護って!いちごちゃん!〜いちごパンティは見えてるか〜 作:ろくさん
「――というわけで、だ」
放課後のオタ研部室。
ヨウくんが、白衣の胸ポケットから取り出したレーザーポインターで、壁に貼り出された巨大なグラフ(※ヨウくんが徹夜で作った)の一点を指し示した。
「先日の『
「うう……あの時のこと、思い出させないでよ……」
桃瀬いちごは、机に突っ伏し、耳を塞いだ。
あの、油まみれの黒い
「だが、重要なデータだ。つまり、君の戦闘能力のブーストには、『精神的ストレス(パンティへの罵倒)』が不可欠である、という仮説が成り立つ」
「えー! やだよそんなの! 私だって、好きでパンティ汚されたり、バカにされたりしてるわけじゃないんだから!」
「わかってる。だから、今後の活動においては、いかに効率よく『パンティ被害』を誘発し、敵に『侮辱』させるか。そのシミュレーションが必要だと……」
「ヨウくんっ!」
いちごが、ガタッと椅子から立ち上がった。
その勢いで、ミニスカートの制服が、ふわりと危険な角度で舞う。
「(……仰角、三十五度。本日は、ピンク地に白の水玉。良好なデータだ)」
ヨウくんは、メガネの奥で冷静にその挙動を記録しながら、何事もなかったかのように続けた。
「……まあ、それはそれとして。桃瀬さん。君、腹、減ってないか?」
「え?」
唐突な話題転換に、いちごは目をパチクリさせた。
途端、彼女のお腹が、きゅるるる~、と、非常に可愛らしい音を立てた。
「あう……」
「……そのようだ。今日の
「夕食!? ヨウくんのおごり!?」
「ああ。先日の『
「やったー! さすがヨウくん、妖精さんだ! 太っ腹!」
「(……太っ腹、か。物理的な意味では、むしろ逆だが)」
ヨウくんは、自分の細身の腹を見下ろしながら、小さく呟いた。
「なに食べるの!? ラーメン!? ハンバーグ!?」
「いや。今日は、こいつのテストも兼ねている」
ヨウくんが、カバンから取り出したのは、黒縁の、何の変哲もない「メガネ」だった。
「……ただのメガネ?」
「表向きはな。だが、これには、最新鋭の『視線追尾型・超小型カメラ』が内蔵されている。僕のメインカメラ(スマホ)が使えない状況下での、補助的なデータ
「(よくわかんないけど、ヨウくんの新しいオモチャってことね!)」
いちごは、深く考えずにそう結論付けた。
「このカメラの『
「最適な場所?」
「ああ」
ヨウくんは、無表情のまま、その場所を告げた。
「『回転寿司』だ」
「お寿司! やったー!!」
いちごのテンションは、最高潮に達した。
駅前の、大手チェーン回転寿司『スシ・ユニバース』。
週末でもないのに、店内は、家族連れや、学校帰りの学生たちで賑わっていた。
酢飯の匂い、威勢のいい店員の声、そして、皿がカチカチと流れていく機械音。
いちごは、その活気ある空気に、目を輝かせていた。
「わー! お寿司久しぶり! ヨウくん、私、今日はイクラとサーモンとエンガワと……!」
「落ち着け、桃瀬さん。まずは席だ」
二人は、カウンター席の端に案内された。
隣のボックス席では、小さな男の子が「マグロだー!」とはしゃぎ、その両親が「こら、大きな声出さないの」と苦笑している。
平和な、日常の光景だった。
「さて。テストを開始する」
ヨウくんは、おもむろに、例の「カメラ付きメガネ」を装着した。
「(ふむ……。レンズのキャリブレーションは完璧だ。桃瀬さんの横顔も、クリアに映る)」
彼の視界の隅には、小さな
「(……どれ。まずは、流体予測を)」
ヨウくんの視線が、目の前を流れていく寿司のレーンを捉える。
(マグロ、通過。イカ、通過。……桃瀬さんの大好物、サーモン、接近)
「あ! サーモン来た!」
いちごが、手を伸ばす。
その指が、皿を掴む瞬間を、ヨウくんの「視線」は、完璧に追尾していた。
(……よし。性能に問題なし。これなら、いかなる『パンティが翻る瞬間』も、見逃すことはない)
「いただきまーす! んー! とろけるー!」
幸せそうにサーモンを頬張るいちご。
ヨウくんも、とりあえず、目の前を流れていた「ガリ」の皿を取った。
(さて、次は、
ヨウくんが、意識を「耳」に集中させようとした、その時だった。
「――ねえ、ちょっと! 聞いてる!? マジありえないんだけど!」
隣の、いちごたちの背中合わせになっているボックス席から、やけに甲高い、ヒステリックな女の声が響いてきた。
「(……うるさいな)」
いちごは、イクラの軍艦巻きに手を伸ばしながら、わずかに眉をひそめた。
「だからさー! ミミがこーんなに可愛く『かわちいポーズ』してあげたのに、あの店員、マジ、シカトすんの! ウケる!」
声の主は、スマートフォンの画面に向かって、一人で喋り続けているようだった。
どうやら、生配信でもしているらしい。
「『ミミしか勝たん』、ありがとー! あ、『今日のミミもかわちい』、そーだよ、わかってるじゃん!」
(うわ……)
いちごは、ドン引きした。
その声援は、どう聞いても、本人がキーボードを叩いて打ち込んでいるようにしか聞こえない、不自然な
「まあ、いいや! みんな、見て見て! スシ・ユニバースなう! ミミ、お寿司食べちゃいまーす!」
いちごは、気を取り直して、次のネタ(エンガワ)に集中しようとした。
だが、その迷惑な声は、さらにボリュームを上げる。
「えー、何食べよっかなー。あ、これにしよ!」
ガタン!
大きな音がして、いちごが思わず振り返ると。
そこには、衝撃的な光景が広がっていた。
ピンク色の、ツインテール。
フリフリの、黒い地雷系の服。
やけに濃いメイクの少女――自称「ミミ」が、ボックス席で、スマートフォンを自撮り棒に固定し、満面の笑みで、レーンを流れる「プリンの皿」を掴んでいた。
……掴んでいたのだが。
「あ、やっべ。これ、ミミのじゃないわ」
ミミは、プリンの皿を、一度、自分の手元に引き寄せた。
そして、それが、後ろの
「ま、いっか。はい、これあげるー」
ミミは、あろうことか、一度手元に取ったプリンの皿を、そのまま、再び、回転レーンに戻したのだ。
「「…………」」
いちごとヨウくんは、固まった。
隣のボックス席で、子供に寿司を食べさせていた母親も、その光景を目の当たりにし、「え……」と絶句している。
「(……今の、見たか、桃瀬さん)」
「(……うん、見ちゃった)」
二人は、アイコンタクトだけで、そう会話した。
回転寿司において、「一度取った皿をレーンに戻す」のは、最も重い罪の一つだ。
もちろん、食品衛生法にも、店のルールにも、明確に違反している。
「さーて、ミミは、これにしよっかな!」
ミミは、周囲の凍りついた空気など一切気づかず、今度は「鉄火巻き」の皿を取った。
そして、カメラに向かって、ウインクする。
「はい、あーん! ……なーんてね、ミミが食べちゃうんだから!」
彼女は、鉄火巻きを一つ、指で掴むと、カメラの前に突き出した。
そして、次の瞬間。
いちごは、自分の目を疑った。
ミミは、その鉄火巻きを、食べるのかと思いきや。
ぺろり、と。
寿司の、シャリの部分だけを、舌で、舐めたのだ。
「んー、テイスティング! ……あ、やっぱ、マグロの気分じゃなーい」
そして。
その、舐めた鉄火巻きを。
こともなげに、皿に、戻した。
「…………」
いちごの手が、湯呑みを握る力で、ミシリ、と音を立てた。
アホ毛が、怒りで、小刻みに震え始めている。
「(桃瀬さん、落ち着け。まだだ。……まだ、証拠が弱い)」
ヨウくんが、メガネ(カメラ)の角度を微調整しながら、冷静に呟く。
(この距離、この角度。完璧だ。ミミの舌と、シャリの接触、明確に記録完了)
ミミの暴挙は、止まらない。
「あー、喉乾いたなー」
彼女は、テーブルに備え付けられている、粉末緑茶の入った「湯呑み」を手に取った。
まだ、使っていない、まっさらな湯呑みだ。
「これ、みんな同じの使って、キモくね?」
ミミは、そう言うと。
あろうことか、その湯呑みの「飲み口」の部分を。
ぺろり、と、一周、舐めた。
「こうしとけば、ミミ専用っしょ! ミミの、間接キッス、ゲットだぜ!」
そして、その舐めた湯呑みを、元の、未使用の湯呑みが積まれている棚に、戻したのだ。
「「「…………」」」
もう、誰も何も言えない。
隣の家族連れの母親は、子供の目を、慌てて手で覆っている。
父親は、怒りで顔を真っ赤にして、店員を呼ぶボタンを連打していた。
「(……悪質だ)」
ヨウくんの、いつもは冷静な声に、明らかな「嫌悪」が混じる。
(これは、もはや、コメディの範疇を超えた、明確な『犯罪行為』だ)
「(ヨウくん……)」
いちごは、怒りで、唇を噛み締めていた。
(食べ物を、なんだと思ってるの……)
(みんなが、楽しく、美味しく食べに来てる場所で……)
(なんで、こんな……ひどいこと、できるの……!)
だが、ミミの「炎上劇場」は、まだクライマックスを迎えていなかった。
「あ、ミミ、ガリ食べたーい」
彼女は、テーブルの中央に置かれた、共有の「ガリ」のトングに、手を伸ばした。
そして。
トングを、使わなかった。
あろうことか、自分の、今しがた鉄火巻きを口に入れたばかりの「
「んー! ガリ、うまー!」
周囲の客が、何人も、同時に「あっ」と声を上げた。
もう、限界だった。
隣の席の父親が、ついに立ち上がった。
「おい、君!」
「え? あ、なに? ミミのファン?」
「ふざけるな! 今、何したかわかってんのか! お前のせいで、誰もこのガリが食えなくなっただろうが!」
「はあ? ちょ、何キレてんの、このオッサン。ウケる」
ミミは、スマホのカメラを、その父親に向けた。
「みんなー、見てー! このオッサン、ミミに説教なう! こわーい!」
「貴様……!」
「今、生配信中なんで! 暴力ふるうんですかー? 肖像権の侵害で訴えますよー?」
父親は、カメラを向けられ、ぐっ、と拳を握りしめたまま、動けなくなった。
家族を守る手前、下手に手を出して、ネットに晒されるわけにはいかない。
その「弱み」を、ミミは、完全に理解して、煽っていた。
「ダッサ。正義のヒーロー気取り? マジ、キモいんだけど」
ミミは、勝ち誇ったように、鼻で笑った。
(……正義の、ヒーロー、気取り)
(……キモい)
その言葉が、いちごの、最後の堪忍袋の緒を、断ち切った。
(……あの人は、間違ってない)
(子供の前で、勇気を出して、注意してくれた)
(なのに、あの女は……!)
(あの
(食べ物を、みんなの場所を、めちゃくちゃにして!)
いちごは、静かに、湯呑みを置いた。
その目は、第1
「(ヨウくん)」
「(……ああ。もう、十分だ)」
ヨウくんは、メガネ(カメラ)で、ミミの犯罪行為の全てを、完璧に記録し終えていた。
彼は、冷静に、自分のスマホを取り出し、ある
「(……桃瀬さん。トイレだ。個室は、一番奥がいい。遮蔽率が高い)」
「(うん……!)」
いちごは、怒りで引き締まった顔で、スッと席を立った。
ミミと、父親の言い争い(一方的な煽り)が続く中、いちごは、誰にも気づかれずに、すっと、トイレの
「なんなの、マジで。ミミ、もう帰るし。この店マジサイアク」
ミミが、自撮り棒を畳み、会計のために立ち上がろうとした、その時だった。
「そこまでです、この迷惑インフルエンサーさん!」
凛とした、少女の声が、店内に響き渡った。
ミミも、父親も、店員も、すべての客が、声のした方を見る。
そこに、立っていた。
トイレの
酢飯と生魚の匂いが充満する店内に、あまりにも場違いな、純白の魔法少女が。
「な……」
ミミの顔が、驚愕に固まる。
(コスプレ……? なんで、こんなとこに……?)
プリティストロベリーとなったいちごは、ミミを、まっすぐに見据えていた。
その瞳は、怒りで、燃えていた。
「あなたがやったこと、全部、見ていました」
「は、はあ!? な、なんなのアンタ!」
「食べ物を粗末にし、みんなの場所を汚し、勇気ある人を笑い者にした……」
いちごは、一歩、ミミに詰め寄る。
「愛と正義の! プリティストロベリー!」
彼女は、寿司のレーンを背に、完璧な決めポーズを取った。
その瞬間、少し離れたカウンター席で、ヨウくんのメガネ(カメラ)が、その「決めポーズ」と「流れる寿司」の、奇跡的なコラボレーションを、完璧な構図で記録していた。
「ご近所の平和を乱すあなたに!」
いちごが、ビシッと、ミミを指差す。
「お仕置き、です!」