悪役令嬢、宇宙《そら》に出る―断罪回避のその先で   作:想いの力のその先へ

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帰還の安堵と、これからの問題

 訓練航海による海賊艦との不意遭遇戦。それに勝利したあたくしたちはすぐにケルン星系外縁にあるケルン衛星補給基地への帰路についていました。それから一時間後――。

 

「ここまで戻れば、もう大丈夫そうですね」

 

 ようやく、〈スピネル〉〈マラカイト〉〈ヘリオライト〉三隻からなる我ら第17戦隊。通称セラ戦隊はオルド皇国の完全制宙圏内へと帰還することができました。

 広域センサーに味方を示す青いIFF光点がポツポツと増えていくのが、その証拠と言えます。遠くには、あたくしたち即席戦隊ではなく、巡洋艦1隻、駆逐艦3隻からなる正規戦隊。第3巡洋戦隊が巡回航行しているのが確認できました。

 ここまで来れば安心でしょう。あたくしは通信レシーバーを手に取り、全艦へ通信を送ります。

 

「各艦、第2種戦闘配備解除。通常航行へ移行。また、休息できるものは交代で休息を取るように」

 

 それだけを告げてレシーバーを降ろし、服のネックシールを外して胸元を緩めました。少しでも身体をリラックスさせるためです。首と胸元を開いたことで、押さえつけられていた胸が、少し揺れ、呼吸をするのが楽になります。

 その後、次に――。

 

「ミリア、ノア。あなたたちも休息を。マリナは申し訳ないけど、もう少し頑張って」

「えぇ……」

 

 あたくしのもう少し頑張って、という言葉に不満を隠さないマリナ。ただ、彼女の場合。それがただのポーズで、実際は問題ないことを分かっています。

 今の返事だって、文字だけで見れば完全な不満ですが、声色は笑いを含んでいましたし、あたくしをからかいたい、という思いの現れで間違いありません。

 

「艦長、後で埋め合わせ。お願いしますね?」

「分かりました、分かりましたから」

 

 あたくしたちの気の抜けたやり取り。本当に懐かしく感じます。

 なにしろ、ここにいるブリッジクルー全員。元軍学校の生徒会メンバーですから。

 

「もう、マリナ。あまり艦長に無理を言ってはダメよ?」

「分かってるって。相変わらず固いなぁノアは。もう副会長じゃないんだし、少しは緩くなってもいいんじゃない?」

「そういう問題じゃないでしょうに……」

 

 頭が痛い、とばかりにこめかみを押さえているノア。マリナが言うように、彼女が当時生徒会副会長で、マリナ自身は会計でした。そして――。

 

「セラさまぁ!」

「ちょっ、ミリアっ……!」

 

 艦内の低重力下。CICに座っていたミリアがふわり、と浮き上がって落下防止用の手すりをつかみ、そのまま慣性にしたがってあたくしの胸に飛び込んできました。反射的に受け止め、艦長席の座席がぎぃ、と軋みます。

 そのままミリアはあたくしの胸へ顔を埋めました。そして、ぐりぐり、と押し付けてきます。あぁ、もう……!

 正直、あたくしとしてはミリアになぜここまで懐かれているのか、本当に分かりません。もっとも、懐かれてること自体、悪い気はしません。というより、ある程度懐かれるよう行動はしました。でも、ここまでになるとは想像もしてませんでした。

 

「はい、そこまで」

「むぎゅ……!」

 

 ミリアを無理矢理引き剥がすのも気が引ける、と考えていたのですが、こちらが行動する前にノアが襟首をつかんで引き剥がしてくれました。

 

「く、苦しいです。ノアさん……!」

「調子に乗るからよ。ミリア、あなたがセラを大好きなのはよく知ってるし、セラが甘いのも分かってるけど、ここはもう学校じゃなくて軍なのだから、弁えなさい」

 

 二人のやり取りを見て、思わずくすり、と笑いが漏れてしまいました。まるで、いつか見た生徒会でのやり取りのようで、心の中に暖かい気持ちが広がりました。

 と、思って頬が緩んでいたら、今度はこちらにノアの矛先が飛んできました。

 

「艦長も艦長です。この娘を可愛がるのは分かりますが――」

 

 このまま説教を続けられたら、せっかく休息を指示した意味がなくなります。それに、ノアの説教は長くなりますし、それを防ぐ意味でも彼女の言葉に被せるよう話しかけます。

 

「ノア、あなたが言いたいことも分かります。ですけど、今、あなたは休息の時間です。ミリアも連れて休息するように」

「ぐ、むぅ……。了解しました」

 

 ノアはかなり不満そうにしていましたが、こちらの指示に従うと、かしゅ、と空気が抜ける音とともにドアが開き、その奥へと消えていきました。

 まぁ、それ以上に――あぁ、セラさまぁ――とミリアが涙目になって、こちらへ手を伸ばしながら引き摺られているのが印象的でしたが……。

 そして、二人の姿がドアの奥へ消えた後に、再び閉まりました。やれやれ、とため息が漏れるのも仕方ありません。

 

「相変わらずだよね、ふたりとも。でも、艦長も本当、ミリアに甘いよね?」

「そういうつもりはないんですが……」

 

 くすくす笑いながらマリナが指摘してきました。そんなつもりはないんですが……。

 あたくしはミリアに抱きつかれたことで少し乱れた衣服を整えます。しゅる、という布切れ音が静かな艦橋に響きました。

 

「それで、会長? このまま、補給基地へ向かえばいいんだよね?」

「えぇ、そう……。マリナ?」

 

 マリナの会長呼び。間違いなくわざとだと分かるそれに注意しようとしますが――。

 

「セラも肩肘張らずに少しは休みなよ。いま、ここにはあたししかいないんだしさ?」

「マリナ、あなたは。もう……」

 

 こちらを気遣って、というのは分かります。彼女からするとまだまだ気が張ってるように見えたのでしょう。

 なにかと気遣いのできる友人にふっ、と顔が綻びます。

 

「大丈夫よ。それにもう少しなのだから、気を引き締めましょう」

「はいはい。ノアといいセラといい、生真面目よねぇ……」

「職務に忠実、といってちょうだい」

 

 軽口の応酬。その後、どちらともなくくすくすと笑いました。

 ひとしきり笑った後、先ほどと違いマリナは真剣な面持ち。明らかに固くなった声色で問いかけてきました。

 

「それで、親愛なる艦長殿はなにか悩みごと? 明らかに、艦隊の出港時より堅くなってるけど」

 

 ……マリナの指摘に、一瞬身体が強張ります。バレるほど、演技が下手なつもりはなかったんですが。

 その考えが透けたのでしょう。マリナはやれやれ、と呆れていました。

 

「そりゃあ、ノアとミリアは気付かないでしょうよ。あの娘たちは平民なんだもの。でも、あたしは貴族の端くれよ? いくら男爵令嬢とはいえ、夜会に出ることだってある。分かるでしょ?」

「そう、でしたわね……」

 

 そうでした。いつも、マリナの明るい、誰とも分け隔てなく接する態度から忘れそうになりますが、彼女はエルステッド男爵家の令嬢。我がラインベルク公爵家麾下の御家のひとつでした。それなら、あたくしの演技くらい見破っても当然でしょう。

 まぁ、ここまでバレているのなら、いまさら隠し立てする必要もないでしょう。はぁ、とため息をついて、覚悟を決めました。

 

「えぇ、とですねぇ……。帰った後がいろいろ面倒だなぁ、と。とくにこの後、司令参謀本部との通信面談もありますし……」

 

 あたくしの言葉に得心がいったのか、マリナはあぁ、と頷いていました。

 

「そっかぁ、参謀本部って言ったら中佐かぁ。それは確かに面倒かも……。とくにセラは、ねぇ?」

 

 うんうん、と頷くマリナ。分かってもらえて、本当に嬉しいですよ。ついでに変わってもらえるともっと嬉しいんですけど。まぁ、無理な話ですが。

 

「やっぱ、セラも話しづらいんだ? まぁ、もと婚約者だし、当然といえば当然か」

「あんまり、そういうこと言わないでもらえます? 気が滅入るので……」

「あははっ、ごめんごめん」

 

 そうなんですよ、一番の問題はそこです。

 参謀本部付き中佐殿。ユリウス・オルド中佐。その名前から分かるようにオルド皇国の縁者、というより、もっと分かりやすく言えば、オルド皇国の皇子殿下で、あたくしたち軍学校同期組でもあります。

 そして、ユリウス殿下の卒業の順番は次席。なら、首席は?

 それがあたくし、セレスティーネ・ラインベルク。

 

 つまり、殿下より優秀な成績で卒業してしまったんですよね。当時の教官たちには、本当迷惑をかけたと思います。

 ユリウス殿下を下に置くのは問題だけど、あたくしもまたラインベルク公爵家の令嬢。席次を改竄するわけにもいきません。されど、それなら殿下のことはどうするか?

 真面目に教官たちの胃に穴を開けることになったかもしれません。それに――。

 

「この立場になると、聞きたくない。知りたくなかった情報なども耳に入ってくるんですよ? 聞きたいです?」

「いやぁ、遠慮しとくよ」

 

 マリナの声は完全にひきつっていました。遠慮しなくていいのに。どうせ、遅かれ早かれ耳に入るのですから。

 あたくしたち第17戦隊が訓練未了のまま、前線に配備される可能性が高い、という情報は。

 まぁ、そもそも前線に近いケルン衛星補給基地へ配備されている時点で、ほぼ確定しているといっても過言ではないのですが。

 

 はぁ……、まったく。ユリウス殿下との通信で何があることやら。いまからもう既に、嫌な予感が拭えませんね……。

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