護って!いちごちゃん!〜いちごパンティは見えてるか〜   作:ろくさん

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第15章:救済(しあわせ)はいかが? 聖水と罪深きイチゴ その1

 

九月に入り朝晩はようやく涼しくなってきたが日中はまだ残暑が厳しい。 オタ研部室には窓から入り込む西日が床に長い影を落としていた。 夏休みは終わり二学期が始まって数週間。 桃瀬いちごは机に向かい必死にノートを取っていた。 だが内容は頭に入ってこない。 古典の助動詞活用表がまるで古代呪文のように見える。

 

(……むり……『けら』とか『なり』とか……わかんない……)

 

あの広場でのクマ騒動と動物愛護クレーマーとの激闘からしばらく経つ。 幸いクマは無事に山へ返されピースケさんも大きな怪我はなかったらしい(ただし警察で厳重注意を受けたと聞いた)。 それ以来町は驚くほど平和だった。 いちごのパトロールも空振りが続きそれはそれで良いことなのだが少しだけ張り合いがない気もしていた。 そして何より平和な日々は容赦なく「学業」という現実を突きつけてくる。

 

「……はぁ」 いちごはペンを置き天井を仰いだ。 扇風機がギシギシと音を立てて回っている。 アホ毛も力なく垂れていた。

 

隣の席ではヨウくんが新PCのキーボードを静かに叩いていた。 画面には何かの会員データベースらしきものが表示され暗号化された情報が並んでいる。 彼は最近「情報セキュリティ」に興味を持ち始めたらしい。 (※実際は様々な組織のデータベースへの侵入(ハッキング)テストを行っているだけだがいちごは知らない) 彼の頬にはもう傷一つない。 前回の「スポーツドリンクビーム」事件も彼は「冷却感謝する」の一言で済ませ(そしてちゃっかり濡れたメガネのレンズに付着した飛沫(ひまつ)からいちごのDNAサンプルを採取し)何事もなかったかのように振る舞っている。 それが逆にいちごには少し怖かった。

 

(……平和すぎて逆に怖い……) (……絶対また何か変な事件起きるんだ……) いちごのヒーローとしての()が警鐘を鳴らしていた。

 

「桃瀬さん」 ヨウくんが画面から目を離さずに言った。 「君の脳内リソースが完全に停止している。……エントロピーが増大する前に外部からの刺激(パトロール)が必要と判断する」

 

「えー! パトロール!? 今日は宿題やるって決めたのに!」 いちごは慌ててノートに向き直った。 (ここでサボったら絶対ヨウくんにネチネチ言われる……!)

 

「宿題は帰ってからでもできる」 ヨウくんは冷静に返す。 「データによれば駅前周辺での『不審接触事案(ふしんせっしょくじあん)』の報告が増加している」 彼はPC画面を切り替え駅前ロータリーの地図といくつかの匿名化された通報記録を表示した。 『しつこい勧誘(かんゆう)にあった』『知らない人に先祖(せんぞ)がどうとか言われた』『高そうな(つぼ)を勧められた』……。

 

「……勧誘? 壺?」 いちごは首をかしげた。

 

「ああ。特定の宗教団体によるものと推測される」 ヨウくんの目が分析モードで光る。 「……我々のデータベースによればこの地域で活動が確認されているのは……『統一学会(とういつがっかい)』。要注意団体だ」

 

「統一学会……なんか名前だけは聞いたことあるかも……」 いちごは眉をひそめた。 あまり良いイメージはない。 (……でも宗教の勧誘ってそんなに『迷惑』なのかな……?) 断れば済む話なのでは? いちごは少し疑問に思った。

 

「油断するな桃瀬さん」 ヨウくんはいちごの思考を読んだかのように言った。 「彼らの勧誘手口は巧妙(こうみょう)かつ執拗(しつよう)だ。心理的な(よわ)みにつけ込み高額な物品(ぶっぴん)を売りつけたり家族や友人との関係を破壊(はかい)するケースも報告されている」 「……我々の『ご近所の平和』を(おびや)かす存在である可能性は高い」

 

「(……そんなにヤバいの!?)」 いちごの顔色が変わった。 ただの迷惑な勧誘ではない。 人の人生を狂わせるかもしれない危険な存在。 (……それは見過ごせない!)

 

「わかった! 行くよヨウくん!」 いちごはペンを置き勢いよく立ち上がった。 宿題のことなど(またしても)頭から消え去っていた。

 

「(……よし。正義感(ジャスティス)による行動誘発(ゆうはつ)確認)」 ヨウくんは無表情で頷くと白衣を羽織り最新型のピンホールカメラ(※4K録画・AI動体追尾機能付き)を胸ポケットに仕込んだ。

 

平日の夕方駅前ロータリーは学校帰りの学生や仕事帰りの人々で賑わっていた。 バスやタクシーがひっきりなしに行き交い様々な音が混じり合っている。 いちごは少し緊張した面持ちで周囲を見渡した。 ヨウくんは少し離れた場所雑踏(ざっとう)に紛れながら新PC(タブレットモード)で監視を続けている。 上空には光学迷彩ドローンが待機していた。

 

「(……それらしき人はいないね)」 いちごは小声で呟いた。 普通の通行人ばかりだ。 どこに危険な勧誘員が潜んでいるというのだろう。

 

『(……油断するな。彼らは獲物(ターゲット)慎重(しんちょう)選定(せんてい)する)』 インカムからヨウくんの冷静な声が飛ぶ。 『(……特に一人で歩いている若者悩みや不安を抱えていそうな表情の人物を狙う傾向がある)』

 

「(……悩みや不安……)」 いちごは自分の顔をぺたぺたと触った。 (私……宿題終わってなくてめっちゃ不安そうな顔してないかな……?) 急に自分がターゲットにされる気がして背筋が寒くなった。

 

その時だった。 いちごの少し前を歩いていた若い女性(おそらく大学生)がふと足を止めた。 彼女はスマートフォンの画面を見ながら何か考え込んでいる様子だった。 表情は暗くため息をついている。 まさにヨウくんが言った「悩みや不安を抱えていそうな」人物だった。

 

すると。 どこからともなくすっと一人の初老の女性が現れその大学生の隣に立った。 年の頃は六十代後半だろうか。 小柄で質素(しっそ)なグレーのスーツを着ている。 白髪交じりの髪をきちんとまとめ(おだ)やかな笑顔を浮かべていた。 一見ごく普通の親切そうなおばあさんだ。 だがその目。 いちごは違和感を覚えた。 目が全く笑っていないのだ。 爬虫類(はちゅうるい)のように冷たく相手の心の(すき)を探るような鋭い光を宿していた。

 

「あらあらお嬢さん」 おばあさん――神谷 幸恵(かみや さちえ)はいちごが警戒心を抱く間もなく大学生に話しかけた。 その声は(すず)を転がすように優しく耳に心地よい。 「どうかなさいました? お顔に深い悩みの影が()えますわ」

 

「え……?」 大学生は驚いて顔を上げた。 突然見知らぬ老婆に話しかけられ戸惑っている。 「あ、いえ……別に……」

 

(かく)さなくてもよろしいのですよ」 幸恵は大学生の手をそっと両手で包み込んだ。 その手は驚くほど冷たかった。 「わたくしには視えるのです。あなたの(たましい)(くも)りが……ご先祖様からの大切なメッセージが届いていないのですね」

 

「(……うわあ……出た……!)」 いちごは思わず後ずさった。 あからさまに怪しい。 だが幸恵の優しい声と穏やかな物腰(ものごし)そして「ご先祖様」という言葉に大学生は警戒心を解き始めてしまったようだった。 「……ご先祖様……ですか?」

 

「ええ」 幸恵は深く頷いた。 目は一切笑っていない。 「あなたを守ってくださるはずのご先祖様が苦しんでいらっしゃる。だからあなたの悩みも晴れないのです」 「でも大丈夫。わたくしがお救いする方法を知っておりますの」

 

幸恵は持っていた布製のカバンから一冊の本を取り出した。 金色の文字で『真理(しんり)への道』と書かれた分厚い本だ。 「この『聖典(せいてん)』を読めばご先祖もあなたも必ず救われます。魂が浄化(じょうか)され幸福(しあわせ)が訪れますわ」

 

「(……きた! 本!) いちごは身構えた。 次はお金の話になるはずだ。

 

「……あ、でも私お金……」 大学生が言いかけた。

 

「あらお金のことなど心配なさらないで」 幸恵は慈愛(じあい)に満ちた(ように見える)笑顔を向けた。 「この聖典は定価(ていか)十万円ですが今なら特別に学生さん割引(わりびき)で五万円。さらにこの場で即決(そっけつ)くだされば三万円でお(ゆず)りしますわ」 「……もちろん分割(ぶんかつ)払いも可能ですのよ? あなたの未来(みらい)への投資(とうし)ですもの」

 

「(……たっか! しかも値段変わりすぎ!)」 いちごは心の中で叫んだ。 これはもう悪徳商法(あくどくしょうほう)レベルだ。 大学生もさすがに値段を聞いて顔を引きつらせている。 「……さ、三万円……ちょっと……」

 

「あらあら悩んでいらっしゃる」 幸恵はため息をついた。 「……仕方ありませんわね。ではこの『幸福(こうふく)(つぼ)』はいかがでしょう?」 彼女はカバンから手のひらサイズの小さな壺を取り出した。 安っぽい陶器(とうき)でできた何の変哲もない壺だ。 「これを部屋に(かざ)るだけで邪気(じゃき)(はら)幸運(こううん)を呼び()びます。ご先祖様もお喜びになりますわ」 「……こちらは特別価格(とくべつかかく)一万円で結構(けっこう)ですのよ?」

 

(壺まで出てきた! しかも一万円!? ぼったくり!) いちごはもう我慢の限界だった。 このままではあの大学生は(だま)されてしまう。

 

『(……対象:神谷 幸恵通称『ホルホルおばさん』特定完了)』 ヨウくんの声が冷静にターゲット情報を告げる。 『(……統一学会の古参(こさん)信者(しんじゃ)(たく)みな話術(わじゅつ)演技力(えんぎりょく)弱者(じゃくしゃ)につけ込む要注意人物。脅威レベル:B(心理操作・詐欺)。迷惑レベル:S(社会悪)。……(すみ)やかな介入(かいにゅう)必要(ひつよう)だ)』

 

「(わかってる!)」 いちごは拳を握りしめた。 (私が止める!) 彼女は幸恵と大学生の間に割って入ろうと一歩踏み出した。

 

だがその瞬間。 どこからともなくすっと二人の若い男が現れ大学生の両脇を固めた。 爽やかな笑顔を浮かべているが幸恵と同じく目が笑っていない。 おそらく幸恵の仲間「青年部」だろう。

 

「こんにちは! 僕たちも先生(幸恵)のお話聞いて感動したんです!」 「一緒に幸せになりませんか?」 青年たちは大学生の逃げ道を塞ぎ優しい声でしかし有無を言わせぬ圧力で詰め寄る。 大学生は完全に包囲され怯えきっていた。

 

「(……くっ! 二重包囲(にじゅうほうい)!? 汚い!)」 いちごは歯噛みした。 これでは迂闊(うかつ)に手が出せない。

 

幸恵はいちごの存在に気づいたのかちらりとこちらを見た。 そしてすぐに興味を失ったように大学生に向き直る。 「さあお嬢さん。どちらになさいます? 聖典? それとも壺?」 「あなたの幸福はすぐそこにありますのよ?」 彼女の声はどこまでも優しく甘美(かんび)だった。 だがその瞳の奥には冷たい計算と嘲笑(ちょうしょう)の色が浮かんでいた。

 

(……許せない……!) (人の弱みにつけ込んで!) (こんなやり方……!) いちごの中で怒りの炎が静かに燃え上がり始めた。

 

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