まあ、付けた方が良いかなと。
二〇一四年十二月十五日 初稿
二〇一五年十一月十四日 修正
時計を見ると、だいぶ遅い時間になっていた。愛香は、まだ帰ってこない。
総二は、新たなエレメリアンの反応を確認して迎撃にむかった愛香を見送ったあと、珍しく開店しているアドレシェンツァの、手伝いを行っていた。なにもしないでいると、余計なことばかりを考えてしまうためだ。そのくせ、戦いにむかった愛香のことを時折考えてしまい、落ち着かない気持ちになってしまう。
愛香を信じるって決めただろう。そう自分に言い聞かせるが、集中しきれず注文を間違えそうになるときもあった。
しばらくしてから、店から客の姿がなくなり、母が声をかけてきた。
「総ちゃん、お疲れ様」
「ああ、母さんもお疲れ様」
お互いに労いの言葉をかけ合い、総二が時計を見ると、だいぶ遅い時間になっていた。それなのに、愛香は、まだ帰ってこないのだ。
なにか、あったのだろうか。
「愛香ちゃんのことが心配?」
「ああ、なにかあったのかな。って、ただ帰りが遅くなってるだけだろっ。愛香は強いから、大丈夫だって」
母の言葉に、思わず内心をこぼしそうになり、慌てて言い直す。最後は、自分に言い聞かせていた。
母には、友達と一緒に遊びに行ったと説明してある。だが、母は真面目な顔で再び口を開いた。
「でも、心配なんでしょ」
「それは」
心配に、決まっている。できることなら、いますぐにでも駆けつけたい。だが、なんの力もない自分が行っても、足を引っ張るだけなのは、目に見えている。
思えば愛香は、いつだって総二と一緒にいた。いてくれた。
総二がツインテール馬鹿を晒すと、同年代の、仲良くなれそうだった者たちは、みんな離れていった。それでも愛香だけは、ずっとそばにいてくれた。それを、当たり前のことだと思っていた。
ふと思う。愛香は、いつまでツインテールでいてくれるのだろう。いつまで、一緒にいてくれるのだろう。
いつか愛香に恋人ができたら、彼女のツインテールは、その誰かのものになってしまう。そいつがツインテールを好きでなければ、ツインテールをやめてしまうかもしれない。なにより、愛香が誰かのものになってしまうと考えると、なぜか胸が締めつけられるように痛くなる。
「ねえ、総ちゃん。総ちゃんは、愛香ちゃんのことをどう思ってるの?」
母の質問に、少し考える。答えはすぐに出た。なぜか、口に出したくなかった。それでも、母に答えを返す。
「愛香は、幼馴染みで、親友で」
「ほんとうに、それだけ?」
「え?」
無理やり口に出すと、さらに胸が痛くなった。言葉を吐き出すと、母がまた問いかけてくる。
母は、自分になにかを考えさせようとしている。そう思わせる彼女の言葉に、改めて考える。
一生の付き合いになるだろう最高の親友。
そう、思っていた。いまは、それだけで満足したくないと思う自分がいる。
「俺は」
「こんばんは。総くん、居ますか?」
なにを言うか決めていたわけではない。だが、なにかを言わなければならない。そう思って口を開こうとしたところで、ドアの開く気配とともに、聞き覚えのある声が耳に届いた。言葉を止め、声の方をむく。
「恋香さん?」
「あら、恋香ちゃん。こんばんは」
「こんばんは、未春おばさん、総くん」
愛香の姉である、恋香の姿があった。
津辺恋香。総二と愛香より四つ年上の大学生であり、愛香から喧嘩っ早さを引いて、おしとやかさを足したような人である。さらには、愛香がコンプレックスとしている胸もずっと大きく、それも含めて愛香の姉と言える人であった。
「こんばんは、恋香さん。恋香さんが店に来るの、珍しいですね」
挨拶を返し、なにかあったのかという問いも含めて、言葉を続ける。
恋香はうん、とひとつ頷くと、どこか心配そうに言葉を続けた。
「少し前に愛香が帰ってきたんだけどね」
「あ、帰ってきてたんですか」
「ええ。けど、なんだかすごく落ちこんだ様子だったから、総くん、なにか知らないかなって」
「え?」
帰ってきていると聞いて安心したものの、落ちこんでいると聞いて、総二は再び不安になった。
「俺、ちょっと様子見てきます」
「お願いね、総くん」
愛香の様子を見に行くため、店の扉の方にむかう。扉を開けようとしたところで、母の声が耳に届いた。
「待って、総ちゃん」
「ん?」
母の声に振り向くと、彼女はどこか真剣な表情を浮かべていた。その雰囲気のまま、母が口を開く。
「ここは、総ちゃんの部屋から行った方がいいと思うわ」
「へ? なんで?」
「なんとなくよ」
「うーん」
母の言葉に聞き返すと、やたら自信に満ちた態度で答えてくる。
どちらにしても、時間的にはそれほど変わりはない。
「わかった。そうするよ」
とにかく、愛香のもとに行くのが先決である以上、あまり考えてもしょうがない。そう結論づけると、自分の部屋にむかう。
いまはただ、愛香に会いたかった。
どうしよう。
エレメリアン、フォクスギルディとの戦いを終えて帰ってきた愛香は、ベッドの上で、立てた両膝の間に顔を埋め、苦悩していた。
総二の大好きなツインテールを、壊してしまった。
自分を責めるとともに、もし、総二に嫌われたら。そう思うと、泣きそうになってしまう。
「愛香?」
「っ!」
カーテンを閉めた部屋の窓から、総二の声が聞こえた。おそらく、恋香から愛香のことを聞いて、様子を見に来たのだろう。
嬉しく思えたのは一瞬だけで、すぐに、恐怖に似た思いが湧きあがる。
総二の心配そうな声が、続けられる。
「愛香、どうしたんだ。まさか、怪我でもしたんじゃ」
総二に嫌われたくない。だが、嘘を吐きたくない。悩み、迷う。
愛香は窓に近づくと、口を開いた。
「あ、あたしは大丈夫よ。怪我なんてしてない。心配してくれてありがとう、そーじ。その、ちょっと疲れちゃっただけだから」
――――嘘、吐いちゃった。
自分を心配して来てくれた総二に対して、自分が嫌われたくないという、ただそれだけの理由で嘘を吐いてしまった醜い自分に、愛香は泣きたくなった。
なにかに気づいたように、総二が一瞬、動きを止めたように感じた。ほんの少しだけ間を置いたあと、総二の、意を決したような声が聞こえた。
「愛香。その、さ。顔見せてくれないか?」
「えっ」
総二なら、これでなんとかごまかせるはず。そんなことを考えてしまった自分に気づき、さらに落ちこんだ愛香は、総二の申し出に戸惑う。
「なんか、愛香、いま、すごく無理して明るく言ってるように聞こえてさ。気のせいだったらいいんだけど」
「そーじ」
心の底から心配してくれているのだろう、総二のその言葉に、愛香はまた泣きたくなる。
総二にこれ以上、嘘を吐きたくない。そう考えたところで、さっき騙そうとしておいて、なんて都合のいいことを、という心の声が聞こえてくる。
泣きそうになるのを無理やり押しとどめ、愛香は言葉を絞り出した。
「そーじ、ごめん。あたし、ツインテール、壊しちゃった」
「え、どういうことだ?」
総二が戸惑った声を返してくると、愛香は今日の戦いであったことを話しはじめる。
「今日戦ったフォクスギルディは、あたしの姿をまねた人形を作ってきたの。それで、ツインテールを壊すのか、って言われて、あたしっ」
壊した。最後は言葉にできなかったが、理解したのだろう。総二が、息を呑んだように感じた。
「愛香、部屋に入れてくれないか」
「―――うん」
少しして聞こえた総二の声に、カーテンと窓を開け、部屋に入れる。
怒られるだろうか。嫌われてしまったかもしれない。
ツインテールを壊したことだけではない。それを隠すために、嘘を吐いてしまったのだ。
怯えながらうつむいていた愛香は、髪が優しくすくい上げられたのを感じた。
「悪い。また、気を遣わせちまったんだな」
「そー、じ?」
髪を撫でながらかけられた総二の優しい声に、愛香は顔を上げる。総二の眼には、優しい光があった。そのまま彼は、愛香の髪をなでながら言葉を続けてくる。
「ツインテールを壊したことを聞かせて、俺にショックを受けさせたくなかったんだろ?」
「ち、がうよ、あたし、ただ、そーじに、嫌われたくないなんて、勝手な理由で」
「嫌われたくないって思うことの、なにが悪いんだよ。俺だって、愛香の大切なものを壊したら、きっと同じことをすると思う」
「そーじは、そんなこと」
「する。俺だって、愛香に嫌われたらって思うと、すごく怖い」
「え?」
愛香の言葉を遮った、総二の言葉に声を漏らすと、優しく抱きしめられた。
突然の総二の行動に、愛香の体が熱くなり、慌てて問いかける。
「そ、そーじっ?」
「い、嫌、だったか?」
恐る恐るかけられた声に、体は熱いままだが、思考が少し落ち着く。
「う、ううん。嫌なんかじゃ、ないよ。ただ驚いただけ」
「そ、そうか」
「ふあっ!?」
愛香が答えると、総二は抱きしめたまま頭を撫ではじめる。頭を撫でてくる、優しい手の感触に、愛香は再び声を上げた。
優しい声が、耳に届く。
「愛香は、嘘なんて吐きたくなかったんだろ? 嫌われたくないから嘘ついて、だけどほんとうは、俺に嘘を吐きたくなくって、そんな辛そうなんだろ?」
「そーじ」
総二の優しい言葉に、涙が溢れてくる。
「ごめ、ん、ごめ、んね、そーじ」
「愛香が謝ることなんてない。俺の方こそごめんな。いつも気を遣わせっちまって」
言葉のあと、総二の腕にこめられた力が、少し強くなったのを感じた。
「愛香。確かに俺は、ツインテールが大好きだ。正直に言うと、ツインテールを壊したって聞いて、ショックだった」
総二の言葉を聞き、愛香はまたうつむく。
「う、ん」
「それでも、愛香の身に代えられるものじゃないんだ。それだけは、わかってほしい」
「っ、そーじっ」
「愛香が俺に気を遣ってくれることは、すごく嬉しい。だけど、戦いの時くらいは、俺に気を遣わないでほしい。もっと自分を大事にしてくれ」
「―――うん。そーじ、ありがとう」
想いのこめられた総二の言葉に、心が晴れていく。
もう、迷わない。総二を悲しませないためにも。
そう、改めて決意する。
抱きしめられたまま少し経ち、落ち着いたところで、総二が愛香から身を離した。
総二は、愛香の髪をすくい、少しためらうそぶりを見せたあと、意を決したように口元に持っていき、そのまま髪にキスをした。
それを眼にしたことと、髪から伝わる感触に、愛香の体が熱くなる。
「そ、そーじぃ」
嬉しさに、涙が溢れそうになり、体を震わせ、総二を見上げる。
次の瞬間。一瞬、躰を硬直させた総二に、愛香は再び抱きしめられた。
顔を真っ赤にして瞳を潤ませながら、上目遣いにこちらを見る愛香の姿を見た次の瞬間。総二は、気がつくと彼女を抱きしめ、そのままベッドに押し倒していた。総二の頭の中には、ただ、愛香への愛しさがあった。
「そ、そーじっ?」
驚いたように総二を見る愛香の顔に、頭が冷える。
こんなことをして、愛香に嫌われてしまったら。慌てて、身を離すために、腕に力をこめる。
「んっ」
「っ!」
身を離そうとしたところで、愛香が瞳を閉じた。観念したように、いや、こうなることを望んでいたかのような愛香を見て、再び愛しさが、そして、欲望が湧きあがる。理性が、飛んだように感じた。
愛香は、幼馴染みで、親友だろ。昨日も自分を止めようとした、理性の声らしきものが聞こえたが、総二はもう構わなかった。
愛香がほしい。愛香を、自分のものにしたい。幼馴染みで親友なだけでは、満足できない。
その想いだけで、頭が一杯になった。
衝動に身を任せ、口づけを行うために、顔を近づけていく。
愛香は、それを待ち望んでいる。勝手かもしれないが、彼女のツインテールから、そんなふうに感じた。
もう少しで、唇と唇が触れる。愛香の顔が、間近に迫った。
お互いの唇が触れる直前、昨日と一昨日のことが総二の頭をよぎり、思わず体が止まった。
総二はゆっくりと、窓を、いや、窓から自分の部屋を見た。
眼が、合った。
「なにしてるんだ、母さん、恋香さん」
「えっ、えええええええええええっ!!」
呆然と声を漏らすと、それを聞いたことでだろう、愛香が一昨日以上に慌てはじめた。
窓から見える自分の部屋に、昨日と同様にビデオカメラを構えてこちらを見ている母と、いままさに行為に及ぼうとしていた幼馴染みの、姉の姿があった。
ビデオカメラを構えながら、やたらイイ笑顔を見せた母は、親指を立て、とても見事なサムズアップをこちらにむけ、恋香の方は頬に手をあて、あらあら、とでも聞こえてきそうな、とても嬉しそうな笑顔をむけていた。
母と恋香は、どう反応していいかわからず呆然とする総二たちにむかって手を振ってくると、実に楽しそうに部屋から出て行った。
「―――」
気まずい空気が、辺りに立ちこめている。嫌な空気ではないが、いたたまれないというか、気恥ずかしさがとてつもない。
愛香の顔が、耳まで真っ赤になっている。自分もそうであろうことは、鏡を見なくてもわかった。
愛香の顔をまっすぐに見れず、チラチラと横目に見ることしかできない。彼女もそうなのだろう、同じようにチラチラと視線をむけてくる。時折視線が合うと、むしょうに恥ずかしくなってくる。
しばらくの間、それをくり返したあと、空気を変えるために話しかける。
「じゃ、じゃあ、きょ、今日はここまで、じゃ、なくって」
「そ、そうだな、また、明日、って、へ、変な意味じゃなくてだな」
先ほど行おうとした行為を意識してしまう言葉が出るが、無理やり切り上げ、総二は窓から部屋に戻る。
「そ、そーじ」
部屋に入ったところでかけられた愛香の声に、ふりむく。
未だ真っ赤な顔をしながらも、嬉しそうに微笑む愛香の笑顔とツインテールに、総二は思わず見惚れた。
「あ、ありがとね。慰めてくれて」
「あ、ああ」
総二が答えると、愛香は恥ずかしさをごまかすかのように、窓とカーテンを閉めた。
総二も、愛香と同じように窓とカーテンを閉める。
そして、ベッドに転がると、昨日と比べものにならない勢いで身悶えた。
甘さをさらに。次の話ではさらに甘くする予定です。
以下補足です。修正はなしです。
愛香は、かなり自己評価が低い子だと思ってます。総二のためならどこまでも強くなりますが、同時に自分のこととなると、かなり打たれ弱い。ラフレシアギルディに匂い嗅がれてかなり長い間へこんで、それで総二に嫌われるんじゃないかと怯えてたり、自分のツインテールを総二の一番だとは思えてないとか。そのため、負のスパイラルに入るとなかなか抜け出せなくなるのではないかなと。
総二に関しては、積み重ねと、ここまでされたら堕ちるだろ、と。