護って!いちごちゃん!〜いちごパンティは見えてるか〜   作:ろくさん

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第13章:カフェの告白? いいえアヌス・ソムリエです その1

 

七月も半ばを過ぎ日差しはすっかり夏のそれだった。 じりじりとアスファルトを焼く太陽。 鳴きしきる蝉の声。 オタ研部室には扇風機(※ヨウくんが修理した年代物)がかろうじて熱風をかき混ぜているだけだ。 桃瀬いちごは机に山積みになった夏休みの宿題を前に完全に思考停止していた。

 

(……むり……終わらない……)

 

特に難解なのは数学と古典。 サインコサインタンジェント。 いとをかしけりなんむ。 彼女の脳にとっては異星の言語と変わらない。 あのホテルでの激闘(VS中居)から数週間。 ご近所は驚くほど平和だった。 パトロールに出ても迷惑住民の姿はなくただ暑いだけの日々。 それは喜ばしいことのはずなのにどこか手持ち無沙汰でそして宿題から逃げる口実もなくて少し困っていた。

 

「……はぁ」 大きなため息が漏れる。 アホ毛もぐったりと垂れている。

 

隣の席ではヨウくんが黙々と新PCに向かっていた。 画面には複雑なコードが並んでいる。 どうやら新しい解析(かいせき)プログラムでも組んでいるらしい。 彼の足元の自作冷風扇だけが部室内の唯一のオアシスだった。 いちごはその涼しい風がこちらにも少し流れてこないかと密かに願ったが風向きは絶妙にヨウくんだけを冷却していた。 (……ケチ)

 

先日のセクハラ事件の後ヨウくんの態度は少しだけ変わった。 相変わらず無表情でデータ収集(盗撮)への情熱も衰えていない。 だがいちごが本気で嫌がるそぶりを見せると(特にあの『良いスジ』発言以来)以前よりは少しだけ配慮()するようになった気がする。 PCのデータ(丸見え履き替え映像)はいちごの見ていないところでしっかりバックアップされているのだがもちろんいちごは知らない。

 

「……桃瀬さん」 ヨウくんが画面から目を離さずに言った。

 

「集中力が切れている。……糖分が不足していると見える」

 

「(……見てたの!?)」 いちごはドキッとした。 (ていうか私の脳の状態まで分析してるの!?)

 

「休憩にするか」 ヨウくんはキーボードの手を止め立ち上がった。 「駅前に新しくできたカフェに行く。……そこのパフェが今日の調査対象だ」

 

「え! カフェ! パフェ!?」 いちごの目が一瞬で輝いた。 宿題地獄からの解放。 甘くて冷たい誘惑。 「行く! 行く行く!」 さっきまでのぐったり感が嘘のように椅子から飛び上がる。

 

「(……よし。糖分(エサ)によるモチベーション回復確認)」 ヨウくんは無表情で頷くと財布とスマートフォン(カメラ・録音アプリ起動済み)を白衣のポケットに入れた。

 

駅前の再開発エリアに新しくオープンしたカフェ『Café Lumière(カフェ・リュミエール)』。 白い壁に大きなガラス窓観葉植物がセンス良く配置されたお洒落な空間だ。 店内は若い女性客やカップルで賑わっており涼しいエアコンの風が心地よかった。 いちごはショーケースに並んだ色とりどりのケーキやパフェに目を輝かせている。

 

「わー! どれも美味しそう!」 「マンゴーパフェもいいなあ……あでも季節限定の白桃パフェも……!」

 

「……席を取る。君は注文してこい」 ヨウくんはそう言うと店内を見渡し窓際の二人掛けテーブルへと向かった。 そこはいちごの姿も店内の様子も観察しやすい絶好のポジションだった。 彼は席に着くとスマートフォンをテーブルの上にさりげなく置きカメラの角度を微調整した。 (……よし。記録開始)

 

いちごはさんざん迷った挙句(十分近く悩んだ)白桃パフェを注文しヨウくんの待つテーブルへと戻ってきた。 ヨウくんは既にアイスコーヒーを飲みながら周囲の客たちの会話音声データを収集分析していた。

 

「お待たせー!」 いちごが席に着くとすぐに店員さんが白桃パフェを運んできた。 グラスに盛られた桃色のグラデーション。 たっぷりの生クリームと瑞々(みずみず)しい白桃のコンポート。 見た目も完璧だ。

 

「わー! すごーい!」 いちごは思わず歓声を上げスマホで写真を撮り始めた。 (ヨウくんに見せるためじゃないもん! 記念だもん!)

 

『(……桃瀬さんの生体反応上昇確認。……糖分摂取による幸福度(こうふくど)の数値化……興味深いデータだ)』 ヨウくんはアイスコーヒーを飲みながら冷静に分析している。

 

「いただきまーす!」 いちごは長いスプーンでパフェをすくった。 冷たい桃の甘さが口の中に広がる。 幸せ。 宿題のストレスも部室の暑さも一瞬で忘れさせてくれる。

 

(……やっぱり夏はパフェだよねー) いちごが至福のひとときに浸っていたその時だった。

 

隣のテーブルからやけに大きな声が聞こえてきた。 そこには若いカップルが座っていた。 男性の方は爽やかなイケメン風だ。 白いシャツが眩しい。 女性の(ユミちゃん)は少し困ったような俯き加減の可愛らしい子だった。 テーブルの上には二人分のコーヒーと彼女の前には食べかけのケーキが置かれている。 一見ごく普通のデート風景。 だが男性(イケメン)が発している言葉の内容は異常だった。

 

「だからユミちゃん昨日の夜ちゃんと出した?」 男性――勇人(はやと)は真剣な表情でしかし大声で尋ねていた。 周囲の客たちの視線がそちらに集まり始めている。

 

「え……あ……うん……」 ユミちゃんは顔を真っ赤にして俯いたままか細い声で答えた。 明らかにこの話題をここでされるのを嫌がっている。

 

「本当かい? 量は? 色は? キレは?」 勇人はさらに畳み掛ける。 彼はまるでソムリエがワインをテイスティングするかのように眉間に皺を寄せ真剣に分析している。 「僕が見るに今日の君の顔色少し悪いよ。目の下のクマも気になる。これは明らかに『(とどこお)り』のサインだ」

 

「(……え? なに? なんの話……?)」 いちごはパフェを食べる手を止め耳をそばだてた。 (出した? 量? 色? キレ……?) (……まさか……う、うんこ……!?) いちごは自分の推測に顔が青ざめた。

 

「そ、そんなことないよ……」 ユミちゃんが涙目で反論しようとする。

 

「いや僕にはわかる」 勇人は自信満々に言い切った。 「君の『(きく)(もん)』は僕が一番よく知っているんだから」

 

「(……き、菊の門!?)」 いちごはスプーンを取り落としそうになった。 (やっぱりそっちの話じゃん!) (しかもこの人自分の彼女のアヌスのことそんな堂々とカフェで大声で!?) (ていうかアヌスソムリエ!?)

 

周囲の客たちも明らかにドン引きしていた。 ひそひそと囁き合う声が聞こえる。 「……やばいあのカップル……」 「……菊の門って……」 「……かわいそう彼女……」

 

だが勇人は全く意に介さない。 彼はユミちゃんの食べかけのケーキを指差した。 「それだよユミちゃん! そのケーキ!」 「生クリーム! 砂糖! 小麦粉! 君の『門』にとってそれは『(あく)』だ!」 「食物繊維(しょくもつせんい)が足りていない! 乳酸菌(にゅうさんきん)もだ!」

 

「で、でも……美味しいし……」

 

「美味しいだけじゃダメなんだ!」 勇人は熱弁を振るう。 「美しさとは内側から! 健康な『門』こそが真の美しさの源泉(げんせん)なんだよ!」 彼はユミちゃんの手を両手で握りしめ熱っぽい目で見つめた。 その光景だけ見ればまるで愛の告白だ。 だが言っている内容は最低最悪だった。

 

「ユミちゃん……僕は君に最高の『門』でいてほしいんだ」 「だから今日の夜は……うん」 勇人は何かを決意したように頷いた。

 

「今日は『ケツノアナ確定(かくてい)』な」

 

「(……け、ケツノアナ確定!?)」 いちごはもう限界だった。 スプーンを持つ手が怒りで震える。 (なにそれ!? どういう意味!?) (ていうかそんな言葉カフェで大声で言わないでよ!)

 

ユミちゃんはついに俯いていた顔を上げ涙声で叫んだ。 「もうやめてよ勇人くん!」 「恥ずかしいよ! みんな見てる!」

 

「恥ずかしい? なぜだい?」 勇人は心底不思議そうな顔をしている。 「僕は君の健康(・・)を心から心配しているだけじゃないか」 「これは(あい)だよユミちゃん!」

 

「(……愛!? これが!?)」 いちごは戦慄した。 この男は本気で言っている。 自分の異常な執着を「愛」や「健康への配慮」だと信じ込んでいる。 悪意がない。 だからこそタチが悪い。 イジュウ・シャーと同じタイプの迷惑住民だ。

 

『(……対象:勇人(はやと)。脅威レベル:D(ただし精神汚染度S)。迷惑レベル:A+(公然わいせつ発言・精神的DV)。……観測史上最もシュールな迷惑住民だ)』 ヨウくんが冷静に(しかし若干引き気味に)分析結果をインカムに送ってきた。

 

「(……ヨウくん! これヤバいよ! あの子かわいそうだよ!)」 いちごは小声で訴えた。

 

『(……ああ。同意する。……だが下手に介入すれば我々も『痴話喧嘩(ちわげんか)』に巻き込まれる可能性がある。……慎重(しんちょう)に行動しろ)』

 

(慎重にって言われても!) いちごは目の前で繰り広げられる地獄絵図(アヌストーク)に我慢できなかった。 ユミちゃんはもうボロボロと涙を流している。 勇人はそんな彼女に気づかず「そうだ! 今から薬局に行って最新の浣腸(かんちょう)薬を……」などと一人で盛り上がっている。

 

(……もう無理!) (私が止める!) いちごはスプーンを置くと静かに席を立った。 (……でもどうやって?) (変身する? こんなカフェで?) (いやでも言葉で言ってわかる相手じゃない……)

 

いちごが逡巡(しゅんじゅん)していると。 勇人がふとこちら(いちご)の存在に気づいた。 彼は涙目のユミちゃんから顔を上げ怪訝(けげん)そうにいちごを見た。

 

「……なんだい君は」 「さっきからジロジロと……人の『プライベート』な会話を盗み聞きするのは良くないな」

 

「(プライベート!? こんな大声でアヌスの話しておいて!?)」 いちごは怒りで反論しそうになった。 だがその前に勇人の視線がいちごのテーブルの上その白桃パフェに注がれていることに気づいた。 彼の目がソムリエのように細められる。

 

「……ほう」 勇人はパフェの構成要素(生クリーム桃アイスクリーム)を分析するかのように眺めた後。 いちごに向かって(さと)すように言った。 その表情は真剣そのものだった。

 

「……君も気をつけた方がいい」 「そのパフェ……見た目は美しいが君の『門』にとっては(ポイズン)だ」

 

「(…………は?)」 いちごの思考が完全に停止した。 (いま……なんて……?) (わたしの……もん……?)

 

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