護って!いちごちゃん!〜いちごパンティは見えてるか〜   作:ろくさん

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第12章:お触り禁止! 宴会のセクハラ(社長の)親族 その1

 

七月に入り本格的な夏が訪れた。 連日三十度近い気温が続きオタ研部室は天然のサウナ状態だ。 エアコンなどという文明の利器はこの旧館には存在しない。 桃瀬いちごは机に突伏し完全にぐだっていた。 『スウィートハート』の新作グッズ(夏祭りバージョン)のデザインを考えていたはずが暑さで思考が完全に停止している。 アホ毛も心なしかぐったりと垂れていた。

 

「……むり……溶ける……」

 

隣の席ではヨウくんが涼しい顔で新PCに向かっていた。 彼の周りだけ局地的に冷気が漂っているように見えるのは気のせいだろうか。 いや気のせいではない。 彼の足元には小型のペルチェ式冷風扇(※ヨウくん自作・PCのUSBから給電)が静かに稼働していた。 画面には何かの設計図らしきものが表示されている。 どうやらプリティストロベリーの新装備(夏用?)を開発中らしい。

 

(……いいなあヨウくんだけ涼しくて) いちごは恨めしげに冷風扇を見た。 (……でもパソコン壊した負い目があるから強く言えない……) 先日の「忘れろパンチ」事件以来いちごはヨウくんに対して微妙に立場が弱くなっていた。 弁償代わり(?)の「データ収集協力」という名の無償労働も続いている。

 

「桃瀬さん」 ヨウくんが画面から目を離さずに言った。

 

「今日の『協力』だが現場が変わった」

 

「え? 今日もなんかあるの?」 いちごはげんなりした顔を上げた。 「パトロールじゃないの?」

 

「ああ。今日は実地での『特殊環境下データ収集』だ」 ヨウくんは一枚のチラシをいちごの前に置いた。 それは市内の一流ホテル『グランド・ステラ・ホテル』の宴会場スタッフ(アルバイト)募集のチラシだった。 時給は破格の千五百円。

 

「……バイト?」 いちごは首をかしげた。

 

「表向きはな」 ヨウくんはメガネの位置を直した。 「今日の夜このホテルで市内有数の企業『黒金(くろがね)興産(こうさん)』の創立五十周年記念パーティーが開かれる」

 

「黒金興産……?」 いちごは名前を聞いて少し眉をひそめた。 市内で幅を利かせている大きな会社だということは知っている。 あまり良い噂は聞かないけれど……。

 

「そうだ」 ヨウくんは頷いた。 「我々はそのパーティーに潜入し黒金興産内部の『情報(データ)』を探る」 「……もちろんアルバイト代も貰うが」

 

「(……潜入!? スパイみたい!)」 いちごの目が少し輝いた。 暑さでだれていた気分が少しだけ浮上する。 「でも危なくない? バレたら……」

 

「問題ない」 ヨウくんは自信ありげに(※無表情だが)言った。 「我々はただのアルバイトスタッフだ。会場の隅で皿を下げたりドリンクを運んだりするだけだ」 「……そのついでに会場内の会話音声環境データ映像データを可能な限り収集する」 彼は既に超小型の集音マイクとピンホールカメラ(※もちろんヨウくん開発)を白衣のポケットから取り出していた。

 

「(……やっぱり主目的はデータ収集なんじゃ……)」 いちごは少しだけ不安になったが時給千五百円の魅力とスパイ活動()への好奇心には勝てなかった。

 

「わかった! やる!」

 

「よし。では作戦開始だ」 ヨウくんは立ち上がり白衣を脱ぎ捨てた。 下には既にホテルの制服(黒ベストに白シャツ黒ズボン)を着込んでいる。 「君の制服はこれだ。更衣室で着替えてこい」 彼はどこからか用意した同じデザインの女性用制服(サイズぴったり)をいちごに手渡した。 (……なんで私のサイズ知って……いやもう聞かないでおこう) いちごは思考を放棄し制服を受け取った。

 

グランド・ステラ・ホテル最上階の宴会場『鳳凰(ほうおう)の間』。 シャンデリアがきらめき磨き上げられた床には赤い絨毯が敷き詰められている。 壁には黒金興産の五十年の歩みを示す写真パネルが飾られ会場の中央には巨大な祝賀ケーキが鎮座していた。 集まっているのは二百人近い人々。 皆一様に高級そうなスーツやドレスに身を包みグラスを片手に談笑している。 だがその笑顔の多くはどこか張り付いたように見えた。 お世辞や社交辞令虚栄心や嫉妬。 様々な感情が渦巻く独特の重苦しい空気が漂っている。

 

「(……うわあ……すごい世界……)」 いちごは会場の隅で空になったグラスをトレイに乗せながら圧倒されていた。 黒ベストに白ブラウス黒のタイトスカートという慣れない制服が窮屈だ。 (場違い感はんぱない……)

 

『(桃瀬さん気を抜くな。既に複数の監視カメラと警備員の視線を感じる)』 インカム(※耳たぶに貼る極小タイプヨウくん開発)からヨウくんの冷静な声が飛ぶ。 彼は少し離れた場所でドリンクの補充作業をしながら会場全体の配置人物相関図を脳内(とPC)にマッピングしていた。 『(……目標である黒金興産の社長はまだ会場入りしていないようだ。だが幹部クラスはほぼ揃っている)』

 

「(……うんわかってる)」 いちごは小声で答えた。 内心はドキドキだった。 (もしプリティストロベリーだってバレたらどうしよう……) (いやさすがにそれはないか)

 

いちごはトレイを持って厨房へと続くドアに向かった。 その時だった。 会場の一角ひときわ華やかな一団に目が留まった。 数人の若い女性社員たちがテーブルを囲んでいる。 皆美しいドレスを着飾り懸命に笑顔を作っているがどこか表情が硬い。 なぜならそのテーブルの中心には一人の男がいたからだ。

 

年の頃は三十代半ばだろうか。 高級そうなブランド物のスーツを着ているがサイズが合っていないのか腹回りが少し窮屈そうだ。 髪はジェルで固められ顔は脂でテカテカ光っている。 そして何よりその笑顔が異様にいやらしい。 常に口角が上がりっぱなしで目が全く笑っていない。 蛇のような粘ついた視線が女性社員たちの身体を舐め回すように動いていた。

 

(……なんかあの人……やだな) いちごは直感的に不快感を覚えた。

 

『(……ターゲット捕捉。中居……黒金興産専務にして社長の甥。……要注意人物だ)』 ヨウくんの分析がインカムから入る。 (社長の甥!? やっぱり!) いちごは納得した。 だから女性社員たちは嫌な顔一つできずに愛想笑いを浮かべているのだ。

 

中居は隣に座っていた若い女性社員(おそらく新人)の肩に馴れ馴れしく腕を回した。 「いやー今日の君一段と綺麗だねえ」 「このドレスもすごく似合ってるよ。僕が選んであげた甲斐があったなあ」 (え!? この人が選んだの!?) いちごはドン引きした。

 

女性社員は怯えたように身をこわばらせた。 「あ、ありがとうございます専務……」 声が震えている。

 

「あはは照れちゃって可愛いなあ」 中居は全く気づいていないのかあるいは気づいていて楽しんでいるのか。 腕を回したまま肩を強く揉み始めた。 「ねえこの後二人で抜け出してさホテルのバーでも行かない?」 「僕いい店知ってるんだよ。夜景が綺麗でさ……」 その手つきは明らかにマッサージの域を超えていた。 セクハラそのものだ。

 

「(……ひどい……!)」 いちごは拳を握りしめた。 (みんな見てるのに誰も止めないの!?) 周囲の男性社員たちは見て見ぬフリをしている。 あるいは苦々しい顔で目をそらしている。 社長の甥である中居に逆らえば自分の立場が危うくなる。 それがこの会社の現実なのだろう。

 

女性社員は涙目になりながらか細い声で断った。 「すみません専務……私明日の朝も早いので……」

 

「えーつれないなあ」 中居は不満げに口を尖らせた。 だが諦めない。 今度は腕を肩から腰へと滑らせた。 「大丈夫だって! 僕がタクシーで送ってあげるからさ」 その手がドレスの上から腰のラインをいやらしく撫でる。

 

「(……!)」 女性社員は息を呑み身体を硬直させた。 恐怖と屈辱に顔が歪んでいる。

 

(……もう見てられない!) いちごはトレイを近くのテーブルに置くと意を決してそのテーブルに近づいた。 (アルバイトの私がでしゃばることじゃないかもしれない) (でも困ってる人を無視できない!)

 

「あの! すみません!」 いちごはできるだけ明るい声を作って割り込んだ。 「お飲み物のお代わりはいかがですか?」

 

「あ?」 中居はいちごの突然の登場に怪訝な顔をした。 彼の視線がいちごの顔から胸元そしてタイトスカートの脚へと品定めするように動く。 (……うわ……気持ち悪い……!) いちごは背筋が寒くなるのを感じた。

 

「……なんだバイトか」 中居はつまらなそうに鼻を鳴らした。 「いらねえよ。あっち行ってろ」 彼はシッシッと手で追い払うような仕草をする。 女性社員の腰に回した手はそのままだった。

 

「(……くっ!)」 いちごは悔しさに唇を噛んだ。 だがここで引き下がるわけにはいかない。

 

「ですがグラスが空のようで……」 いちごはわざと中居と女性社員の間に割って入るように身を乗り出した。 中居の手を女性社員の腰から引き剥がすためだ。

 

「おい! 邪魔だ!」 中居はいちごの腕を乱暴に掴んだ。 「なれなれしいんだよバイトのくせに!」

 

「(……痛っ!)」 いちごは顔をしかめた。 思ったより力が強い。 この男もしかして酔っているのか?

 

「ちょっと! 離してください!」 いちごは腕を振りほどこうとする。 だが中居は離さない。 それどころか掴んだ腕をぐいと引き寄せいちごの身体を自分の方へと引き倒そうとした。 バランスを崩しいちごの身体が中居の膝の上に倒れ込む。 「きゃあっ!」

 

周囲の社員たちが息を呑む。 ヨウくんが物陰で冷静に(しかし内心では怒りで)その瞬間を記録している。

 

いちごは中居の膝の上という最悪の体勢で身動きが取れなくなった。 中居の酒臭い息が顔にかかる。 「あはは! 積極的だなあバイトちゃん!」 中居は完全に勘違いしていた。 いや確信犯だろう。 彼は倒れ込んできたいちごの身体を抱きしめるように両腕を回した。 そしてその手が。 いちごのベストとブラウスの上から。 背中を腰をそしてお尻を。 いやらしくまさぐり始めた。

 

「(……ひっ……!)」 いちごは全身が粟立った。 恐怖と嫌悪感で叫び声も出せない。 (……触られた……!) (……こんな……おっさんに……!)

 

「いいねえ若い子は肌がすべすべで」 中居は耳元で囁いた。 「ねえ君名前なんて言うの? この後僕と『特別レッスン』しない?」

 

(……もう無理) いちごの中で何かが決定的に切れた。 怒りが恐怖を凌駕した。 (……この変態セクハラ親戚野郎……!) (……絶対に許さない!)

 

いちごは最後の力を振り絞り中居の胸板を思い切り突き飛ばした。 「離しなさいこのド変態!」

 

「うおっ!?」 不意を突かれた中居は椅子ごと後ろにひっくり返った。 ガシャーン! という派手な音。 グラスや皿が床に散乱する。 会場中の注目が一斉に集まった。 音楽が止まる。

 

「(……あ)」 いちごは自分が何をしでかしたかに気づき顔面蒼白になった。 (……やっちゃった……!) (パーティー台無し……!) (バイトクビ……どころじゃないかも……!)

 

床に尻餅をついた中居は最初何が起こったのかわからないという顔だった。 だがすぐに自分がバイトの小娘に突き飛ばされたのだと理解し。 顔を屈辱と怒りで真っ赤にした。 「……き、貴様ああああ!」 彼は震える指でいちごを指差した。 「ただのバイトの分際で! この俺に向かって!」

 

(……どうしよう……!) いちごは完全にパニックだった。 逃げ場はない。 周囲の社員たちは誰も助けてくれない。 それどころか遠巻きに「やっちまったな」という顔で見ている。

 

『(……桃瀬さん)』 インカムからヨウくんの声。 それはいつも以上に冷静でそしてどこか楽しんでいるような響きさえあった。 『(……最高の状況(シチュエーション)だ)』 『(……会場の全ての監視カメラに君の姿は記録されている)』 『(……だが心配ない。僕が全てハッキングし『君に都合の良いように』編集しておく)』 『(……だから君は存分にやれ)』 『(……変身するならトイレより厨房(ちゅうぼう)資材(しざい)置き場がいいだろう。遮蔽率(しゃへいりつ)は98パーセントだ)』

 

「(……ヨウくん……!)」 いちごは絶望的な状況の中で唯一の味方()の存在を頼もしく思った。 (……そうだ) (私はプリティストロベリーなんだ!) (ここで負けるわけにはいかない!)

 

いちごは怒りに燃える瞳で立ち上がった。 そして床でわめき散らしている中居に向かって言い放った。 「セクハラは犯罪です!」 「私はあなたを許しません!」

 

そしていちごは周囲の呆気に取られた視線を浴びながら。 厨房へと続くドアに向かってダッシュした。 (待ってなさい中居!) (あなたのその(けが)らわしい手ごとへし折ってやる!)

 

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