護って!いちごちゃん!〜いちごパンティは見えてるか〜 作:ろくさん
「お仕置き、です!」
凛とした声が、店内に響き渡った。
酢飯の匂いと、店員の威勢のいい掛け声。その全てが、一瞬、止まった。
さっきまで、ミミに詰め寄っていた父親も、慌てて駆けつけようとしていた店員も、レーンの寿司を眺めていた他の客たちも、全員が、その場違いな、しかし、あまりにも完璧なコスチュームの少女に、釘付けになっていた。
「な……」
ミミの、甲高い声が、上擦る。
「な、なんなのアンタ……コスプレ?」
その驚愕は、しかし、すぐに、別の種類の興奮に取って代わられた。
(え、ヤバ。何コイツ。ウケる)
(これ、生配信中。ってことは……)
ミミは、自称インフルエンサーとしての「勘」で、これが「バズる」チャンスだと瞬時に理解した。
彼女は、慌てて自撮り棒を伸ばし、スマートフォンのインカメラを、自分と、その後ろに立つプリティストロベリーが同時に映る、完璧な「画角」に収めた。
「ちょ、みんな、ヤバいの来たんだけど!」
甲高い声が、再び店内に響き渡る。
カメラ(配信)が回っていると理解した途端、彼女は「強者」に戻った。
「見て見て! コスプレおばさん(笑)が、ミミに説教しに来たんだけど! マジ、ウケる!」
「おばさんじゃありません!」
いちごは、律儀に訂正した。
その真面目さが、かえってミミの嘲笑を誘う。
「あはは! キレてるし! てか、アンタ、さっきのオッサンの仲間? 正義のヒーローごっこ? イタすぎ!」
「ごっこじゃありません!」
いちごは、ミミに一歩詰め寄る。
その瞳は、怒りで真剣だった。
「あなたが、お店の中でやったこと、全部、見ていました」
「はあ? やったことって、何?」
ミミは、わざとらしく小首をかしげ、カメラに向かって「わかんない」とアピールする。
「一度取ったプリンを、レーンに戻しました」
「お寿司を、舐めて、皿に戻しました」
「みんなが使う湯呑みを、舐めて、棚に戻しました」
「そして、共有のガリに、
いちごが、その「罪状」を一つ一つ数え上げるたびに、周囲の客たちの顔が、怒りと嫌悪に歪んでいく。
「ひどい……」
「全部やってたのかよ……」
「警察呼べよ、もう!」
「(……いいぞ、桃瀬さん。完璧な
カウンター席で、ヨウくんが、冷静に(カメラのピントを合わせながら)ガリをかじっていた。
「ぜ、全部、事実無根なんですけど!」
ミミは、さすがに焦ったのか、大声で否定した。
「ミミ、そんなことしてないし! 証拠あんの!?」
「証拠なら、ここに!」
いちごは、ビシッと、自分の「目」を指差した。
「プリティストロベリーの目が、全部見ていました!」
「はあ?(笑) 目が証拠? アホらし。裁判で言ってろ、バーカ」
ミミは、完全に、いちごを「頭のおかしなコスプレイヤー」と断定し、煽り始めた。
「てか、アンタ、ミミの配信を妨害する気? これ、威力業務妨害だから。ミミ、フォロワー33人もいんだからね? 炎上させてもいいんだよ?」
「炎上……? 業務妨害……?」
いちごは、思わぬ反撃に、一瞬、たじろいだ。
(う……。た、確かに、人の配信を邪魔してる、ことに、なるの……?)
その、わずかな「迷い」を、ミミは見逃さなかった。
「あ、図星?(笑)」
ミミは、勝ち誇ったように、自撮り棒を、いちごの目の前に突き出した。
カメラのレンズが、いちごの顔をドアップで捉える。
「ほら、見てみなよ、アンタの顔! 配信にバッチリ映ってんよ!」
「ひゃっ!」
いちごは、咄嗟に手で顔を隠そうとする。
自分が、今、不特定多数の(33人の)人間に、晒されている。
その事実に、頭が真っ白になった。
「(まずい、桃瀬さんが、現代の『ネットリンチ』という
ヨウくんが、カウンター席で歯噛みする。
「なに? 手、出せないの? ダッサ(笑)」
ミミは、調子に乗って、さらに自撮り棒をいちごの顔に押し付ける。
「くっ……! やめてください!」
いちごは、その自撮り棒を、手で振り払おうとする。
だが、ミミは、それを待っていたかのように、大げさに叫んだ。
「キャー! 暴力! 暴力ふるわれたー!」
「え!?」
いちごは、慌てて手を引っ込める。
(ち、違う! 払おうとしただけで……!)
「みんな、見た!? このコスプレおばさん、ミミのこと殴ろうとした! ヤバくない!?」
スマホの向こう
いちごは、完全に、ミミの「掌」の上で転がされていた。
(どうしよう……! このスマホがある限り、私が何をしても、全部、捻じ曲げられて……!)
(私が、悪者に、なっちゃう……!)
「もう、いいでしょ! どきなさいよ!」
いちごは、ミミの横をすり抜けて、彼女を捕まえようと、腕を伸ばした。
だが、ミミは、それを予測していたかのように、いちごの腕を掴み、逆に、突き飛ばしてきた。
「しつこいんだよ!」
「きゃあっ!」
いちごは、体幹の強さで、なんとか転倒は免れようとした。
だが、バランスを崩し、よろめいた背中が、さっきの、父親と子供がいたボックス席のテーブルに、激突してしまった。
ガシャン!
鈍い音がして、何かが倒れる。
「あ……」
いちごの背中に、冷たい、液体の感触が広がった。
そして、甘ったるい、メロンの匂い。
さっき、子供が飲んでいた「メロンソーダ」の、大きなグラスが倒れ、その中身が、いちごの背中から、純白のスカートにかけて、派手にぶちまけられたのだ。
「「「あーーーーっ!!」」」
店中の客から、悲鳴とも、溜息ともつかない声が上がった。
ヨウくんが、カウンター席で、ガリを掴んだまま、固まった。
(……
「きゃっ! つ、冷たっ……!」
いちごが、自分の背中とスカートを見て、絶句した。
ヨウくんが、徹夜で(趣味と欲望を詰め込んで)作り上げた、純白のコスチュームが。
今、鮮やかすぎる、毒々しい「緑色」に、染まっていた。
ソーダの糖分が、すぐに、ベトベトとした不快感に変わる。
「(うう……最悪……。ベトベトする……。緑色……イチゴなのに……)」
いちごが、その現実に打ちのめされていると。
背後から、けたたましい、甲高い笑い声が、響き渡った。
「ヤバ! マジ、ウケるんだけど!」
ミミだった。
彼女は、その「決定的瞬間」を、もちろん、カメラに収めていた。
彼女は、腹を抱えて、笑い転げている。
「あははは! コスプレおばさん、メロンソーダでびしょ濡れ! ダッサ!」
「(……この女……!)」
いちごは、怒りに、ベトベトのスカートの裾を、強く握りしめた。
だが、ミミの嘲笑は、まだ終わらない。
彼女は、いちごが、ソーダを振り払おうと、身をよじった瞬間を、見逃さなかった。
濡れたスカートが、肌に張り付き、そして、よろけた拍子に、ふわりと、めくれ上がった、一瞬。
ミミは、インフルエンサー(自称)としての本能で、スマートフォンのズーム機能を、最大にした。
カメラのレンズが、いちごのスカートの下――
メロンソーダで、同じく、無惨に濡れてしまった「イチゴ柄」を、バッチリと、ドアップで捉えた。
「え、ちょ、待って……(笑)」
ミミの笑いが、一瞬、止まる。
そして、次の瞬間、今日一番の、腹の底からの大爆笑が、店内に響き渡った。
「うっそ、あはははは! うわ、キモっ! 見てみんな!」
彼女は、スマホの画面を、周囲の客に、見せびらかすように振り回す。
「アンダル(下着)、イチゴ柄なんだけど! ヤバすぎ!」
「「「…………」」」
店内の空気が、先ほどとは違う意味で、凍りついた。
(イチゴ……柄……?)
(あの、コスプレで……?)
(うわぁ……)
周囲の客たちの、同情と、わずかな軽蔑が入り混じった、生温かい視線が、いちごに突き刺さる。
「(あ……あ……)」
いちごは、顔から、一気に血の気が引くのを感じた。
メロンソーダの冷たさではない。
魂が、凍りつくような、羞恥。
「イタすぎ! イタすぎだって!」
ミミは、涙を流して笑いながら、配信を続ける。
「イチゴ柄とか、小学生までだよね、普通! ぷぷっ、コスプレ(笑)にイチゴ
(センス……終わってる……?)
いちごの頭の中で、ミミの甲高い笑い声と、「イチゴ柄」という罵倒が、反響した。
(この女……!)
(お店を汚して、食べ物を粗末にして、勇気ある人をバカにして……)
(それだけじゃなく……!)
(私の、プリティストロベリー(衣装)を、汚して……!)
(私の、一番の『大好き』で『
(……子供っぽい?)
(……センス、ない?)
怒りが、羞恥を、完全に塗りつぶしていく。
いちごは、ベトベトに濡れたスカートを、怒りにわななく指で、強く、強く、握りしめた。
「(ヨウくんっ……!)」
心の叫びが、カウンター席の相棒に届く。
ヨウくんは、その瞬間を、待っていた。
彼は、冷静に頷くと、自分のスマホ(ハッキング用)の、エンターキーを押した。
(……ミミの配信アカウント、乗っ取り(ジャック)完了。配信映像の掌握、完了)
(……だが、桃瀬さん。このままでは、君の『怒り』が、足りない)
「(ううん、まだ……!)」
いちごの心が、叫ぶ。
(このままじゃ、ダメだ! この、ベトベトに濡れた、緑色の、馬鹿にされたパンティのままじゃ……!)
(私の、本当の『力』が出ない……!)
ミミが、なおも、カメラを向けて笑い続けている。
「ほら、なんか言えよ、イチゴパンティおばさーん!」
その時だった。
店の
カウンター席から、張りのある、冷静な声が、響き渡った。
「プリティストロベリーッ!」
「は?」
ミミが、声のした方を、怪訝な顔で振り向く。
そこには、黒縁メガネの、地味な
そのヨウくんの手から、何かが、銀色の
それは、回転寿司のレーンの上を、滑るように飛んだ。
カチカチと流れていく、マグロの
ベトベトのスカートを握りしめ、怒りに震える、いちごの、その手元に向かって。
「新しい! イチゴパンティだよッ!!」
パシッ。
いちごは、その、ポリ
「は……? 何、アレ……」
ミミが、呆然と呟く。
「……パンティ?(笑)」
いちごは、新品のイチゴパンティ(純白・赤粒)が入った袋を、強く、強く握りしめた。
その瞳には、メロンソーダの緑色ではなく、イチゴの赤よりも鮮烈な、怒りの炎が、燃え盛っていた。
(……お仕置きの時間、です!)