雛芥子の芽吹く頃   作:西楚の一平卒

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思いついたので書いてみました。
文量が少ない上に続くかわかりません。

続きを書きました。ひとまず切りの良い所まで一日二回投稿します。


ep.01 モノローグ

 教科書を覗き込んで、思わず鼻で笑った。

 

『異能の世界的な発現に伴い、各国で大規模な社会的混乱が発生した。後世では、この時期を超常黎明期と呼称する』

 

「社会的混乱、ねえ」

 

 よくもまあ、綺麗にまとめたものだ。

 

 向かいでノートを広げていた出久が顔を上げる。

 

「何よ」

 

 何か言いたそうな顔をしている。

 

「……ああ、そうね。知ってるわよ」

 

 資料で読んだのか?

 

「違うわよ。いたの」

 

 どこに?

 

「中国」

 

 出久の鉛筆が止まった。

 

 しばらく私の顔を見つめて、それから教科書へ視線を落とす。

 また私を見る。

 

「なによ、その顔」

 

 忙しい子ね。

 

 それで?

 実際の超常黎明期がどんな時代だったのか、ですって?

 

「えーっと、なに。超常黎明期について?」

 

 語るようなものでもないわよ。

 

 ただ、欲望と暴力が曝け出された時代だったってだけ。

 

「……それでも聞きたいの?」

 

 変な子ね、あんたも。

 

 私の異能が発覚したのは、車に轢かれた時だったかしら。

 

 当時まだ幼かった体は、それはもうグチャグチャに潰されたわ。普通ならそこで人生終了。

 

 でも、私は再生した。

 

 それが発覚のきっかけ。

 

 場所は中国のどこか。

 物心ついたばかりだったから、その辺はよく覚えてないのよね。

 

 でも、その後はよく覚えてるわ。

 

 当時、まだ辛うじて政府と呼べるものは残っていてね。

 そいつらは私を確保すると、そのまま研究所へ放り込んだ。

 

 異能なんてものが現れて間もない時代よ。当然、調べたかったんでしょうね。

 ましてや車に潰されても元に戻る子供なんて、研究材料としては魅力的だったでしょうし。

 

 再現できれば、いつの時代も権力者が欲しがる夢────不老不死にだって近づける。

 

 まあ、期待されてたんでしょうね。

 色んな意味で。

 

 それからは切って、取って、再生して。

 

 また切って、取って、再生して。

 

 ご苦労なことよね。

 

 それだけやって分かったのは、血が重要らしいってことくらい。

 

 今でいう個性因子も見つけてはいたみたいだけど、それがどう働いて私を再生させているのかまでは、結局分からずじまい。

 

 分かるより先に、研究所の方がなくなったから。

 

 誰かが襲撃してきたのよ。

 

 誰だったのかは知らない。

 あの頃は恨みを買ってる人間も組織も、それこそ掃いて捨てるほどいたもの。

 

 なにより私、世間知らずの箱入り娘だったから。

 

「……ここ笑うところよ?」

 

 出久は笑わなかった。

 

「冗談の通じない子ね」

 

 ともかく、その混乱に乗じて逃げ出したってわけ。

 

 自分の異能については、散々実験されてるうちに嫌でも扱い方を覚えてたから、逃げるだけならそう難しくなかった。

 

 ――【血命】。

 

 今ではそう呼んでる。

 

 簡単に言えば、私の体は全部血よ。

 皮膚も、筋肉も、骨も、臓器も。血がそれっぽく真似してるだけ。

 

 多分、生まれた時は普通の体だったんでしょうけどね。切って、取って、再生してを繰り返してるうちに、いつの間にか全部置き換わってたのよ。

 

 だからまあ、人間の姿をした血溜まりみたいなものね。

 

 ……スライム?

 

「誰がスライムよ」

 

 まったく。

 

 ……なによ。

 まだ何か聞きたそうね。

 

「今は私の個性について話してるんじゃないのよ」

 

 ノートに何か書き始めるんじゃない。

 

「こら。考察もやめなさい」

 

 ともあれ、その性質のおかげで、世間知らずの子供でもどうにか生き延びられた。

 

 治安の崩壊した社会は酷かったわよ。

 

 昨日まで店に並んでいた食べ物がない。

 蛇口を捻っても水が出ない。

 電気も来ない。

 怪我をしても病院なんてない。

 

 昨日まで当たり前だったものが、一つずつ消えていく。

 

 崩壊する前を知っていたからこそ、耐えられない人間も多かったんでしょうね。

 

 足りない。

 返せ。

 寄越せ。

 助けろ。

 

 誰もが叫んで、誰も助けてくれない。

 

 未だ、暴力さえも支配の手を伸ばしていない混沌の時期。

 

 強い誰かが支配していたわけじゃない。

 悪党が縄張りを作っていたわけでもない。

 

 そんなものすらなかった。

 

 個々人が、その日を生き延びるためだけに暴力を振るう。

 

 秩序の「ち」の字もなかったわね。

 

 そんな中で生きるには、私の異能は便利だった。

 

 血なら、その辺に転がってる死体や動物から補充すればよかったし、多少怪我をしたところで動けなくなることもない。

 

 別に血以外からだって栄養は取れる。

 吸血鬼みたいに日光で燃えたりもしないわよ。

 

 ……だから、そのニンニクをこっちに寄せなさい。

 

 食べるから。

 

 まあ、それでも流石にうんざりしてきたのよ。

 

 飛び交う怒号。

 絶えない腐敗臭。

 忘れた頃にやってくる襲撃。

 

 その頃になると、ようやく裏社会なんかが勢力を伸ばし始めていた。

 

 私を狙ってくる連中もいたから、研究所の資料でもどこかへ流れたんでしょうね。

 

 それで、ふと思ったの。

 

 遠くへ行けば、何か変わるんじゃないかって。

 

 子供らしいでしょう?

 

 だから海を渡った。

 

 一人で。

 

 日本まで。

 

 苦労したのは覚えてるけど、詳しくは思い出したくないわ。

 

 無駄に回想なんてするものじゃない。

 これ、長生きするコツね。

 

 ……今まさに、あんたにさせられてるわけだけど。

 

 そこで、また出久の鉛筆が止まった。

 

「今度はなによ」

 

 何歳なのか?

 

「…………」

 

 教科書を見る。

 出久を見る。

 

「女に年齢を聞くものじゃないわよ」

 

 納得していない。

 

「百は越えてるわよ。途中から数えるのやめたけど」

 

 今度こそ、完全に動かなくなった。

 

「なによ」

 

 そんなに驚くこと?

 

 見た目?

 

「ああ、これは……」

 

 自分の頬を撫でる。

 

「この姿が一番馴染むのよ。ずっとこれだから」

 

 正確にどういう仕組みなのかは、私だって知らない。

 鏡を見ればいつもの私がいる。それで困ったこともない。

 

 また鉛筆が動き出した。

 

「だから考察するなって言ってるでしょうが」

 

 で。

 

 苦労して辿り着いた日本は――見事なくらい、同じ有様だった。

 

 当たり前よね。

 

 世界中で示し合わせたみたいに超常が現れて、世界中で社会がひっくり返ったんだから。

 

 隣の国まで逃げた程度で、世界そのものから逃げられるわけがない。

 

 だからまあ、仕方なくそこで生きることにした。

 

 そうして、しばらく経った頃。

 

 妙な男に拾われたのよ。

 

 ……ん?

 

「なによ」

 

 結局、本題はまだなのかって?

 

「今から話すところなのよ!」

 

 思わず机を叩いた。

 

「黙って聞いてなさい!」

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