護って!いちごちゃん!〜いちごパンティは見えてるか〜 作:ろくさん
九月に入り朝晩はようやく涼しくなってきたが日中はまだ残暑が厳しい。 オタ研部室には窓から入り込む西日が床に長い影を落としていた。 夏休みは終わり二学期が始まって数週間。 桃瀬いちごは机に向かい必死にノートを取っていた。 だが内容は頭に入ってこない。 古典の助動詞活用表がまるで古代呪文のように見える。
(……むり……『けら』とか『なり』とか……わかんない……)
あの広場でのクマ騒動と動物愛護クレーマーとの激闘からしばらく経つ。 幸いクマは無事に山へ返されピースケさんも大きな怪我はなかったらしい(ただし警察で厳重注意を受けたと聞いた)。 それ以来町は驚くほど平和だった。 いちごのパトロールも空振りが続きそれはそれで良いことなのだが少しだけ張り合いがない気もしていた。 そして何より平和な日々は容赦なく「学業」という現実を突きつけてくる。
「……はぁ」 いちごはペンを置き天井を仰いだ。 扇風機がギシギシと音を立てて回っている。 アホ毛も力なく垂れていた。
隣の席ではヨウくんが新PCのキーボードを静かに叩いていた。 画面には何かの会員データベースらしきものが表示され暗号化された情報が並んでいる。 彼は最近「情報セキュリティ」に興味を持ち始めたらしい。 (※実際は様々な組織のデータベースへの
(……平和すぎて逆に怖い……) (……絶対また何か変な事件起きるんだ……) いちごのヒーローとしての
「桃瀬さん」 ヨウくんが画面から目を離さずに言った。 「君の脳内リソースが完全に停止している。……エントロピーが増大する前に外部からの
「えー! パトロール!? 今日は宿題やるって決めたのに!」 いちごは慌ててノートに向き直った。 (ここでサボったら絶対ヨウくんにネチネチ言われる……!)
「宿題は帰ってからでもできる」 ヨウくんは冷静に返す。 「データによれば駅前周辺での『
「……勧誘? 壺?」 いちごは首をかしげた。
「ああ。特定の宗教団体によるものと推測される」 ヨウくんの目が分析モードで光る。 「……我々のデータベースによればこの地域で活動が確認されているのは……『
「統一学会……なんか名前だけは聞いたことあるかも……」 いちごは眉をひそめた。 あまり良いイメージはない。 (……でも宗教の勧誘ってそんなに『迷惑』なのかな……?) 断れば済む話なのでは? いちごは少し疑問に思った。
「油断するな桃瀬さん」 ヨウくんはいちごの思考を読んだかのように言った。 「彼らの勧誘手口は
「(……そんなにヤバいの!?)」 いちごの顔色が変わった。 ただの迷惑な勧誘ではない。 人の人生を狂わせるかもしれない危険な存在。 (……それは見過ごせない!)
「わかった! 行くよヨウくん!」 いちごはペンを置き勢いよく立ち上がった。 宿題のことなど(またしても)頭から消え去っていた。
「(……よし。
平日の夕方駅前ロータリーは学校帰りの学生や仕事帰りの人々で賑わっていた。 バスやタクシーがひっきりなしに行き交い様々な音が混じり合っている。 いちごは少し緊張した面持ちで周囲を見渡した。 ヨウくんは少し離れた
「(……それらしき人はいないね)」 いちごは小声で呟いた。 普通の通行人ばかりだ。 どこに危険な勧誘員が潜んでいるというのだろう。
『(……油断するな。彼らは
「(……悩みや不安……)」 いちごは自分の顔をぺたぺたと触った。 (私……宿題終わってなくてめっちゃ不安そうな顔してないかな……?) 急に自分がターゲットにされる気がして背筋が寒くなった。
その時だった。 いちごの少し前を歩いていた若い
すると。 どこからともなくすっと一人の初老の女性が現れその大学生の隣に立った。 年の頃は六十代後半だろうか。 小柄で
「あらあらお嬢さん」 おばあさん――神谷
「え……?」 大学生は驚いて顔を上げた。 突然見知らぬ老婆に話しかけられ戸惑っている。 「あ、いえ……別に……」
「
「(……うわあ……出た……!)」 いちごは思わず後ずさった。 あからさまに怪しい。 だが幸恵の優しい声と穏やかな
「ええ」 幸恵は深く頷いた。 目は一切笑っていない。 「あなたを守ってくださるはずのご先祖様が苦しんでいらっしゃる。だからあなたの悩みも晴れないのです」 「でも大丈夫。わたくしがお救いする方法を知っておりますの」
幸恵は持っていた布製のカバンから一冊の本を取り出した。 金色の文字で『
「(……きた! 本!) いちごは身構えた。 次はお金の話になるはずだ。
「……あ、でも私お金……」 大学生が言いかけた。
「あらお金のことなど心配なさらないで」 幸恵は
「(……たっか! しかも値段変わりすぎ!)」 いちごは心の中で叫んだ。 これはもう
「あらあら悩んでいらっしゃる」 幸恵はため息をついた。 「……仕方ありませんわね。ではこの『
(壺まで出てきた! しかも一万円!? ぼったくり!) いちごはもう我慢の限界だった。 このままではあの大学生は
『(……対象:神谷 幸恵通称『ホルホルおばさん』特定完了)』 ヨウくんの声が冷静にターゲット情報を告げる。 『(……統一学会の
「(わかってる!)」 いちごは拳を握りしめた。 (私が止める!) 彼女は幸恵と大学生の間に割って入ろうと一歩踏み出した。
だがその瞬間。 どこからともなくすっと二人の若い男が現れ大学生の両脇を固めた。 爽やかな笑顔を浮かべているが幸恵と同じく目が笑っていない。 おそらく幸恵の仲間「青年部」だろう。
「こんにちは! 僕たちも
「(……くっ!
幸恵はいちごの存在に気づいたのかちらりとこちらを見た。 そしてすぐに興味を失ったように大学生に向き直る。 「さあお嬢さん。どちらになさいます? 聖典? それとも壺?」 「あなたの幸福はすぐそこにありますのよ?」 彼女の声はどこまでも優しく
(……許せない……!) (人の弱みにつけ込んで!) (こんなやり方……!) いちごの中で怒りの炎が静かに燃え上がり始めた。