護って!いちごちゃん!〜いちごパンティは見えてるか〜 作:ろくさん
ハァハァと荒い息が夜の屋上に響く。 運動不足の身体が悲鳴を上げていた。 肺が痛い。足が鉛のように重い。 だがヨウくんの思考は灼けつくような怒りで満たされていた。 目の前でいちごを泣かせた男。 女パン3世。
「(ヨウくん!? なんで! 危ない! 戻って!)」 いちごの悲鳴のような声が聞こえる。 彼女はまだ屋上の隅でスカートを押さえ動けずにいた。 その瞳には涙が浮かんでいる。 あの涙がヨウくんの理性のタガを外した。
「(あ? なんだこのモヤシ……)」 女パン3世は突然乱入してきたヨウくんを見て怪訝な顔をした。 いちごとの攻防を中断し面倒くさそうにヨウくんへと向き直る。 「(邪魔だ! 死ね!)」 彼は
だがヨウくんはその蹴りを見ていなかった。 彼の目には
奇跡が起きた。 女パン3世の蹴りはヨウくんの肩を掠めただけだった。 そして理性を失ったヨウくんのデタラメな突撃が完璧な不意打ちとなった。 ドン! という鈍い音。 ヨウくんの身体が女パン3世の腰にしがみつく形でヒットした。 プロの怪盗も素人の捨て身タックルまでは予測できなかった。
「(なっ!? こいつ!?)」 女パン3世はバランスを崩す。 二人はもつれ合い屋上のコンクリートの上を無様に転がった。
「(……っ! 捕まえた!)」 ヨウくんは必死だった。 格闘技の技術などない。 ただ離すまいと猿顔の男の胴体に全力でしがみついた。 アスファルトで擦れた手のひらや膝が痛い。 だがそんなことよりいちごを泣かせたこの男への怒りが勝る。
「いまだ! キューティストロベリー!!」 ヨウくんは息も絶え絶えに叫んだ。 今この瞬間に自分にできる全てだった。
いちごは我に返った。 目の前で繰り広げられる信じられない光景。 ヨウくんが。 いつも冷静でデータばかり追いかけていたあのヨウくんが。 自分のために。 ボロボロになって。
(……ヨウくんが……!) (……私の、ために……!) (……泣いてる場合じゃない!)
彼女の瞳から涙はもう消えていた。 羞恥心も恐怖も吹き飛んでいた。 代わりに怒りと感謝とそしてよくわからない熱い感情が彼女の拳に宿る。 (あいつだけは!) (ヨウくんを傷つけようとしたあいつだけは!) (絶対に許さない!)
いちごは立ち上がった。 スカートがめくれ上がるのも構わない。 ノーパンであることなどもうどうでもよかった。 彼女は組み合う二人の元へ駆け寄ると怒りを込めた渾身の右ストレートを構えた。
「(喰らいなさい!)」 「(私の怒りと! ヨウくんの勇気と!)」 「渾身の! ノーパン・パンチッ!!」
ゴスッ! 怒りと羞恥と正義感とそしてヨウくんへの謎の感情が込められた鉄拳が女パン3世の
「(……あ……『
静寂が屋上を包んだ。 聞こえるのはヨウくんの荒い息遣いと遠くを走る車の音だけ。 いちごは拳を握りしめたまま立ち尽くしていた。 ヨウくんは気絶した女パン3世を重そうにどけるとアスファルトの上に大の字になった。 「ハァ……ハァ……つ、疲れた……」
(……勝った) (……勝ったんだ) いちごはゆっくりと実感した。 そして次の瞬間。 我に返った。 (…………あ) (…………ノーパンだった) (…………しかも今ヨウくんの前で大股開いて立ってる……!)
「ひゃああああああ!」 いちごは顔を真っ赤にして慌ててスカートを押さえその場にしゃがみ込んだ。 「(み、見ないで!)」 「(……もう……お嫁にいけない……!)」 さっきまでの勇ましさはどこへやら再び羞恥心が彼女を襲う。
ヨウくんは倒れたままぜえぜえと息をしながらも片手でスマートフォンを取り出した。 そして慣れた手つきで警察に
女パン3世を駆けつけた警察官に引き渡した
二人とも黙ったままだ。 気まずい空気が漂う。 いちごは何を話していいかわからなかった。 今日の出来事はあまりにも衝撃的すぎた。 パンティを盗まれノーパンになり変身にも失敗し挙げ句の果てにはヨウくんに助けられる。 そしてそのヨウくんは見たこともない姿で……。 いちごは隣を歩くヨウくんを盗み見た。 彼はシャツ一枚のままだ。 さっきまでの
その時冷たい夜風がぴゅーと吹き抜けた。 いちごは戦闘の汗が冷えぶるりと身を震わせた。 「……っ」
すると隣を歩いていたヨウくんが無言で立ち止まった。 そして小さくため息をつくと自分が着ていた学園のブレザーを脱ぎいちごの肩にバサリとかけた。
「え?」 いちごは驚いて彼を見上げた。 ブレザーはいちごの身体には大きすぎる。 肩からずり落ちそうになるのを慌てて押さえた。 「わ、なんか今日優しくない?」 思わず心の声がそのまま口から出た。
ヨウくんはシャツ一枚になり寒そうに腕を組むとそっぽを向いて再び歩き出した。 その耳が月明かりの下でわずかに赤くなっているように見えた。 「そんなことはない」 ぶっきらぼうな声が返ってくる。 「風邪を引かれると明日からのデータ収集に支障が出る」 「これは合理的な判断だ」
いちごはそのあまりにもヨウくんらしい言い訳にぷっと吹き出してしまった。 さっきまでの屈辱や疲労そして気まずさが少しだけ軽くなる。 「(……合理的ね)」 彼女は大きなブレザーに袖を通した。 指先まですっぽり隠れるいわゆる「萌え袖」の状態だ。 ブレザーからはヨウくんの匂いがした。 いつも部室で嗅いでいる埃と古い紙の匂い。 それと彼の体温の匂い。 いちごはなぜか顔がカッと熱くなるのを感じた。
「……それにしても!」 いちごは駆け足でヨウくんの隣に並ぶと彼の顔を覗き込んだ。 「びっくりしたよ! やるじゃんヨウくん!」 いちごが明るく言った。 褒め言葉のつもりだった。
「……何がだ」 ヨウくんはそっぽを向いたまま答える。
「タックルだよタックル! あの女パン3世にバーン! って!」 いちごは興奮気味にあのデタラメなタックルの真似をした。 「ヨウくんって全然運動できないと思ってたのに! すごいかっこよかったよ!」
ヨウくんはその言葉にピタリと足を止めた。 「(……かっこよかった?)」 彼の脳内のPCがその単語の意味を検索し処理しようとしてフリーズする。 いちごの屈託のない笑顔。 自分のブレザーを着て喜んでいる姿。 そして「かっこよかった」という初めて聞く評価。
(……これは……) (……データではない) (……なんだこの感覚は……?) (……心拍数上昇。体温上昇。……エラーか?) ヨウくんの心臓が不規則なビートを刻み始める。 (……不整脈か? いや違う……)
「ヨウくん? どうしたの? 真っ赤だよ?」 いちごが不思議そうに彼の顔を覗き込む。 月明かりの下でもわかるほどヨウくんの顔は赤く染まっていた。
「(……!)」 ヨウくんはカッと顔を熱くしながらいちごから目を逸らした。 「……あれは合理的判断ではなかった」 彼は早口で自分に言い聞かせるように言った。 「……君が泣いていたから……」
「え?」
「いや違う!」 ヨウくんは慌てて訂正した。 「……データ収集の対象が危機に瀕していたから介入しただけだ! そうそれだけだ! それ以外の意味はない!」
いちごはその慌てたようなヨウくんの姿を見てきょとんとした。 (……あれ?) (……ヨウくんがあんなに焦ってるの初めてかも……) (……なんか……) いちごの胸もなぜかぽかぽかと温かくなった。 ブレザーのせいだけではない気がした。
「……そっか」 彼女はそれ以上追及せずただニコリと笑った。 「……うん。ありがと。ヨウくん」
「(……っ!)」 ヨウくんはもう何も言えず足早に部室へと向かって歩き出した。 その背中がいつもより大きく見えた。
「あ! 待ってよー!」 いちごは彼の大きなブレザーの袖を揺らしながらその後を追いかけた。
(……あ。忘れてた) いちごは大事なことを思い出した。 「ねえヨウくん!」
「……まだ何か」 ヨウくんが立ち止まらずに答える。
「私の盗まれたパンティと! 泥まみれの新品パンティ!」 「ちゃんと警察に渡したよね!? 証拠品として!」 「……回収してないよね!?」
「(…………)」 ヨウくんは無言で歩く速度をさらに速めた。
「ちょっと! 聞いてるの!?」 (※もちろん両方ちゃっかり回収し証拠はヨウくんが持っていた別のダミー(水玉柄)とすり替えておいたことをいちごはまだ知らない) いちごの問い詰めとヨウくんの無言の逃走。 いつもとはほんの少しだけ違う甘酸っぱい空気が二人の間を流れていた。 珍しくちょっとだけ甘酸っぱい特別な夜だった。