ガンダム一年戦争外伝 オデッサの最下層 -Underdogs' Chronicle-   作:Ginさん

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第11話 プロフェッショナルの仁義 (A Professional's Courtesy)

『空白地帯』にそびえ立つ、旧地熱発電所の残骸。

 

それは、二つの運命が再び交錯する、静かな舞台だった。

 

 

【連邦側(ホッジポッジ隊)】

 

「……コーチ。やっぱ、気味悪いぜ」

 

“大食い”アキラ伍長が、100mmマシンガンのトリガーに指をかけながら、周囲を警戒する。

 

「静かすぎる。ハンスのジジイどもなら、とっくに地雷の一つでも仕掛けてるはずだ」

 

(違う……)

 

カツオ・イトウ少尉は、発電所の影を睨んでいた。

 

(仕掛けがないんじゃない。仕掛ける『余裕』すらなかったんだ)

 

カツオのセンサーが、通気孔の格子蓋(グレーチング)がわずかに歪んでいるのを捉えた。

 

そして、その周囲の地面には、ここ数時間以内に

 

巨大な重量物が「這った」跡が残されていた。

 

それは、戦闘機動の跡ではない。

 

エネルギーを節約し、必死に移動した「獣の足跡」だった。

 

「アキラ。あそこだ。発電所の主構造物、その影」

 

アキラが照準を向ける。

 

影の中に、それはいた。

 

微かな月光を鈍く反射する、二機のジオン機。

 

一機は“ビッグX”のザクII J型。

 

もう一機は、掘削アームを失ったハンスのザクタンク。

 

二機は、まるで死んだように動かなかった。

 

モノアイの光も、灯っていない。

 

「……ハッ! 見つけたぜ! 死んでやがる!」

 

アキラが、反射的にトリガーを引こうとした。

 

「待て!」

 

カツオの鋭い制止が飛ぶ。

 

「なんでだよ、コーチ! 奴ら、丸裸だ! 今撃たなきゃ……!」

 

「見るんだ、アキラ。……奴らの機体を。あの隠れ方を」

 

カツオは、心理学者の目で、その全く動かないMSを分析していた。

 

「あれは『待ち伏せ(アンブッシュ)』じゃない。

 

あれは……『隠れている』だけだ。戦闘の意思がない。いや……」

 

カツオは、確信に至った。

 

「……戦闘が、『できない』んだ」

 

 

【ジオン側(穴熊部隊)】

 

通気孔の影。

 

ザクタンクのコックピット。

 

ハンス・シュタイナー中尉は

 

目の前で停止した二機のジムを、外部モニター越しに見つめていた。

 

エネルギー残量、1%。

 

センサーと通信、そしてコックピットの生命維持以外、何も動かせない。

 

「……クソが……!」

 

隣のJ型で、“ビッグX”准尉が歯噛みする。

 

「ここまで来て……! あの『寄せ集め(ホッジポッジ)』どもに

最期を看取られるとはな……!」

 

(……コーチ殿。あんたの勝ちだ)

 

ハンスは、静かに操縦桿から手を放した。

 

もはや、なすすべはなかった。

 

 

カツオは、陸戦型ジムをゆっくりと一歩前に進めた。

 

マシンガンの砲口は、下に向けたままだ。

 

彼は、外部スピーカーのスイッチを入れた。

 

『……ハンス・シュタイナー中尉。聞こえているか』

 

沈黙。

 

影の中のザクは、ピクリとも動かない。

 

『あんたたちの『穴熊』としての仕事は、見事だった。だが、エネルギーが尽きたようだな』

 

「……コーチ! 挑発してんのか!?」

 

アキラが叫ぶ。

 

「違う。これは『確認』だ」

 

カツオが小声で返す。

 

数秒の沈黙の後、ハンスのザクタンクから

 

ノイズ混じりの、小さな返答があった。

 

『……外部スピーカーも起動できんのでな。この声が聞こえるか、コーチ殿』

 

ハッチが、物理的にわずかに開いたのだ。

 

『……あんたの鼻には恐れ入る。我々の負けだ。好きにしろ。撃つがいい』

 

ハンスの声には、諦観があった。

 

「コーチ、やっちまおう! こいつらが基地で何をしたか、忘れたわけじゃねえだろ!」

 

アキラが、今度こそ照準をザクのコックピットに合わせる。

 

カツオは、そのアキラの砲身を、自機の腕でそっと押さえた。

 

「……アキラ。バリス大尉の命令を思い出せ」

 

「は?」

 

「『もし奴ら(ハンス)に遭遇したら、戦闘は避けろ。即時撤退し、報告しろ』」

 

「だがよ、コーチ! こいつら戦えねえんだぞ!? 撃破して報告すりゃ、大金星だ!」

 

「違う」

 

カツオは首を振った。

 

「俺たちは、あのE-2エリアの『狂気』とは違う戦い方を選んだ。……ハンス中尉」

 

カツオは、再びスピーカーをオンにした。

 

『……俺の任務は、この「空白地帯」の威力偵察。および、危険因子の発見だ』

 

カツオは、ジムのマニピュレーターで、発電所の古い送電鉄塔を指さした。

 

『……調査の結果、この旧地熱発電所には、いまだ高圧電流が残留している危険性を確認した。

極めて不安定。要・精密調査、だ』

 

「……?」

 

ハンスは、カツオの言葉の意図を測りかねた。

 

カツオは続けた。

 

『……よって、本官はこれより基地に帰投。バリス大尉に、【危険な発電所の発見】を報告する』

 

カツオは、ハンスの機体を真っ直ぐに見据えた。

 

『……だが、E-2エリアから本隊の調査チームが派遣されるには

書類の手続きやら、部隊編成やらで、まあ……どれだけ早くても、12時間はかかるだろうな』

 

「……!」

 

ハンスと、隣で聞いていたビッグXが、同時に息をのんだ。

 

12時間。

 

それは、カツオがハンスに与えた『猶予』だった。

 

この発電所が機能しているなら、12時間あれば、最低限のエネルギーチャージが可能だ。

 

『……俺は、あんたをここで撃つために来たんじゃない。ハンス中尉。

俺は、あんたという『プロ』が、まだ生きているかどうかを『確認』しに来ただけだ』

 

カツオは、ハンスに背を向け始めた。

 

『……12時間後、ここがどうなっているか。それは、あんたたち『プロ』の仕事だ。

……俺たち『寄せ集め《ホッジポッジ》』の出る幕じゃない』

 

 

「コーチ! マジでいいのかよ!?」

 

E-2エリアへの帰路、ジムのコックピットで

 

アキラが納得いかない顔で叫んでいた。

 

「あいつら、また俺たちの敵になるかもしれねえんだぞ!」

 

「ああ。だから、いいんだ」

 

カツオは、荒野の地平線を見つめていた。

 

「俺たちは、E-2エリアの連中とは違う。俺たちは、殲滅をしに来たんじゃない。

……バリス大尉は、なにかが『匂う』と言った。

俺は、その『匂い』の正体を突き止めた。任務完了だ」

 

アキラは、まだ不満そうだったが

 

それ以上は何も言わなかった。

 

彼もまた、あの動かないザクに銃を向けることが

 

なぜか「後味の悪いこと」だと感じていたからだ。

 

 

一方、発電所の影。

 

二機の陸戦型ジムが完全に砂塵の向こうに消えたのを待ち

 

ハンスはコックピットから這い出た。

 

ビッグXも、隣で呆然と空を見上げていた。

 

「……中尉。なんで……なんで、あの『寄せ集め《ホッジポッジ》』は……」

 

「……『仁義』だ」

 

ハンスが、吐き捨てるように言った。

 

「あの『コーチ』……兵士である前に、学者肌だからな。

俺たちを『標本』として、生かしておきたかったのさ」

 

ハンスは、送電鉄塔を見上げた。

 

「だが、猶予は12時間。……ビッグX、教授とルーキーの旧ザクを呼んでこい。

総員、エネルギー再チャージ作業開始。工兵の、本領発揮だ」

 

ビッグXの目に、再び深海の闇が宿った。

 

「……借りが、できたな。『コーチ』殿。……こんな屈辱は、初めてだぜ」

 

二つの部隊は、互いの「プロフェッショナリズム」を認め合い

 

そして、再びそれぞれの戦場へと別れた。

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