護って!いちごちゃん!〜いちごパンティは見えてるか〜 作:ろくさん
七月も半ばを過ぎ日差しはすっかり夏のそれだった。 じりじりとアスファルトを焼く太陽。 鳴きしきる蝉の声。 オタ研部室には
(……むり……終わらない……)
特に難解なのは数学と古典。 サインコサインタンジェント。 いとをかしけりなんむ。 彼女の脳にとっては異星の言語と変わらない。 あのホテルでの
「……はぁ」 大きなため息が漏れる。 アホ毛もぐったりと垂れている。
隣の席ではヨウくんが黙々と新PCに向かっていた。 画面には複雑なコードが並んでいる。 どうやら新しい
先日のセクハラ事件の後ヨウくんの態度は少しだけ変わった。 相変わらず無表情でデータ
「……桃瀬さん」 ヨウくんが画面から目を離さずに言った。
「集中力が切れている。……糖分が不足していると見える」
「(……見てたの!?)」 いちごはドキッとした。 (ていうか私の脳の状態まで分析してるの!?)
「休憩にするか」 ヨウくんはキーボードの手を止め立ち上がった。 「駅前に新しくできたカフェに行く。……そこのパフェが今日の調査対象だ」
「え! カフェ! パフェ!?」 いちごの目が一瞬で輝いた。 宿題地獄からの解放。 甘くて冷たい誘惑。 「行く! 行く行く!」 さっきまでのぐったり感が嘘のように椅子から飛び上がる。
「(……よし。
駅前の再開発エリアに新しくオープンしたカフェ『Café Lumiè
「わー! どれも美味しそう!」 「マンゴーパフェもいいなあ……あでも季節限定の白桃パフェも……!」
「……席を取る。君は注文してこい」 ヨウくんはそう言うと店内を見渡し窓際の二人掛けテーブルへと向かった。 そこはいちごの姿も店内の様子も観察しやすい絶好のポジションだった。 彼は席に着くとスマートフォンをテーブルの上にさりげなく置きカメラの角度を微調整した。 (……よし。記録開始)
いちごはさんざん迷った
「お待たせー!」 いちごが席に着くとすぐに店員さんが白桃パフェを運んできた。 グラスに盛られた桃色のグラデーション。 たっぷりの生クリームと瑞々(みずみず)しい白桃のコンポート。 見た目も完璧だ。
「わー! すごーい!」 いちごは思わず歓声を上げスマホで写真を撮り始めた。 (ヨウくんに見せるためじゃないもん! 記念だもん!)
『(……桃瀬さんの生体反応上昇確認。……糖分摂取による
「いただきまーす!」 いちごは長いスプーンでパフェをすくった。 冷たい桃の甘さが口の中に広がる。 幸せ。 宿題のストレスも部室の暑さも一瞬で忘れさせてくれる。
(……やっぱり夏はパフェだよねー) いちごが至福のひとときに浸っていたその時だった。
隣のテーブルからやけに大きな声が聞こえてきた。 そこには若いカップルが座っていた。 男性の方は爽やかなイケメン風だ。 白いシャツが眩しい。 女性の
「だからユミちゃん昨日の夜ちゃんと出した?」 男性――
「え……あ……うん……」 ユミちゃんは顔を真っ赤にして俯いたままか細い声で答えた。 明らかにこの話題をここでされるのを嫌がっている。
「本当かい? 量は? 色は? キレは?」 勇人はさらに畳み掛ける。 彼はまるでソムリエがワインをテイスティングするかのように眉間に皺を寄せ真剣に分析している。 「僕が見るに今日の君の顔色少し悪いよ。目の下のクマも気になる。これは明らかに『
「(……え? なに? なんの話……?)」 いちごはパフェを食べる手を止め耳をそばだてた。 (出した? 量? 色? キレ……?) (……まさか……う、うんこ……!?) いちごは自分の推測に顔が青ざめた。
「そ、そんなことないよ……」 ユミちゃんが涙目で反論しようとする。
「いや僕にはわかる」 勇人は自信満々に言い切った。 「君の『
「(……き、菊の門!?)」 いちごはスプーンを取り落としそうになった。 (やっぱりそっちの話じゃん!) (しかもこの人自分の彼女のアヌスのことそんな堂々とカフェで大声で!?) (ていうかアヌスソムリエ!?)
周囲の客たちも明らかにドン引きしていた。 ひそひそと囁き合う声が聞こえる。 「……やばいあのカップル……」 「……菊の門って……」 「……かわいそう彼女……」
だが勇人は全く意に介さない。 彼はユミちゃんの食べかけのケーキを指差した。 「それだよユミちゃん! そのケーキ!」 「生クリーム! 砂糖! 小麦粉! 君の『門』にとってそれは『
「で、でも……美味しいし……」
「美味しいだけじゃダメなんだ!」 勇人は熱弁を振るう。 「美しさとは内側から! 健康な『門』こそが真の美しさの
「ユミちゃん……僕は君に最高の『門』でいてほしいんだ」 「だから今日の夜は……うん」 勇人は何かを決意したように頷いた。
「今日は『ケツノアナ
「(……け、ケツノアナ確定!?)」 いちごはもう限界だった。 スプーンを持つ手が怒りで震える。 (なにそれ!? どういう意味!?) (ていうかそんな言葉カフェで大声で言わないでよ!)
ユミちゃんはついに俯いていた顔を上げ涙声で叫んだ。 「もうやめてよ勇人くん!」 「恥ずかしいよ! みんな見てる!」
「恥ずかしい? なぜだい?」 勇人は心底不思議そうな顔をしている。 「僕は君の
「(……愛!? これが!?)」 いちごは戦慄した。 この男は本気で言っている。 自分の異常な執着を「愛」や「健康への配慮」だと信じ込んでいる。 悪意がない。 だからこそタチが悪い。 イジュウ・シャーと同じタイプの迷惑住民だ。
『(……対象:
「(……ヨウくん! これヤバいよ! あの子かわいそうだよ!)」 いちごは小声で訴えた。
『(……ああ。同意する。……だが下手に介入すれば我々も『
(慎重にって言われても!) いちごは目の前で繰り広げられる
(……もう無理!) (私が止める!) いちごはスプーンを置くと静かに席を立った。 (……でもどうやって?) (変身する? こんなカフェで?) (いやでも言葉で言ってわかる相手じゃない……)
いちごが
「……なんだい君は」 「さっきからジロジロと……人の『プライベート』な会話を盗み聞きするのは良くないな」
「(プライベート!? こんな大声でアヌスの話しておいて!?)」 いちごは怒りで反論しそうになった。 だがその前に勇人の視線がいちごのテーブルの上その白桃パフェに注がれていることに気づいた。 彼の目がソムリエのように細められる。
「……ほう」 勇人はパフェの
「……君も気をつけた方がいい」 「そのパフェ……見た目は美しいが君の『門』にとっては
「(…………は?)」 いちごの思考が完全に停止した。 (いま……なんて……?) (わたしの……もん……?)