護って!いちごちゃん!〜いちごパンティは見えてるか〜 作:ろくさん
けたたましいアラーム音が鼓膜を突き破った。 ビビビビビ! ビビビビビ! それはいつもの目覚まし時計の音ではない。 もっと鋭く緊急事態を告げる警告音。 枕元に置かれたイチゴ型の可愛い置物――ヨウくん特製の「ご近所異常監視アラート」が激しく点滅し振動していた。
「ん……んん……?」 桃瀬いちごは深い眠りの中から無理やり引きずり出された。 まだ夜明け前の薄暗い部屋。 時計を見ると午前四時半。 何事か。 いたずらか故障か。 だがアラームは鳴り止まない。 それどころか振動が激しくなり机から落ちそうだ。
『緊急事態発生! 緊急事態発生!』 アラームと同時に枕元のスマートフォン(ヨウくんが半ば強制的にインストールした監視アプリ連動)からも合成音声が鳴り響く。 『対象地域:いちごパーク。大型重機複数台接近中。警戒レベル5(最大)。繰り返す。いちごパークに重機接近中!』
「……え?」 いちごの眠気が一瞬で吹き飛んだ。 いちごパーク? 重機? ヨウくんの警告。 毒島大牙の言葉。 『安っぽいイチゴは真っ先に壊せ』 『邪魔な木は全て切り倒せ』
(……まさか!) いちごはベッドから飛び起きた。 パジャマ(もちろんイチゴ柄)のまま窓に駆け寄りカーテンを開ける。 東の空がようやく白み始めたばかりの薄明かりの中。 遠くいちごパークのある方角。 見慣れた住宅街のシルエットの向こうに。 点滅する黄色い回転灯の光とサーチライトのような強い光がいくつも見える。 そして地響きのような重機の低いエンジン音がここまで届いてくる。
(……始まった!) (……あいつら……!) (こんな……夜明け前に……!) いちごの中で怒りと焦りが爆発した。 感傷に浸る暇などない。 迷っている時間もない。 彼女はクローゼットに駆け寄り隠していた純白の
窓を開けベランダの手すりを乗り越える。 二階の高さだが躊躇はない。 軽やかに地面に着地すると同時にいちごは夜明け前のまだ眠る街を全速力で駆け出した。 いちごパークへ向かって。 心臓が激しく鼓動している。 怒りか恐怖かそれとも使命感か。 今はわからなかった。 ただ走るしかなかった。
いちごパークに到着した時そこは既に戦場と化していた。 公園の入り口は巨大なブルドーザーとショベルカーによって完全に封鎖されている。 奥にはレッキングボールを装着した大型クレーン車が不気味なシルエットで聳え立ちまさに公園のシンボルであるイチゴ型滑り台に狙いを定めている。 複数の作業灯が公園全体を白々しく照らし出し夜の闇を無理やり剥ぎ取っていた。 重機のエンジン音が轟き排気ガスの匂いが鼻を突く。 いつもの穏やかな公園の姿はどこにもなかった。
だが。 その重機軍団の前に十数人の人々が立ちはだかっていた。 いちごは息を呑んだ。 町内会長の鈴木さん。 商店街のラップおばさん(今日はプラカード『公園壊すなYO! Stop the KAIHATSU!』を掲げている)。 以前統一学会の勧誘から助けた大学生の女性。 他にも見覚えのある近所のおじさんやおばあさんたち。 皆寝間着や普段着のまま慌てて駆けつけたのだろう。 その顔には不安と怒りの色が浮かんでいる。 数は少ない。 武器もない。 だが彼らは一歩も引かずに重機の前に立ちはだかり無言の抵抗を続けていた。 その姿はいちごの胸を熱くした。
(みんな……!) (この公園を……守ろうとしてる……!) 自分だけじゃない。 この公園を愛し大切に思っている人たちがこんなにもいる。 その事実がいちごに勇気を与えた。
現場を指揮しているのはヘルメットを被った強面の男。 毒島建設の作業班長だろう。 彼はメガホンで怒鳴りつけていた。 「どけ! どかないと怪我するぞ!」 「これは決定事項だ! お前らに止める権利はない!」 だが市民たちは動かない。 鈴木さんが震える声で言い返した。 「ここは我々の憩いの場だ! 勝手な真似は許さん!」 ラップおばさんも続く。 「そうだYO! 子供たちの笑顔を奪うな!」
「うるさい!」 作業班長が吐き捨てる。 彼は焦っているようだった。 日の出までに更地にしろと厳命されているのだろう。 彼はヘルメットの顎紐を締め直し隣に控える屈強な作業員たち(作業員ヘルメッツ)に顎で指示を出した。 「……邪魔者は排除しろ」
作業員たちが市民に向かってじりじりと距離を詰めてくる。 その目には何の感情もない。 ただ命令に従うだけ。 市民たちの間に緊張が走る。 女性たちが小さく悲鳴を上げた。
その時だった。 一台の黒塗りの高級車が音もなく現場に到着した。 後部座席のドアが開きあの男毒島大牙が降り立つ。 朝の冷たい空気の中その巨躯と威圧感が際立っていた。 彼の登場で現場の空気が一変した。 作業員たちの背筋が伸び市民たちの顔には絶望の色が浮かぶ。
「……チッ」 大牙は目の前の光景市民たちの抵抗を見て心底鬱陶しそうに舌打ちした。 まるで道路に転がった石ころでも見るかのような目だ。 「……ハエどもが。朝早くから元気なことだ」 彼は吐き捨てると作業班長に冷たく命じた。 その声は低く静かだが逆らうことを許さない絶対的な響きを持っていた。 「邪魔者は排除しろ」 「多少手荒になっても構わん。業務執行妨害で突き出せばいい」 「日の出までには更地にするぞ。わかっているな?」
「はっ!」 作業班長は直立不動で応えた。 大牙の命令は絶対だ。 彼は作業員たちに再び指示を出す。 今度はもう容赦はしないという決意がその目に宿っていた。
作業員ヘルメッツたちが一斉に市民に掴みかかった。 「やめろ!」 「離せ!」 悲鳴と怒号が上がる。 老人である鈴木さんが突き飛ばされそうになる。 ラップおばさんもプラカードを奪われそうになり抵抗している。 大学生の女性は恐怖で立ちすくんでいた。 非暴力の抵抗はもはや限界だった。
「そこまでだよッ!」
その声は夜明け前の静寂を切り裂いた。 声の主はいちご。 彼女は茂みの中から閃光のように飛び出し突き飛ばされそうになった鈴木さんを庇うように作業員たちの前に立ちはだかった。 夜明け前の薄明かりの中純白のコスチュームが朝日を反射して神々しく輝いている。
「!? な、なんだ!?」 作業員たちが驚いて動きを止める。 市民たちも呆然といちごを見上げた。 「プ、プリティストロベリー!?」 鈴木さんが震える声で呟いた。
「……ほう」 大牙だけが冷静だった。 彼は初めていちごの姿を直接見て値踏みするように目を細めた。 「……貴様が噂のコスプレ女か」 「まあいい。ハエがもう一匹増えたところでやることは変わらん」 彼は鼻で笑った。 全く脅威に感じていない。
いちごは大牙を真っ直ぐに睨みつけた。 怒りで声が震える。 「この公園はみんなの大切な場所です!」 「あなたたちの金儲けのために壊させたりしません!」
「小娘が……生意気な口を叩く」 大牙の目が冷たく光った。 彼は作業員たちに目配せする。 「そいつも排除しろ」 「多少痛めつけても構わんぞ」
「はっ!」 数人の作業員がいちごに向かって一斉に襲いかかってきた。 その動きは素人ではない。 訓練された動きだ。 おそらく元傭兵か何かだろう。
「(くっ……!)」 いちごはアトラクション殺陣で培った身のこなしで応戦する。 蹴りをかわしパンチを捌く。 だが相手は複数しかも連携が取れている。 さらにいちごは背後の市民たちを守らなければならない。 思うように動けない。
「(桃瀬さん! 無理するな! 敵の動きはパターン化されている! データは送っている! 右後方二人組!)」 インカムからヨウくん(ビルの屋上からドローンとPCで完全監視中)の冷静な指示が飛ぶ。 (わかってる!) いちごは指示通り右後方の二人組の連携を崩すように動く。 一人の足払い(あしばらい)をジャンプでかわしもう一人の突きを屈んで避ける。 だがその瞬間。
ゴウッ! 風を切る音と共に巨大な何かが迫ってきた。 作業班長が操作するショベルカーのアームだ。 巨大なバケットがいちごの身体を薙ぎ払おうとする。
「きゃあっ!」 いちごは間一髪で後方に跳躍し回避した。 だがアームの先端がコスチュームの脇腹を掠めた。 ビリッ! 布が裂ける音。 泥と油が付着し純白の衣装が汚れていく。 スカートの裾も大きく破れてしまった。
「(……また……!)」 いちごは顔をしかめた。 だが今は傷や汚れを気にしている場合ではない。 作業員たちの攻撃が再び迫る。 ショベルカーのアームも次の攻撃を狙っている。 市民たちもまだ完全に安全な場所へ避難できていない。 じりじりと追い詰められていく。 圧倒的な戦力差。 絶望的な状況。
いちごが作業員のパンチをガードしたその瞬間。 大牙がクレーンのオペレーターに向かって冷酷な合図を送った。 ニヤリと歪んだ口元。
(……!) いちごは嫌な予感がした。 だがもう遅い。 巨大なレッキングボールが重々しい音を立てて動き出した。 その狙いは―― いちごではない。 公園のシンボル。 みんなの宝物。 「イチゴ型の滑り台」!
「(あっ! やめて!)」 いちごの絶叫は轟音にかき消された。
ゴォォォォン!!!!
悪夢のような破壊音。 巨大な鉄球がイチゴの「ヘタ」の部分に直撃した。 赤いペンキが剥がれ落ちコンクリートが砕け散る。 滑り台の一部が無惨に崩れ落ちた。 朝日に照らされたその姿はまるで泣いているかのようだった。 公園にいた子供たち(避難していたはずだが物陰から見ていたのだろう)の甲高い悲鳴が響き渡った。
「(……あ……あ……)」 いちごの動きが完全に止まった。 信じられない光景。 自分の大切な思い出が目の前で破壊された。 自分の力が足りなかったせいで。 守れなかった。 絶望感が全身を支配する。 涙が溢れそうになるのを必死で堪える。
大牙はその隙を見逃さなかった。 彼は自らいちごにゆっくりと近づいてきた。 その顔にはサディスティックな
「……フン」 「イチゴの滑り台にイチゴのパンツか」 彼の声は静かだが刃物のように鋭く突き刺さる。
「……どちらも子供騙しの安っぽいガラクタだな」
(…………) (…………安っぽい?) (…………ガラクタ?)
「この
(…………公園と?) (…………お似合い?)
「……まとめてスクラップにしてやる」
(…………まとめて?) (…………スクラップ?)
大牙の言葉が呪いのようにいちごの心に深く深く突き刺さった。 砕かれた滑り台の姿。 自分の無力さ。 汚されたコスチューム。 晒されたパンティ。 そして
いちごの中で何かが完全に砕け散りそして同時に何かが爆発した。 怒りが絶望を焼き尽くし憎しみが悲しみを飲み込んだ。 もはや制御不能なエネルギーの奔流。
「(……き……さま……!)」
いちごの身体から凄まじいピンク色のオーラが立ち上った。 それはいつもの変身時の光ではない。 もっと禍々(まがまが)しく破壊的なエネルギーの波動。 地面がビリビリと震え周囲の作業員たちがそのプレッシャーに吹き飛ばされそうになる。 重機のエンジンが不安定に唸りを上げ始めた。
「(……!? な、なんだこの力は……!?)」 さすがの大牙もその異様なプレッシャーに顔色を変え一瞬怯んだ。 目の前の少女がただのコスプレイヤーではないことをようやく理解した。
いちごは顔を上げた。 その瞳は怒りで深紅に染まっていた。 涙の跡が怒りの紋様のように見える。 彼女は天に向かって叫んだ。 それはもはや人間の声ではなかった。 魂の絶叫。
「ヨウくんっ!!!!」
『(……来た! 最大のトリガー! 公園への愛着! 自己肯定感の破壊! そしてイチゴへの侮辱! 全ての条件が揃った! 行け! プリティストロベリー! 奴らに本当の『スクラップ』を見せてやれ!)』 ヨウくんの声も興奮と怒りで震えている。