ダンジョンで"救護"するのは間違っているだろうか 作:救護騎士団オラリオ支部
黄昏の館の応接室。
長机を挟み、向かい合う六人。
ロキ・ファミリア首脳陣――フィン、リヴェリア、ガレス。
そしてアストレア、ヘスティア・ファミリア側からはアリーゼ、ライラ、ミネ。
室内には重い静寂が漂っていた。
理由は明白。
ロキ・ファミリアが残る三体の穢れた精霊を討伐し――。
現在、最大の懸念はただ一つ。
フィルヴィスからもたらされた情報。
六十階層に存在する、“本体”。
しかし、六十階層へ向かうには相応の準備が必要となる。
「それでは穢れた精霊の本体の討伐にはアストレア・ファミリアとミネ・シルヴァリエも同行してくれると?」
フィンの確認に、応接室の空気がわずかに張る。
その問いは形式上のものではない。
今回の遠征――いや、討伐作戦そのものの成否に関わる話だった。
アリーゼは迷うことなく頷く。
「もちろん!」
真っ直ぐな返答。
「そんな危険な存在を放ってなんて置けないわ!」
その横でライラも肩を竦めた。
「今更ここで降りる理由もねぇしな」
「それに――」
ライラはニヤリと笑い、隣の少女を見る。
「こいつ放っとくと一人で六十階層まで行きかねねぇから」
「流石に一人ではいきません。 最低でもオッタルさんは誘います」
「誘うな! 二人で本当に討伐しそうで怖いんだよ!!」
即答だった。
思わずフィンが頭を押さえる。
ガレスは腹を抱える勢いで笑った。
「がっはっはっは!! そりゃ確かに洒落になっとらんわ!!」
リヴェリアはミネの非常識さに頭を抱えている。
「聞きたいんだがミネの教育は誰がしたんだ。 同胞をこんな風にしたやつに文句の一言も言ってやりたいんだが」
「私たちが育てたけど…、ミネのコレは生来のもので私たちを責められても困るんだけど」
アリーゼが苦笑しながら肩を竦める。
「そうだそうだ、コイツのコレはアタシ達のせいじゃねぇ」
ライラも腕を組みながら大きく頷いた。
ミネの教育についてはアストレア・ファミリアとヘスティアとヘファイストスが担当したが、この面子に育てられてアレなのでこれはもう生来のものとしか言いようがない。
「でもそんなミネだからフィルヴィスさんを助けられた」
アリーゼのその一言で。
先程まで賑やかだった空気が、ふっと静まった。
フィン達の表情も変わる。
フィルヴィス。
穢れに侵され、長く苦しみ続けていた少女。
フィルヴィスと主神のディオニュソスの扱いは非常に難しかった。
フィルヴィスの懇願により様々な情報の代償としてディオニュソスに手を出すことは出来ないため送還することもできない。
いっそ泥酔状態でずっと善神でいてくれればいいのだが神を泥酔させる酒などディオニュソスにしか作れず、酔いが醒めれば暗躍し始めることは誰の目にも明らかだ。
どこかに決して酔いが醒めず神すら泥酔させる酒を造れる、そんな奴、オラリオには…
居たわ、ソーマが居たわ。
そうしてソーマを全力支援しディオニュソスの工房を調査させオラリオメリー・改とか言う劇物が出来上がった。
オラリオメリー・改を飲ませた上で眷属を持たせないことでディオニュソスは完全に封じられた。
今では元眷属達に泣いて謝り贖罪を続けていくと決意しオラリオの奉仕活動に勤しむ立派な善神だ。
フィルヴィスはフィルヴィスで問題だった。
怪人から人へと戻ってはいるがフィルヴィスが手にかけた冒険者は多い。
その罪は決して許されるものではないしフィルヴィス自身、許されるとも思っていない。
しかもフィルヴィスのレベルも問題となった。
レベル7。
それがフィルヴィスのレベルだった。
本人が贖罪を望んでも万が一のことを考えフィルヴィスを抑えられるファミリアに所属させなければならなかった。
フィルヴィスを抑えられる上で贖罪を行わせ、なおかつ罪の意識で苛まれるフィルヴィスを受け入れられるファミリアなんて…
あったわ、ヘスティア・ファミリアがあったわ。
単体でフィルヴィスを制圧できるミネがいて奉仕活動が活発でボロボロなフィルヴィスのメンタルを支えられるヘスティアが都合よくいるファミリアがあったわ。
こうしてフィルヴィスはヘスティア・ファミリアで自身が犯した罪の贖罪を続けていくことになった。
他のディオニュソス・ファミリアの団員はペニアに改宗されて1年がたっていないため下界のルールで未だにペニアの眷属だ。
1年後、ディオニュソス・ファミリアの団員達がどのような道に進むかは当人たち次第だろう。
「まったく、頭の痛い問題ばかりだね」
フィンが深々とため息を吐く。
ディオニュソス関連の後処理。
フィルヴィスの贖罪。
元ディオニュソス・ファミリア団員達の将来。
問題は山積みだった。
「なのに全部ギリギリ致命傷を回避してるのが怖いんだよなぁ」
ライラが頬杖をついた。
本来なら。
もっと悲惨な結末になっていた。
フィルヴィスは討伐され。
ディオニュソス・ファミリアは壊滅。
都市全体にも大きな禍根が残っていただろう。
だが現実には、奇妙な均衡で事態は収束しつつある。
ディオニュソスは善神化。
フィルヴィスは贖罪の道へ。
元団員達にも未来を選ぶ余地が残された。
そして、その大本の原因となったミネは澄まし顔で座っている。
「何ですか、その目は」
「いや、お前少しは自重しろ……」
「自重して誰かを救えるならいくらでも自重します」
リヴェリアは額を押さえた。
「……この天然で善性の塊みたいな性格のまま、単騎で都市最高戦力なのが本当に質が悪い」
ミネを除く全員が無言で頷いた。
それも一切の躊躇なく。
「納得できません」
本人の認識では『人助けの途中で障害物をどかしている』だけなのだ。
その障害物が大抵レベル六や七相当の怪物なだけで。
「まあいい」
フィンが咳払いした。
脱線し続ける話を本筋へ戻す。
「今回の報酬についてだ」
フィンの言葉に。
ミネ以外の全員の表情が僅かに変わった。
重要な話だ。
なにせミネはロキ・ファミリアに三つの魔法を教えている。
一つはフィンにのみ知られているが残り二つはレフィーヤが使用するためロキ・ファミリア全体に知れ渡っている。
更にはロキ・ファミリアへの模擬戦やレフィーヤに対する指導。
ロキ・ファミリアはミネに対して大きすぎる借りを作っている。
「率直に聞こう。 ミネ・シルヴァリエ、君は僕達に何を求める?」
フィンの問い。
応接室が静まり返る。
誰も口を挟まない。
これはロキ・ファミリアとしての正式な申し出だった。
金。
装備。
素材。
情報。
訓練施設の利用権。
第一級冒険者による指導。
望むなら大抵のものは用意できる。
それだけの恩義がある。
だから全員がミネの答えを待った。
そして――
「異端児、と言う存在を知っていますか?」
その言葉に。
空気が凍った。
フィンの瞳が細まり。
リヴェリアとガレスも表情を消す。
アリーゼとライラですら驚いたようにミネを見た。
「……異端児、だと?」
フィンが静かに問い返す。
その声音には警戒が滲んでいた。
当然だ。
異端児――ゼノス。
それはギルドですら秘匿している極秘情報。
知る者は極僅か。
ロキ・ファミリア首脳陣も存在そのものは把握しているが、公の場で語られる話ではない。
ましてや今、この場で出てくるとは思っていなかった。
「知性を持つモンスター。人と同じように心を持ち、人と対話できるモンスター……らしいです」
ミネの言葉に。
フィン達は一瞬だけ眉をひそめた。
「……らしい?」
リヴェリアがそこに引っかかる。
知っているのか。
知らないのか。
その言い方はどちらとも取れた。
ミネは頷く。
「私は会ったことがありませんので」
ミネ自身は異端児に会ったことは無い。
しかしヘスティア・ファミリアの面々はとある異端児を保護しそこから様々な異端児と交流したこと聞き及んでいる。
だからこそ。
ミネは静かに言葉を続けた。
「私の望みは一つです」
ミネは迷いなく答える。
「ロキ・ファミリアの皆さんは理由なく異端児と敵対しないでもらいたいです」
その瞳が真っ直ぐフィンを射抜く。
応接室が静まり返った。
誰もすぐには答えない。
それは金でもない。
装備でもない。
ましてや権力や名誉でもない。
ロキ・ファミリアが用意できるありとあらゆる報酬を差し置いて――ミネが求めたのは、一つの約束だった。
「……それは、また…随分と難しいことを言う」
フィンは苦笑混じりにそう答えた。
だが、その声音は真剣だった。
異端児。
その存在はオラリオの根幹を揺るがしかねない。
人類の敵であるはずの怪物。
モンスターと言うだけで敵対するには十分な理由なのだ。
ミネの要求はその当然を覆せと言っているのと同義であった。
「異端児を守れとは言いません。異端児を友に迎えろとも言いません。ですが――話し合う余地がある相手なら、その可能性を捨てないでほしいんです」
フィンは腕を組んだ。
視線は鋭い。
だが、それはミネを睨んでいるわけではない。
考えているのだ。
ロキ・ファミリアの団長として。
都市最大派閥の代表として。
そして、一人の指導者として。
「……君は会ったことがないんだろう?」
「はい」
「それなのに、そこまで言う理由は?」
ミネは少しだけ考えた。
そして答える。
「信頼している人達が信じているからです」
即答だった。
「ベルさん達は命を懸けて異端児を守ったそうです」
ヘスティア・ファミリアの仲間達。
ミネが心から信頼する人々。
「ヘスティア・ファミリアの皆さんが信じたのです。 ならばなぜ疑う余地がありましょうか?」
その答えに。
フィンは小さく息を吐いた。
「なるほど」
理屈ではない。
証拠でもない。
ましてや損得勘定でもない。
信頼。
ただそれだけだった。
フィンはミネという少女をまだよく知らない。
出会ってからの時間も短い。
理解したなどとは到底言えない。
だが、一つだけ分かったことがある。
この少女は利益で動いていない。
だからこそ厄介だ。
打算で動く相手なら交渉できる。
利益で動く相手なら報酬を提示できる。
だが信頼や信念で動く相手は違う。
そこに駆け引きは通用しない。
「君らしい答え――と言うべきかな」
「私らしい、ですか?」
首を傾げるミネ。
フィンは苦笑した。
「少なくとも、僕が想像していた答えではなかったよ」
莫大な報酬を要求されても不思議ではなかった。
秘匿すべき魔法を提供し。
レフィーヤを鍛え。
今回の遠征にも参加する。
その功績を考えれば当然だ。
だというのに。
彼女が求めたのは金銭でも武具でもなく。
顔も知らない存在への配慮だった。
「ふむ」
ガレスが腕を組む。
「ワシらにとっては難題じゃな」
「ああ」
フィンも頷いた。
「正直に言おう。今ここで即答はできない」
ミネは静かに耳を傾ける。
「ロキ・ファミリアは大所帯だ。僕一人の考えで全員を縛ることはできない」
団員の中にはモンスターに家族を殺された者もいる。
仲間を失った者もいる。
異端児だろうとモンスターはモンスターだと考える者が大多数だろう。
「だが――」
フィンは真っ直ぐミネを見た。
「君の願いは理解した」
応接室が静まり返る。
「少なくとも僕は、理由もなく槍を抜くつもりはない」
その言葉に。
ミネの表情がわずかに和らいだ。
----------------------------------
「やれやれ、最近なんだかトラブルが向こうからやってきている気がしてならないよ。 あ、君の事じゃないからね、フィルヴィス君」
苦笑しながらそう言ったヘスティアは、隣を歩く少女へ視線を向けた。
「いや……むしろ私こそ、その最たるものだろう?」
フィルヴィスは自嘲気味に目を伏せる。
以前よりは随分と表情が柔らかくなった。
だが、自身の罪を忘れたわけではない。
忘れられるはずもない。
だからこそ今は、毎日の奉仕活動に身を投じていた。
少しでも。
一人でも。
自身が手をかけた多くの冒険者達の代わりになるとは思っていない。
それでも。
何もしないよりは遥かにいい。
そう信じている。
「相変わらず真面目だねぇ」
ヘスティアが肩を竦めた。
「君はもう少し肩の力を抜いてもいいと思うんだけどな」
「そんな資格はない」
即答だった。
ヘスティアは困ったように笑う。
「そういうところだよ」
フィルヴィスは返答しない。
その沈黙にヘスティアも無理に言葉を重ねなかった。
今はまだいい。
焦る必要はない。
少なくとも罪を償うために安易に死を選ばない。
今はそれだけで十分だ。
そんな会話をしながら二人はガネーシャ・ファミリアが管理する検問所へと到着した。
「あ、ヘスティア様!」
検問所の前で声を上げたのは、見覚えのある少女だった。
「やぁ、アーディ君。 忙しいところ悪いね」
アーディは二人の姿を見て、ぱっと表情を明るくした。
「いえいえ! ヘスティア様には色々お世話になってますし! そ、それで…ベルは来てないんですか?」
ヘスティアは思わず苦笑した。
「残念ながら今日は別行動だよ。 訪ねてきた相手が相手だからね。 ベル君は連れてこれないさ」
「あー……そうですよね」
アーディは露骨に肩を落とした。
そもそもヘスティアが検問所に来ているのはとある神がヘスティアを訪ねて来たからだった。
そしてその相手はベルと合わせるには不味い相手でありベルを連れてくるわけにはいかなかったのだ。
「まったく、舌の根も乾かないうちにオラリオに戻ってくるなんて何を考えてるんだろうね」
呆れ半分。
感心半分。
そんな声音だった。
フィルヴィスが首を傾げる。
「噂では聞き及んでいるが…そんなに問題のある神なのか?」
「あぁ、とんでもない奴さ! 何せベル君を奪おうとしてきたんだからね!」
アーディは「だよね!」と言わんばかりに勢いよく頷いた。
「ですよね!? あの神様、ベルを見る目が完全に獲物を見る目でしたもん!」
「だろう!?」
「ですね!」
なぜか意気投合する女神と少女。
フィルヴィスはその光景を見ながら、静かに思った。
(……ベル・クラネルは本当に苦労しているのだな)
「ともかくだ」
ヘスティアが咳払いする。
「案内してもらえるかな?」
「あ、はい!」
アーディは慌てて姿勢を正した。
「こちらです!」
三人は検問所の奥へと進む。
通路を抜け。
警備員達の詰所を横切り。
来客用の休憩室が並ぶ区画へ。
そして件の神のいる部屋の前へ。
「ヘスティア様をお連れしました!」
一拍の間。
そして――
「ヘスティアアアァァァァ!!」
部屋の中から響いたのは、悲鳴にも歓声にも似た声だった。
直後。
バァン!!
勢いよく扉が開かれる。
飛び出してきたのは、一柱の神。
凄まじい勢いでヘスティアへ突撃してきた。
「うわっ!?」
ヘスティアは反射的に身を引く。
だが遅い。
神はそのまま抱きつこうとして――。
ガシッ。
「おっと」
横から伸びた腕に首根っこを掴まれた。
まるで暴走する子猫を捕まえるような手際だった。
「げふっ!?」
情けない声を上げる神。
「……初対面で申し訳ないが」
フィルヴィスは無表情で言った。
「ヘスティア様に突撃する不審神を見過ごすわけにはいかなかった」
そんな様子を見てヘスティアは呆れたように声を掛けた。
「それで、君は100年はオラリオの地を踏まないんじゃなかったのかい? なぁ、アポロン」
ヘスティアの呆れた声。
首根っこを掴まれたままのアポロンは、じたばたと暴れていた。
「離せぇぇぇぇぇ!!」
「暴れないでいただきたい」
フィルヴィスは実に冷静だった。
まるで荷物でも持っているかのような気軽さで神を保持している。
「ぐぬぬぬぬ!」
アポロンは悔しそうに歯噛みした。
だが。
相手が悪い。
レベル七。
しかもかつてロキ・ファミリア幹部すら翻弄した怪人。
地上で力を行使できない神一柱程度がどうこうできる相手ではない。
「頼むヘスティア! 君くらいしか頼れる神が居ないんだ!」
その言葉に。
ヘスティアは胡乱な目を向けた。
「君、他の神友はどうしたんだい」
「皆逃げた」
「何をしたのさ」
「ちょっと相談に行っただけだ!」
「内容は?」
「ベルきゅんをどうやったら譲ってもらえるか」
「帰れ」
即答だった。
アーディも全力で頷く。
「帰ってください」
「何故だ!?」
アポロンは本気で理解できない顔をしていた。
フィルヴィスは無言で首を横に振る。
(なるほど)
この神は駄目だ。
理解した。
非常によく理解した。
ベル・クラネルではなく自分が連れてこられたのも納得だ。
「違う! 今回は本当に別件なんだ!」
アポロンが慌てて叫ぶ。
「本当かい?」
「本当だとも!」
ヘスティアが疑わしそうな目を向ける。
アポロンは必死だった。
「私は今、非常に困っている!」
「自業自得では?」
「否定できない!」
否定しろ。
誰もがそう思った。
だがアポロンは続ける。
「いや、本当に困っているんだ!」
「だから何に」
適当にあしらおうとしていたヘスティアだったが次の言葉に硬直してしまう。
「姉上を助けてくれ!!」
今作のヘスティア・ファミリア
ベル
→ミネに救護された
ダフネ
→ミネに救護(物理)された
カサンドラ
→ミネに救護されかけた(謝ったので許された)
春姫
→ミネに救護(保護)された
アイシャ
→ミネに救護(物理)された
フィルヴィス
→ミネに強度強めに救護された
ミネ
→全員救護した
このSSが完結したら
-
アリス編を書け
-
過去編を書け
-
フレイヤ様に拾われたミネ編を書け
-
イズナ編を書け
-
ツルギ編を書け
-
いつまでかかっても良いから全部書け