ガンダム一年戦争外伝 オデッサの最下層 -Underdogs' Chronicle- 作:Ginさん
連邦:ホッジポッジ隊 (第217補給大隊 護衛MS小隊) MS総数:2機
『コーチ』カツオ・イトウ少尉 (主人公) パイロット/指揮官
陸戦型ジム 廃棄寸前の部品を寄せ集めた改修機
アキラ伍長 パイロット/突撃役
陸戦型ジム カツオ機と同様の寄せ集め改修機
タカシ軍曹 整備士/AIオペレーター
管制トレーラー MSは非搭乗。AIによる分析・誘導を担当
リツコ伍長 オペレーター/通信士
管制トレーラー タカシと同じトレーラーに搭乗。通信・情報分析を担当
ジオン:穴熊部隊 (第13独立工兵中隊) MS総数:2機
”穴熊”ハンス・シュタイナー中尉 (主人公) 工兵/指揮官
ザクタンク 作業用ザクの現地改修機。掘削・作業用アーム装備。
オデッサで敗北。主力部隊がアフリカや宇宙へ脱出する中、殿《しんがり》を務めて取り残された。正規の補給は途絶。
"ビッグX"准尉 パイロット/突撃役
ザクII J型 地上戦特化型ザク。ベテランの技量を誇る戦闘機体。
過去にエース級と言われたパイロット。本名は誰も知らない。
"教授"ビタム曹長 通信士/ナビゲーター
熟練兵。なんでも器用にこなす。
"ルーキー"クェン兵長 整備士
MSの整備・修理を担当。整備士としての腕は確か。
第1話 穴熊と負け犬(Badger and the Underdog)
宇宙世紀0079年11月。
オデッサの戦いは終わった。
連邦軍の圧倒的な物量が
ジオン公国軍の築いた防衛線を蹂躙し
ヨーロッパにおけるジオンの支配は名実ともに崩壊した。
勝利の歓声は、黒海からジャブローまで響き渡った。
だが、その歓声が届かない場所が二つあった。
一つは、大地の下。
もう一つは、勝利者の後方で埃を被る
補給基地の片隅だった。
【ジオン側(穴熊)】
カビと、冷えた機械油の匂いが鼻をつく。
ウクライナの古い地下鉄の廃駅。
それが、ジオン公国軍 第13独立工兵中隊――
通称『穴熊部隊』の最後の「基地」だった。
「……また地上の通信が増えました。連邦の掃討部隊です。座標、G-204。距離12」
唯一の10代である整備士、“ルーキー”のクェン兵長が
恐怖を押し殺した声で報告する。
「うるせえ。G-204なんざ、こっからじゃ地上の真裏だ」
ライフルを無意味に分解清掃しながら、“ビッグX”准尉が吐き捨てる。
25歳にして、彼は【エースになれなかったエリート候補】という
厄介な自尊心だけを抱えていた。
「どうせ俺たちは見捨てられたんだ。アフリカに逃げた連中も、
「ビッグX、静かにしろ。バッテリーの無駄だ」
インテリの“教授”ことビタム曹長が
手元の端末で最後の固形食を四等分しながら冷たく言った。
「それより問題は、MSの稼働だ。我々のザクIIは推進剤がゼロ。ビッグX、君のJ型も、ハンス曹長のザクタンクも、だ。あと36時間で、ここの空気循環フィルターも止まる」
絶望的な沈黙が、湿ったコンクリートに染み込む。
戦争は終わった。
だが、彼らの生存は終わっていない。
その沈黙を破ったのは
この部隊の長であるハンス・シュタイナー曹長(45歳)だ。
彼は元々MSパイロットではない。
サイド3の地下都市建設に従事していた、叩き上げの土木技師だ。
その彼が、広げているのは軍事マップではなく
戦前の「東欧広域地質図」と「地下水路図」だった。
「……フィルターは、もういらん」
ハンスの低い声が響く。
「ビッグX、文句を言う前に手を動かせ。お前のJ型に、俺のザクタンクから掘削アームを移植するぞ」
「は? 掘削アーム? 曹長、正気か。こんな地下で穴掘りごっこでもする気か」
ハンスは、地図に無骨な指を這わせた。
それは廃駅を起点に、東へ、東へと伸びていく、無数の細い線を示していた。
「ごっこじゃない。本気だ」
彼は顔を上げた。
その目は、地上の光を知らないモグラのように
だが困難を穿つ力強く光っていた。
「アフリカでも宇宙でもない。俺たちは東へ逃げる。カスピ海の向こう、中央アジアの友軍残存部隊と合流する」
「東!? 連邦のど真ん中を突っ切る気か!」
ビッグXが叫ぶ。
「地上じゃない」
ハンスは、地図の線を指で強く叩いた。
「地下だ。古い岩塩鉱の廃坑、急体制時代の地下水路、そして使われなくなった大陸横断パイプライン。それらを繋ぎ合わせれば、理論上、連邦の包囲網の『下』を潜り抜けられる」
「……狂ってる。まるで『大脱走』だ」
教授が呟いた。
「だが、その『大脱走』には燃料と食料、そして何より、連邦のデータベースにある最新の地下インフラ図が必要だ」
ハンスは立ち上がり、錆びた梯子を見上げた。
その先には、地上へと続くマンホールがある。
「今夜、調達に出る。ビッグX、お前のザク、歩けるな?」
【 連邦側(負け犬)】
同時刻。
ハンスたちが潜む地下鉄跡地から
わずか30キロ離れた、連邦軍の第7補給基地。
そこは、戦勝ムードとは無縁の、淀んだ空気が漂っていた。
「ジャブローの落ちこぼれ」
「ジムの操縦もまともにできないクズ」
それが、連邦陸軍 第217補給大隊 護衛MS小隊――
通称『ホッジポッジ(寄せ集め)隊』の評価だった。
「……だから! マニュアルによれば、AIの診断エラーコード22.4は、関節部のダストフィルター清掃で解決するはずなんです!」
整備士の“メガネ”ことタカシ軍曹(18歳)が、ヒステリックに叫ぶ。
彼はAIの信奉者だった。
「うるっせーな、メガネ! 腹減った! そもそも、こんな戦いが終わった場所で、なんで俺がジムに乗って見回りなんかしなきゃなんねえんだよ!ガンダムに乗せてくれよ!」
パイロットの“大食い”ことアキラ伍長(19歳)が、レーションの袋を放り投げる。
彼の操縦は、彼の体格同様に雑だった。
「二人とも黙って! ワセン大尉が来たらどうするの!」
オペレーターの“紅一点”リツコ伍長(18歳)が叱責する。
彼女がこの小隊で唯一『まとも』だった。
そして、このホッジポッジ隊の隊長が、カツオ・イトウ少尉(23歳)だった。
元心理学志望の学生。
徴兵され、適性D判定ながらMSパイロットの短期訓練を終えたばかり。
彼の陸戦型ジムは、廃棄寸前のパーツを寄せ集めた
文字通りの「動くガラクタ」だった。
「まあまあ、タカシ軍曹。AIの言うことも正しいけど、たまには物理的に叩いてみるとか……」
カツオがお人好しに仲裁しようとした瞬間
テントの入り口が乱暴に開けられた。
「イトウ少尉! まだお遊びか!」
補給部隊の責任者、ワセン大尉だった。
彼は前線に出ず、後方で物資を横流ししていると噂の男だ。
「貴様ら『ホッジポッジ隊』は、今夜、Cセクターの警護だ。分かってるな」
「Cセクター……」
カツオは顔をしかめた。
「確か、高エネルギーパックと新型推進剤の集積所ですが。あそこは主力部隊が警護するのでは?」
ワセンは鼻で笑った。
「主力はジオン残党狩りで忙しい。あんなモン、誰が警護したって同じだ。どうせジオンのネズミ一匹出やしない。貴様らのような『負け犬』には、お似合いの退屈な仕事だろう」
ワセンは【お前らには盗まれる価値もない】と言外に匂わせ、去っていった。
「……あの野郎」
アキラが呟く。
カツオは、強く拳を握りしめた。
「……行こう。退屈な仕事でも、やるしかない。リツコ伍長、Cセクターの巡回ルートを。タカシ軍曹、ジムは叩いてでも動かしてくれ。アキラ伍長は……頼むから、コックピットで寝るなよ」
【交錯】
午前03時。
冷たい雨が、Cセクターの
カツオの陸戦型ジムは
雨漏りするコックピットの中で、ただ立っていた。
「……クソ、最悪だ。アキラ、そっちはどうだ?」
『……こっちも異常なし。ああ、腹減った……』
アキラの間の抜けた声が、ノイズ混じりに返ってくる。
その時だった。
『少尉! C-1セクターで微弱な熱源反応!』
リツコの緊迫した声が響く。
「C-1? アキラ、お前から近い! 確認しろ!」
『ラジャ! どうせイタチか何かだろ……』
アキラの陸戦型ジムが、雑な動きでぬかるみを進む。
ズドォォォン!!
C-1セクターとは全く逆の
C-4セクターで、小規模な爆発が起こった。
「なんだ!?」
「C-4! 敵襲か!?」
『少尉! C-4の古い排水溝から……なにか……!』
カツオがモニターを向けた先には
信じられない光景が広がっていた。
排水溝の暗闇から、巨大なショベルアームを付けたザクIIと
作業用のザクタンクが這い出てきたのだ。
「ジオンだと!? なぜここに!」
『あいつら、こっちを無視して……エネルギーパックを!?』
ザクIIが威嚇射撃で、カツオのジムをコンテナの影に釘付けにする。
その隙にザクタンクが、まるで土木作業のように極めて効率よく
次々とエネルギーパックと推進剤のコンテナを掴み、排水溝へと戻っていく。
「させるか……!」
カツオが飛び出そうとした瞬間
横から駆けつけようとしたアキラのジムが、ぬかるみに足を取られた。
『うわっ!』
巨体がバランスを崩し、盛大に横転する。
アキラの陸戦型ジムは、手足をばたつかせ、泥に沈んでいく。
「アキラ!」
『逃げられる! クソッ!』
カツオがアキラ機に気を取られた、わずか数秒。
ザクIIも、最後のコンテナを抱えたザクタンクも
まるで最初から存在しなかったかのように
暗い排水溝の中へと姿を消していた。
残されたのは、泥まみれで動けない陸戦型ジムと
呆然と立ち尽くすカツオの陸戦型ジム。
そして、無残に荒らされたC-4セクターだけだった。
翌朝。
ワセン大尉のオフィスには、怒声が響き渡っていた。
「……貴様らは! 補給物資を警護するどころか、泥遊びをしていたと! しかも敵はたったの二機! 二機だぞ!」
泥だらけで直立不動のカツオたちの前で、ワセンは報告書を叩きつけた。
「ジャブローの落ちこぼれどころじゃない! 貴様らは最下層だ! オデッサの、正真正銘の『アンダー・ドッグス(負け犬)』だ!」
オフィスを出たカツオたちに、他の兵士たちの嘲笑の視線が突き刺さる。
アキラは地面を蹴り
タカシは「あり得ない、AIの索敵範囲内だったのに」と青ざめている。
リツコは、悔しさに唇を噛んでいた。
カツオは、雨上がりの空を見上げた。
(負け犬……か)
彼は、昨夜の敵の動きを思い出していた。
(あれは、ただの残党じゃない。動きに一切の無駄がなかった。戦闘じゃなく、強奪が目的だった。まるで……プロの泥棒だ)
彼は、心理学の講義を思い出していた。
「学習性無力感」
負け続けると、人は勝つ努力をしなくなる。
今の自分たちは、まさにそれだ。
カツオは、泥だらけの拳を握った。
「……リツコ伍長」
「……はい」
「昨夜の敵の行動パターン、全部記録されてるか?」
「え? あ……はい。戦闘レコーダーに」
「タカシ軍曹。敵が使った排水溝、基地のインフラ図と照合できるか。AIでいい」
「……できますけど」
「アキラ伍長」
「……んだよ、隊長」
カツオは初めて隊長の、いや、『コーチ』の顔になった。
「次のレーション、賭けてもいい」
「は?」
「奴らは、必ずまた来る。同じ『負け犬』に、二度も負ける趣味はない」
カツオは、昨夜ザクが消えた暗い排水溝を睨みつけた。
「……『負け犬』も牙の研ぎ方くらい知ってるってこと、教えてやろうじゃないか」