぎるだけだ。 問題のゴミ集積所も今は空っぽで綺麗に清掃されているように見える。 (ヨウくんの考えすぎじゃないかな。三日前の騒ぎでもう解決したとか……)

 

そう思った時だった。 いちごが住むアパートの角を曲がった瞬間。 彼女は自分の目を疑う光景に遭遇し息を呑んだ。

 

「……うそ」

 

アパートの公共ゴミ捨て場。そこは惨状(さんじょう)と化していた。 まだ収集日ではない。それなのにそこにはゴミ袋の山が小高く築かれていた。それもルールという概念が存在しないかのような有様だ。

 

燃えるゴミ燃えないゴミビンカンペットボトル古紙粗大ゴミ(?)らしきものまで。 全てが分別されずにパンパンに膨らんだ半透明の袋にごちゃ混ぜに詰め込まれている。 いくつもの袋は口が縛られておらず中身の一部が生ゴミとなって雨に濡れた歩道に無残に散乱していた。 昨日の晩御飯の残りか魚の骨か腐りかけた果物か。 それらが雨水と混じり合いヘドロのような汚物を形成している。

 

カラスが数羽その腐敗した饗宴(きょうえん)に群がり互いを威嚇(いかく)し合いながら生ゴミを(むさぼ)っていた。 ギャアギャアという耳障りな鳴き声が雨音にかき消されることなく響く。 そして何より強烈なのは鼻を突く生ゴミの腐敗臭だった。 梅雨時の湿気がその悪臭を増幅させいちごは思わず口元を押さえた。 雨で濡れたアスファルトにはゴミ袋から滲み出た汚水が薄黒い模様を描き排水溝へと流れ込んでいる。

 

「(……ひどい……! なにこれ……!)」 いちごは顔をしかめた。 こんな無法地帯は生まれて初めて見た。 このアパートの住人は皆鈴木さんの指導の下ルールをしっかり守る善良な人たちのはずだ。 一体誰がこんなことを。

 

『(……桃瀬さん。三時の方向。不審人物接近。……対象の可能性あり)』 骨伝導イヤホンからヨウくんの冷静な声が響いた。 ドローンのカメラがターゲットを捕捉したようだ。

 

いちごは咄嗟(とっさ)に隣の家の生垣(いけがき)の陰に身を隠し息を潜めてそちらを見た。 アパートの階段を陽気な鼻歌交じりに降りてくる男がいた。 年の頃は二十代後半。 浅黒い肌に彫りの深い顔立ち。 明らかに日本人ではない外国人だ。 雨だというのに派手なアロハシャツに膝丈のカーゴパンツ裸足にビーチサンダルという常識外れの格好。 濡れるのも構わず大股で歩いてくる。 彼の両手にはパンパンに膨らんだゴミ(もちろん分別などされていない)が二つまるで戦利品のようにぶら下げられていた。

 

(……間違いない。この人が……!)

 

男はいちごの存在や周囲の目など全く気にする様子もなく。 ゴミの山の前に立つと持っていた二つの袋を無造作にポイッと放り投げた。 ガサッ! バシャッ! という音。 衝撃で袋が破れ中からさらに生ゴミ(今度はスイカの皮と大量の鶏ガラ?)が雨の中にぶちまけられた。 カラスたちが狂喜乱舞し新たな獲物に殺到する。

 

男はそれを見ても眉一つ動かさない。 むしろ満足げに頷くとポケットから最新型らしいスマートフォンを取り出した。 そしてカラスが(たか)るゴミの山おぞましい光景を背景に満面の笑みで自撮りを始めた。 画面に向かって屈託(くったく)のない笑顔でピースサインまでしている。 信じられない神経だ。

 

「(……なんなのこの人……! 常識なさすぎ……!)」 いちごは怒りで拳を握りしめた。 自分の出したゴミが散乱し悪臭を放ちカラスに食い荒らされている。 それを笑って記念撮影? 理解不能だ。理解したくもない。

 

その時アパートの管理人室から傘を差した白髪のおじいさん鈴木さんが出てきた。 彼はゴミの惨状と自撮りする男を見て顔を真っ青にした。 そして意を決したように男に歩み寄った。 その足取りは重く明らかに気が進まない様子だった。

 

「ああの……すみませんMr. Sha」 鈴木さんは緊張した面持ちで男に話しかけた。 どうやら以前にも注意したことがあるらしい。 「……Garbage Day is tomorrow morning... And please separate... Combustible Non-combustible...」 彼は片言の英語と身振り手振りを交え必死にルールを伝えようとしている。 その額には冷や汗が滲んでいた。

 

男――イジュウ・シャーはスマートフォンから顔を上げ鈴木さんを見た。 そして太陽のように明るい笑顔(ただし目は笑っていない)を向けた。 流暢(りゅうちょう)すぎる日本語で。

 

「Oh! スズキサン! グッドモーニング! 雨ですね!」

 

「(……やっぱり日本語喋れるんかい! 鈴木さんかわいそう!)」 いちごは心の中で再び盛大にツッコんだ。

 

「スズキサン。ワタシの名前はイジュウ・シャー。あなたのGood Neighbor(良き隣人)です」 シャーは馴れ馴れしく濡れたビーチサンダルで鈴木さんの革靴を踏みつけながら(おそらくわざとではない)肩をバンバン叩いた。 鈴木さんが小さく「うっ」と呻く。

 

「あなたの言う『ルール』ワタシ知ってます。何度も聞きました」 シャーはゴミの山を顎でしゃくった。 雨の中でカラスが一層激しく鳴いている。 「でもねスズキサン。それは『日本の』ルールでしょう?」 「My Countryではゴミは自由(フリー)! いつでもどこでもOK! 分別? Non Non! 焼却炉(ファイヤー)が全部解決します。エコロジー!」

 

「(燃やすのがエコロジー!?)」 いちごは開いた口が塞がらなかった。

 

「いやしかしここは日本ですから……郷に入っては郷に従えと……」 鈴木さんが弱々しく食い下がる。 声が雨音にかき消されそうだ。

 

「郷に従う? Non Non! スズキサン時代はグローバリゼーション!」 シャーは胸を張った。 雨粒が彼のアロハシャツを濡らしている。 「ワタシはちゃんと税金(Tax)払ってますよ? 家賃(Rent)も払ってます。なのにゴミ捨てるのにお(有料ゴミ袋)取る? 時間も場所も指定する? うるさい!」 彼は突然声を荒らげた。 「それはインターナショナル・スタンダードではありません! 日本は遅れてる(Behind)!」

 

「こくさいきじゅん……おくれてる……?」 鈴木さんは完全に思考停止している。 シャーの勢いと言葉の圧力に押し潰されそうだ。

 

「そうです! 世界を見てくださいスズキサン! もっと自由(フリーダム)に! もっと効率的(エフィシェント)に!」 シャーはスマートフォンの画面(※美しいビーチとゴミ一つない街並みの写真加工されたものかもしれない)を鈴木さんの目の前に突きつけた。 「日本のシステムは古すぎます! 非合理的(イラショナル)! 変えるべきはワタシじゃない日本(ユー)です!」

 

「(……む、むちゃくちゃだ……! なんて自分勝手な言い分……!)」 いちごはもう聞いていられなかった。 怒りで体が震える。 (税金払ってるからルール守らない!?) (自分の国のやり方を押し付ける!?) (しかも日本の文化まで馬鹿にして!) (鈴木さんがかわいそうすぎる!)

 

鈴木さんはシャーの勢いに完全に気圧され「はあ……わかりました……」と力なく頷くことしかできなかった。 諦めの表情だ。 シャーはそれを「理解」と受け取ったのか満足げにニヤリと笑った。 「OK! さすがスズキサン! Understanding(話がわかる)!」 彼は再び鈴木さんの肩をバンと叩くと鼻歌を歌いながらアパートの階段を軽快に上がっていった。 まるで勝利宣言のように。

 

残されたのはさらに散乱し雨に打たれるゴミの山と。 傘の下で呆然と立ち尽くす鈴木さんと。 そして怒りに燃えるいちご(と冷静に一部始終を高画質で録画し終えたヨウくん)だけだった。 カラスの鳴き声と雨音だけが虚しく響いていた。

 

「(……ヨウくん!)」 いちごは通信機に震える声で叫んだ。

 

『(……ああ。対象イジュウ・シャー。脅威レベル:B(論理破綻)。迷惑レベル:A+(衛生・環境汚染・文化侵略)。……速やかなるお仕置きを推奨する)』 ヨウくんの声も心なしか怒りを帯びているように聞こえた。

 

『(……それと桃瀬さん。対象のアパートの部屋番号やはり二〇三号室だ。……そして確認した)』 ヨウくんが冷静に付け加える。 『(……奴の部屋のベランダ。……間違いなく何かを燃やしている。……七輪(しちりん)だ。そして燃えているのは……ゴミ袋のようだ)』

 

「(やっぱり……!)」 いちごはシャーが消えた二階の窓を見上げた。 雨が降っているというのに二〇三号室のベランダからは薄黒い煙が立ち昇り焦げ臭い匂いが微かに漂ってきている。 あの「不審火(ぼや)騒ぎ」の原因はこれだ。 この男は自分の部屋のベランダでゴミを燃やしていたのだ! 分別が面倒だから? ルールが気に入らないから? 理由はどうであれあまりにも危険で非常識な行為だ。 一歩間違えれば大火事になる。

 

(絶対に許さない!) (ゴミのルールも火の始末も!) (日本の平和(ルール)と安全をめちゃくちゃにする奴は!) (私が! このプリティストロベリーが!) (お仕置きしてやる!)

 

いちごは走り出した。 ポンチョを翻し水たまりを蹴散らして。 あのアパートの裏手にある小さな公園。 そこにあるトイレなら雨の中でも安全に着替えられる!

 

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