護って!いちごちゃん!〜いちごパンティは見えてるか〜   作:ろくさん

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第16章:決戦! いちごパークを取り戻せ! その2

 

オタ研部室での不穏な会話から数日後。 秋晴れの空気が心地よい午後桃瀬いちごはお気に入りの場所いちごパークを一人で歩いていた。 金木犀の甘い香りが風に乗って漂ってくる。 色づき始めた木々の葉が陽光に透けてステンドグラスのように美しい。 子供たちが遊具で歓声を上げ老人たちがベンチで談笑している。 いつもの平和な光景だ。 だがいちごの心は晴れなかった。 数日前のヨウくんの言葉が重くのしかかっている。 毒島建設。毒島大牙。 あの男たちがこの平和な公園を狙っている。 その事実が信じられないしまだ信じたくなかった。

 

(……本当に? ここがなくなっちゃうなんて……)

 

いちごは公園の中央にある大きなイチゴ型の滑り台を見上げた。 赤いペンキは少し剥げているけれど町のシンボルとしてみんなに愛されている。 小さい頃ここでどれだけ遊んだだろう。 転んですりむいた膝の痛み。 友達と交わした他愛ない秘密。 夕暮れ時母親に呼ばれるまで泥んこになって遊んだ記憶。 そしてプリティストロベリーとして初めて勇気を振り絞ったあの日のこと。 全ての思い出がこの滑り台と共にある。 ここはいちごにとってただの公園ではない。 彼女の原点そのものだった。

 

『(……桃瀬さん。公園北西角。黒塗りの車両を確認)』 骨伝導イヤホンからヨウくんの冷静な声が届いた。 彼は今日も少し離れた場所(おそらく近くのマンションの屋上)から監視を続けている。 『(……ナンバープレート一致。毒島大牙本人の車両だ)』

 

「(……!)」 いちごの心臓がどきりと跳ねた。 来た。 ついに姿を現した。 いちごは咄嗟に滑り台の陰一番大きなイチゴの陰に身を隠した。 心臓が早鐘のように鳴っている。

 

公園の入り口に一台の黒塗りの高級車が音もなく滑り込んできた。 周囲ののどかな風景とはあまりにも不釣り合いな威圧感。 ピカピカに磨き上げられた車体は周囲の景色を歪めて映し出している。 スモークガラスで中の様子は窺えない。 まるで黒い獣が獲物を狙って静かに忍び寄ってきたかのようだ。

 

車の後部座席のドアが開き中から一人の男が現れた。 いちごは息を呑んだ。 ヨウくんが見せたデータ通りの男。 年の頃は五十代後半。 だがその身体は年齢を感じさせないほど鍛え上げられている。 筋骨隆々とした巨体。 イタリア製と思われる高級そうな黒のダブルスーツを隙なく着こなしている。 しかしその雰囲気はビジネスマンというより裏社会のドンそのものだ。 鋭い目つき爬虫類のように冷たく感情を読み取らせない。 獲物を狙う蛇のような光を宿している。 額から頬にかけて走る大きな古い切り傷の跡がその獰猛(どうもう)な印象をさらに強めていた。 彼こそが悪徳地上げ屋「毒島建設」社長毒島大牙その人だった。

 

「…………」 大牙は車から降りるとまず公園全体をゆっくりと睥睨するように見渡した。 その目は公園で遊ぶ子供たちにも談笑する老人たちにも向けられていない。 美しい木々や愛らしい遊具など彼にとっては存在しないも同然だ。 彼が見ているのはただの「土地」だ。 いくらで売れるかどれだけの利益を生むか。 その価値だけを冷徹に計算している目だった。

 

運転席からスーツ姿の若い部下(鋭い目つきで見るからに幹部クラス)が降りてきて大牙にタブレット端末を(うやうや)しく差し出した。 大牙はそれを受け取ると無言で指を滑らせ画面を操作し始めた。 日光を反射して画面の内容までは見えない。 だがヨウくんの言っていた再開発計画の図面か何かであることは間違いないだろう。 いちごは固唾を飲んでその様子を見守った。

 

「……ふん」 大牙は初めて声を発した。 低く腹の底に響くようなドスの利いた声。 空気が震えたように感じた。 「……実に古臭く小汚(こぎたな)い公園だ」 彼は嘲るように言った。 「こんな場所に(たか)るのはカネにならんガキと死にぞこないの年寄りだけか」 彼は地面にペッと唾を吐き捨てた。 その行為には周囲の人間へのあからさまな侮蔑が込められていた。

 

(……なんてこと言うの!) 滑り台の陰でいちごは怒りに唇を噛んだ。 この公園で楽しく過ごしている人たち。 その笑顔を思い出を彼はゴミのように扱っている。 許せない。 絶対に許せない。

 

「社長。例の計画通り進めますか?」 部下が尋ねる。 声には大牙への絶対的な服従が滲んでいた。

 

「当たり前だ」 大牙は即答した。 その声には何の感情も揺らぎもない。 まるでゴミ処理の指示でも出すかのように。 「邪魔な木は根こそぎ切り倒せ。ガキの遊具なども残らず撤去しろ」 彼は公園を取り囲むように広がる小さな森を指差した。 「あの無駄な森も全て更地にする。そこに最新式のソーラーパネルを敷き詰めるのだ」

 

(……ソーラーパネル!?) いちごは愕然とした。 ヨウくんの予測通りだ。 公園だけでなくあの緑豊かな森まで破壊するつもりなのか。 あの森には小さな生き物たちもたくさん住んでいるはずだ。 (自分たちの利益のためなら何でもするんだ……!)

 

「反対する住民どもには……わかっているな?」 大牙は部下の肩を強くバンと叩いた。 その目には冷酷な光が宿っていた。 逆らう者には容赦しないという無言の脅迫。

 

「はっ! お任せください!」 部下は恐怖に顔を引きつらせながらも深々と頭を下げた。 「あらゆる『手段』を使い必ずや計画を遂行(すいこう)いたします」

 

(あらゆる手段って……!) いちごは背筋が寒くなった。 脅迫嫌がらせ場合によっては暴力も辞さないということだろう。 この男たちは本気だ。 本気でこの公園と森を奪い取ろうとしている。

 

大牙は満足げに頷くと再び公園全体を見渡した。 そして彼の視線がいちごが隠れているイチゴ型の滑り台の上でぴたりと止まった。 その目が不快そうに細められる。

 

「……なんだあの安っぽい真っ赤なイチゴは」 彼は心底不快そうに顔をしかめた。 まるで視界に入った汚物でも見るかのように。 「実に趣味が悪い。景観を著しく損ねている」

 

(……! 安っぽい……!?) いちごの中で何かがプツンと切れた。 この滑り台は子供の頃からの宝物だ。 みんなに愛されている町のシンボルだ。 それを安っぽい? 趣味が悪い?

 

「あの目障(めざわ)りなイチゴは……」 大牙は吐き捨てるように言った。 「真っ先に叩き壊せ」

 

(…………!!!!)

 

いちごの頭の中で何かが爆発した。 怒りが沸点を超え全身の血が逆流するような感覚。 (あの滑り台を……!) (壊す!?) (ふざけるな!) (絶対にさせない!)

 

いちごは衝動的に滑り台の陰から飛び出そうとした。 今すぐあの男に掴みかかりこの公園の大切さを叫びたい。 だが。

 

『(待て桃瀬さん! 動くな! 冷静になれ!)』 インカムからヨウくんのこれまでにないほど強い制止の声が響いた。 悲鳴に近いような響きさえあった。 『(奴らはまだ何も手を出していない! ただ計画を話しているだけだ! 今君が飛び出せば計画を早めさせるだけだ! 奴らの思う(つぼ)だ!)』

 

「(でも! 聞いてたでしょ! あの言い草!)」 いちごは心の中で叫び返した。 悔しくて涙が滲む。

 

『(聞いている! だからこそ今は耐えるんだ! 必ず奴らが違法な手段に訴える瞬間が来る! その動かぬ証拠を掴むまで我々は(ひそ)むんだ! それが勝利への唯一の道だ!)』

 

「(……くっ……! わかってる……! わかってるけど……!)」 いちごは唇を強く噛みしめ拳を握りしめた。 爪が手のひらに食い込む。 怒りで全身が震える。 息が苦しい。 だがヨウくんの言う通りだ。 ここで感情的に飛び出しても何も解決しない。 それどころか全てを台無しにしてしまうかもしれない。 今は耐えるしかない。 怒りを心の奥底に押し込めるしかない。

 

いちごは滑り台の冷たい金属に額を押し付けただじっと耐えた。 悔し涙が頬を伝う。

 

大牙と部下はその後もタブレットを見ながら何事か話し合っていた。 彼らにとっていちごパークはもう存在しないも同然なのだろう。 ただの巨大な建設予定地でしかない。 やがて彼らは満足したのか再び黒塗りの車に乗り込み音もなく去っていった。 まるで悪夢のように。

 

後に残されたのは金木犀の甘い香りと子供たちの無邪気な笑い声。 そしていちごの胸に深く深く刻まれた消えることのない怒りと公園を必ず護るという鋼鉄の決意だけだった。 夕日が公園の木々を赤く染め始めていた。 それはまるでこれから始まる激しい戦いを予告する血の色のように見えた。

 

(……見てなさいドクーガ……!) (……いちごパークは……!) (……私が! プリティストロベリーが!) (絶対に護ってみせる……!) いちごの瞳には夕日よりも赤い炎が宿っていた。 決戦の時は近い。

 

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