雛芥子の芽吹く頃 作:西楚の一平卒
また捕まった。
今度は二人だった。一人は指先から骨のような杭を飛ばす男で、もう一人は触れたものを脆くする女。前者は私の頭を狙い、後者は足元の床を崩した。連携していたのか偶然だったのかは知らない。どちらにせよ、杭は血で止め、崩れた床から落ちながら二人まとめて巻き込んだら終わった。
相手が先に襲ってきたことは、近くにいた人が見ていた。それでも警察には連れていかれた。
「またですか」
「またよ」
最近、このやり取りにも飽きてきた。もっとも警察の人も飽きているらしい。最初の頃より扱いが雑になった。悪い意味ではない。異能を使わないよう念を押され、署までついていくところまでは同じだけれど、前みたいに何度も同じ質問をされなくなった。
名前。住所。襲われた経緯。相手が先に異能を使ったか。こちらが何をしたか。怪我人はいるか。
いつものこと。答えて、待つ。そのうち帰れる。
今回は少し時間が掛かっていた。二人のうち女の方が「自分たちが先に襲われた」と言っているらしい。嘘をつくなら、せめて二人で話を合わせればいいのに。男の方は私を捕まえて連れていけば報酬が出ると喋ってしまったそうだ。
間抜け。
暇なので机に頬杖をついていたら、面会だと言われた。誰だろう。別に会いたい人はいない。
通された部屋には、見覚えのある顔があった。間に分厚いガラスがある。
「こんにちは」
「……こんにちは」
継木和也。この前、焼きそばパンを買ってきた男。
「また捕まったんですか」
「またよ」
「何したんです?」
「襲ってきた人を返り討ちにした」
「また?」
「また」
和也は眉間を押さえた。何をそんなに疲れているのだろう。
「それで、なんで捕まるんですか」
「異能使ったから」
「それも前に聞きました」
「じゃあ知ってるじゃない」
「そういう話じゃなくて……」
そういう話だと思う。公共の場所で、許可なく異能を使ってはいけない。私は使った。だから調べられる。今回は相手が嘘までついているから、なおさら調べないわけにはいかない。
単純な話だ。
和也にとっては、そうではないらしい。
「この前から、調べてたんです」
「何を?」
「異能の使用について」
「暇なのね」
「半日待たせた人に言われたくないです」
「待っててとは言ってないわよ」
「そうでしたね」
まだ根に持っているらしい。
和也は鞄から紙の束を出した。新聞の切り抜きや、何かを書き写した紙、自分で書いたらしいメモ。随分たくさんある。それをガラス越しに見せ始めた。
嫌な予感がする。
「異能解放って、知ってます?」
「知らない」
和也の手が止まった。
「……知らないんですか?」
「うん」
「結構、話題になってますよ」
「そうなの?」
「新聞にも載ってます」
「新聞読まないから」
「読んでくださいよ」
「なんで?」
黙った。
私の勝ち。
何に勝ったのかは知らない。
「異能もまたその人の個性。身体の一部なのだから、自由に使えるようにすべきだって考えです」
「へえ」
「異能って生まれつき持ってるものでしょう」
「そうね」
「歩くのも良くて、手を振るのも良くて、でも異能は些細なことでも使っちゃいけない。おかしくないですか?」
「さあ」
「だって、あなたもそうでしょう。血を動かすの、別に道具を使ってるわけじゃないんですよね?」
「うん」
「自分の身体なのに、使ったら捕まる」
「捕まるわね」
「おかしいと思わないんですか?」
「おかしいんじゃない?」
「だったら――」
「でも、そういう決まりなんでしょう」
和也の口が止まった。
この話、前にもした気がする。
「……本当に、それで納得できるんですか」
「できるも何も」
良い決まりか悪い決まりかと、今ある決まりかどうかは別だと思う。
和也にとっては別ではないらしい。
「今の法律、変でしょう。仕事なら使える場合がある。工場の中ならいい。工事現場ならいい。自分の土地なら問題にされないこともある。でも道に出たら駄目」
「そうね」
「この前みたいに人を助けても駄目」
「調べられただけで、罰は受けてないけど」
「捕まったでしょう」
「捕まったわね」
「それがおかしいんですよ」
和也が机に手を置いた。少し大きな音がして、向こうにいる警察の人がこちらを見た。和也が小さく頭を下げる。
「……反論しないんですね」
「してほしいの?」
「いや、そういうわけじゃ」
「じゃあいいじゃない」
和也はまた黙った。
忙しい人だ。
「あなたはどう思ってるんです?」
「何が?」
「異能を自由に使える社会」
自由。
少し考える。
「昔は自由だったわよ」
和也が顔を上げた。
「昔?」
「うん」
「異能の使用が?」
「好きに使ってた」
「規制がなかったんですか?」
「規制する人がいなかったから」
「……ああ」
「警察もなかったし」
「そうでしたね」
「法律は……あったのかもしれないけど」
「かもしれない?」
「守らせる人がいなかったから、同じじゃない?」
「まあ……そうですね」
和也は少し考えてから、また聞いた。
「じゃあ、本当に好きに使えたんですか?」
「使えたわよ」
「使ったら怒られるとかは?」
「相手に?」
「制度にです」
「制度はないもの」
「じゃあ、誰にも止められなかった?」
「相手には止められたけど」
「……どうやって?」
「殴られたり、撃たれたり」
「それは自由っていうか……」
「違うの?」
「いや、違うというか」
和也は額を掻いた。
「単に治安が悪かっただけじゃないですか」
「そうよ」
「異能を自由に使えたからそうなったんじゃなくて、社会そのものが壊れてたからでしょう」
「そうね」
「……否定しないんですか」
「合ってるんでしょう?」
「いや、そうですけど」
何が不満なのだろう。
聞かれたから答えただけなのに。
「どんな使われ方をしてたんです?」
「色々」
「例えば」
「火を出せる人は火を出してた。力が強い人は重いものを運んだ。身体が硬い人は前に立ってた」
「それは普通に便利ですね」
「そうね」
「他には?」
「遠くの物を動かせる人が、他人の荷物を取ったり」
「それは犯罪でしょう」
「犯罪って言う人がいればね」
「……他は?」
何かあっただろうか。
たくさんありすぎて、逆に思い出しにくい。
「怪我人を運ぼうとして、余計に怪我させたり」
「……それは」
「壁を壊して中の人を出そうとして、屋根まで落とした人もいたわね」
「素人がやったんですか?」
「たぶん」
「それは異能の問題じゃなくて、その人がやり方を知らなかっただけでしょう」
「そうね」
和也が少し黙った。
「……そういうのばっかりじゃなかったんですよね?」
「何が?」
「失敗」
「もちろん」
水を出せる人がいて助かったこともある。重い瓦礫を持ち上げられる人がいて、下敷きになった人が助かったこともある。遠くまで声を響かせられる人が、人を集めるのに使っていたこともあった。
「じゃあ、やっぱり」
「何が?」
「いや」
和也が手元の紙に何か書いた。
何を書いたのかは見えない。
「その後、組織ができたんですよね」
「できたわね」
「そこでは異能の使用は?」
「勝手に使うと怒られた」
「規則ができたから?」
「それもあるけど」
少し考える。
「勝手に暴れられると、上の人が困るから」
「それは規制っていうより支配でしょう」
「そうね」
「自由じゃない」
「そうね」
「……じゃあ、やっぱり今とは違いますよ」
「そうね」
和也が顔を上げた。
「今は警察も法律もある。昔みたいに、殴った方が正しいなんて社会じゃない。失敗する人がいるなら、その人が責任を取ればいい。犯罪に使ったなら犯罪として取り締まればいい。異能を使うこと自体を禁止する理由にはならないでしょう」
「そうかもね」
「だから、昔の話は参考にはなりますけど、そのまま今に当てはめるのは違うと思います」
「そうね」
「……本当にそう思ってます?」
「あなたがそう思うなら、そうなんじゃない?」
「適当だなあ……」
失礼ね。
「別に止めようとしてないもの」
「分かってます」
「じゃあいいじゃない」
「分かってるんですけど」
和也は紙をまとめ始めた。
「なんか、話すたびに余計なものが増えるんですよね」
「紙が?」
「考えることがです」
「大変ね」
「半分くらいあなたのせいですよ」
「聞いたのはそっちでしょう」
「そうなんですけどね」
それなら私のせいではない。
◇
それからしばらくして、街で火事があった。
別に珍しいことではない。火事なんて昔からある。最近は消防車もちゃんと来るし、消火栓もある。昔よりずっと燃えにくくなった。
その日は通りの向こうから煙が見えた。黒い。結構燃えている。近づくつもりはなかった。野次馬になる趣味はない。
でも、道が封鎖されていた。仕方なく迂回しようとしたところで、人が走ってきた。
「まだ中に人がいる!」
周囲がざわついた。
消防の人たちはもう動いている。何人かが建物へ入り、外ではホースが伸ばされていた。燃えているのは二階建ての建物で、一階の窓から黒い煙が噴き出している。
その前へ、一人の男が出た。
「俺がやる!」
両腕を広げる。風が吹いた。強い風。煙が一気に横へ流れた。
「やめろ!」
消防の人が叫んだ。
遅い。
窓から出ていた炎が煽られた。赤い舌が大きく伸び、隣の建物の軒先へ届く。悲鳴が上がった。
男の顔が青くなる。
「違っ、俺は煙を――」
「異能を止めろ! 下がって!」
「でも中に人が!」
「下がれ!」
男は下がった。
悪いことをしようとしたわけではないらしい。
余計に燃えたけど。
別の場所では、腕の太い女の人が崩れかけた壁へ手を掛けていた。
「これどかせば入れる!」
「触るな!」
「でも!」
「支えになってる!」
手を離した。壁はそのままだった。
消防の人が何人かで別の場所から中へ入っていく。
しばらくして、担架が出てきた。生きている。
風を出した男は、少し離れたところで俯いていた。誰かに怒鳴られている。怒鳴っている方も怖かったのだろう。
私は迂回路を探した。その途中、人混みの中に見覚えのある顔を見つけた。
和也だった。
向こうも私に気づいた。目が合う。何も言わない。
消防の人に止められた男を見る。
燃え広がった軒先を見る。
もう一度、私を見る。
私は首を傾げた。
何?
和也は何も言わなかった。
◇
その次に見かけたのは、新聞だった。
正確には新聞に載っていた人を、その前に街で見た。
男が一人、別の男を地面へ押さえつけていた。押さえつけられている方は、少し前に店から飛び出してきたらしい。周囲では「泥棒だ」とか「捕まえろ」とか声が上がっていた。
上にいる男の腕は、細長い帯のように伸びていた。それが泥棒の腕と脚へ巻きつき、地面へ縛りつけている。
便利そう。
周囲から拍手が上がった。
「すげえ!」
「逃がすな!」
「警察呼んだ!」
ここまではよかった。
泥棒が暴れた。帯を引き千切ろうとする。
上の男が殴った。
一発。
「大人しくしろ!」
もう一発。
泥棒の抵抗が弱くなった。
「この野郎、さっき店員殴っただろ!」
三発目。もう暴れていない。
四発目。周囲の声が少し変わった。
「もういいんじゃないか」
「警察来るぞ」
「逃げたらどうする!」
五発目。止めに入った人が突き飛ばされた。
「邪魔すんな! こいつ犯罪者だぞ!」
そうね。犯罪者ではある。
だからといって、いつまで殴っていいのかは知らない。
警察が来た。
結局、二人とも連れていかれた。
次の日、新聞には両方載っていた。泥棒と、捕まえた男。
記事を読んでいる人たちは色々言っていた。助けたのに可哀想だとか、やりすぎだとか、警察が遅いのが悪いとか、犯罪者を庇うのかとか。
難しいらしい。
私は新聞を置いた。
◇
そして、また捕まった。
今回は一人だった。最近では珍しくもない。
いつもの部屋へ通される。ガラスの向こうに和也がいた。
「またですか」
「またよ」
「最近多くないですか?」
「私に言わないで」
「ですよね」
前より少し疲れて見えた。
鞄から紙を出す。また増えている。
「新聞、読みました?」
「珍しく」
「珍しく」
「失礼ね」
「何の記事か分かってます?」
「泥棒捕まえて、捕まった人」
「合ってます」
和也は一枚の紙を机へ置いた。
「火事も、いましたよね」
「いたわね」
「あの時、目が合いましたよね」
「合ったわね」
「何か言いたそうな顔してませんでした?」
「してない」
「そうですか」
「何を言えばよかったの?」
「……そうですよね」
和也は椅子へ深く座った。
少し黙った。
「前に、あなたが言ってたじゃないですか」
「何を?」
「怪我人を助けようとして余計に怪我させた人とか、壁を壊して屋根まで落とした人とか」
「言ったかも」
「忘れてるんですか?」
「昔の話だもの」
「俺は覚えてますよ」
「偉いわね」
「褒められてる気がしない」
褒めている。
たぶん。
「最初は、関係ないと思ってたんです」
「何と?」
「今と昔です。昔は社会そのものが壊れてた。警察も消防も法律もなかった。だから失敗した。今は違う。失敗したら責任を取らせればいいし、犯罪なら取り締まればいい。それで済むと思ってました」
「そう」
「今でも、そこは間違ってないと思ってます」
「そう」
「でも」
和也が紙の端を指で撫でた。
「あの火事の人、助けようとしたんですよね」
「そうみたいね」
「泥棒を捕まえた人も」
「そうね」
「悪いことしようとしたわけじゃない」
「たぶん」
「むしろ逆です」
「そうね」
しばらく黙った。
「善意があれば大丈夫だと思ってたわけじゃないんです」
「うん」
「……いや」
和也が眉間を押さえた。
「思ってたのかな」
「知らない」
「ですよね」
自分のことは自分で考えてほしい。
「自由に使えるようになったら、困ってる人を助けられる。自分の力を仕事以外でも役立てられる。そういうことばかり考えてたんです。でも、助けようとしても、何をしたらいいのか分からなければ邪魔になることもある。犯罪者を止められても、どこで止めればいいか分からなければ……」
「殴りすぎる?」
「そうです」
「痛そうだったわね」
「そこじゃないですよ」
「そう?」
「そうです」
和也は息を吐いた。
「異能を持ってることと、それを正しく使えることは、同じじゃない」
私は黙っていた。
和也も黙った。
向こうで警察の人が書類を捲っている音がする。
「……自由にするだけじゃ駄目だと思います」
「そう」
「でも、禁止したままでも駄目です」
「そう」
「何かないんですかね」
「私に聞かないでよ」
「聞いてません」
「そう」
「独り言です」
「ならいいけど」
和也が笑った。
少しだけ。
「……あなたと話してると、考えることが増えるんですよ」
「そう?」
「こうしたらいいって思うたびに、『昔それやってましたよ』みたいな話が出てくる」
「聞くからでしょう」
「しかも、聞いた時は関係ないと思うのに、後から似たようなのが出てくる」
「知らないわよ」
「もう聞かない方がいいのかな……」
「そうすれば?」
和也は少し考えた。
「それは嫌です」
「面倒ね」
「誰のせいですか」
「あなた?」
「そうですね」
認めた。偉い。
和也は紙をまとめて鞄へ戻した。答えは出なかったらしい。
「また来ます」
「捕まってたらね」
「捕まってなくても会えますからね?」
「そうだっけ」
「そうですよ!」
警察官がまたこちらを見た。
今日はよく怒られる。
面会が終わった。
それから少し待って、私はいつも通り釈放された。
外へ出る。
道路には車が走っていた。消防車も、警察の車も、荷物を積んだ車も走っている。信号が変われば止まり、また変われば進む。
昔は自由だった。止める人がいなかったから。今は、止める人がいる。
和也はそれが気になるらしい。
大変ね。
私は帰った。