悪役令嬢、宇宙《そら》に出る―断罪回避のその先で 作:想いの力のその先へ
第5軍、第5艦隊が海賊艦隊の拠点へ向けて移動したしばらく後。直掩の哨戒も含め、警戒をしているものの、今のところ問題は発生していません。
もしかしたら、このまま平穏無事に終わるかもしれない。そんな雰囲気が艦内に蔓延するなか、あたくしはひじ掛けをぎり、と握りしめていました。
艦橋の空調はきちんと効いてるはずなのに、背中にじっとりと汗が流れているのを自覚します。
「このまま、無事に終われば良いのだけど……」
なかば、祈るような気持ち。ですが、さすがにそれは夢を見すぎでしょう。もし、そうなら既に艦隊が帰還なり、こちらへ連絡なりされているはずです。
それに先ほど本国から通信がありました。オルド皇国もわざわざ宗主国の軍が来ていることを重く見て、虎の子の第一艦隊を回廊へ差し向けたようです。
「あの……艦長」
「なにか、戦術長」
こちらへおずおず、と話しかけてきたミリア。あたくしが不機嫌だから、話しかけづらいのでしょう。
……これではいけない、とわかっているのですけど、ね。指揮官が感情に揺さぶられる、というのは。
「は、はい。航宙隊より連絡。異常無し、です」
「……そう、ありがと。ごめんなさいね、ミリア」
あたくしが謝ったことにきょとん、としているミリア。ごぅん、ごぅん、と静かな振動が艦に響きます。
気持ちを落ち着かせるため、はぁ、と息を吐きます。それにつられて、びくり、と肩を震わせたミリアを見て、思わず苦笑いがこぼれます。
怖がらせるつもりも、ましてや責めるつもりもないんですが。どうにも、うまくないですね、これは。
「もう、ミリア。気にしないで。あなたに怒ってるつもりなんて――」
ミリアを慰めるために声をかけようとして――。あたくしの中で、勘とでもいうべき特大の警鐘が鳴らされました。なにか、寒気がするのです。
あたくしは素早く指示を出しました。
「ミリア、パッシブセンサー、レーダーチェック! 急いで!」
「は、はいっ!」
あたくしの剣幕に気圧させたミリアは、慌ただしくコンソールを操作します。ひたすらミリアのコンソールを叩く音が艦橋に響きます。
その音を聞きながら、あたくしは通信レシーバーをがちゃり、と取りました。そして、機関室へ接続します。
「機関長! 機関の様子は!」
『おいおい、どうした艦長? いま、彼女はおくつろぎ中だぜ?』
そう、冗談交じりに告げる機関長。あたくしはそんな機関長へ指示を飛ばします。
「なら、すぐに起こして。これから働いてもらわないといけないかも」
『なるほど、艦長の乙女の勘かい? ……了解、しっかりエスコートさせてもらいますよ!』
「頼んだわよ、オスカー」
そう、あたくしはオスカー機関長へ発破をかけました。
オスカー・ギース。ヴァイスやユリウスと同じく乙女ゲームの攻略対象だった一人。そんな彼はいま、〈スピネル〉で機関長をしていました。頼りになる仲間の一人です。
「ノア、IFF警戒! いつでも撃てるようスタンバっておいてて!」
「……了解! 火器管制システム(FCS)起動。いつでも行けます!」
ノアにもあらかじめ、いつでも砲を撃てるように待機させておきます。彼女も即座に自身のコンソールを操作し、行動に移してくれました。
杞憂で終わるならそれでも良いです。でも……。
その考えを肯定するように、宙域で動きがありました。艦内で、びぃ、とサイレンが鳴りました。
「警報! 付近に救難信号、非武装船が襲われています」
「どこの船か!」
「待ってください! ……照合、来ました。トリアナ総督府所属の輸送艦です!」
「……なんでこんなところに!」
思わず、ひじ掛けにどん、と拳を叩きつけます。
この近辺が戦場になりそうなんて、あの大艦隊が来た時点で分かりそうなものを!
ズームアップされたレーダー間映像に表示される艦。それは間違いなく我が国で運用されている輸送艦であり、その艦が海賊と思わしき艦艇に襲撃されていました。
「全艦、第1種戦闘配備。機関、最大戦速! 戦場に入り込んだ馬鹿者を保護する!」
あたくしは喉を震わせ、吠えるように指示を出しました。しかし、海賊艦と輸送艦。彼我まで約10万km。対してこちらは25万km。この距離ではたとえ〈スピネル〉最大の射程を誇る、重力波衝撃砲でさえ射程範囲外。仮に撃てたとしても輸送艦に被弾する可能性が高いです。その状態で、この差。果たして間に合うでしょうか……。
いえ、いまはそんなこと考えている場合じゃない。
いまはまだ、海賊艦と輸送艦の距離があり、命中、至近弾はありません。ですが……。
ぎり、と歯が鳴りました。いつの間にか、歯を食い縛っていたようです。落ち着け、落ち着かないと……。
その時、天啓が走りました。賭けになるけど、上手く出来れば……!
「マリナ、短距離ワープ準備。跳びますよ!」
「は、はいっ……?!」
あまりに無茶な要求に、まさか、と言いたげにこちらへ顔を向けるマリナ。その顔はありありと驚きが浮かんでいました。
「このままでは間に合わない! 急ぎなさい!」
「りょ、了解!」
あたくしの剣幕に驚いていたマリナですが、すぐに行動を開始。機関がごぉ、と唸り、艦が震えました。
いまは無茶でも苦茶でも、やらないと間に合わない。だったら!
「〈スピネル〉ワープ体勢に入ります! 各員、対ショック防御!」
「ワープ準備完了!」
「ワープ!」
号令とともに、ぐにゃり、と体がねじれる感覚。視界もまた歪んでいきます。いつまで経ってもこの感覚には慣れません。
意識も途切れ途切れになり、周りがばちばち、と明滅しています。さすがに無茶をしすぎましたか。……だけど!
「……賭けに勝った!」
「現在、我が艦後方2万km地点にトリアナ総督府輸送艦の存在を確認! ワープ成功です!」
艦橋もそうですが、艦全体で、わっ、と歓声が上がっているのを感じます。ですが、ここで終わりではありません。これからが本番です。
「全砲門、ミサイル発射管。狙いはつけなくて良い! 撃って、撃って、撃ちまくれ! ……ミリア、後方の輸送艦に通告! すぐに宙域より退避されたし!」
「了解です、艦長。……後方、ヘマタイト級輸送艦へ。こちらオルド皇国宇宙軍第17戦隊〈スピネル〉。これより援護に入る。早急に宙域より離脱されたし。繰り返す――」
ノアにフォトンレーザー、レールキャノン、フォトンミサイルで弾幕を張らせつつ、対空パルスレーザーでこちらから外れた実体弾を迎撃させます。
もし、流れ弾が輸送艦に直撃しようものなら、目も当てられません。
それはともかくとして、これでひとまず輸送艦は大丈夫でしょう。あとは〈マラカイト〉〈ヘリオライト〉が合流できるまで耐えるだけ。
足の早い〈マラカイト〉は4分、〈ヘリオライト〉でも6分あれば現宙域に合流できます。
それに近づいてきたことで敵艦の陣容も見えてきました。
巡洋艦2、駆逐艦1、コルベット4。本来であれば〈スピネル〉単艦では厳しすぎる相手です。しかし――。
「敵艦、損傷が目立ちますね」
後方の輸送艦へ通達が終わったのでしょう。敵艦を確認して、ミリアが独り言のように言葉をこぼしました。
そう、損傷が激しいのです。
一部の艦は砲塔があったところがひしゃげ、煙を吐いています。また他にも、装甲が剥がれたり、抉れている部分も少なくありません。
やはり、彼らは――。
「第5艦隊に破れ、落伍した艦ということですか……」
送り狼だのなんだの言いましたが、これではどちらがハイエナか分かりませんね。
まぁ、良いでしょう。敵は少なく、楽に勝てるほど良いのは間違いありません。
とはいえ、敵艦の数は侮れません。いくら死に体だとはいえ、です。あたくしたちの後ろには守るべき艦。そして、皇国臣民がいるのです。
安全に安全を重ね、まずはここで足止め。敵を刈るのは後ろの僚艦が合流してからでも遅くないのです。
いまはともかく、あたくしたち相手にダンスを楽しんでいただくとしましょう。全力をもって、ね?