町外れの遺跡で、それを見つけた。
石柱に埋め込まれた金色のボタン。表面には古代文字でこう刻まれていた。
『経験値取得効率 50倍』
50倍。
この数字の意味を理解した瞬間、心臓が跳ねた。
レベル18から30まで、通常なら半年かかる。それが二週間になる。いや、もっと早いかもしれない。
迷わなかった。彼は裏面までは確認することなく、ボタンを押した。
掌に温かい感触。何かが全身を駆け巡る。
「やった……!」
そして森へ直行。町には戻らなかった。宿屋のベッドより、経験値が欲しかった。
スライムを倒した。経験値がいつもの50倍流れ込んでくる。レベル20。
――周囲の冒険者たちはとっくにレベル30を超え、上級依頼に挑んでいる。
ギルドの掲示板を見るたび、奥歯を噛んだ。同期の奴らはレベル35、40と上がっていく。受付嬢の目が、だんだん冷たくなる。
「レベル18で三ヶ月停滞? 才能ないんじゃない?」
ギルドの受付も、彼を追放した元パーティのあいつらも、みんな見返してやる。絶対に。
ゴブリンの群れを見つけ、慎重に一体ずつ誘き出して撃破。レベル25。
「これはすごい……!」
つい声が裏返る。このペースなら数日でレベル50だ。一流を超えられる。
でも焦ってはいけない。レベルに飽かせて足をすくわれる冒険者なんて大勢いるのだ。
夜、野営中に遠方で轟音が響いた。空が一瞬、オレンジ色に染まる。
「誰かがドラゴンでも倒したのか」
気にせず眠りについた。
翌日もレベル上げを続けた。レベル30、35、40。トロールを倒し、レベル45に到達した。順調だ。
空が暗い。昼なのに夜のような暗さだ。遠方で連続的な爆発音。地面が時々揺れる。
「変だな」
首をかしげつつも、黙々と狩りを続けた。ここまで来たのだ。もう少しだけ。ひとまずレベル60を目指そう。
森は静かだった。モンスターを倒す音だけが響く。彼の世界はそれだけで完結していた。
三日目の午後、彼はレベル58に到達した。
「よし、十分だ」
満足げに頷き、町への帰路についた。
森を抜けると、人がいなかった。
いつもなら行商人や冒険者とすれ違うはずの街道に、誰もいない。不気味な静寂。
町に着いて、彼は立ち尽くした。
町が、ない。
そこにあるのは巨大なクレーターだった。建物の残骸すらない。完全に消失している。焦土化した大地に、いくつもの死体が転がっていた。
冒険者たちだ。見覚えのある顔もある。
彼は震える手で、死体の一つが握りしめているステータスカードを拾い上げた。
『レベル99』
別の死体。
『レベル99』
また別の。
『レベル99』
全員だ。全員がレベル99に到達していた。
「なぜ……?」
理解できなかった。レベル99など、到達不可能な領域のはずだ。それが、こんなに。
彼は走った。あのボタンのある遺跡へ。
石柱は無傷で立っていた。ボタンは変わらず金色に輝いている。
彼は石柱の裏側を覗き込んだ。初めて、裏面の文字を読んだ。
『※対象:世界全住民』
『※効果:永続』
『※警告:慎重に判断せよ』
全身の力が抜けた。
経験値50倍。それは彼だけの特典ではなかった。世界中の全員に適用されていたのだ。
些細な喧嘩でレベルが上がる。レベルが上がれば破壊力が増す。制止しようとした者も戦闘でレベルが上がる。高レベル同士。高レートの稼ぎ。
止められない。連鎖する。拡大する。途方もない規模で。
慎重な彼は森に引きこもり、地道にモンスターを狩っていた。その間、世界は狂乱していたのだ。
そして全員が、レベル99に到達し、殺し合い、滅んだ。
彼は焦土と化した大地を見渡した。どこまでも続く荒野。空は灰色に濁り、風は何も運ばない。
ここで生き残ったのは、彼だけだ。
「俺が……世界を滅ぼしたのか」
誰も答えない。
新世界の最強冒険者は、きっとレベル58なのだろう。
彼は笑った。