護って!いちごちゃん!〜いちごパンティは見えてるか〜 作:ろくさん
悪質な撮り鉄を成敗してご近所の平和を護ったプリティストロベリー。可愛らしく正義に燃えるヒーローが如何にして誕生したのか。コレは少女の覚醒、そんなお
時は数カ月前に遡る。
*
桃瀬いちごは、悩んでいた。
高校に入学して早二ヶ月。五月病というには時期を逸し、夏服への衣替えを間近に控えた、気だるい昼下がり。
五時間目の古典の授業は、まるで催眠術の呪文だ。
(うう……『すいーとはーと』の新作ソフビ、予約しなきゃ……)
彼女の脳内は、週末に放送されたばかりの少女向けニチアサアニメ『マジカルプリンセス・スウィートハート』のことで占められている。
黒板に書かれる「いとをかし」よりも、スウィートハートの必殺技「プリンセス・ハートフル・スプラッシュ」の方が、よほど彼女の心を揺さぶる。
(なんで高校生にもなって、って言うけど、面白いんだからしょうがないじゃん……)
ちらり、と横目で教室を見渡す。
真面目にノートを取る子。こっそりスマホをいじる子。完全に夢の世界に旅立っている子。
そして、休み時間になれば、コスメや、アイドルの話、あるいは彼氏ができたの別れたので盛り上がる友人たち。
いちごは、その輪に入れないわけではない。
クラスメイトは皆いい子たちだ。いちごのことも、明るくて元気な、少し(かなり)趣味が子供っぽい子、として受け入れてくれている。
だが。
(……本当の『好き』を、全力で語り合える場所が、欲しい)
そう、心の底から渇望していた。
自分がどれだけ『スウィートハート』の作画の素晴らしさや、敵幹部の造形の奥深さを語っても、返ってくるのは「へー、詳しいね(苦笑)」という、薄い壁を感じる反応だけ。
それが、少しだけ寂しかった。
キーンコーンカーンコーン。
終業のチャイムが、いちごを
「あー、終わったー!」
いちごが「んーっ!」と背伸びをしていると、クラスの陽キャグループのリーダー格である、佐藤さんが声をかけてきた。
「いちご、この後カラオケ行かない? 新しいカフェのパフェも捨てがたいけど!」
「あ、ごめん佐藤さん! 私、今日ちょっと、画材屋さんに寄って行きたくて……」
「画材? あ、また描くの? あの、キラキラした目のやつ?」
「そ、そう! 『スウィートハート』の! 今度の敵幹部が最高でさ!」
いちごが、待ってましたとばかりにカバンからスケッチブックを取り出そうとすると、佐藤さんは「あはは」と乾いた笑いを浮かべた。
「もー、いちごは本当にそれが好きだねー。子供っぽーい」
その一言。
悪気がないのは、わかっている。
むしろ、親しみを込めた「イジり」であることも、理解している。
だが、いちごの表情が、コンマ数秒、真顔になった。
頭のてっぺのアホ毛が、ぴくん、と不機嫌そうに震える。
「……子供っぽくて、何が悪いの」
「え?」
「佐藤さんだって、あのクマのキャラクターのキーホルダー、いっぱいつけてるじゃん。あれは良くて、私のアニメはダメなの? 『好き』に、子供も大人も関係ないよ!」
「あ、いや、私、そんなつもりじゃ……」
思ったより強い口調に、佐藤さんがたじろいだ。
いちごは、ハッとして、慌てて笑顔を取り繕う。
「あ、ご、ごめん! つい熱くなっちゃって! えっと、カラオケは、また今度誘って!」
「う、うん……」
気まずそうに去っていく友人たちの背中を見送りながら、いちごは「はぁ」と大きなため息をついた。
(またやっちゃった……)
(でも、好きなモノを『子供っぽい』の一言でバカにされるのは、我慢できないんだもん……)
自己嫌悪と、譲れない情熱の間で、心臓がギシギシと軋む。
そんなモヤモヤを抱えたまま、昇降口に向かう途中。
雑多な部活動勧誘のポスターが貼られた、薄暗い掲示板の隅に、それはあった。
『現代文化研究会』
『部員募集』
『活動内容:アニメ、漫画、ゲーム、その他現代文化全般の研究』
手書きの、お世辞にも上手いとは言えない文字。
隅っこには、申し訳程度に、どこか既視感のある「ラッキースケベ系」アニメのヒロインらしき、拙いイラストが描かれている。
いちごは、そのビラに、釘付けになった。
(現代……文化……研究会……)
(これって、もしかして……)
ゴクリ、と唾を飲み込む。
(いわゆる、『オタ研』ってやつ!?)
この学校に、そんな部活があったなんて。
いちごの心臓が、さっきとは違う理由で、高鳴り始めた。
アホ毛が、期待に、ぴこん、ぴこんとアンテナのように揺れる。
活動場所は、「旧館三階・突き当たり」と書かれていた。
「(行くしか、ない……!)」
いちごは、画材屋に向かうはずだった足を、ぐるりと反転させた。
カビと埃の匂いがする、旧館。
ギシギシと鳴る階段を三階まで上がり、突き当たりの、ペンキが剥げかけたドアの前に立つ。
『現代文化研究会』と書かれた、真新しい(ただし安っぽい)プレートが、傾いてぶら下がっていた。
(ど、どうしよう……)
(もし、怖い人たちだったら……)
(でも、ここでしか、私は……!)
意を決して、ドアを、コンコン、とノックする。
返事はない。
もう一度。
……やはり、返事はない。
(留守かな……)
諦めかけた、その時。
ドアの向こう側で、カタン、と、何か本が床に落ちるような、小さな音がした。
(いる!)
いちごは、思い切って、錆びたドアノブに手をかけた。
ギイイイイ……という、ホラー映画の効果音のような音を立てて、ドアが開く。
「あ、あの! 入部希望の、桃瀬いちごです!」
先に、声だけを、室内に放り込んだ。
「…………」
返ってきたのは、沈黙。
そして、無数の視線。
いや、視線ではない。無数のフィギュアの、プラスチックの目玉だった。
そこは、物置だった。
使われなくなった長机とパイプ椅子。窓を塞ぐように積み上げられた、黄ばんだ漫画のタワー。床に散乱するゲームソフト。そして、壁一面のポスター。
その全てが、いちごが(表立っては言えないが)愛する「文化」で埋め尽くされていた。
そして、その
一番奥の机で、ノートパソコンに向かっていた一人の男子生徒が、信じられないものを見た、という顔で、ゆっくりとこちらを振り向いた。
黒縁のスクエアメガネ。
前髪はやや長めで、目が隠れがち。色白で細面。
感情というものが、まるで抜け落ちたかのような、無表情。
「……いま、なんと言った」
かろうじて、声が出た、という感じの呟きだった。
彼は、机の下で、慌てて開いていたラッキースケベ
「あ、あの! 入部希望です! ここ、現代文化研究会、ですよね!?」
いちごが、期待に満ちた瞳で、一歩、足を踏み入れる。
男子生徒は、椅子から半分腰を浮かせたまま、固まっていた。
(だ、誰だ……!?)
(せ、制服……うちの生徒……?)
(え? 美少女……?)
(なぜ、この……俺だけが築き上げた
彼の名は、ヨウくん。
この現代文化研究会を、「学校で堂々とオタ活がしたい」という、ただそれだけの理由で立ち上げた、創設者であり、会長であり、そして、唯一の部員だった。
「(入部……? 希望……?)」
ヨウくんは、混乱していた。
まさか、自分以外の、しかも、こんな、雑誌から抜け出してきたような(それでいて、どこか親しみやすい)美少女が、この
「あ、あの……ダメ、でしたか?」
いちごが、不安そうに眉をひそめる。
アホ毛が、しゅん、と垂れ下がった。
その「アホ毛」の動きに、ヨウくんのオタクとしてのアンテナが、ビビッと反応した。
(……今、動いた)
(物理法則……いや、感情と連動しているのか……?)
(……面白い)
ヨウくんは、スウ、と息を吸い込むと、平静を装い(元々無表情だが)、椅子に座り直した。
「……いや」
メガネの位置を、クイ、と中指で直す。
「……歓迎、する。現代文化研究会へ、ようこそ。桃瀬、いちごさん」
こうして、部員二名のオタ研は、その日、本当の意味で活動を開始した。
それからの日々は、いちごにとって、夢のようだった。
放課後、旧館の部室に行けば、同じ「文化」を愛する(方向性は少し違うが)仲間がいる。
ヨウくんは、基本的には無口で、ずっとPCに向かって何か(※主にラッキースケベ系サイトの巡回とデータ分析)をしているか、漫画を読んでいるかだったが、いちごが『スウィートハート』の素晴らしさを熱弁しても、決して「子供っぽい」とは言わなかった。
「……なるほど。その作画監督の回は、確かに、光の使い方が独特だな」
などと、専門的な(オタク的な)返事をくれる、唯一無二の存在だった。
そして、何より、いちごには、この部室でやりたいことがあった。
「ヨウくん!」
ある日の放課後。いちごは、一冊のスケッチブックを、ヨウくんの前に、ドン! と広げた。
「これ! 私、作りたい!」
そこに描かれていたのは、子供の落書きとは一線を画す、熱量と、異様なほどのこだわりが詰まった、一枚のデザイン画だった。
フリルが幾重にも重なり、リボンがあしらわれ、ブーツの細部にまで指定が書き込まれた、完璧な「魔法少女」のコスチューム。
『プリティストロベリー(仮)』と、書かれていた。
「コスプレ……?」
「そう! 私、衣装作るの、趣味なんだ! でも、今までは、自分のお小遣いじゃ材料費も限界があって……」
いちごは、目を輝かせて、そのデザインのコンセプトを熱弁する。
「ここは、『スウィートハート』のオマージュで!」
「このフリルは、伝説のアニメ『マジカル・ルル』へのリスペクトで!」
ヨウくんは、そのデザイン画を、無表情のまま、食い入るように見つめていた。
(……すごい熱量だ)
(だが、それ以上に……)
彼の視線は、デザイン画の、特に「スカート」と書かれた部分に集中していた。
(……このスカート丈)
(この、絶妙な、防御と露出のバランス)
(……わかってる)
ヨウくんは、いちごのオタクとしての「
「……いいだろう」
ヨウくんは、立ち上がると、
「学校の
「ほんと!? やったー!」
衣装製作の日々は、さらに楽しかった。
ヨウくんは、どこから調達したのか、最新式の家庭用ミシンや、特殊な工具を部室に持ち込んだ。
彼の手にかかれば、いちごが「こんな感じ」とイメージで伝えたフリルのギャザーも、完璧なドレープとなって再現される。
「すごい! ヨウくん、なんでそんなことできるの!? 魔法使いみたい!」
「……妖精、とでも呼んでくれ」
「妖精さん! さすが!」
(違う、桃瀬さん。これは魔法じゃない、物理演算と、型紙への情熱だ)
とは、彼は言わなかった。
そして、運命の「採寸」の日が来た。
「え? スリーサイズ? えー、恥ずかしいよぉ」
「衣装製作において、採寸は設計図の基礎だ。誤差は、完成度に直結する」
ヨウくんは、いつになく真剣な(無表情な)顔で、メジャーを構えていた。
彼の内心は(来た……来たぞ……! 合法的接触……!)と荒れ狂っていたが、いちごは気づかない。
「う、うん……わかった。じゃあ、お願い……」
いちごは、
ヨウくんの手が、ゆっくりと、いちごの背中に回る。
(……近い)
いちごは、間近にあるヨウくんの無表情な顔と、自分でも知らなかった彼の(意外としっかりした)指の感触に、心臓が跳ねた。
(……柔らかい)
ヨウくんは、メジャー越しに伝わる、未発達ながらも、明確な「主張」を感じ取り、無表情の裏で、血圧が沸騰するのを必死に堪えていた。
「……B、83」
「ひゃっ! い、言わないでよ!」
「……W、56」
ヨウくんの指が、腰のくびれをなぞる。
「んっ……」
いちごは、くすぐったさと恥ずかしさで、変な声が出た。
「……H、82」
メジャーが、最後の聖域を計測する。
(この弾力……! このカーブ……! まさに黄金比……!)
「も、もういいでしょ!」
いちごが、顔を真っ赤にして彼の手を振り払う。
「……ああ。データは取れた」
ヨウくんは、ツー、と鼻から流れた一筋の血を、白衣の袖で、何事もなかったかのように拭った。
製作は、最終段階に入った。
特に、ヨウくんがこだわったのは、スカート丈だった。
「えー? ヨウくん、このデザイン画より、ちょっと短くない?」
いちごが、仮縫いのスカートを当てて、首をかしげる。
「……気のせいだ」
「だって、これじゃ、ちょっと動いたら、見え……」
「
ヨウくんは、メガネを光らせて、断言した。
「ヒーローは、動けなくては意味がない。この五ミリの短さが、君の足の可動域を、三パーセント向上させる。……計算上は」
「そ、そっかぁ……。ヨウくんが言うなら……」
いちごは、納得してしまった。
(さすが妖精さん! そこまで考えてたんだ!)
ヨウくんが(ローアングルからのパンティの視認率が十三パーセント向上する)と計算していたことなど、知る由もない。
そして、ついに。
すべてのパーツが組み上がり、マネキンに着せられた「それ」を前に、二人は息を飲んだ。
「「…………」」
白を基調とした、完璧なコスチューム。
胸元に輝くピンクのリボン。水色のアクセント。
デザイン画から抜け出してきた、いや、それ以上の「本物」が、そこにあった。
「……できたね、ヨウくん」
「……ああ。できたな、桃瀬さん」
いちごは、ゴクリ、と喉を鳴らすと、決意に満ちた顔で、ヨウくんを振り返った。
「ヨウくん! 私……着てみる!」
「(……来る!)」
ヨウくんは、無表情の裏で、ガッツポーズをした。
部室の隅にある、カーテン(※ヨウくんが設置した)の裏で、いちごが制服を脱ぐ音が、サワサワと聞こえる。
ヨウくんは、平静を装い、PCに向かう。
だが、彼の耳は、壁に当てられていた。
(よし、ブラウスを脱いだ)
(スカートのホックが外れる音……)
(……ストッキング。そして、今、肌着に……)
彼の脳内では、完璧な3Dモデルが生成されつつあった。
「……お待たせ!」
カーテンが、シャッ、と開く。
「どうかな、ヨウくん!」
そこに、立っていた。
夕日が差し込む部室の中、埃がきらきらと舞う光の中で。
デザイン画から抜け出した、本物の「プリティストロベリー」が、少し恥ずかしそうに、しかし誇らしげに、ポーズを決めていた。
「すごい……! 軽い! 動きやすい!」
いちごは、その場でクルクルと回ってみせる。
計算され尽くしたスカートが、遠心力で、ふわりと舞った。
その下で、彼女が今日履いていた、白地に小粒のイチゴ柄が、一瞬、輝いた。
ヨウくんは、無表情のまま、椅子から立ち上がった。
そして、ツー、と、今日二度目の鼻血が、彼の顎を濡らした。
(……完璧だ)
(僕の技術と、彼女の
「あ! ヨウくん、鼻血!」
「……問題ない。仕様だ」
ヨウくんは、血を拭うと、興奮に目を輝かせている(自分の鼻血には気づいていない)、完璧な「作品」に、静かに告げた。
「桃瀬さん」
「はい!」
「その衣装で……僕と、ショーをしないか?」