護って!いちごちゃん!〜いちごパンティは見えてるか〜 作:ろくさん
「……お仕置きの時間、です」
地獄の底から響くような、冷たい声だった。
櫓のベニヤ板の上に、いちごが、ゆっくりと、しかし確実な力強さで身体を引き上げる。
その表情から、さっきまでの「困惑」や「羞恥」は完全に消え失せていた。
あるのは、静かな、それでいて燃え盛るような怒りの炎だけだった。
「おおお! 撮れた! 完璧だァ! これで俺の歴史にまた一ページ!」
櫓の最上段。山田は、通過し去っていく列車「ナナロク」の赤いテールランプに夢中で、足元で起きている変化に、まだ気づいていなかった。
彼は、至福の表情でカメラの小さな液晶を覗き込み、「チッ、ピントが甘えな」などと独りごちている。
眼下の大渋滞も、自分が引き起こした混乱も、彼の頭からは完全に消去されていた。
(ダサい……)
(子供っぽい……)
いちごの脳内で、先ほどの罵倒が反響する。
(この……お気に入りのイチゴ柄を……)
(この……私の「好き」を……!)
(この男は……! 土足で! 油まみれの棒で! 踏みにじった!)
いちごは、片手で掴んでいた「新しいイチゴパンティ」を、怒りにわななく指で、強く握りしめた。
そして、もう片方の手で、無惨にも汚されたパンティのゴム紐に、指をかける。
(許さない)
下界では、野次馬たちが固唾を飲んで、その光景を見守っていた。
「お、おい……あの子、何する気だ……」
「まさか……ここで!?」
ヨウくんは、その一連の動作を、一切の動揺も見せず、ただ冷静に、スマートフォンのレンズ越しに見つめていた。
(来る……!
彼の指が、録画中の画面をタップし、デジタルズームを
いちごは、意を決した。
山田がカメラの液晶に夢中になっている、今、この一瞬しかない。
彼女は、汚されたパンティを、怒りを込めて引きずり下ろした。
秋の冷たい風が、一瞬、彼女の素肌を撫でる。
羞恥。だが、それ以上に、怒りが
そして、ヨウくんから投げ渡された、新品の、汚れなき純白のイチゴ柄を、素早い動作で装着する。
汚れた古いパンティは、とりあえず衣装のポケットにねじ込んだ。(※後でヨウくんに回収される運命である)
新品の布地が、肌に触れた、その瞬間。
パァァァァァッ!
いちごの身体が、淡いピンク色の光に包まれた。
「うおっ!?」
「ま、眩しい!」
交差点の野次馬たちが、一斉に腕で目を覆う。
カメラの液晶に夢中だった山田も、さすがにその異変に気づいた。
「な、なんだァ!? ストロボか!?」
山田が、慌てて光の中心――いちご――を見下ろす。
光が、収まっていく。
そして、そこに立っていたのは、先ほどまでの「プリティストロベリー」とは、明らかに違う姿だった。
「な……」
山田の目が、驚愕に見開かれる。
ヨウくんは、その姿をレンズ越しに捉え、無表情のまま、ゴクリと喉を鳴らした。
(来た……! 二段変身……!)
白とピンクと水色。
その基調は変わらない。
だが、胸元のリボンは一回りも二回りも大きくなり、フリルだったスカートは、バレエのチュチュのように短く、鋭角的に切り詰められていた。
そして、何よりも異様な、その下半身。
さっき履いたばかりの、新品の「イチゴ柄」のパンティ。その布地が、ありえないほどの張力で、変身の光と共に、変異を遂げていた。
パンティのサイドラインが、まるで吊り上げられるように、腰骨の、その遥か上まで、鋭角的に持ち上がる。
純白のイチゴ柄の布地が、彼女の太ももの付け根、その内側に、深く、深く、食い込んでいた。
それは、もはや「パンティ」というより、肌に張り付いた「装甲」のようであり、極限まで切り詰められた、超ハイレグスタイルそのものだった。
手首までのショートグローブは、肘上までのロンググローブに。
ピンクのショートブーツは、膝上までの、鋭いヒールを持つロングブーツへと変貌していた。
そして、最大の変化は、頭部。
イチゴの飾りがついていたカチューシャから、まるで
「プリティストロベリー……バニー……」
いちごが、冷たく、変身後の名前を呟く。
その瞳は、怒りの炎を宿したまま、まっすぐに、目の前の敵を捉えていた。
「な、なんだそりゃあ! さっきと……格好が違うじゃねえか!」
山田が、困惑と、わずかな恐怖をにじませた声で叫ぶ。
特に、あの、食い込むほどにハイレグになった、異様なパンティのラインに、目が釘付けになっていた。
「さっきまでの私は、子供たちの笑顔を護る、プリティストロベリー」
ウサギの耳を揺らしながら、いちごは、ゆっくりとベニヤ板の足場を歩き、山田との距離を詰める。
ヒールの硬い音が、カン、カン、と金属の櫓に響く。
「今の私は……」
いちごの視線が、一瞬、山田の足元に落ちている「油で汚れた
「私の『大好き(イチゴ柄)』を侮辱したあなたを……絶対に許さない、『
「ひっ……!」
その気迫に、山田は思わず後ずさる。
だが、ここは櫓の上。すぐに背中が、三脚に据えたカメラにぶつかった。
「く、来るな! この……この、コスプレ女ァ!」
山田は、パニックになり、手元の巨大な三脚を掴み、槍のように振り回した。
さっき、いちごを櫓から落としかけた、凶器だ。
しかし。
「プリティストロベリー・バニー」は、その先端を、迫り来る風圧ごと、片手で、いとも容易く掴み止めた。
「え……」
山田の顔が、信じられない、という表情で固まる。
三脚は、いちごの手の中で、ピクリとも動かない。
「そんなもので、私の怒りは止められません」
いちごは、掴んだ三脚を、そのまま、ゆっくりと、横に薙ぎ払った。
山田は、三脚ごと、なすすべもなく振り回される。
「うわあああっ!?」
山田の手から三脚がすっぽ抜け、交差点の遥か彼方へと、キリモミ回転しながら飛んでいった。
「(データ分析。筋出力、平常時の推定3.5倍。変身による物理的ブーストを確認。……そして、あのパンティの食い込み角度、四十五度。素晴らしい)」
ヨウくんが、冷静に分析のコメントを脳内で呟く。
「お、俺の……俺の
武器を失った山田が、尻餅をつく。
いちごは、その山田を、冷たく見下ろした。
「あなたの『趣味』は、そこまでです」
「ま、待て! やめろ! 俺の……俺のカメラが! 撮影したばっかりの、伝説のナナロクのデータが!」
いちごは、山田の言葉を無視し、彼の命よりも大事そうな、三脚に固定された巨大な望遠カメラに目をやった。
そして、その横に立ち、ゆっくりと、ロングブーツに包まれた右足を、高く、高く、振り上げた。
その動きは、天を突くようにしなやかで、美しい。
食い込んだハイレグのラインが、その可動域を、限界まで見せつけていた。
足先に込められた怒りは、凄まじいエネルギーとなって、ピンク色のオーラを放っていた。
「さようなら、あなたの迷惑な『
「や、やめろおおおおお!」
山田の絶叫と同時。
いちごのヒールが、櫓の土台であるベニヤ板の中心に、叩き落とされた。
「ストロベリッシュ・バニー・クラッシュ!!」
ゴッ!!!!
という、もはや打撃音とは思えない、鈍い破壊音が響き渡る。
いちごのヒールが突き立った一点から、蜘蛛の巣状に、ベニヤ板が粉砕された。
「え……?」
山田が、自分の足元を見る。
そして、ベニヤ板だけではないことに気づいた。
ベニヤ板を支えていた、金属製のパイプ。その溶接部分が、凄まじい衝撃波によって、ミシミシと、軋む音を立てていた。
「う、うわ……うわああああ!」
いちごが、再び、左足で、無慈悲な追撃のヒールを叩き込む。
「クラッシュ!」
三度、右足。
「クラッシュ!」
破壊音と共に、交差点の中心にそびえ立っていた、三メートルを超える違法建築物は、その均衡を失い、ガラガラと、凄まじい音を立てて崩壊を始めた。
「あああああーーーーーっ!!」
山田の、断末魔のような悲鳴が響き渡る。
カメラも、彼自身も、重力に従って、崩れ落ちる瓦礫と共に、地上へと落下していく。
いちごは、その光景を、冷たく見下ろしていた。
彼女は、崩れる足場から、軽やかに跳躍し、交差点の真ん中に、音もなく着地した。
その着地の衝撃で、彼女の短いチュチュが、ふわりと舞う。
その下で、変異を遂げた、食い込むイチゴ柄が、誇らしげに輝いていた。
「(……完璧な、着地だ)」
ヨウくんが、その瞬間のデータを、永久保存フォルダに格納した。
ドッシャアアアン!
轟音と共に、櫓は完全に崩壊し、道路に鉄パイプの山を築いた。
山田は、幸運にも(あるいは、いちごの手加減か)、麓にあったコンビニのゴミ袋の山の上に落下し、生ゴミの匂いにまみれながら、気絶していた。
彼の愛機だったカメラは、無惨にもレンズが割れ、再起不能となっていた。
「…………」
交差点は、静まり返った。
クラクションの音も、野次馬のざわめきも、すべてが止まっている。
誰もが、目の前で起こった、あまりに現実離れした「破壊」と、その中心に立つ「ウサギ耳のハイレグ少女」を、呆然と見つめていた。
やがて。
「「「うおおおおおお!!」」」
誰からともなく、大歓声が沸き起こった。
「すげえ!」
「あの櫓が、一瞬で!」
「ありがとう、魔法少女!」
渋滞に巻き込まれていたドライバーたちも、窓から身を乗り出し、拍手を送っている。
尻餅をついていたおばあちゃんも、保育園のバスの子供たちも、目を輝かせて、いちごに手を振っていた。
「(……ふぅ)」
いちごは、そこで、ふっと「プリティストロベリー・バニー」の戦闘モードを解いた。
(※実際は、変身の光と共に、ハイレグの食い込みが元のパンティのラインに戻り、チュチュも元のスカート丈に戻った)
いつもの「桃瀬いちご」の、明るい笑顔に戻る。
彼女は、歓声に応えるように、ビシッと、決めポーズ(ニチアサアニメ版)を取った。
「ご近所の平和は、プリティストロベリーが護りました!」
その時、遠くから、ようやく、ウーウーというサイレンの音が近づいてくるのが聞こえた。
「あ、やば。お巡りさん」
「桃瀬さん、こっちだ。撤収する」
いつの間にか、ヨウくんが、いちごの制服が入ったカバンを背負い、路地の影から手招きしていた。
彼のもう片方の手には、しっかりと、例のジップロック(※油まみれのパンティを回収済み)が握られていたが、いちごは気づかない。
「うん!」
いちごは、群衆に一礼すると、警察が到着する直前に、ひらりと身を翻し、雑踏の中へと消えていった。
あとに残ったのは、崩壊した鉄パイプの山と、「イチゴ柄のウサギ耳の少女」という、強烈な都市伝説だけだった。
数十分後。
オタ研の部室。
「ぷはーっ! 疲れたー!」
制服に着替え直したいちごが、部室の長机に突っ伏した。
すっかり日は暮れ、窓の外は暗くなっている。
「うう……数学の宿題、やる元気ないよう……」
「お疲れ、桃瀬さん」
ヨウくんが、自販機で買ってきたイチゴミルク(いちご専用)を、コトリと机に置いた。
「わ、ありがと! ヨウくん、気が利く!」
いちごは、嬉しそうにストローを刺す。
ヨウくんは、自分のPCデスクに戻り、無表情でキーボードを叩き始めた。
「しかし、すごかったね、さっき!」
いちごは、興奮冷めやらぬ様子で、イチゴミルクを飲みながら語る。
「あの、新しいパンティ履いた瞬間! なんか、こう、力が『グワッ』って!」
「ああ。分析中だ」
「ストロベリッシュ・バニー・クラッシュ! かっこよかったでしょ!」
「ああ。ネーミングセンスは……まあ、及第点だ」
「む、また及第点! でも、あの櫓、壊しすぎちゃったかなあ……」
「問題ない。あれは違法建築物であり、交通妨害だ。むしろ、警察の仕事を減らしてやったことになる」
ヨウくんのPC画面には、先ほどの戦闘データが、膨大な数値とグラフになって表示されていた。
特に、「プリティストロベリー・バニー」への変身シーケンスにおける、「パンティの食い込み角度と筋出力の相関関係」についてのグラフが、詳細に解析されていた。
「そっか! それなら良かった!」
いちごは、ケラケラと笑う。
「あ。でも……」
いちごは、ふと、何かを思い出したように、自分のカバンをごそごそと漁った。
「あれ? おかしいな……」
「どうした」
「あの、汚されちゃった方のパンティ……確かポケットに入れたはずなんだけど……」
いちごは、不思議そうに首をかしげる。
「落としちゃったかなあ。あーあ、お気に入りだったのに……」
ヨウくんは、PC画面から目を離さない。
無表情。
「……さあな。だが、桃瀬さん」
「ん?」
「イチゴ柄のストックなら、部室のロッカー(ヨウくん管理)に、まだ十二枚ある」
「え!? 本当!?」
いちごは、パアッと顔を輝かせた。
「やったー! さすがヨウくん! 妖精さんだ!」
ヨウくんは、その言葉に、メガネの奥の瞳を、ほんのわずかに細めた。
彼のPC画面の隅。
そこには、例の「油まみれのイチゴ
ファイル名:「サンプルNo.1(山田・油性グリース汚染)」。
「(……今日も、平和だな)」
ヨウくんが、心の中で、誰にともなく呟いた。