転生したらCパルス変異波形だったので、ガンダムを作ります。   作:コレクトマン

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ストックが貯まったので投稿です。


鴉vs鳥 後編

 ヒアルマー採掘場上空。

 

 そこはもはや、封鎖機構が一方的に制圧できる空域ではなくなっていた。

 

 艦隊の一角では、ウイングガンダムゼロ──封鎖機構側から“ホワイト・ゴースト”と呼称された機体によるローリングバスターライフルの直撃を受け、未だに混乱が続いていた。

 

 山吹色の光が艦隊の中心を薙ぎ払った直後、多数の強襲艦が轟沈。撃沈を免れた艦も、船体各所に深刻な損傷を受け、まともに戦闘継続できるか怪しい状態に追い込まれている。

 

 艦橋内では、警報音が鳴り続けていた。

 

「報告しろ。どれくらい残った?」

 

 艦長の声は低く、硬かった。

 

 問いに対し、通信士が青ざめた表情で応じる。

 

「我が艦隊の30%があのホワイト・ゴーストに持っていかれました。残りの艦隊もあの攻撃で撃沈までにはいかなかったとはいえ、船体のダメージが激しい状態です」

 

 その報告に、艦長の表情がさらに暗くなる。

 

 三割。

 

 艦隊戦において、その損害は決して軽いものではない。しかも相手は艦隊でもなければ要塞でもない。たった一機の機動兵器だ。たった一機に、封鎖機構が派遣した制圧艦隊の三割を削られた。

 

 常識では考えられない。

 

 艦長は艦橋の前面モニターへ視線を向けた。

 

 そこには、白い翼を広げたホワイト・ゴースト──ウイングゼロの姿がある。さらにその周囲には、よく似た異質な機体が複数。独立傭兵のAC。そして、後から戦場に介入してきたアーキバスのヴェスパーⅠ。

 

 戦場は、完全に三つ巴の様相を呈していた。

 

 封鎖機構が想定していた企業勢力の掃討戦ではない。これは、未知の兵器と独立傭兵、そして企業最上位戦力が入り乱れる異常事態だった。

 

「流石のOLGUでもこれを予測出来なかったか……」

 

 艦長は苦々しく呟く。

 

 OLGUの予測を信頼していなかったわけではない。むしろ、ここまでの作戦立案はその分析に基づいて進められていた。だが、その予測の枠外から現れた白い機体が、艦隊を文字通り内側から食い破った。

 

 副官が一歩前へ出る。

 

「艦長。ここは一旦離脱して態勢を立て直すことを推奨します」

 

 その進言に、艦長はすぐには答えなかった。

 

 封鎖機構として、ここで退くことは屈辱だ。ルビコンⅢの完全封鎖を掲げて出航した艦隊が、初戦で未知の機動兵器に大損害を受け、一時撤退する。報告書にどう書こうと、その事実は覆らない。

 

 だが、感情で艦を動かせば、残る戦力まで失う。

 

 今もホワイト・ゴーストは独立傭兵や企業側の機体と交戦している。その間であれば、艦隊を離脱させる猶予がある。

 

「戦力を立て直すにはそれ以外に方法はないか……。全艦、一時この空域より離脱する。ホワイト・ゴーストが企業と独立傭兵を相手している間に移動する」

 

 命令が下る。

 

 生き残った封鎖機構艦隊は、損傷した艦を庇うように編隊を組み直し、ゆっくりとヒアルマー採掘場上空から離脱を開始した。

 

 彼らは敗北したわけではない。

 

 少なくとも、そう記録するつもりだった。

 

 だが、この空域で起きた出来事が、封鎖機構にとって深刻な認識の転換を迫るものであることは間違いなかった。

 

 ルビコンⅢには、企業と独立傭兵だけではない。

 

 封鎖機構の艦隊を単機で壊滅させ得る、未知の白い機体が存在する。

 

 その事実は、今後の作戦計画を根底から見直させるには十分すぎるものだった。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 ヒアルマー採掘場上空では、もう一つの戦闘が続いていた。

 

 レジェンドガンダムとロックスミス。

 

 617の操るレジェンドから放たれるドラグーンと、フロイトのロックスミスが展開したレーザードローンが空中で激突し、緑のビームと青いレーザーが幾筋も交差する。氷原の白い空に、無数の光線が網のように走り、爆ぜるたびに細かな火花と残光が散った。

 

 ドラグーンがロックスミスの死角へ回り込む。だが、フロイトはそれを当然のように読んでいたかのように機体を滑らせ、射線を外す。逆にレーザードローンがレジェンドの側面へ回り込むが、617もまた小型ドラグーンでそれを牽制し、接近を許さない。

 

 互いに遠隔兵装を操りながら、本体同士も距離を詰め、離れ、撃ち合う。

 

 その中で、フロイトは楽しげに声を漏らした。

 

「なるほど……お前はレイヴンと同じ猟犬か。だが、この反応速度……お前もあのシミュレーションを体験したやつか」

 

《シミュレーション……? それってアリーナのこと?》

 

 617は一瞬、オールマインドが傭兵支援プログラムとして用意している表向きのシミュレーションを思い浮かべた。アリーナ戦、データ上の対戦相手、傭兵としての技量を測るための仮想戦闘。

 

 だが、フロイトの言うそれは違った。

 

「アムロチャレンジさ。最も、お前の場合は俺より上のレベルを体験した動きだ」

 

《アムロチャレンジ……!》

 

 その単語を聞いた瞬間、617の脳裏に嫌な記憶が蘇った。

 

 ルビコンⅢへ密入星する前、金田がやらかした一件。あまりにも理不尽な反応速度と射撃精度、そして人間の限界を試すような無茶なシミュレーション。あれを体験した者でなければ分からない、妙な嫌な汗が背中を伝う。

 

 フロイトはそれを見抜いていた。

 

 否、正確には、617の動きにその影を見ていたのだ。

 

「お前のそのドローン。誰かを参考にした動きだ。だからこそ読みやすい……!」

 

 ロックスミスが機体を翻し、右手に持つベイラム製RF-024 TURNERアサルトライフルを構える。狙いは617本体ではない。レジェンドから展開されたドラグーンだ。

 

 実弾が連続して放たれ、空中を飛ぶドラグーンへ命中する。

 

 だが、弾丸は装甲表面で弾かれた。

 

「……! 装甲が厚い……いや、特殊装甲か!」

 

《今ので理解するなんて……! ……長期戦になるとこっちが不利!》

 

 617は内心で舌を巻いた。

 

 ただ避けるだけではない。フロイトは攻撃した瞬間の手応えから、ドラグーンの防御特性まで即座に読み取っている。実弾では落としにくいと判断するまでが早い。

 

 このままドラグーンとレーザードローンの撃ち合いを続ければ、操作負荷は617の方が重くなる。レジェンドは高性能だが、617にとってもまだ完全に馴染んだ機体ではない。対するフロイトは、ロックスミスとドローンをまるで自分の身体の延長のように操っている。

 

 短期で崩す必要があった。

 

 617は一度、小型ドラグーンをバックパックと腰側のプラットフォームへ戻した。散開していた子機が素早く収束し、レジェンドの背部と腰部に再接続される。

 

 次の瞬間、プラットフォームごと小型ドラグーンが正面へ向けられた。

 

 ビームライフルの砲口もロックスミスを捉える。

 

 そして、フルバースト。

 

 レジェンド本体のビームライフルと、プラットフォーム越しに固定された小型ドラグーン群が一斉に火を噴いた。複数のビームが面制圧のように広がり、ロックスミスの回避先をまとめて潰しにかかる。

 

 だが、フロイトはそれすらも回避した。

 

 爆ぜる光の隙間を、ロックスミスが信じられない角度で抜ける。掠めたビームが装甲表面を焼くが、直撃には至らない。

 

「ドローンのプラットフォームから射撃か。……そういうのもあるのか!」

 

 フロイトは驚きながらも、どこか嬉しそうだった。

 

《……やはり、強い!》

 

 617は短く呟く。

 

 戦闘狂という言葉では済まない。フロイトは戦いの中で、相手の武装、動き、癖、考え方を読み取っていく。しかもそれを恐怖ではなく、純粋な興味として受け止めている。

 

 その時、フロイトの回線に通信が割り込んだ。

 

『フロイト。ここまでだ。スネイルから至急戻る様にとのことだ』

 

 聞こえてきたのは、ラウ・ル・クルーゼの声だった。

 

「ラウか? 悪いが手が離せない。スネイルにはまた後で頼むと言ってくれ」

 

 フロイトは即答する。

 

 目の前には、レジェンドガンダム。さらに向こうではウイングゼロとデスティニー、そしてレイヴンのloader4が戦っている。これほど面白い戦場を、そう簡単に離れる気にはなれなかった。

 

 だが、ラウの声は冷静だった。

 

『無理だな。封鎖機構の大艦隊がルビコンに現れた時点で企業も迂闊に動くわけにもいくまい。直ぐに帰投するんだ』

 

 その言葉に、フロイトはわずかに沈黙する。

 

 戦いたいという欲求はある。だが、状況が変わりすぎているのも事実だった。封鎖機構の大艦隊が本格介入し、その三割を未知の機体が撃沈した。アーキバスとしても無視できる事態ではない。

 

「……了解した」

 

 短く返した後、フロイトは内心で小さく笑う。

 

(今回ばかりは仕方ないか。だが、楽しみが増えたのも事実。次に取っておくのもアリか)

 

 ロックスミスは攻撃を止め、レジェンドから距離を取った。

 

 それ以上の追撃はない。フロイトはまるで名残惜しむように一瞬だけ617のレジェンドへ視線を向け、それから素早く戦域を離脱していった。

 

 617はその背中を追わなかった。

 

 追える状況ではなかったというのもある。だが、それ以上に、今の戦闘がどれだけ危ういものだったかを理解していた。

 

(……あのまま戦っても勝てるかどうかわからなかった)

 

 617は静かに息を吐く。

 

 強化人間でもないはずの男が、あそこまでの反応速度と戦闘感覚を持っている。レジェンドという高性能機を使ってなお、勝利を断言できない相手だった。

 

 一方、戦域を離脱しながら、フロイトもまた考えていた。

 

(あのガンダムから射出されるドローン。実弾では落とせなかったが、レーザーなら効くか? ……戻ったらアセンを見直すとするか)

 

 彼にとって今回の戦いは、敗北でも撤退でもない。

 

 次により楽しむための、貴重な観察だった。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 ヒアルマー採掘場の空は、光と爆炎に塗り潰されていた。

 

 封鎖機構の艦隊は一時離脱を始め、フロイトのロックスミスも617のレジェンドと交戦している。戦場そのものは複数に分断されつつあったが、最も危険な火種はまだ消えていない。

 

 ゼロシステムに飲まれたレイが駆るウイングガンダムゼロ。

 

 そして、それを止めようとする621のloader4と、エアのデスティニーガンダム。

 

 だが、戦況は決して楽観できるものではなかった。

 

「っ……! これ程にこの機体が操縦が難しい。これをレイは使いこなしていたなんて……!」

 

 デスティニーのコクピットで、エアは歯を食いしばる。

 

 機体そのものの反応は速い。速すぎるほどに速い。推力、武装管制、姿勢制御、各種センサーの情報量。そのすべてがエアの想定を上回っていた。

 

 Cパルス変異波形であり、アンドロイドボディにも適応している彼女であっても、デスティニーの複雑な火器管制とOSを即座に把握しきることは難しかった。機体は動く。だが、完全には応えてくれない。まるで巨大な猛獣の手綱を握っているような感覚だった。

 

《エア、無理をしないで!》

 

 621が牽制射撃をしながら叫ぶ。

 

 だが、ウイングゼロは容赦なく距離を詰めてきた。

 

「デスティニーは元々俺様に調整した機体だ。エアでも動かすのもやっとだろう!」

 

 レイの声が通信に響く。

 

 その言葉どおり、今のエアではデスティニーの性能を七割ほど引き出すのが限界だった。機体は高性能だ。だが、その高性能さが逆に操縦者へ牙を剥いている。

 

 それでもエアはビームライフルを構え、ウイングゼロへ応射した。

 

「ですが……あなたにレイヴンをやらせる訳にはいきません!」

 

 ビームが氷原の空を裂く。

 

 しかし、ウイングゼロはそれを読んでいたかのように回避した。ゼロシステムによる未来予測。相手の動き、射線、反応。それらを先読みした機動は、まるでこちらの意思を見透かしているようだった。

 

「なら、代わりに消えろ。それがこの世界にとってコーラルリリースを起こさないための手段だ」

 

「……!?」

 

 次の瞬間、ウイングゼロが消えた。

 

 否、そう見えるほどの速度で一気にデスティニーの間合いへ踏み込んできた。エアが迎撃に移ろうとした瞬間には、すでに遅い。

 

 ウイングゼロの脚部が、デスティニーの胴体へ叩き込まれる。

 

 重い衝撃がコクピットを揺らした。

 

「あああぁぁぁっ!?」

 

 デスティニーは勢いのまま弾き飛ばされ、氷原の地面へ激突した。凍った大地が砕け、雪と氷片が大きく舞い上がる。

 

《エア! ……レイ!!》

 

 621の声に怒りが滲む。

 

 loader4は左腕のパルスブレードから炸裂弾投射機へと切り替えた。即座に炸裂弾をばら撒き、ウイングゼロの進路を塞ぐ。爆発で視界と軌道を制限し、デスティニーへの追撃を止めようとした。

 

 だが、ウイングゼロは爆炎の隙間を縫うように抜けてくる。

 

「ゼロはその動きも予測している」

 

 冷たく告げるレイ。

 

 ゼロシステムは、621の攻撃すら予測していた。どこへ撃つか。どのタイミングで牽制するか。どの角度から次の行動へ繋げるか。その全てを先回りしてくる。

 

《さっきからゼロ……ゼロ……ゼロ……! そればっかりで聞き飽きたよ!》

 

 苛立ちが声に混じる。

 

 だが、621は冷静さを手放さなかった。感情に任せて突っ込めば、ゼロシステムにさらに行動を読まれる。ウイングゼロの火力を考えれば、一瞬の判断ミスが致命傷になる。

 

 だから、喰らい付く。

 

 撃ち、躱し、誘導し、時間を稼ぐ。

 

 エアが起き上がるまで。レイの意識に届く隙が生まれるまで。

 

 一方、地面に叩きつけられたデスティニーのコクピット内で、エアの意識は闇の中へ沈んでいた。

 

【ここは……。気を失っていたのでしょうか? すぐに起きてレイヴンの援護に──】

 

 ”待って”

 

 声がした。

 

 エアは反射的に振り向く。そこは暗い空間だった。上下も左右も曖昧で、時間の流れすら不確かな場所。コーラルの海とも違う、どこか静謐で、しかし深い場所。

 

 ”今目覚めても、彼には勝てない”

 

【あなたは……いったい?】

 

 声のする方へ視線を向ける。

 

 そこにいたのは、一機の機体だった。

 

 金色の装甲を身にまとい、一角獣を連想させるような姿。どこか神秘的で、同時に現実離れした存在感を放つ機体が、エアの前に静かに立っていた。

 

 ”だから、あなたにあの子が回ってきた世界の記憶を見せるね”

 

【あの子? もしかして、レイヴンの……?】

 

 その問いに答えるより早く、周囲の暗闇が砕けた。

 

 景色が宇宙へ変わる。

 

 無数の光。星の海。その中を、記憶が流れていく。

 

 レイヴンの日。

 

 ルビコンの解放者。

 

 賽は投げられた。

 

 三つの結末。

 

 エアは、それを見た。

 

 621が辿った可能性。選択し、戦い、失い、それでも進んだ世界。その果てにあったもの。彼女自身が知るはずのない、しかし確かに“あった”記憶が流れ込んでくる。

 

 そして、次に見えたのは存在しない記憶だった。

 

 水辺を大地にした別の惑星。

 

 空には、コーラルの赤い光の点が無数に漂っている。

 

【あれは……コーラルの光?】

 

【レイヴン……】

 

【……っ!?】

 

 そこには、自分以外のエアがいた。

 

 そのエアは、どこか悲しげに空を見上げているようだった。赤い光の下で、まるで取り返しのつかないものを抱えたまま立ち尽くしているように見える。

 

【私は、人とコーラルの可能性をあなたと一緒に成し遂げ、新たな時代を築きたかった。ですが、それはレイヴンの望んだ幸せではなかった……】

 

 その声は静かだった。

 

 だが、奥底に深い後悔が滲んでいた。

 

【レイブンは……ウォルターやカーラ。ラスティやイグアス。自分にとって大切なものを救いたかった。ですが、コーラルリリースでルビコンにいた人々はCパルス変異波形になり、永遠となった。でも……レイヴンはそれを望んでは無かった】

 

 エアは視線を向ける。

 

 そこには、621だった機体があった。

 

 静かに、動かず、そこに残されている。何があったのかを完全に知ることはできない。だが、エアには分かってしまった。

 

 おそらく621は、何かしらの理由で自爆した。

 

 そして、この世界のエアを孤独にした。

 

【もしこれが私に対する罰ならば……それを甘んじて受けます。……それでも。許されることなら、もう一度あなたに会いたい。レイヴン……どうして、あなた……は……】

 

 その声は途切れる。

 

 赤い光が瞬き、風のない世界に沈黙が落ちる。

 

 エアはその光景を見つめたまま、震えるように呟いた。

 

【これが……レイヴンが成し遂げたコーラルリリースの実態……】

 

 ”うん。あの子はコーラルリリースを阻止するためにあなたの世界に回ってきた”

 

【ウォッチポイントデルタでレイヴンが私のことを知っていたのは、これが理由だったのですか?】

 

 ”それだけ、みんなを救いたいって気持ちが強いの。だから、彼と彼らをこの世界に呼び寄せたの”

 

 金色の機体は肯定した。

 

 そして同時に、レイや日本兵たちをこの世界へ呼び寄せた張本人であることを明かした。

 

【レイと日本兵たちが……? 待ってください。あなたはいったい?】

 

 ”私は……向こう側から来た存在してはいけない機体。名前はフェネクス”

 

 フェネクス。

 

 そう名乗った金色の機体の装甲が展開する。装甲の内側が緑色に発光し、顔の一角獣を思わせる部分が開いていく。

 

 その顔が、ガンダムのものへ変形した。

 

【……!? ガンダムっ!?】

 

 ”RX-0ユニコーンガンダムの三号機。私はあなたに元の場所に戻す前に聞きたいの。あなたはあの子の記憶を知った以上、あなたは選択するしかないの。あの子を拒絶するか、受け入れるか”

 

【私が……選択を……】

 

 エアは迷った。

 

 見せられた記憶はあまりにも重かった。コーラルリリースの果て。自分ではない自分の後悔。621が背負っていたもの。彼女が知らなかった痛み。

 

 自分は、何を選ぶべきなのか。

 

 自分は、レイヴンの隣に立つ資格があるのか。

 

 だが、もう一人のエアを見た。

 

 孤独に空を見上げ、もう一度会いたいと願っていた彼女を見た。

 

 そして、エアは決意した。

 

【……私は、レイヴンを一人にさせたくありません。ウォルターやカーラ。そして、ルビコンに生きる全ての人たちをレイヴンと一緒に救いたい】

 

 それが答えだった。

 

 レイヴンを拒絶しない。

 

 彼女の背負った記憶を知った上で、それでも隣に立つ。

 

 彼女が救いたいと願うものを、自分も共に救う。

 

 ”……それが答えなんだね? わかった。あなたに少し力を貸してあげるね”

 

 フェネクスの手から、虹色の光が溢れた。

 

 その光がエアを包み込む。不思議なことに、そこにはコーラルとは違う温かさがあった。燃えるような熱でも、意識を溶かすような赤い奔流でもない。

 

 もっと穏やかで、優しい光。

 

【これは……心の光。恐怖も、何も感じない。むしろ暖かい……】

 

 ”これはほんのお守り程度の力だよ。……行って。あの子が待っているよ”

 

 闇の中に、一筋の光が伸びる。

 

 まるで、エアの帰る場所を示すように。

 

 その先にいるのは、レイヴン。

 

 今もなお、ひとりで戦い続けている彼女。

 

 エアは光へ向かって歩き出した。

 

【……ありがとうございます。行ってきます】

 

 この時にエアは自身では気づいていないが、彼女自身に何かが変化していた。

 

 コーラルとは違う別の何かを……

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 警告音が、loader4のコクピット内に響いていた。

 

 ウイングゼロとの戦闘は、すでに限界を超えつつある。ゼロシステムに飲まれたレイは、容赦なく攻撃を重ねてきた。ツインバスターライフルの砲撃、ビームサーベルによる斬撃、内蔵武装のマシンキャノン。どれもまともに受ければ致命傷になる攻撃ばかりだ。

 

 621はその全てを躱し、時に受け流し、時に機体を犠牲にしてしのいできた。

 

 だが、それも永遠には続かない。

 

『リペアキット、残数なし』

 

 無機質なシステム音声が、残酷な事実を告げる。

 

《今のでリペアキットは品切れ……》

 

 機体の損傷は深刻だった。装甲各部には焼け焦げた痕跡が残り、左脚部の反応もわずかに鈍い。ブースターの出力にも僅かな乱れがあり、これ以上の被弾は命取りになる。

 

 ウイングゼロは、そんな621の状態を見透かすように空中で静止した。

 

「お前も理解しているはずだ。これ以上は勝てないと……」

 

 レイの声が通信に響く。

 

 それは勝ち誇る声ではなかった。むしろ、ゼロシステムに突き動かされながらも、どこか苦しげで、追い詰められているようにすら聞こえた。

 

 だが、621は退かなかった。

 

《……でも。だからって諦めらめるわけにはいかないの! 私は……!》

 

 その先の言葉を、621は飲み込んだ。

 

 諦められない理由はいくつもある。

 

 エアを失いたくない。

 レイを殺したくない。

 ウォルターやカーラ、ラスティ、イグアス、そしてこのルビコンで関わってきた者たちを、また同じ結末へ向かわせたくない。

 

 だから、ここで止まるわけにはいかない。

 

「そうか……。なら……っ!」

 

 ウイングゼロが再び動こうとした、その瞬間。

 

 レイの表情が変わった。

 

 ゼロシステムが未来を予測し、警告を叩き込んだのだろう。ウイングゼロは咄嗟にその場を離脱する。

 

 直後、ウイングゼロがいた空間に、複数のビームが一斉に照射された。

 

 空中を走る緑の閃光。

 

 その攻撃の正体は、レジェンドのドラグーンだった。

 

《621、生きてる?》

 

《617! 私は大丈夫。でもエアが……》

 

 621はすぐに、エアが搭乗するデスティニーの方へ視線を向けた。

 

 デスティニーは氷原の地面に倒れ伏していた。先ほどウイングゼロに叩き落とされてから、しばらく動きがなかった機体だ。

 

 だが、その時だった。

 

 倒れていたデスティニーのカメラアイに光が戻る。

 

 機体がゆっくりと、しかし確かな動きで起き上がった。損傷はある。だが、まだ動ける。デスティニーは再びスラスターを噴かし、空へ舞い上がると、621の傍へと駆け寄るように飛来した。

 

《エア……!》

 

「すみません、レイヴン。心配を掛けました」

 

 エアの声は、先ほどまでよりも落ち着いていた。

 

 それだけではない。何かが変わっている。動揺や焦りが消え、代わりに静かな覚悟のようなものが宿っていた。

 

《ん……よかった》

 

 621の短い言葉に、エアは穏やかに答える。

 

「もうあなたを一人にはさせません。あなたが何周目であっても、私はあなたをサポートします」

 

《っ! ……エア。あなたまさか……》

 

 その言葉の意味を、621はすぐに察した。

 

 エアは知ったのだ。

 

 自分が何を繰り返し、何を背負ってきたのか。コーラルリリースの先に何があったのか。自分が何を恐れ、何を守ろうとしているのか。

 

 だが、問いかける時間はない。

 

 エアはデスティニーのウェポンラックから、対艦刀大型ビームソード──アロンダイトを引き抜いた。

 

 次の瞬間、デスティニーの背部ウイングユニットが展開し、桃色の光の翼が広がる。機体が一気に加速し、ウイングゼロへ接近した。

 

 アロンダイトが振り下ろされる。

 

 ウイングゼロはシールドを構え、それを受け止めた。

 

 ビーム刃とシールドが激突し、火花と粒子が周囲へ散る。

 

「っ! デスティニーの動きが変わった? だとしても」

 

 レイは驚愕を隠せなかった。

 

 先ほどまでデスティニーに振り回されていたエアの操縦が、一気に変化している。無理に機体を制御しているのではない。機体の癖を読み、推力を活かし、武装を自然に繋げている。

 

 完全にレイと同じではない。だが、明らかにデスティニーの性能を引き出し始めていた。

 

「レイ。あなたは私たちで止めてみせます。あなたのこの機体で……!」

 

 エアが告げる。

 

 その言葉と共に、デスティニーのウイングユニットがさらに大きく展開した。桃色の光の翼が広がり、そこから残像が生まれる。

 

 否、ただの残像ではない。

 

 デスティニーが、まるで十機に増殖するように分身した。

 

「デスティニーのスペックを最大限に!?」

 

《あれは……ウォッチポイントデルタで見た分身!?》

 

 621はかつて見た光景を思い出す。あの時のレイが見せた、常識外れの高機動分身。今、エアもまた同じ現象を引き起こしていた。

 

 ただし、617は冷静に見ていた。

 

《でも、レイより少ない……》

 

 完全ではない。

 

 それでも、十分だった。

 

 今のエアには、確かにデスティニーを動かす力がある。

 

「今ならわかります。彼女が……フェネクスが私に力を貸してくれた意味が」

 

「フェネクス? ……エア、お前まさか!」

 

 レイの声が揺れる。

 

 ゼロシステムに飲まれてなお、その名には反応した。フェネクス。存在してはいけない機体。レイたちをこの世界へ呼び寄せた存在。

 

 だが、動揺は一瞬だけだった。

 

 ウイングゼロは再びツインバスターライフルを構え、攻撃態勢へ移る。

 

「レイヴン、セレン。行きましょう」

 

《うん。エア、後で話を聞かせて》

 

《レイ……今助ける……!》

 

 617のレジェンドがドラグーンを再展開した。

 

 小型ドラグーンが周囲へ散開し、ウイングゼロを全方位から包囲するように位置取る。そこから一斉にビームが放たれ、逃げ場を削っていく。

 

 エアのデスティニーは分身と共に突撃した。複数の残像が同時にウイングゼロへ迫り、アロンダイトが光を引いて突き出される。

 

 ウイングゼロはそれを躱す。

 

 ゼロシステムの未来予測が、攻撃の軌道を読んでいた。だが、全てを回避するには一瞬だけ動きが硬直する。

 

 そこへ、621が合わせた。

 

 loader4の右肩、二連装グレネードランチャーSONGBIRDSが火を噴く。

 

 爆発がウイングゼロの近距離で炸裂した。

 

 ウイングゼロにとっては致命傷には程遠い。装甲を破るほどの威力ではなく、軽い怯みを生む程度のものだった。

 

 だが、その“軽い怯み”こそが必要だった。

 

「まだだ……このまま終わらない!」

 

 レイが叫ぶ。

 

 ウイングゼロが姿勢を立て直そうとした、その瞬間。

 

「これで……決めます!」

 

「なにっ!? がっ……!」

 

 エアのデスティニーが、至近距離にいた。

 

 光の翼を纏った機体が、ゼロシステムの予測を僅かに超えるタイミングで踏み込む。デスティニーの右手が、ウイングゼロの頭部を掴んだ。

 

 そしてそのまま、全推力で押し込む。

 

 白い機体が氷原の上を引きずられ、背後に迫る氷山へと叩きつけられた。

 

 轟音。

 

 氷山の表面が砕け、巨大な亀裂が走る。

 

 ウイングゼロの頭部が氷にめり込み、機体全体が大きく揺れた。

 

 ゼロシステムに飲まれたレイを止めるための一撃。

 

 それは、ようやく暴走した白い悪魔の動きを止めることに成功した。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

「う……ここは?」

 

 ウイングゼロのコックピット内で、レイはゆっくりと意識を取り戻した。

 

 視界は乱れている。衝撃で機体の姿勢制御が一時的に落ち、モニターにはノイズが走っていた。頭の奥はまだ鈍く痛み、ゼロシステムから叩き込まれた無数の未来予測の残滓が、ちらつくように意識の端に残っている。

 

 だが、分かる。

 

 自分は今、ゼロシステムに飲まれたままではない。

 

「レイ、聞こえますか?」

 

《レイ、大丈夫? いつものレイなの?》

 

《レイ……》

 

 通信越しに、エア、621、617の声が飛び込んでくる。

 

 それぞれの声に、不安と警戒と、そして願うような響きが混じっていた。無理もない。つい先ほどまで、レイはゼロシステムに飲まれ、621とエアを敵と認識して本気で攻撃していたのだから。

 

 レイは額に手を当て、苦い息を吐いた。

 

 今まで起きたことは、明確に覚えている。

 

 封鎖機構艦隊を薙ぎ払ったこと。621に刃を向けたこと。エアを蹴り飛ばしたこと。ゼロが見せた未来に追い立てられ、自分自身の意思すら押し流されかけていたこと。

 

 忘れられるはずがなかった。

 

「ああ、お陰で目が覚めた。ゼロシステムはやっぱヤバい代物だって改めて再認識させられるよ……」

 

 自嘲気味にそう言う。

 

 レイの声を聞いて、通信の向こうの空気が少しだけ緩んだ。少なくとも、先ほどまでのような殺気はない。言葉にも、いつものレイらしい疲れた調子が戻っている。

 

 だが、エアはすぐに異変に気づいた。

 

「レイ、ゼロシステムはまだ?」

 

「ああ、まだ起動中だ。でも……もうこっちは流石にゼロの見せる未来はもう見飽きたよ」

 

 モニターの端では、まだゼロシステムの表示が生きていた。

 

 未来予測。戦術分岐。敵性判定。危険因子の排除案。撤退、殲滅、自爆、犠牲を含む最適解。

 

 ゼロシステムはなおもレイへ未来を見せ続けていた。まるでコックピットに縛り付け、もう一度その意思を支配しようとするかのように。

 

 だが、先ほどとは違う。

 

 レイはもう、その未来を真正面から信じようとはしなかった。

 

「もういいだろうゼロ。俺はゼロの見せる未来より、今起きるであろう現在をちゃんと認識したいんだ。だから一旦……」

 

 言い終えるより早く、レイは拳を振り上げた。

 

 そして、ゼロシステムの表示が走るコンソールを思い切り叩きつける。

 

 鈍い破砕音がコックピット内に響いた。

 

 ひび割れたパネルが火花を散らし、表示が乱れ、ゼロシステムの警告表示が一瞬赤く染まる。次の瞬間、強制停止。コックピット内を支配していた圧迫感が、嘘のように消えていった。

 

「こっちが使いこなすまで、しばらく待ってろ」

 

 レイは壊れたコンソールを見下ろし、そう告げた。

 

 通信越しに、しばらく沈黙が落ちる。

 

「あの……コンソールを叩きつけて大丈夫なのでしょうか?」

 

《レイ。いくらなんでも粗過ぎ》

 

《でも……いつものレイっぽい》

 

 三者三様の反応だった。

 

 エアは純粋に機体へのダメージを心配し、621は呆れ、617はどこか安心したように呟く。

 

 レイは肩をすくめた。

 

「まあ雑なのは認めるけど、こっちの方が一番手っ取り早いんだ。それはそうと、後でウォルターに詫びを入れておかないとな。下手をすればウォルターに殺される……」

 

 実際、かなり危なかった。

 

 621を本気で殺しかけた。エアも巻き込み、封鎖機構艦隊を三割ほど吹き飛ばし、フロイトまで乱入する大騒ぎになった。原因がゼロシステムの暴走と外部干渉だったとしても、操縦していたのはレイ自身だ。

 

 ウォルターがどう反応するかは、正直考えたくなかった。

 

《自業自得。……だけどウォルターには私から伝えておく》

 

《今回は事故。ゼロシステムが勝手に起動した……》

 

 621と617の言葉に、レイは小さく息を吐いた。

 

 ありがたい。だが、それで全部済むわけではない。後で説明と謝罪は必要だろう。

 

 エアが静かに告げる。

 

「……とりあえず、帰りましょうか。皆さん」

 

 その言葉に、誰も反対しなかった。

 

 氷原には、まだ戦闘の爪痕が残っている。封鎖機構の艦隊は離脱し、フロイトも去った。ウイングゼロの暴走も止まり、ひとまず目の前の危機は過ぎ去ったと言っていい。

 

 だが、全員が消耗していた。

 

 loader4はリペアキットを使い果たし、損傷も大きい。デスティニーもウイングゼロとの交戦でダメージを受けている。レジェンドもフロイトとの戦闘で負荷がかかっていた。そしてウイングゼロは、何よりもゼロシステム周りの調整と点検が必要だった。

 

 四機は編隊を組み、母艦へ向けて帰還を開始する。

 

 雪と煙に包まれたヒアルマー採掘場を背に、彼らは戦場を後にした。

 

 しかし、この戦いを見ていた者がいた。

 

「コーラルリリース……。あの男、やはりあの天使のパイロットか。既にコーラルの危険性を理解していた」

 

 離れた位置から戦場を見届けていたACが一機。

 

 ルビコン解放戦線の帥父、サム・ドルマヤン。

 その乗機、アストヒクが氷原の影に佇んでいた。

 

 彼は一連の戦闘を見ていた。

 

 ホワイト・ゴーストと呼ばれたウイングゼロの暴走。デスティニーに乗ったエア。レイの口から出たコーラルリリースという言葉。そして、Cパルス変異波形であるエアが機械の身体を得て、明確に人型機動兵器を操っていた事実。

 

「セリアと同じCパルス変異波形に機械の体を入れて認識させる。私や他の者でも考えつかんことだ。レイ……レイヴンと同様にその存在を見極めねばならぬ」

 

 ドルマヤンの声には、警戒と困惑が混じっていた。

 

 彼にとって、コーラルは単なる資源ではない。かつてセリアと出会い、声を聞き、そして選べなかった過去がある。だからこそ、エアという存在を軽視することはできなかった。

 

 ましてや、彼女が機械の身体を通じて戦場に立ち、レイヴンと共に誰かを救おうとしている。

 

 それは、ドルマヤンにとっても見過ごせない光景だった。

 

 レイ。

 

 レイヴン。

 

 そしてエア。

 

 彼らはコーラルの未来に何をもたらすのか。

 

 見極める必要がある。

 

 ドルマヤンはそう判断し、アストヒクを反転させた。

 

 氷原の風が機体の装甲を撫でる中、彼は静かにその場を離脱していく。

 

 ヒアルマー採掘場での戦いは終わった。

 

 だが、その戦いが残した波紋は、封鎖機構、企業、解放戦線、そしてレイヴンたちの未来へ、確実に広がり始めていた。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 ヒアルマー採掘場で繰り広げられた戦闘。

 

 封鎖機構の艦隊を単機で壊滅させたウイングゼロ。ゼロシステムに飲まれたレイ。彼を止めるために戦った621、エア、617。そして、その戦いを観測していた者たちがいた。

 

 戦場から離れた場所で、リボンズ・アルマークはモニターに映し出された戦闘記録を眺めていた。

 

「なるほど……流石は別世界のガンダム。未来を予測してパイロットの脳に直接情報を流し込むゼロシステム。ある意味では使い捨て前提のシステムだね」

 

 その声には感心が混じっていた。

 

 ウイングゼロの戦闘データ。ゼロシステムの挙動。搭乗者であるレイの精神負荷。暴走時の戦闘能力。どれもリボンズにとっては貴重な観測対象だった。

 

 だが、通信越しに響いたオールマインドの声には、不満が滲んでいた。

 

『リボンズ。イレギュラーが持つ機体の詳細を確認する為に封鎖機構の艦隊の三割を犠牲にするのは計画的に不要だったのでは?』

 

 レイたちの手札を確認するためとはいえ、封鎖機構の大艦隊の三割を失った。オールマインドにとって、それは看過できない損失だった。

 

 隣にいたスッラも、同じように低く言う。

 

「流石の封鎖機構も立て直しには結構時間がかかるだろうな。……この埋め合わせはどうするんだ?」

 

 封鎖機構は強大な組織だ。だが、無限ではない。艦隊三割の損失は、ルビコンへの圧力を維持する上でも大きい。まして、未知の機体に一方的に削られたという事実は、戦力面だけでなく心理面にも影響を与える。

 

 だが、リボンズはまるで気にしていない様子だった。

 

「その点は問題ないよ。僕が無作為に彼らを利用したわけじゃない」

 

 そう言って、リボンズは手元のスイッチを入れた。

 

 モニターの映像が切り替わる。

 

 そこに映し出されたのは、無数のコーン型の物体だった。整然と並ぶその形状は、単なる部品や弾薬ではない。どこか炉心、あるいは動力機関を思わせる形をしていた。

 

『これは……?』

 

 オールマインドの声に、スッラが目を細める。

 

「見ない形だな。形から察するに何かしらの動力炉か?」

 

 その推測に、リボンズは満足げに頷いた。

 

「その通りだよスッラ。君たちの保有するファクトリーを使って試作品を作り、ようやく納得のいく仕上がりになったよ」

 

『リボンズ。このジェネレーターはいったい……』

 

 オールマインドの問いに、リボンズは楽しげに答える。

 

「これは僕の世界で作られた太陽炉を模倣した擬似太陽炉さ。これを使った機体の設計図も既に封鎖機構に送っているよ」

 

 擬似太陽炉。

 

 その言葉の意味を理解した瞬間、オールマインドは沈黙した。

 

 封鎖機構の艦隊を三割失ったとしても、それを補う新たな技術をすでに流し込んでいる。リボンズはただ無策に封鎖機構を消耗させたわけではない。ウイングゼロとゼロシステムの性能を観測しつつ、封鎖機構には次の戦力を与える準備まで整えていたのだ。

 

 手札の多さ、事前に打っていた布石。

 

 オールマインドは、その点については認めざるを得なかった。

 

『……それならば、計画は予定通りに』

 

「ああ。それとブランチには僕が推薦した人物を送ったよ」

 

「ブランチ? 確かレイヴンの止まり木だったか。あんなところに誰を送ったんだ」

 

 スッラが訝しげに問いかける。

 

 ブランチ。レイヴンという名に関わる、独立傭兵たちの組織。そこにリボンズが推薦した人物を送り込んだというのなら、何か意図があるのは間違いない。

 

 だが、リボンズは答えをはぐらかすように笑った。

 

「フフッ……それは後の楽しみだよ」

 

 その頃、ブランチでは新たな顔合わせが行われていた。

 

 静かな空間に、オペレーターの声が響く。

 

「紹介しますキング。シャルトルーズ。彼が、新たなレイヴンです」

 

 そこにいたのは、寡黙な男だった。

 

 何も語らず、ただ立っている。その佇まいには、どこか剥き出しの刃のような危うさがあった。

 

「…………」

 

 沈黙する男を見て、キングが静かに口を開く。

 

「彼女から聞いている。第四世代の強化人間であると」

 

 シャルトルーズは腕を組み、少し不満げに視線を向けた。

 

「アンティークがレイヴンであることには反対はないけど、なんかないの?」

 

 真レイヴンはしばらく無言だった。

 

 だが、数秒の沈黙の後、ぽつりと口を開く。

 

「……弟を」

 

「はいっ?」

 

 シャルトルーズが眉をひそめる。

 

 真レイヴンはゆっくりと顔を上げた。

 

「俺のことをレイヴンと呼ぼうとどうでもいい。それよりも、前のレイヴン……俺の弟の名を使っている者がいるのか?」

 

 前任のレイヴン。

 

 その言葉に、場の空気が僅かに変わった。

 

 キングは一瞬だけ考え、問い返すように言う。

 

「……君が前のレイヴンと何かしらの血縁かと聞きたいが、その問いの答えはそうだ」

 

「そうか。……なら俺は弟の仇を取る」

 

 その言葉に迷いはなかった。

 

 レイヴンという名を継ぐことより、ブランチに加わることより、彼にとって重要なのは弟の名を使う者の存在だった。弟の仇。それが彼を動かしている。

 

 オペレーターは静かに告げる。

 

「レイヴン。あなたの弟を思う気持ちはわかりますが、相手はレイヴンを名乗るにふさわしい実力を持っています。今向かっても返り討ちに合うだけです。ここで力をつけてからの方が得策です」

 

 その忠告は事実だった。

 

 現在“レイヴン”を名乗る621は、すでに数々の戦場を潜り抜けている。アーキバス、ベイラム、封鎖機構、さらにはガンダムタイプが絡む異常な戦場でも生き残ってきた。感情だけで挑めば、返り討ちに遭う可能性は高い。

 

 真レイヴンは短く沈黙した後、低く答えた。

 

「……わかった。だが、弟の仇は俺自身が取る。他は邪魔だ」

 

 そう言い残し、真レイヴンはその場を去っていった。

 

 扉が閉まり、残されたシャルトルーズが小さく息を吐く。

 

「……感じ悪いわね、あいつ」

 

 キングは落ち着いた声で返した。

 

「そう言うなシャルトルーズ。彼にも事情があるのだろう」

 

 オペレーターは、去っていった真レイヴンの背中が消えた方を見つめる。

 

「今は準備が必要です。彼には強くなってもらわなければなりません」

 

 新たなレイヴン。

 

 弟の仇を追う者。

 

 そして、その背後にあるリボンズの思惑。

 

 ヒアルマー採掘場での戦いは終わった。だが、そこから生まれた波紋は、封鎖機構だけでなく、ブランチにまで広がっていた。

 

 レイヴンという名を巡る新たな火種が、静かに燃え始めていた。

 

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