ダンガンロンパ:ミゼラブル   作:アマテ_V3

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♪NEW ECHO WORLD



Prologue:“超高校級”の残声
■.


 

 

 

 

「………………ん……」

 

 

 ゆっくりと瞼が開かれる。定まらない思考――睡眠覚醒時に特有のおぼつかなさ。少しずつ微睡みの霧が晴れていく。

 

「…………?」

 

 暗い。

 電気も朝陽もない、完全な暗闇……。

 瞼が開いているのか、閉じているのか。それすら曖昧になって、ともすれば眼球が不能になったと錯覚してしまう。

 

「っ、(いった)ぁ……」

 

 とんと解らないまま身体を動かしてみると、床に倒れてしまった。間抜けにも、そこで初めて横になっていたのではなく椅子で寝ていたのだと気づいた。

 

 ──怖い。

 

 脳裏には、自室で床に就いた記憶。事件にしろ事故にしろ、こんな異常に放り込まれる理由が解らない。

 

 今は自分の掌すら見えない。かろうじてわかるのは、服装は変わっていないだろうということ、椅子の上で目覚めたこと。少女には椅子の上で眠る習慣などない。いったい何がどうして、自分に何が起こって——。

 

「……誰か……どこなの、ここ……」

 

 恐る恐る室内を歩き、本当に誰もいないのか声を出す。壁に、物に、ずっと手をつきながら。次第に眼が薄い輪郭を描き出しても、何かが潜んでいるのではないかという恐れが拭えない。

 

 その時、彼女の耳が幽かな音を聞き取った。それは誰かの話声のようで、若干くぐもっていることから壁を隔てていると推測される。

 

 声の出処を注意深く聴き探ると、そこにはわずかに漏れる光と暗闇に佇む扉。今まで気づかなかった。この場所は想像よりも広いのだと少女は直感した。

 

 扉の取っ手に手をかける。隙間から漏れた光が、少女の靴を照らした。

 

(靴……いつも学校に履いていく、お気に入りのだ)

 

 少しずつ、ゆっくりとドアノブを捻り扉を開いていく。

 

(そうだ……寝たのが最後じゃない。思い出した。私は、この学園に——)

 

 その先の闇に潜む、深く悲惨な絶望へ──少女は足を踏み入れた。

 

 

 

 

 だ‐そく【蛇足】

 蛇足(だそく)とは中国の故事。出典は『戦国策』斉策。余計な事、不必要な事などを付け加えることの例えとして用いられる。

 縦横家陳軫が、斉の君主から「魏に侵攻して勝利し、さらに斉へ侵攻しようとする楚の昭陽(中国語版)将軍を、止めるよう説得することは出来ないか」との依頼を受け、昭陽将軍との会談の際に用いた喩え話である。

 魏への侵攻を成功させた時点で昭陽将軍は楚での序列第一位、最高の位まで出世することが見込まれるが、たとえ斉への侵攻に成功していたとしてもそれ以上は出世しようが無いのに、失敗に終わった場合の失脚の危険を犯す必要があるのか、ということを蛇足の話を用いて説得したのである。

 この由来により、「蛇足」はわざわざ余計な事までしてしまう意味の熟語となった。また、物事がうまく行っている時に、調子に乗ってやたらに手を出すべきではないという教訓にもなっている。

 意見を述べる際などに、謙遜の意味を込めて「蛇足でございますが……」というように用いられる場合もある。

 ──Wikipediaより引用(これらは検証可能な参考文献や出典が全く示されていないか、不十分です)

 

 

 

 

 足元の崩れるような感覚が、何年も続いているような気がする。同時に、それは一瞬のことのようにも感じた。

 

 闇の中、浮いているのか、沈んでいるのか……何も解らない。自分の輪郭さえぼんやりとしている。やがて身体が煙霧の様に溶けだしたとき、その眼はゆっくりと閉じられた。

 

 

 

「……ここ、どこ?」

 

 少女は机に突っ伏していた。ズレた眼鏡をゆっくりと直して、ぼうっとあたりを見渡す——。

 

 そこは大きな部屋。白いクロスのかけられた長机に蝋燭を模した電飾が置かれ、暖炉も備えられている。部屋の数か所には歪な鋲で打たれた鉄板があり、天井の隅にはモニターと監視カメラが備えられている。彼女には、まるで見覚えのない空間であった。

 

 どうしてこんなところに——働きの鈍い脳を浚って手掛かりを探そうとした。しかし、何も思い出せなかった。この部屋も、ここにいる理由も、何一つ——。

 

「うああッ……ハッ…………ハッ……」

 

 突然の叫び。机の陰で倒れていた別の人間が目を覚ます。まるで恐ろしいものを見たような様相で、肩で荒く呼吸している。

 その人間は歳の近い男子学生だった。黒い制服に身を包み、前髪で眼が隠れたその人間に、少女はやはり見覚えがない。

 数度の深い呼吸の後に彼は周囲のあちこちを見て、やがて少女を認識するとゆっくりと後退る。

 

「き……だ、誰……?」

 

 青年は声を震わせて問う。未知の事態に、未知の空間に、未知の人間に、青年は怯えていた。

 その問いに、少女はしばしの沈黙を返した。妙に頭が働かないから。そこから絞り出した答えは、少女自身でも驚くほどに自信がなかった。

 

「アンリ……私の名前。多分」

「た、多分ってなにさ……はは……」

 

 毒気を抜かれたらしい青年は力なく笑う。か細い笑いが消えていくだけの沈黙に、少女——『アンリ』は思う。

 

(私の名前……それはアンリ……。私はアンリで……私は今、何?)

 

 何かを思い出そうとする——そのたびに記憶が靄で隠されて、いくら手を伸ばそうとも届かなくなる。それが本当に大事な事だということだけは、なぜか解るのに。

 その思索の中に、青年の声が割り込んでくる。

 

「名前も怪しいんじゃ、ここがどこかっていうのも」

「……………………ごめん、なさい」

「そっ、か……」

 

 そこで会話が途切れる。再び訪れた静寂はどこか気まずい。それを破ったのは、扉の開く音だった。

 

「………………」

 

 ゆっくりと開かれる扉の向こうには、別の少女が佇んでいた。全体として学生の出で立ちで——白のシャツに青いネクタイ、その上に紺のコートとスカートを着用している——暗闇にもハッキリと浮かび上がる銀の短髪が、僅かな驚きを露わにした端正な顔を包んでいる。その青い瞳が二人と部屋の中を順に観察し、次いで隅にあるモニターと監視カメラを見据えた。そして二人の元へ近づいて一つ問う。

 

「二人とも……ここがどこかわかる?」

「……いきなり、誰?」

 

 未知の人間が増えた。この人間も一見すると学生らしく、問いから同じ状況に陥っていると考えられる。しかし本当にそうなのか──? 再び芽生えた疑心が、問いに答えない選択を採らせた。

 

「ボクは廻原 未波。【超高校級の探偵】として『希望ヶ峰学園』に入学するはずだったけど……校舎に入ろうとしたときに気を失って、気づいたらここにいたんだ。二人も同じ?」

 

 

【超高校級の探偵】 カイハラ ミナミ

 

 

 あっさりと青年の疑問に彼女──未波は答える。その内容はおよそ青年の状況とはまるで異なり、素直に受け止めることはできなかった。

 

「ぼ、僕は……違う。『超高校級』? 『希望ヶ峰学園』? 僕にはそんな才能なんてないし、入れもしないよ」

「そう…………キミは?」

「私は……覚えてない。『超高校級』とか『希望ヶ峰学園』とか、初めて聞いた……」

 

 ──『超高校級』。

 それは特定の分野において究極の能力を持つ高校生が得る肩書。世界を見ても比肩しうる存在はほぼ無く、まさしく『天才』とも呼ぶべき人間──『超高校級』と認められるということは、それだけ特異な人間であることの証明となる。

 

 ──『希望ヶ峰学園』。

 政府公認の特権的な学園であり「人類の発展に寄与する『才能』を育成する」という目的を掲げている。その教育体制は他の学び舎とは大きく異なる。『超高校級の才能を持つ生徒がスカウトされる』以外の入学方法は存在せず、また独自のカリキュラムを用いており、まさしく『才能の育成』に特化した学園である。

 

「……覚えてない? 名前は?」

「多分……アンリ」

 

 

【超高校級の???】 アンリ

 

 

「名字は」

「……ごめんなさい」

「両親は? 兄弟姉妹はいる? 家の場所は」

「ごめんなさい……わからない」

「ね、ねえ……あんまり質問責めにするのも、さ……」

 

 未波の半ば尋問のような聞き方に、アンリは俯いて謝罪する。怯えているような表情に、青年は助け舟を出す。未波はそれに応じて、青年に向き直った。

 

「じゃあキミのことを聞くよ。名前は?」

「……樹田 望。樹木の樹に田畑の田、望みの望って書いて、樹田 望」

 

 

【普通の一般生徒】 キダ ノゾム

 

 

「ここに来る前のことは覚えてる?」

「普通に過ごして、自分の部屋で寝て……希望ヶ峰学園に入学なんて話は……」

「……だとしたら、これは希望ヶ峰学園生だけを狙ったものじゃない……?」

 

 望の返答を受けて、未波は右手を口元に持っていき考え込む。その様は絵に描いたような探偵の姿そのもの。監視カメラを睨むその眼の奥でいったい何を考えているのか、どうしてそう冷静でいられるのか、彼には何一つ理解できなかった。

 

「……とりあえず、出口を探そう。そこの鉄板で閉じられた窓とかは確かめた?」

「いや、まだ何も」

「一つずつ確かめよう。大丈夫だよ。出口がなくても、外部との連絡手段さえあれば——」

 

 ——ピーン、ポーン、パーン、ポーンンンン…………。

 

 未波が他二人に声をかけて行動を始めようかとするとき——モニターのスピーカーからその音が響いた。学び舎のチャイム——この状況においては場違いも甚だしいそれに次いで、場違いでない瞬間などないだろう声が木霊する。

 

『あー、アー……マイクテスッ、マイクテスッ! え~~、“希望ヶ峰学園”にご入学されるオマエラ……十五分後に入学式を執り行いますので、モニターの案内に従って聖堂までお越しください。万が一間に合わなければご入学は叶わず……。それどころかもっと大変なことになっちゃうからね、うぷぷぷぷ…………』

 

 不愉快な声だ。

 触れられたくない場所を無遠慮かつ執拗に触れ回った挙句、最後にはそれを土台ごと台無しにして笑っていそうな——苛立ちと嫌悪と恐怖とが、聞いた瞬間から腸わたに染みていくような声と話し方。その場にいた全員が直感した——この声の主が、この異常事態を支配している存在だと。

 

 声の残響が去らぬ間に、モニターがこの建物の間取り、現在地と目的地——そして『オマエラが進むべきはこっち!』といういやにカラフルでゴテゴテした文字と矢印を映し出す。三人は顔を見合わせ、誰からともなくその指示に従った。

 

 

 間取り図の通りに“聖堂”を目指す——両開きの扉を開け、廊下に出る。図に依ると先程までいた“食堂”と目的地の“聖堂”は同じ一階にある。廊下を行くだけですぐだ——そのせいか、聖堂の方からやたらと大きな声が聞こえてきた。

 

「そんじゃあ、アンタらも希望ヶ峰の新入生っちゅうわけかい」

「……お静かにしてください、空手家君。仏の顔は五度も六度も出せはしません」

「か〜ッ、仏も自分もケチやのう」

「実際大きな声じゃない。バカみたい……あら失礼、見た通りのバカそのものでしたわ」

「ンンじゃとォ!?」

「マアマア、タッちゃんのデカい声とガタイの迷わ——公害度は置いといてさ」

「お、おどれら…………!」

 

 “聖堂”の入口には、既に四人の新顔が存在した。体格の良い偉丈夫、学ランをかっちり着込んだ青年、言葉のトゲが鋭い和服を纏った女生徒、フォローするどころかにこやかに追撃をかます少年──実にバラエティに富んだ集合である。

 しかし笑っていたのは偉丈夫と少年だけで、あとの二人は無表情、もしくは露骨な不機嫌。交流に積極的ではないようだ。

 

「いくらワシが大海原より心が広い言うても限度っちゅうもんが…………お、なんや! 新顔さんが来はっ——ぐえっ」

 

 三人が曲がり角から姿を現すと、それに気づいて声をかけ——ようとした偉丈夫の喉に学ラン青年の手刀が襲いかかる。容赦はなかった。

 

「お静かに、ですよ。空手家君——『何度も言わせるな』と何度も言わせるな」

「あ〜、アンタらも起きたらここにいた感じ?」

「うん。会話が聞こえたんだけど、四人とも“希望ヶ峰学園の新入生”?」

「そ、オレたちみーんなピカピカの新入生。校舎に入ろうとしたら視界が真っ黒々助って感じだよ。俺たち四人全員がそうだから、皆そんな風に首突っ込まされてんじゃない?」

 

 少年は大げさな動きで両手を後頭部で組み、扉前のモニター向き直って全員の現状を軽薄に推測する。それに対して未波はあくまで平坦に返答した。

 

「二人、違う状況の人がいる。“希望ヶ峰の新入生”だけが狙いじゃないと思うな……もしくは、何か裏があるか」

「…………へェ。その理由は?」

「過去の希望ヶ峰学園の一学年あたりの人数は最大で23人、最少で11人……“希望ヶ峰の新入生”を狙ったなら、まだ見ぬ人がいる。その人たちを確認するまでは確実なことは言えないよ。可能性を排除してないってだけかな」

「まァ、そうだね。流石は探偵さん」

「! …………名乗ってないはずだけど」

「前に見かけたってだけだよ——『超高校級の探偵』さん」

 

 少しの驚愕と警戒を滲ませる未波とケラケラ笑う少年、そこに偉丈夫が苦しげに喉元を擦りながら声を挟む。

 

「いきなりナニすんねんアホンダラ……てかアンタ探偵やったんか! 探偵っちゅーんは頭エエからのう、羨ましいでホンマ」

「え、ええと……ありがとう?」

「ハァ……本ッ当にこの筋肉バカダルマ……」

「ワシは舞村 龍獅いうんや! “超高校級の空手家”言われとるけど、初めて優勝したんが空手大会やったからそうなっとるだけで色んなモンやっとる。“何でもアリ(バーリ・トゥード)”でも敗けへんで!」

 

 

【超高校級の空手家】 マイムラ タツシ

 

 

 陽気な奴だ——『騒がしい』というのが適切な、そんな奴。全員が一様にそう感じるほどの爽やかさ、明朗さ、騒々しさ。それゆえに、言葉の裏に何か隠していることはないのが素直に伝わってくる。総じて『良い奴』ではあるだろう。

 龍獅に応じて、未波がアンリたちにしたような自己紹介をする。二人も続いて自己紹介すると、状況の違いに龍獅たちは四者四様の反応を見せる。

 

「そりゃ何というか、災難やな……。アンタは家で寝たはずやのにこんなとこに。アンタはそもそも覚えとるモンがない……やるせないのう」

「…………フン、そう」

「なるほどね〜。まあアンリちゃんは置いといて、ノゾムちゃんは予備学科生だったり——あ、そういえば廃止されてたんだった。ゴメン却下で」

「ふむ……確かに他の人間を待ったほうが良さそうです。判断を下すためのコマもピースも、今は足りません」

 

 同情、拒絶、好奇心、中立——自己紹介がなくとも、彼らがどんな人間なのかが見えてくる。しかし、依然としてお互い幾人かの警戒は解けない。望は学ラン青年におずおずと尋ねてみる。

 

「えっと……その、そっちは他の人を見たりはしてない?」

「ええ、この七人以外は未だ見ていません。しかし、じきに相まみえるでしょう……今はあのアナウンスに従う他ないのですから」

 

 変わらず薄笑みの学ラン青年はモニターに目を向ける。相変わらずウザったい画面だったが『あと五分!』という文字に変わると共に喧しい音楽が流れ始めた。その場の誰もが一瞬顔を顰める。

 

「……煩いわね」

「な、何なんだろう……」

「大方焦らせて遊んでいるんでしょう。まともに考える必要はありませんよ、()()()

「し、市民君?」

「? あなたは希望ヶ峰学園の新入生ではなく、超高校級でもないでしょう。だから市民です」

「は、はぁ……」

 

 さも当たり前かのように言うが、とんでもなく下に見られているのではないか。時々自分が嫌になって目を背けるものを真正面から突きつけられて僅かな嫌悪を抱き──何も無い自分に深い嫌気がさした。

 

「じゃあ……君はどんな才能なの?」

「ふむ…………いえ、申し訳ありませんが現時点では回答を差し控えます」

「……え?」

「勘違いしないよう言っておきますが、私はまだ誰にも素性を明かしていませんよ。お互い見知らぬ人間同士……不必要な情報の開示は危険を招きます」

「…………そう、だよね」

「やっぱりケチくさいのう……ンなモン惜しんでてもしゃーないやろ」

「二人とも感じ悪いよねぇ、まともに社会で生きていけてるのか心配になるよ」

「煩いわね…………貴方たちと一緒にしないでもらおうかしら」

 

 龍獅は不満げな顔で、少年は意地の悪い笑みで野次を飛ばし、心底不快そうな顔をして和服の女生徒が吐き捨てる。

 

「それに、そう言う貴方も一切素性を明かしていないじゃない」

「あれ? 言ってなかったっけ。最近忘れっぽくてさ」

「ホンマやん! ワシのことタッちゃんだの言うてる割に何にも聞いとらんで!」

「あちゃ〜、バカのタッちゃんにも気づかれたか」

「ンなッ……おうコラぶん殴ったんど」

「はぁ、しょうがないなぁ。オレは皐 薙一。“超高校級の奇術師”だよ。やる気があったら奇術の一つくらいは見せてあげるよ」

 

 

【超高校級の奇術師】 サツキ ナギイチ

 

 

「自分マジシャンやったんか。全然見えんのう」

「今はやる気ないからねー」

 

 薙一が至極つまらなさそうな顔で言う。そのとき、傍の階段の上からドタドタと何かが駆け下りてきた。

 

「すっすすすみません、ギ、ぎりッ……ギリギリになってしまってェ…………ゆ、ユ、ュ、許してェぇえええええええ!」

 

 また喧しいのが増えた。おそらくはかなり駆け足で向かってきたのだろう、加えてほぼ泣いているために息が荒く、唾が飛ぶのも構わず誰に向けてかも解らない許しを乞うている。セーラー服を着ているので、学生ではあるのだろう。

 彼女に続いて脇にノートパソコンを携帯する白衣を纏った女性、一昔前の所謂ハイカラと言われるような装いの青年が駆け下り、次いでゴスロリと形容される服装の少女がゆっくり降りてくる。いずれも、肩で息をしていた。

 

「はあ、はあ……慌て、すぎ…………」

「誰かそいつ止めろ……」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい許してェぇえええ!」

 

 確かにこんな状況に放り込まれて混乱もするだろうが、それにしたって錯乱しすぎじゃないだろうか。彼女の有様を見て、望は逆に頭が冷えていくのを感じた。

 

「大丈夫だよ。ほら、時間にはまだ間に合ってるから。深呼吸しよう、ボクに合わせて……」

 

 未波がうずくまる女生徒をなんとかなだめようとする。そんな折、未波たちがやってきた方とは別の廊下からまた四人——赤を基調としたカジノディーラー服の女性、ブラウンのスーツを着た碧眼ブロンドの青年、簡素なメイド服を纏う物憂げな女性、首からカメラを提げるくたびれた青年——が現れる。

 

「間に合ったようです……なんとか……」

「申し訳ない、自分がなかなか目覚めねェばかりに……」

「まぁ間に合ったんだし、大丈夫大丈夫!」

「おお……急に増えよったな。そろそろ狭いで」

 

 ——これで十五人。あの二人を除いても希望ヶ峰学園の一クラスには足りる……。

 

 この場には十五人の人間。服装が学生然としていない者——おそらく”超高校級”の才能に関連したものだろう——もいるが、なんとなく歳の頃は同じに見えた。いずれの顔にも、この突然の事態への混乱が少なからず浮かんでいた。

 モニター前に集合した十五人——彼らの耳に、またあの声が響いた。

 

『ザザッ…………あー、アー、集合時刻に間に合ってしまったオマエラ……間もなく扉が開きます。慌てず順番に、罵りあいや殴り合い、コロシアイなどせずにお入りください……そういうのは今後にとっとくもんだからね! ぶひゃひゃひゃひゃ!』

 

 そのアナウンスが終わらないうちに、ゆっくりと扉が開いていく。中は薄暗く、廊下の少々心もとない照明では奥の様子を窺うことはできそうにない。

 

「…………聖堂の割には、不気味」

「しかし、入らないわけにもいきません。ここは市み——」

「ボクが先頭で入るよ。警戒しながら行こう」

 

 未波は明朗に言い放つと、有無を言わさず聖堂へ足を踏み入れた。学ラン青年はやれやれと肩を竦めると未波に続き、そしてまた一人、また一人と困惑を顔に浮かべながら静かに入堂していく。

 静寂の中、望とアンリが最後に残った。望は単純に、なかなか勇気が出なかった。ふとアンリの方を見ると、聖堂の暗闇を見つめる眼の奥に怯えが滲んでいた。

 

「……大丈夫?」

「…………何か、嫌な予感がする」

「え?」

「こわい……入ったら、取り返しがつかなくなりそうで…………」

 

 言葉が出なかった。望には、目の前の記憶を失った女生徒に何が感じられているのか全く分からなかった。

 

「でも……入るしかないよ。相手は十五人も誘拐できるから……何をされるかわからない」

「…………」

 

 不安げに俯くアンリに、こんなことは言うべきじゃなかったんだろうなと今更気づく。しかし、入るしかないのは揺らがぬ事実だった。望はとにかく現状を前に進めるため、思いつくまま捲し立てた。

 

「それにほら、こう、傷つけるとか殺すとかが目的ならこんな自由に出歩いたりできないんじゃないかな。だからとりあえず、すぐに僕たちがどうこうなるわけじゃないと思うよ…………多分」

 

 薄っぺらい。よくもまあ思ってもないことをここまで言えるものだ。もしかしたら、詐欺師の才能でもあるのかもしれない。望から溢れた半ば出まかせの言葉は、アンリをすぐさま動かすにはあまりにも軽かった。しかし怯えながら決心したのか、アンリはゆっくりと歩を進めた。

 望は、なるべく離れないように続いた。暗くなる視界と共に、罪悪感がどうしようもなく心を黒く染めていった。

 

 

 遥か上方のステンドグラスからの微光が、聖堂の中心を照らす。そのおかげでぼんやりと見える堂内には横長の椅子が複数置かれ、床には宗教的な模様が描かれている。空気は外部よりも幾分冷えたように感じ、憶えのあるような、ないような匂いが鼻を掠める。

 

「……照明とか生きてないわけ?」

「そんな親切があるなら、最初から私たちを誘拐したりなどしないでしょうね」

「ほんでも天窓からの光があるやないか、わりかし見えんで。それよか、なんか……」

「それは野生バカのタッちゃんだけだよ」

「やかましいわい、何回言うねん」

「バロック様式……? でも、どこか……」

 

 ——ちゃんとした宗教の教会堂だ。希望ヶ峰学園にこんな施設があるなんて……こんなところにボクたちを集めて、いったい何を……。

 

 文句が漏れる者、周囲を観察する者、違和感を覚える者——十五人十五色の様相を見せるその時、何度聞いても厳かな場にはそぐわないであろう声が響く。

 

『うぷぷぷぷ……レディースエーンジェントルメーン!』

「! スピーカー……?」

「いッ……いまっいいいまいまいま、あのこッ、声…………」

 

 声が響くと照明が少しずつ明るくなり、堂内の全貌が見えてくる。それは宗教というものの神聖さを愚弄しつくした内装で、あちこちに謎のクマ型の悪趣味な意匠が盛り込まれているのだった。

 

「ひっ……な、なにあれ……」

「趣味が悪く、自己顕示欲が高い……こんな大それた誘拐をする犯人としては納得だね」

 

 そして聖堂の主祭壇がスポットライトで照らされる。そうした劇的な演出も、神聖さなどとはかけ離れており、なにもかも台無しであったことは言うまでもない。

 そのスポットライトに照らされながら、祭壇上に何かが飛び出してくる。それは宙空で回転し、壇上に体操選手のごとく着地する。それはクマ型意匠と瓜二つで、身体が白と黒でセンター分けされた謎の物体だった。

 

 

 

 ——しかし、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

「きッ………………ぎゃアアアああああああ!」

 

 主祭壇上を照らしたスポットライト——それは白黒の物体を照らしていたが、同時にある者——いや、()を照らしていた。

 それは、祭壇に飾られた宗教的なクマ型像の頂部から重力に従って垂直に提げられていた。その首は重さを一手に引き受け、顔は俯いているため見ることはできない。その身に纏っているものはどこのものかもわからない制服。

 

 

 ——紛れもない、()()()()()()()()()だった。

 

 




♪死体発見Ⅰ
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