護って!いちごちゃん!〜いちごパンティは見えてるか〜 作:ろくさん
「その衣装で……僕と、ショーをしないか?」
ヨウくんの、いつも通りの無表情から放たれた言葉を、桃瀬いちごは最初、理解できなかった。
「え……ショー?」
「ああ。ボランティアの、ヒーローショーだ」
ヨウくんは、ツー、と流れたままだった鼻血を、ようやく白衣の袖で拭うと、PCデスクに戻り、キーボードを数回叩いた。
ディスプレイに映し出されたのは、見慣れた町の地図。
その中心にある、緑色の区画が、赤くマーキングされていた。
「ここだ。通称『いちごパーク』」
「わ! 私が昔よく遊んでた公園だ! なんで『いちごパーク』って知ってるの?」
「……この辺りの子供たちが、そう呼んでいる。理由は知らないが」
(本当は、君がいつもその公園のイチゴ型の遊具で遊んでいたのを、僕が知っているからだ、とは言えない)
ヨウくんは、無表情の裏で、過去の膨大な「桃瀬いちご観察データ」を反芻していた。
「そこで、ヒーローショー……」
いちごの目が、ゆっくりと輝き始めた。
自分が作った(ヨウくんに作ってもらった)最高の衣装で、ヒーローショー。
それは、ニチアサアニメを見て育った彼女にとって、最高の夢の一つだった。
「やる! やるよ、ヨウくん!」
「……そう言うと思った」
ヨウくんは、メガネの奥で、瞳を細めた。
彼の内心は、いちごの純粋な動機とは、まったく別の欲望で燃え上がっていた。
(この完璧な
(白日の下に晒し、あらゆる角度から、光量の変化、動きによる布地の揺らぎ、そして何より、あの計算され尽くしたスカートの『奇跡の瞬間』を、
(ヒーローショー。なんと素晴らしい大義名分だろうか)
「でも、ショーって言っても、私一人じゃ……あ、もしかして、ヨウくんもコスプレするの!?」
「……僕の仕事は、裏方だ」
ヨウくんは、無表情のまま、不敵に(見えなくもない感じで)口の端を上げた。
「ヒーローには、
その週末は、瞬く間にやってきた。
土曜日の早朝。いちごが、まだ眠い目をこすりながら「いちごパーク」に到着すると、そこには、信じられない光景が広がっていた。
「よ、ヨウくん……これ……」
公園の中央広場に、即席のステージ(ブルーシート)が敷かれ、その背後には、段ボールとガムテープで作られたとは思えない、精巧な「悪のアジト(背景)」がそびえ立っていた。
スピーカーとラジカセ(BGM用)までセッティングされている。
そして、その脇に、一体の「怪人」が立っていた。
銀色のスプレーで塗られた、寸胴のボディ。
胸には、大きく「氷」のマーク。
頭部は、自動販売機のお釣りの取り出し口を模したような、不気味なデザイン。
「すごい! 何これ! めっちゃクオリティ高い!」
「……昨夜、徹夜で仕上げた」
その怪人の着ぐるみの中から、ヨウくんの、いつも通りのくぐもった声がした。
「そいつの名は、『怪人ワルソーダ』。いちごパークの自動販売機を占拠し、子供たちから『お釣り』を奪い、世界を氷河期に陥れようと企む、悪の組織の尖兵だ」
「(設定が細かい!)」
いちごは、段ボールとは思えない完成度に、感動していた。
(ヨウくん、本当に妖精さんだ……!)
彼女は気づいていなかった。
その「怪人ワルソーダ」の、自動販売機のお釣りの取り出し口を模した「目」の部分が、いちごの身長に合わせて、完璧な「ローアングル」を捉える位置に、設計されていることなど。
「さあ、桃瀬さん。着替えてくれ。観客が来る前に」
「うん!」
いちごは、公園のトイレ(多目的用)に駆け込み、カバンから愛用のコスチュームを取り出した。
生地が肌に触れるたび、高揚感で胸が高鳴る。
(ヒーローショー……本物の、ヒーローショーだ!)
(『スウィートハート』みたいに、うまくできるかな……)
(ううん、やるんだ! 子供たちを、笑顔にするんだから!)
プリティストロベリーへの変身を終えたいちごが、トイレから飛び出すと、公園には、すでに数人の子供たちと、その親たちが、遠巻きに「何が始まるんだろう?」という顔で集まり始めていた。
「わ……」
「プリティストロベリー。時間だ」
怪人ワルソーダ(ヨウくん)が、無機質な動きで、ラジカセの再生ボタンを押した。
ジャジャーン!
どこかで聞いたことのある(『スウィートハート』のBGMを、ヨウくんがそれっぽくアレンジした)勇ましい音楽が、公園に鳴り響く。
「み、みんなー! こんにちはー!」
いちごは、緊張で声が裏返りそうになるのを必死にこらえ、ステージ(ブルーシート)の上に飛び出した。
「「「…………」」」
子供たちが、ポカン、とした顔で、いちごを見ている。
(う、ウケてない……!?)
「(桃瀬さん、アドリブが弱い。台本通りに)」
怪人ワルソーダが、背後からボソッと呟いた。
「(あ、そうだった!)」
いちごは、コホン、と咳払いをすると、練習した完璧なポーズを決めた。
「愛と正義の! プリティストロベリー!」
その、あまりにも完璧なコスチュームと、
「「「わああああ!!」」」
「プリティストロベリーだ!」
「本物!?」
さっきまでの静けさが嘘のように、子供たちがステージ(ブルーシート)の前に殺到する。
「(よし! 掴んだ!)」
いちごの緊張が、一気に「役者」としての快感に変わる。
「みんなの笑顔は、いちごが護るよ!」
「キャー! がんばれー!」
その時、ステージの
「ウガーッ! 邪魔ヲスルナ、プリティストロベリー!」
「(ヨウくん、声作った! すごい!)」
「コノ公園ノ自販機ヲ、全部ブラックコーヒーニシテヤル! オ釣リハ全部、俺様ノモノダ!」
「「「えー! やだー!」」」
「ブラックコーヒーきらい!」
子供たちから、本気のブーイングが飛ぶ。
「(よし、完璧な流れだ……!)」
怪人ワルソーダ(ヨウくん)は、満足していた。
彼の
(素晴らしい……! これが、これこそが、僕の求めた
彼は、着ぐるみの目の
「させません! ワルソーダ!」
いちごが、ワルソーダに向かって走り出す。
二人の、
いちごが、華麗な回し蹴り(もちろんパンティは見えないギリギリの角度)を繰り出せば、
「ウガーッ!」
ワルソーダが、大げさに吹飛ぶ。
「(桃瀬さん、今のキック、軸足が五度ブレた。だが、スカートの翻り方は、九十二点だ)」
「(ありがとう! ヨウくん!)」
(※テレパシーではなく、ただの阿吽の呼吸である)
子供たちのボルテージは、最高潮に達していた。
「いけー! プリティストロベリー!」
「やっちゃえー!」
「(よし、クライマックスだ!)」
いちごは、台本通り、必殺技のポーズに入る。
「みんな! 私に力を貸して!」
「「「がんばれーーー!!」」」
「とどめです! ストロベリッシュ……」
いちごが、必殺技の名前を叫ぼうとした、その瞬間だった。
「どけよ、ガキども!」
怒号。
それまで、幸せな声援だけが響いていた空間に、不協和音が突き刺さった。
「アングル入んだよ! どけ!」
ドン!
人垣をかき分け、異様に巨大な望遠レンズをつけた一眼レフカメラを構えた
「うわっ!」
男の子は、避けきれずに、ブルーシートの上に尻餅をつき、驚きと痛みで、わあっ、と泣き出した。
「「「…………」」」
公園の空気が、一瞬で、凍りついた。
BGMだけが、間抜けに鳴り響いている。
いちごの、必殺技のポーズのまま、固まった。
怪人ワルソーダ(ヨウくん)も、吹飛ばされたポーズのまま、固まった。
「な……」
いちごが、呆然と呟く。
カメコは、泣き出した子供には目もくれず、いちごに向かって、カシャ、カシャ、とシャッターを切り始めた。
「チッ、ピントが合わねえな……」
カメコは、レンズを構えたまま、いちごに向かって、唾を飛ばすように言った。
「おい、そこのコスプレ」
「え……」
「ポーズとれよ、ポーズ。さっきのキック、もう一回やれ。今度はもっと足開け。パンティ見えるようにな」
下品な笑い声。
シャッター音。
子供の、泣き声。
いちごの中で、何かが、プツン、と切れる音がした。
(足、開け……?)
(パンティ、見えるように……?)
(この、子供たちが、見てる前で……?)
(この、子供を、突き飛ばして、泣かせて……?)
さっきまで「プリティストロベリー(役)」だった彼女の意識が、急速に「桃瀬いちご(本人)」の怒りに塗り替えられていく。
アホ毛が、怒りに、ピーン! と逆立った。
「(……桃瀬さん?)」
ワルソーダ(ヨウくん)が、ただならぬ気配を感じ取る。
(空気が……変わった。これは、台本にない……)
いちごは、ゆっくりと、必殺技のポーズを解いた。
そして、泣いている男の子に、ゆっくりと歩み寄る。
「だ、大丈夫……?」
「う……うわあああん! プリティストロベリー!」
男の子は、いちごの衣装に抱きついて、泣きじゃくる。
「(チッ、クソガキが……! 邪魔だ……!)」
カメコが、舌打ちするのが聞こえた。
いちごは、男の子の頭を優しく撫でると、そっと母親の元へ返し、再び、カメコに向き直った。
その目は、もう「ヒーローショーのお姉さん」の目ではなかった。
「……あなた」
「あ?」
「子供を泣かせて。みんなの楽しい時間を邪魔して」
いちごは、一歩、カメコに詰め寄る。
その気迫に、カメコは、思わず一歩、後ずさった。
「な、なんだよ……営業妨害かよ……」(※営業ではない)
「許しませんっ!!」
いちごの叫びが、公園中に響き渡った。
それは、彼女が愛してやまないニチアサアニメ『スウィートハート』の主人公が、怒りを爆発させるときの、決めゼリフだった。
「(……来た!)」
ワルソーダ(ヨウくん)は、怪人の着ぐるみの中で、録画ボタンを押す指に、力を込めた。
(これだ! これこそが、本物の「
「な、なんだと、このアマ……!」
カメコは、逆ギレし、馬鹿でかい望遠レンズを、いちごに向かって振り回した。
威嚇のつもりだった。
「危ない!」
親たちが叫ぶ。
だが。
いちごは、その大振りな一撃を、まるで
「なっ!?」
「そんなもので!」
いちごは、カメコの懐に飛び込むと、ショーで練習した通りの、完璧な「手刀」を、カメコの
「ひぃっ!」
カメコは、本当に殴られたかのように、驚いて尻餅をついた。
「(すごい……! あの殺陣の動きを、実戦で……!)」
ヨウくんが、興奮に震える。
いちごは、尻餅をついたカメコを、冷たく見下ろした。
そして、集まった子供たちと親たちに向かって、ビシッと、今日一番の決めポーズを取った。
「愛と正義の! プリティストロベリー!」
子供たちが、息を飲む。
「ご近所の平和を乱すあなたに!」
いちごの視線が、カメコを射抜く。
「お仕置き、です!」
「「「うおおおおおーーー!!」」」
さっきまでのショーとは比べ物にならない、地鳴りのような大歓声が、公園を包んだ。
「すげえ!」
「かっこいい!」
「やっちまえー!」
「ひ……!」
カメコは、その異様な熱気に、完全に気圧されていた。
いちごは、カメコの目の前にしゃがみ込むと、ニコリ、と(ただし目は笑っていない)微笑んだ。
「二度と、子供たちを泣かせないでくださいね?」
「は、はいぃ……!」
その時、カメコが振り回したはずみで、彼のカメラのレンズキャップが、ブルーシートの上に転がっているのが見えた。
いちごは、それを拾い上げると、カメコの巨大な望遠レンズの先端に、優しく、しかし、ギリギリと音を立てるほどの力で、ねじ込んだ。
「(あ、レンズキャップ……フィルターごと、いってる……)」
ヨウくんだけが、その破壊行為に気づいていた。
「さあ、もう、帰ってください」
「は、はい! すいませんでした!」
カメコは、高価なカメラを抱えると、這うようにして、公園から逃げ出していった。
その背中に、子供たちからの「ざまーみろ!」という声が飛ぶ。
カメコが完全に走り去った後。
公園は、一瞬の静寂の後、爆発するような拍手と歓声に包まれた。
「ありがとう! プリティストロベリー!」
「かっこよかった!」
泣いていた男の子も、もうすっかり笑顔に戻り、いちごに駆け寄ってきた。
「(……あ)」
いちごは、子供たちに囲まれ、頭を撫でたり、ハイタッチをしたりしながら、感じていた。
(『スウィートハート』の受け売りじゃない……)
(私、今、本当に、誰かを助けられた……?)
(……すごい。気持ち、いい……!)
アドレナリンが、全身を駆け巡っていた。
その光景を、怪人ワルソーダ(ヨウくん)は、少し離れた場所から、静かに見つめていた。
(……ショーは、台無しになった)
(だが、それ以上の『データ』が取れた)
彼のカメラ(小型)は、いちごがカメコに「お仕置きです!」と宣言した、奇跡のローアングルを、完璧に捉えていた。
その日の夕方。
オタ研の部室は、いつになく熱気に包まれていた。
「ヨウくん! 私、決めた!」
いちごは、制服姿に戻っても、興奮冷めやらぬ様子で、机をバン! と叩いた。
「私、やるよ! この
アホ毛が、決意に、ビンビンに立っている。
ヨウくんは、PCのディスプレイから目を離さずに、静かに応えた。
ディスプレイには、今日の「奇跡のローアングル(動画)」が、何度もリピート再生されていた。
「……そうか」
「うん! だから、ヨウくん! これからも、私をサポートして!」
「(……サポート)」
ヨウくんは、ゆっくりと、いちごの方を振り向いた。
その無表情な顔の裏で、彼もまた、一つの「決意」を固めていた。
(桃瀬さん。君は、まだ気づいていない)
(君が「
(君の「お仕置き」は、僕の「
「……ああ。決めた」
ヨウくんは、立ち上がり、白衣を羽織った。
「僕が、君の活動を、全力でサポート(撮影)する」
「やったー! ありがとう、ヨウくん!」
こうして、町の平和を護る「プリティストロベリー」と。
その活動を、あらゆる意味で記録し続ける「(自称)妖精」。
二人の、ご近所の平和を護る戦い(とパンティ回収の日々)が、今、本当に始まったのだった。