雛芥子の芽吹く頃 作:西楚の一平卒
文量が少ない上に続くかわかりません。
続きを書きました。ひとまず切りの良い所まで一日二回投稿します。
教科書を覗き込んで、思わず鼻で笑った。
『異能の世界的な発現に伴い、各国で大規模な社会的混乱が発生した。後世では、この時期を超常黎明期と呼称する』
「社会的混乱、ねえ」
よくもまあ、綺麗にまとめたものだ。
向かいでノートを広げていた出久が顔を上げる。
「何よ」
何か言いたそうな顔をしている。
「……ああ、そうね。知ってるわよ」
資料で読んだのか?
「違うわよ。いたの」
どこに?
「中国」
出久の鉛筆が止まった。
しばらく私の顔を見つめて、それから教科書へ視線を落とす。
また私を見る。
「なによ、その顔」
忙しい子ね。
それで?
実際の超常黎明期がどんな時代だったのか、ですって?
「えーっと、なに。超常黎明期について?」
語るようなものでもないわよ。
ただ、欲望と暴力が曝け出された時代だったってだけ。
「……それでも聞きたいの?」
変な子ね、あんたも。
私の異能が発覚したのは、車に轢かれた時だったかしら。
当時まだ幼かった体は、それはもうグチャグチャに潰されたわ。普通ならそこで人生終了。
でも、私は再生した。
それが発覚のきっかけ。
場所は中国のどこか。
物心ついたばかりだったから、その辺はよく覚えてないのよね。
でも、その後はよく覚えてるわ。
当時、まだ辛うじて政府と呼べるものは残っていてね。
そいつらは私を確保すると、そのまま研究所へ放り込んだ。
異能なんてものが現れて間もない時代よ。当然、調べたかったんでしょうね。
ましてや車に潰されても元に戻る子供なんて、研究材料としては魅力的だったでしょうし。
再現できれば、いつの時代も権力者が欲しがる夢────不老不死にだって近づける。
まあ、期待されてたんでしょうね。
色んな意味で。
それからは切って、取って、再生して。
また切って、取って、再生して。
ご苦労なことよね。
それだけやって分かったのは、血が重要らしいってことくらい。
今でいう個性因子も見つけてはいたみたいだけど、それがどう働いて私を再生させているのかまでは、結局分からずじまい。
分かるより先に、研究所の方がなくなったから。
誰かが襲撃してきたのよ。
誰だったのかは知らない。
あの頃は恨みを買ってる人間も組織も、それこそ掃いて捨てるほどいたもの。
なにより私、世間知らずの箱入り娘だったから。
「……ここ笑うところよ?」
出久は笑わなかった。
「冗談の通じない子ね」
ともかく、その混乱に乗じて逃げ出したってわけ。
自分の異能については、散々実験されてるうちに嫌でも扱い方を覚えてたから、逃げるだけならそう難しくなかった。
――【血命】。
今ではそう呼んでる。
簡単に言えば、私の体は全部血よ。
皮膚も、筋肉も、骨も、臓器も。血がそれっぽく真似してるだけ。
多分、生まれた時は普通の体だったんでしょうけどね。切って、取って、再生してを繰り返してるうちに、いつの間にか全部置き換わってたのよ。
だからまあ、人間の姿をした血溜まりみたいなものね。
……スライム?
「誰がスライムよ」
まったく。
……なによ。
まだ何か聞きたそうね。
「今は私の個性について話してるんじゃないのよ」
ノートに何か書き始めるんじゃない。
「こら。考察もやめなさい」
ともあれ、その性質のおかげで、世間知らずの子供でもどうにか生き延びられた。
治安の崩壊した社会は酷かったわよ。
昨日まで店に並んでいた食べ物がない。
蛇口を捻っても水が出ない。
電気も来ない。
怪我をしても病院なんてない。
昨日まで当たり前だったものが、一つずつ消えていく。
崩壊する前を知っていたからこそ、耐えられない人間も多かったんでしょうね。
足りない。
返せ。
寄越せ。
助けろ。
誰もが叫んで、誰も助けてくれない。
未だ、暴力さえも支配の手を伸ばしていない混沌の時期。
強い誰かが支配していたわけじゃない。
悪党が縄張りを作っていたわけでもない。
そんなものすらなかった。
個々人が、その日を生き延びるためだけに暴力を振るう。
秩序の「ち」の字もなかったわね。
そんな中で生きるには、私の異能は便利だった。
血なら、その辺に転がってる死体や動物から補充すればよかったし、多少怪我をしたところで動けなくなることもない。
別に血以外からだって栄養は取れる。
吸血鬼みたいに日光で燃えたりもしないわよ。
……だから、そのニンニクをこっちに寄せなさい。
食べるから。
まあ、それでも流石にうんざりしてきたのよ。
飛び交う怒号。
絶えない腐敗臭。
忘れた頃にやってくる襲撃。
その頃になると、ようやく裏社会なんかが勢力を伸ばし始めていた。
私を狙ってくる連中もいたから、研究所の資料でもどこかへ流れたんでしょうね。
それで、ふと思ったの。
遠くへ行けば、何か変わるんじゃないかって。
子供らしいでしょう?
だから海を渡った。
一人で。
日本まで。
苦労したのは覚えてるけど、詳しくは思い出したくないわ。
無駄に回想なんてするものじゃない。
これ、長生きするコツね。
……今まさに、あんたにさせられてるわけだけど。
そこで、また出久の鉛筆が止まった。
「今度はなによ」
何歳なのか?
「…………」
教科書を見る。
出久を見る。
「女に年齢を聞くものじゃないわよ」
納得していない。
「百は越えてるわよ。途中から数えるのやめたけど」
今度こそ、完全に動かなくなった。
「なによ」
そんなに驚くこと?
見た目?
「ああ、これは……」
自分の頬を撫でる。
「この姿が一番馴染むのよ。ずっとこれだから」
正確にどういう仕組みなのかは、私だって知らない。
鏡を見ればいつもの私がいる。それで困ったこともない。
また鉛筆が動き出した。
「だから考察するなって言ってるでしょうが」
で。
苦労して辿り着いた日本は――見事なくらい、同じ有様だった。
当たり前よね。
世界中で示し合わせたみたいに超常が現れて、世界中で社会がひっくり返ったんだから。
隣の国まで逃げた程度で、世界そのものから逃げられるわけがない。
だからまあ、仕方なくそこで生きることにした。
そうして、しばらく経った頃。
妙な男に拾われたのよ。
……ん?
「なによ」
結局、本題はまだなのかって?
「今から話すところなのよ!」
思わず机を叩いた。
「黙って聞いてなさい!」