ガンダム一年戦争外伝 オデッサの最下層 -Underdogs' Chronicle- 作:Ginさん
「悪魔の喉笛」と呼ばれた鉱山鉄道のトンネル内部は
陸戦型ジムのヘッドライトが照らす円形の光以外、完全な闇だった。
ジメジメとした空気、滴り落ちる水音
そして自分たちのMSが立てる重苦しい駆動音だけが
ホッジポッジ隊の聴覚を支配していた。
【連邦側(ホッジポッジ隊)】
「……クソッ、コーチ! まだかよ!」
先行するアキラ伍長の陸戦型ジムから、苛立った通信が入る。
彼の機体は、狭い坑道で肩を壁に擦り、神経質にセンサーを動かしていた。
「もう3時間だぞ! こんなジメジメしたとこ、息が詰まって死んじまう! 腹も減った!」
「アキラ、黙れ。無線のバッテリーを節約しろ」
カツオ・イトウ少尉は、アキラの閉所ストレスが限界に近いことを感じながらも、冷静に制した。
『少尉!』
後方の管制トレーラーから、タカシ軍曹の声が響く。
『ドクトル・オーウェンの誘導に従い、ハンスの掘削ルートをAIでトレース中……。驚きました。彼らのルートは、この鉱山鉄道で最も地盤が脆いとされる『断層』を、意図的に避けています。最短距離ではなく、安全性を最優先しているようです』
(安全性を……?)
カツオが、ハンスの意図を測りかねていると
トレーラーの助手席から、ドクトル・オーウェンの野太い声が通信に割り込んできた。
『……違うな、小僧のAI分析は』
オーウェンは、タカシの分析を一蹴した。
『地図を見ろ。奴は断層を避けてなどいない。むしろ、断層の『ズレ』
――地層が既に割れているライン――
を、ピンポイントで利用しているんだ』
オーウェンは、地質学者としての興奮を隠しきれない様子だった。
『分かるか、イトウ少尉?
奴は、掘削アームを失ったザクタンクと、馬力のない旧ザク二機で、ここを突破したんだ!
最小限の力で、最大の効率を出すために、地層の『裂け目』そのものを道にしたんだ。
……安全どころか、いつ崩れてもおかしくない、最も危険な綱渡りだ。
こいつは……本当に
「……」
カツオは、あの店の温厚な「作業員」の顔と
発電所で自分たちを出し抜いた「工兵」の顔を
同時に思い出していた。
(ハンス中尉。あなたは、どれだけの覚悟で、この闇を進んだんだ……)
『少尉! 前方、開けた空間です!』
リツコ伍長の声。
ハンスが掘った穴を抜けると、そこは天井の高い、古い「採掘場跡」だった。
かつて作業員たちが休息所として使っていたのか、岩盤がドーム状に広がっていた。
「アキラ、周囲を警戒!」
カツオが指示を出す。
「……コーチ。見ろよ、あれ」
アキラの陸戦型ジムのヘッドライトが、ドームの隅を照らし出した。
そこには、無造作に転がる、いくつかの「痕跡」があった。
「……薬莢……?」
カツオが陸戦型ジムを降りて確認する。
それは、ザク・マシンガンのものではない
旧ザクが装備する100mmマシンガンの、空の薬莢だった。
そして、その横には、ジオン軍仕様のレーションの、引きちぎられた包み紙。
『……戦闘の痕跡じゃありませんね』
タカシが分析する。
『彼らはここで、短い休息をとったようです』
アキラは、コックピットからその光景を黙って見下ろしていた。
「……チッ。俺たちと変わらねえな。こんな暗いとこで、飯食ってたのかよ」
E-2エリアで見た【狂気】の残党とは違う、ハンスたちの『人間臭さ』が、そこにはあった。
「イトウ少尉」
トレーラーから降りてきたオーウェンが、壁の一点を指さした。
そこには、白いチョークで、単純な『→(矢印)』が書かれていた。
「フン。この先の地層が、砂岩から花崗岩に変わる。それを、後ろの仲間に知らせるための、ただの『伝言』だ」
オーウェンは、その矢印を指でなぞった。
「合理的だが、無線も使えないほど、エネルギーを節約していた証拠でもある。……余裕は、なかったようだな」
【ジオン側(穴熊部隊)】
一方その頃。
「穴熊部隊」の四機は、ついに鉱山鉄道のトンネルを完全に突破し、地上へと這い出ていた。
ゴオォォォ――!
ハッチを開けたハンスたちの顔を叩いたのは
オデッサの泥の匂いではない、凍てつくような「雪」と「風」だった。
「……寒い……」
“ルーキー”クェン兵長が、旧ザクのコックピットで震える。
見渡す限り、雪を頂いた山脈地帯だった。
「教授、現在地は」
“教授”ビタム曹長が、旧ザクのコンソールを叩き、震える声で答えた。
『……やりましたよ、中尉。我々は、大陸中央山脈の東側まで到達しました。もう、奴らの管轄外です。……我々は、逃げ切ったんです!』
「いや」
ハンスは、ゴーグル越しに、吹雪の向こう側を睨みつけた。
「まだだ。ここからが、本当の『脱走』だ」
ハンスが見据える先、雪に覆われた山の麓に
旧体制時代のものと思われる、小さな「気象観測所」のアンテナが、わずかに見えていた。
新たな「拠点」と、新たな「試練」が、彼らを待っていた。