ガンダム一年戦争外伝 オデッサの最下層 -Underdogs' Chronicle- 作:Ginさん
E-2エリアの夜は、乾燥カボチャのスープの温かさもすぐに奪い去るほど冷え込んでいた。
だが、「ホッジポッジ隊」のテントの中には
以前のような刺々しい絶望は薄れていた。
彼らは最下層の現実を受け入れ、その上で「自分たちの戦い方」を模索し始めていた。
【ジオン側(穴熊)】
一方、地下深く。
古いシェルターで得た水と食料は「穴熊部隊」に肉体的な余裕を取り戻させていた。
「……中尉、これを見てください」
“教授”ビタム曹長が、シェルターに残されていた古い地質図と
自分たちが持つ不完全なデータを重ね合わせていた。
「我々の東進ルート上……この先、推定3キロ地点に、巨大な地下水脈が存在します。
旧体制時代の記録では『古代の地下湖』とも呼ばれている」
「水脈だと?」
“ビッグX”准尉が、整備したての機体にもたれながら吐き捨てた。
「またあの『寄せ集め』のコーチみたいに、おとりデータじゃねえだろうな」
「いいや、本物だ」
ハンス・シュタイナー中尉が、地質図の等高線を無骨な指でなぞる。
「この地層の傾斜……シェルター内の空気のわずかな流れ……間違いない。この先は水だ」
「じゃあ、終わりだ……」
“ルーキー”クェン兵長が再び青ざめる。
「掘削アームもないのに、どうやってMSで川を渡るんですか……」
「渡るんじゃない。潜るんでもない」
ハンスは、工兵の目で図面を睨みつけていた。
「この水脈には、かなりの『流れ』があるはずだ。東に向かう、一定の流れが」
「まさか、中尉……」
「そうだ、教授。我々は『イカダ』になる」
ハンスは部下たちを見渡した。
「全機の動力炉を最低限まで落とす。推進剤は一切使わん。機体の全関節とハッチに、ありったけのシーリング剤(防水処理)を施す。我々はただの『鉄の棺桶』となって、この地下水脈の流れに乗り、東へ運んでもらう」
「正気かよ!」
ビッグXが叫ぶ。
「流れが止まったら? 途中で岩に引っかかったら? 俺たちは浮きも沈みもできねえ、ただの鉄クズだ!」
「だから、工兵の腕が試される」
ハンスは、ザクタンクの無事なアームで、シェルターの鉄骨の一部を掴んだ。
「この鉄骨で『舵』を作る。流れの中で機体を制御し、障害物を避けるためのな。
……ルーキー、お前も整備士なら、MSを『潜水艦』にする方法を考えろ。ここが正念場だ」
【連邦側(ホッジポッジ隊)】
同時刻。E-2エリアの地上。
ホッジポッジ隊には、新たな任務が下されていた。
「……セクターF-5。旧醸造所の貯蔵庫に、ジオン残党、推定5名。
戦闘能力は低いと見られる。……イトウ少尉、君の部隊には、彼らの『投降勧告』を命ずる」
E-2エリア責任者のバリス大尉は、疲れた目でカツオに告げた。
「投降勧告、ですか」
「ああ。だが、期待はするな」
バリスは続けた。
「ここの連中は、投降するくらいなら自爆を選ぶ。前回の少年兵のようにな。
……だが、上層部は『無用な弾薬消費を避けよ』だ。まあ、形式上の呼びかけだけして
抵抗されたら……」
バリスは『分かっているな』と目で合図した。
旧醸造所。
レンガ造りの古い建物の周囲を
カツオとアキラの陸戦型ジムが慎重に包囲する。
「コーチ。時間の無駄だ」
アキラが小声で通信を入れる。
「どうせまた狂った連中が出てくる。スピーカーで呼びかける前に
100mmマシンガンで挨拶してやろうぜ」
「待て、アキラ」
カツオは、醸造所の入り口に積まれたバリケードを、センサーで拡大していた。
それは、家具や樽を雑に積み上げただけの、お世辞にも強固とは言えないものだった。
(あのバリケード……。あれは、本気で戦う人間の作り方じゃない。
あれは、ただ『怖がり』の人間の作り方だ)
カツオは、心理学徒として相手の行動を分析していた。
「アキラ、タカシ、リツコ。ここの敵は、前回の『狂信者』じゃない。
彼らは……『置き去りにされた』兵站部隊か何かだ。戦いたくないが、投降する勇気もない。
ただ、追い詰められているだけだ」
「だから、どうすんだよ」
「教科書通りの脅しは逆効果だ」
カツオは、ジムの外部スピーカーのスイッチを入れた。
『……こちら、連邦軍ホッジポッジ隊、イトウ少尉。醸造所内に潜む、ジオン公国軍兵士に告ぐ』
バリケードの奥で、数人が息をのむ気配がした。
『武装を解除し、投降せよ。生命の保証は――』
カツオは、そこであえて言葉を切った。
そして、全く違うトーンで続けた。
『……昨日の夜、俺たちはここで、乾燥カボチャを水で戻しただけの
しょっぱいスープを飲んだ。だが、それでも温かかった』
「……は? コーチ?」
アキラが素っ頓狂な声を上げる。
『あんたたちがそこに隠れて、何日経つ? 凍えたレーション以外、温かいものを口にしたか?』
醸造所の中で、ジオン兵たちが、ざわめいた。
『俺たちは、ガンダムでもなければエースでもない。ただの『
あんたたちを無駄に殺して、後味の悪い飯を食いたいわけじゃない』
カツオは、静かに、だが強く言い切った。
『……温かいスープが飲みたい奴は
武器を捨てて、ゆっくりと手を上げて出てこい。10分だけ待つ』
10分後。
醸造所のバリケードが、内側からゆっくりと取り払われた。
ライフルを地面に置き、両手を上げた、痩せこけたジオン兵が四人、震えながら出てきた。
彼らは、カツオが推測した通り、戦闘経験の乏しい補給部隊の兵士たちだった。
アキラは、コックピットの中で、ヘルメットをかきながら呆れていた。
「……マジかよ、コーチ。カボチャで敵を釣っちまったぜ……」
キャンプに戻ったカツオからの報告を受けたバリス大尉は
初めて、その濁った目に驚きを浮かべた。
「……死者ゼロ。発砲もなしか」
彼は、カツオの顔をじっと見つめた。
「……イトウ少尉。貴様ら『ホッジポッジ隊』は、『寄せ集め』だが
少しはマシな戦い方を知っているようだな。
……よし、次の任務だ。少しは骨のある仕事をやらせてやる」
それは、カツオたちが初めて、この最下層の戦場で「戦力」として認められた瞬間だった。
一方、地下数百メートル。
ハンスたち四機は、漆黒の地下水脈を、ただ「鉄の棺桶」となって流れていた。
全員が息を殺し、機体が岩にぶつからないよう、ハンスが即席の「舵」を操る音だけが響く。
『……中尉……』 数時間後、教授のかすれた声が通信に入った。
『水流が……緩やかになってきました。前方、空間を探知。……着岸します』
四機のザクが、泥の岸辺に乗り上げる。
ハンスがハッチを開け、外の空気を吸い込んだ。
「教授、現在地は」
教授が、水流の速度と時間、地図を照合し、震える声で答えた。
「……信じられません。中尉。我々は……大陸の『境界』とされる
古い山脈の地下を、越えました。もう、オデッサの掃討部隊の管轄外です」
東への道が、確かに開かれていた。