悪役令嬢、宇宙《そら》に出る―断罪回避のその先で 作:想いの力のその先へ
あたくしの視線の先には色とりどりの、宝石箱をひっくり返したような輝きが拡がっていました。それにあわせて、箒星のような光が行き交っています。
綺麗だ、なんて喜ぶことができれば良かった、のだけど……。
薄緑の光がこちらへ近づく。あたくしは、反射的に座席のひじ掛けを握る。……直後、衝撃。
――どぉん、という音が聞こえそうなほどの衝撃と、鉄が軋み、ビリビリと感じる揺れ。
「ダメコン班、報告!」
「シールド、84%に減衰! 装甲に煤が付いた程度とのこと!」
甲高く、艶やかな声が響きます。あたくしの足元、ちょうどぽっかりと開いた穴からです。よく見ると、そこだけ床がなく、さらに下に小部屋のようなものがありました。艦橋のCIC(戦闘指揮所)です。
そこで一人の女性がモニターに照らされながら忙しなく操作していました。
彼女の名はミリア・クロフォード。この艦、ルミナリア級航宙巡洋艦〈スピネル〉副長にして、戦術長です。
彼女は汗で桃色の髪を張り付かせながら、緊張した面持ちで作業しています。
無理もありません。あたくしも同じ立場ならそうなっていると断言できました。それでもカタカタ、と手を止めずに作業できているのは、やっぱり彼女が優秀であることの証拠です。
「――艦長!」
「弾幕っ! 直掩機(戦隊護衛機)はっ?!」
「スレイ班長含め、奮戦していますが……!」
ミリアの苦り切った報告を受けて、あたくしもぎり、と歯を食いしばります。
事実、直掩機も頑張ってくれています。彼女らがこちらへ向かってきている対艦ミサイルを迎撃してくれているからこそ、スピネルの被害は軽微で済んでいるのです。
そして、艦の乗員の命を預かるものとして、この艦。戦隊旗艦スピネルの艦長、そして戦隊司令官の任を拝命しているあたくし。セレスティーネ・ラインベルクは迷ってなどいられません。
それはともかく、あたくしたちはいま、敵対勢力である宇宙海賊たちと戦闘状態にあります。敵は、コルベットが3、駆逐艦が1。対してこちらは駆逐艦が1、輸送艦改装型軽空母が1。そして巡洋艦である我がスピネル。
普通であれば恐れるような戦力差ではありません。
ただ、問題なのは。
「こちらはまだ、訓練航海だというのに……!」
そう、問題なのはあたくしたちの戦隊。第17戦隊、通称セラ戦隊ははじめての航海で、なおかつ艦員もほぼ軍学校の卒業者たちだけで構成されている、ということ。
簡単に言えばド素人の集団なのです。
現に、いまも命じたはずの弾幕も、近くで直掩機が飛んでいる、というのもあるのでしょうが、味方機に当てないようパラパラと精彩を欠いた、かつ、味方IFF――敵味方識別装置――で誤射しないため、射角を制限された隙間だらけの対空レーザーが飛び交っています。つまり、直掩機と対空レーザーが互いの邪魔をしてしまっているわけです。
まだ、敵の散発的な遭遇戦だったからなんとかなっていますが、もし、敵艦に巡洋艦クラスがいたら。間違いなく、こちらの拙い連携をつかれ、防御を食い破られていたことでしょう。
ですが、このまま守っていても同じくじり貧になる。そう判断したあたくしはすぐに前方に向かって指示を、問いかけます。
「砲術長、前方駆逐狙えますか?!」
あたくしの問いかけに、前方。艦長席より二段下がった、ちょうど艦長席、副長席、段々に下がった一番下の席の左側。そこに腰掛けていた女性が応答しました。
「問題ありません、狙えます!」
元気よく応えてくれた彼女の名は、ノア・オルブライト。この艦の攻撃、兵装の制御を担う部下です。
ノアは纏めたポニーテールを揺らしながら、前方120kmまで近づいた駆逐へ主砲。重力波衝撃砲の照準を合わせます。
いま、我が戦隊に直接的な打撃を与えられるのはかの艦のみ。しかし現在、敵方は主砲の有効射程距離外で、いまも必死に副砲のフォトンレーザー砲を、薄緑の光の帯を撃ってきています。しかし、それもシールドに阻まれ、多少シールド圧が減衰するものの、艦を揺らす以上の効果はありません。
ならば、今のうちに叩き落としてしまえば……!
「主砲、砲撃用意」
「主砲、砲撃準備完了!」
「
号令とともに甲板前方に配置された二連装重力波衝撃砲が2門。火を、紫の渦を放ちました。
そして、渦は直進し、敵駆逐艦へ直撃。船体を断裂させながら圧壊。風穴を開けていきます。その一瞬後、思い出したかのように艦が崩壊、膨大な光とともに火球へと変わりました。残りは……。
「コルベットの方はどうか!」
「現在、スレイ班長の航宙機隊とアークライト教か――大尉のハルツ級駆逐艦〈マラカイト〉の連携で2隻撃沈を確認。残り1隻です」
「そう、ですか」
一瞬、肩の力が抜けてしまいました。でも、まだ戦闘中。油断するわけにはいきません。とくにスレイ班長。我が戦隊の航宙機隊隊長であるスレイ・カーンズバックは艦より脆い宙間戦闘機に乗っているのです。
こんな終わりかけの、勝ち戦で戦死者が出たら目も当てられない。
「面舵40、ピッチ上げ8。回頭」
「了解。面舵、ヨーソロー!」
あたくしの回頭指示に、ちょうどノア砲術長の隣。一番下の右側に座っていた女性。航海長のマリナ・エルステッドが舵を切ります。
そして、生き残りのコルベットへ射角を取った、までは良かったのですが、既に最後の1隻も航宙隊とマラカイトのつるべ打ちによって、船体より火を噴き――。
「……敵コルベット、撃沈を確認」
「えぇ、よく見えてますわ」
最後の敵が、
コルベットには有効な対空火器がほぼなかった、というのがよく分かります。これも一応、後からレポートに纏めておくべきですね。
それはそれとして、これで、とりあえず戦闘終了。我がセラ戦隊は、なんとか訓練航海中の不幸な遭遇戦を生き残ることができました。
ですが、この宙域に他の海賊艦がいないとも限りません。念のため、警戒はしておくべきでしょう。艦長席に備え付けられている通信用レシーバーを手に取ります。
「各艦、第2種戦闘配備へ。索敵班、警戒を厳に。レーダーだけではなく、目視での確認も怠るな」
そこまで言って、あたくしはレシーバーを降ろします。はふぅ、と安堵のため息が漏れました。……いけませんね。気を抜いてはいけないというのに。
ですが、どうやらあたくしも、だいぶん精神が高揚。いえ、冷静さを欠いていたようです。いまさらながら、汗がどっ、と吹き出し、軍服が肌に張り付く不快感をおぼえました。
「艦長、いま、ペレグリン級改装軽空母〈ヘリオライト〉にスレイ班長はじめ、航宙機隊の帰還を確認」
「そう、分かりました。……そういえば、スレイと通信、できるかしら?」
ミリアから報告でひとつ、心配事は消えました。その状態で通信なんてする必要ないんでしょうけど、それでも、不意に彼女の声が聞きたくなったのです。
そんなあたくしの考えが不思議だったのかもしれません。ミリアは、どこか困惑しながらもスレイへの通信を確立してくれました。
『会長……じゃなかった。申し訳ありません、戦隊長。どうされました?』
自身も疲れているでしょうに、嫌な顔せず通信に応じてくれたスレイ。全体的に小柄な、見た目だけならミドルスクールに通っていてとおかしくなさそうな彼女は、鮮やかな水色の髪から汗を滴らせ、くりくり、と大きい鳶色の瞳でこちらを見つめています。
ちなみに、先ほど彼女があたくしのことを会長、と呼んだのは単純に軍学校在籍時、あたくしが生徒会長だったからです。
おそらく、疲れから、昔の呼称が出てしまった、といったところでしょう。スレイも言った側からしまった、と顔をしかめていましたから、指摘するのは野暮ですね。
「気にしなくて良いわ。……あなたが無事、なのは分かってたけど。それでも、声が聞きたくなったの。ダメだったかしら?」
『いえ、そんなことは……。むしろ、心配してくれてるなんて光栄っす!』
気にしなくて良い、と言ったからでしょうね。スレイも昔の、軍学校時のノリに戻っています。
彼女とは同年代ですけど、体育会系のノリで、かつ小動物のように甘えてくることから、いつも可愛がっていました。
「あの、艦長……」
あたくしたちのやり取りを、ミリアがどこか責めるような顔で見つめてきます。さすがにこれ以上はいろいろとまずいでしょうね。風紀という意味でも、威厳という意味でも。
こほん、とごまかすように咳払いするとスレイへ今後の指示を出すことにしました。
「そちらの、〈ヘリオライト〉の艦長からも指示があると思いますが、航宙機隊はパイロットスーツのまま、戦闘待機。苦労を掛けますが……」
『了解です、艦長。大丈夫です、うちの班にはこれくらいでへこたれるヤワはいません。ではっ!』
そう言ってスレイとの通信は切れました。
身体が脱力するのを感じます。完全に緊張の糸が切れたようです。
「各艦、回頭。ケルン衛星補給基地へ帰投します」
「了解、回頭軸合わせ。メイン、サブエンジン、巡航モード」
ガコン、と一度船体が揺れます。このまま無事に帰投できることを祈りましょう。
本当にどうしてこうなったのか、なんて愚痴るつもりはありませんが。
それでもあたくし、小さいながらも星間国家であるオルド皇国の筆頭貴族。ラインベルク公爵家の娘であるセレスティーネ・ラインベルクがこの席に座っていることを不思議に思ってしまいます。
本来、破滅するはずのあたくしが、悪役令嬢の役回りをするはずだったあたくしが、戦場に立っている。しかも、あたくしを破滅させる役回りだったはずのミリア・クロフォードを部下に引き連れて。
愚痴るつもりはありません。でも、これだけは本当に言わせて。
……本当に、どうしてこうなった?