護って!いちごちゃん!〜いちごパンティは見えてるか〜 作:ろくさん
「――以上。サンプルNo.2(メロンソーダ汚染)の初期分析を終了する」
放課後のオタ研部室。
ヨウくんが、白衣のまま、ノートパソコンのエンターキーを、カチリ、と厳かに押した。
ディスプレイには、ジップロック(厳重密封)に入れられた、例の「メロンソーダまみれのイチゴ柄」を、あらゆる角度から三次元スキャンしたデータが、ゆっくりと回転していた。
「分析、終了……じゃないよ!」
桃瀬いちごは、机に突っ伏していた数学のドリルから顔を上げ、抗議の声を上げた。
「あの! 私のあずかり知らぬところで! 私のパンティ(お古)を、そんな、研究材料みたいにしないでくれる!?」
「これは、君の二段変身のメカニズムを解明するための、重要な基礎研究だ」
「基礎研究……」
「そうだ。
ヨウくんは、無表情のまま、恐るべき考察を口にした。
「君の怒りゲージは、『油性』よりも『水性』の汚れ。そして、『黒』よりも『(イチゴと)補色関係にある緑』の汚れに対して、より高い
「もういい! いいから! やめて!」
いちごは、顔を真っ赤にして、両手で耳を塞いだ。
アホ毛が、ぷるぷると、羞恥と怒りに震えている。
(この男……! 相棒だけど、やっぱり、ただの、ド変態のスケベだ!)
「……わかった。分析結果の口頭発表は、レポートにまとめて、後日、君のロッカーに入れておこう」
「それもやめて! 証拠隠滅して! 燃やして!」
「(……サンプルを? 燃やす? とんでもない)」
ヨウくんは、口には出さず、ただ、無表情のまま、メガネの位置をクイ、と直した。
「はぁ……。疲れた……」
いちごは、再び、机に突っ伏した。
ここ数週間、立て続けに「迷惑住民」と遭遇し、変身し、戦ってきた。
アドレナリンがほとばしる「お仕置き」の瞬間は、確かに快感だったが、代償として、
「(……今日は、平和だといいな)」
窓の外は、雲一つない、完璧な秋晴れ。
こんな日は、難しい数学のことや、迷惑住民のことも忘れ、のんびりと散歩でもしたい。
「……そうだ。ヨウくん、私、パトロール行ってくる!」
「パトロール?」
「うん! 例の『いちごパーク』! あそこ、日当たり良くて、気持ちいいんだよねー。ちょっと、ベンチで、のんびり、してくる!」
いちごは「のんびり」の部分を強調した。
もはや、パトロールという名の「サボり」宣言である。
「(……なるほど。『いちごパーク』か)」
ヨウくんの脳裏に、あの、初めての変身で記録した、奇跡のローアングルデータが蘇る。
「……わかった。
ヨウくんは、すっ、と立ち上がると、部室の隅にあるロッカー(機材用)から、小さなドローン(手のひらサイズ)を取り出した。
「え、なにそれ」
「偵察用だ。君が『のんびり』している間も、公園の平和は、多角的に観測する必要がある」
「(……それ、私を監視するってことじゃない?)」
いちごは、ジト
「……違う。あくまで、公園の、だ」
ヨウくんは、無表情のまま、ドローンのプロペラを指で弾いた。
「(……まあ、いいか。変なことしなきゃ)」
いちごは、深く考えるのをやめた。
カバンを掴むと、部室のドアに向かう。
「じゃ、行ってきまーす!」
「ああ。……桃瀬さん」
「ん?」
「今日は、確か……白地に、小粒の赤、だったな」
「…………」
いちごは、何も言わず、無言で、持っていた数学のドリルを、ヨウくんの顔面に向かって、全力で投げつけた。
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カラン、コロン。
古い商店街を抜け、住宅地の間を抜ける。
「いちごパーク」は、いちごが『プリティストロベリー』に覚醒した、始まりの場所だ。
あの時、迷惑カメコを撃退した時の高揚感。
子供たちの、純粋な歓声。
それが、彼女の「ヒーロー」としての、原点だった。
(ふふん)
いちごは、ニチアサアニメ『スウィートハート』の主題歌を、鼻歌で歌いながら、公園の入り口をくぐる。
(やっぱり、ここは空気が美味しい)
(……あれ?)
いちごは、違和感に気づき、足を止めた。
公園の、中央。
子供たちが、一番、大好きな場所。
そこにあるはずの「砂場」が、異様な光景に、変貌していた。
「な……なに、あれ……」
砂場が、低い、泥の「城壁」で囲まれている。
入り口らしき場所には、段ボールに、クレヨンで、こう書かれていた。
『これより なか は「しょーた・きんぐだむ」。おう(ぼく) の きょかなく はいるべからず。(すなっく は べつ)』
(……しょーた、きんぐだむ?)
いちごは、首をかしげた。
砂場の、中央。
そこには、お菓子の「空き箱」で作った、歪んだ「
頭には、金色の折り紙で作った、王冠。
手には、プラスチックの、赤いスコップ。
「(……王様、のつもり、かな?)」
微笑ましい、子供の「ごっこ遊び」。
そう思って、いちごは、見過ごそうとした。
だが。
「こらー! すなっく・びー!」
「な、なに……ショータくん……」
「『なに』 じゃない! きんぐだむ の ほうりつ だいさんじょう!『おしろ(うんこ) の よこ で うさぎ を つくってはいけない』! しってるだろ!」
ショータくんが、
「あ……!」
女の子の目に、みるみる、涙が溜まっていく。
「(……え?)」
いちごの、足が、止まる。
(今……あの子、いじめた……?)
「きんぐだむ に ひつような のは! もっと、おおきい『ひっさつうんこ(※泥団子)』だ! さあ、つくれ! はたらけ、すなっくども!」
ショータくんは、女の子たちを、赤いスコップで、ぺしぺし、と叩き始めた。
女の子たちは、泣き出すのを、必死に堪えている。
どうやら、この「王様」に逆らうと、もっと、ひどい目に遭うと、知っているようだった。
「…………」
いちごの、アホ毛が、ぴくん、と反応した。
(……あれは、「ごっこ遊び」じゃない)
(あれは、ただの……「いじめ」だ)
いちごは、カバンをベンチに置くと、
「あのー、ちょっと、いいかな? 王様」
「んあ?」
ショータくんが、怪訝な顔で、いちごを見上げた。
「なんだ、この おばさん」
「(お、おばさん……!?)」
いちごの、額に、青筋が浮かぶ。
(ダメだ、桃瀬いちご。相手は五歳児。キレたら負け……!)
「お姉さん、だよ。ねえ、王様。どうして、あの子が作ったウサギさん、壊しちゃったの?」
「はあ? おうさま の しごと は、くに を まもる こと だから だ!」
「国を、守る?」
「そうだ! うさぎ なんか つくったら、きんぐだむ が、よわそう に みえるだろ! よわそう に みえたら、となり の こうえん の『けんじ(ライバル)』が、せめてくるんだぞ!」
(設定が、無駄に、壮大……!)
いちごは、
「そ、それは、それとして! 女の子を泣かせちゃ、ダメでしょ! 謝りなさい」
「……はあ?」
ショータくんは、心底、意味がわからない、という顔で、いちごを見返した。
そして、次の瞬間。
その顔が、怒りで、真っ赤になった。
「こ、この……! おうさま に、あやまレ、だと!?」
ショータくんは、ワナワナと震えながら、手にした、赤いスコップを、高々と、振り上げた。
「むれいもの! この おう の つるぎ、『えくすかりばー』の サビ に してやる!」
「(エクスカリバー!?)」
「すなっくども! であえー! この、はんぎゃくしゃ(おばさん) を やっつけろ!」
ショータくんが、女の子たちに、命令する。
だが、女の子たちは、泣きそうな顔で、お互いを見るばかりで、動かない。
「な、なんだ! おまえらまで、はんらん か!」
「(……ダメだ、こりゃ)」
いちごは、深く、ため息をついた。
(この子、自分が『王様』だって、本気で、信じこんでるタイプだ……!)
「しょうがない。王様。お姉さんが、遊んであげる」
「あそぶ? ちがう! これは、せんそうだ!」
「はいはい、戦争ね」
いちごは、スカートの裾が汚れないように、軽く屈むと、
「え? な、なに……」
「はい、たかーい、たかーい!」
「うわあああっ!?」
いちごは、そのまま、ショータくんを、軽々と、持ち上げた。
五歳児の、軽い身体が、宙に浮く。
「な、なにすんだ! お、おろせ! おうさま を、たかい たかい するなー!」
「ほらほら、飛行機だよー、ぶーん」
「いやあああ! プライド が! おう の プライド があああ!」
いちごは、そのまま、ショータくんを、
「はい、おしまい。じゃあ、みんな、仲良く……」
「う……う……」
ショータくんが、うつむいたまま、プルプルと、震えている。
「(あ、やば。泣かせちゃった……?)」
いちごが、慌てて、しゃがみ込もうとした、その時。
「うわああああああん! ママにいいつけてやるうううう!」
ショータくんは、伝家の
そして、いちごが、呆気に取られている、その隙に。
「こうなったら、くらえ!」
ショータくんは、砂場の、一番、水を含んで、黒くなっている部分の「泥」を、エクスカリバー(スコップ)で、力一杯、すくい上げた。
「ひっさつ! うんこおおお!」
「え? ちょ、まっ……!」
いちごが、制止する間もなかった。
ショータくんが、渾身の力で、振り抜いた、赤いスコップ。
その先端から、水気をたっぷり含んだ、黒い、泥の
スローモーション。
いちごは、咄嗟に、顔をかばおうと、腕を上げた。
だが、泥の塊は、腕をすり抜け。
べちゃっ。
という、非常に、不快な音を立てて。
いちごの、純白の、アトラクションヒーローのコスチューム……ではなく。
今日は、オフだった。
いちごの、お気に入りの、私服。
白い、フリルのついたブラウスの、ど真ん中に、命中した。
「「「…………」」」
公園の、時が、止まった。
泣いていた女の子も、泣き止んだ。
ヨウくんの、偵察ドローン(※木陰に隠れていた)の、プロペラ音だけが、虚しく響く。
いちごは、ゆっくりと、自分の、胸元を見た。
そこには、無惨にも、べったりと。
子供の、
「(う……そ……)」
「(……あ、おろしたて、だったのに……)」
アホ毛が、怒りで、ピーン! と、逆立った。
「ぎゃはははは! めいちゅう! おばさん の むね に、うんこ が ついたぞー!」
ショータくんが、腹を抱えて、笑い転げている。
「(……ヨウくん)」
いちごは、静かに、ポケットの、
『……こちら、ヨウ。すべて、観測している』
通信機の向こうから、冷静な声が返ってくる。
『
……桃瀬さん。その汚れ(うんこ)は、水性だ。君の怒りゲージに、
「(……分析、ありがとう!)」
いちごは、泣き止んだ女の子たちに向かって、振り返った。
そして、できる限りの、優しい
「みんな! 今から、本物の『魔法』を、見せてあげる!」
「え? まほう?」
「そう! だから、あっちの、滑り台の陰に、隠れててくれるかな? ちょっと、危ないから!」
「「はーい!」」
女の子たちが、素直に、滑り台の裏に、駆け出していく。
それを見た、ショータくんが、鼻を鳴らした。
「まほう? なんだそりゃ。おばさん、あたま、おかしくなったのか?」
「……おかしくなったのは、どっちでしょうね」
いちごは、静かに、泥まみれのブラウスのまま、公園のトイレ(多目的用)へと、向かった。
「あ! にげるなー!」
ショータくんが、エクスカリバー(スコップ)を振り回して、追いかけようとする。
「待て! このさき は……」
トイレの、入り口。
いちごが、そのドアノブに、手をかけた、その時。
トイレのドアが、内側から、ギイ、と開いた。
「え?」
「……遅かったな、桃瀬さん」
そこには、なぜか、先回りしていた、ヨウくんが、無表情で、立っていた。
その手には、プリティストロベリーの衣装が、完璧に畳まれて、捧げ持たれていた。
「よ、ヨウくん!? なんで!?」
「ドローンで、君の動向と、
「(さ、さすが、妖精さん……! 仕事が、早すぎる……!)」
「ほら、早く」
「う、うん!」
いちごは、ヨウくんから衣装を受け取ると、多目的トイレの個室に、飛び込んだ。
「(……くそっ! どろ、くさい!)」
泥まみれのブラウスを、乱暴に脱ぎ捨てる。
(あの、クソガキ……! 王様だか、何だか、知らないけど……!)
(女の子を、泣かせて!)
(人の、お気に入りの服を、汚して!)
(絶対に、許さない……!)
コスチュームの、冷たい生地が、怒りで火照った、いちごの肌に、触れる。
力が、みなぎってくる。
「おーい! おばさーん! でてこーい!」
外で、ショータくんが、トイレのドアを、エクスカリバー(スコップ)で、ガンガン叩いている。
「でてこないと、この ドア にも、うんこ、ぬっちゃうぞー!」
その、挑発が、最後の一押し(トリガー)だった。
バンッ!!
トイレのドアが、内側から、勢いよく、蹴り開けられた。
「なっ!?」
ショータくんが、目を、見開く。
そこに立っていたのは、さっきまでの、泥まみれの「おばさん」では、なかった。
夕日を背に、純白のコスチュームが、輝いている。
「(……来た)」
トイレの影で、ヨウくんが、メガネ(カメラ)の、録画ボタンを、押した。
「だ、だれ……?」
ショータくんが、あまりの変貌に、後ずさる。
プリティストロベリーは、怒りに燃える瞳で、小さな「王様」を、見下ろした。
「さっきまでの、
いちごは、完璧な、決めポーズを取った。
「愛と正義の! プリティストロベリー!」
「……え?」
ショータくんの、動きが、止まる。
その、ポーズ。
その、衣装。
それは、彼が、毎週、日曜の朝、テレビに齧り付いて、目に焼き付けている、憧れの、ヒロイン……
「……え? え? 『すいーとはーと』……じゃない……」
ショータくんは、混乱していた。
だが、その「ホンモノ」が放つ、オーラに、気圧されていた。
「ご近所の
いちごが、ビシッと、ショータくんを、指差す。
「お仕置き、です!」
「(……お、おしおき……?)」
ショータくんの顔が、恐怖や、反抗ではなく。
じわじわと、別の
「(……あれ?)」
いちごは、相手の、予期せぬ反応に、戸惑った。
(この、クソガキ……。なんで、ちょっと、嬉しそうなの……?)