ガンダム一年戦争外伝 オデッサの最下層 -Underdogs' Chronicle- 作:Ginさん
「穴熊部隊」が地上に這い出た場所は
彼らが潜入したオデッサの泥濘地とは似ても似つかない、白銀の世界だった。
大陸中央山脈の東側。凍てつく風が、MSの装甲を叩く。
【ジオン側(穴熊部隊)】
「……さ、寒い……!」
“ルーキー”クェン兵長が、旧ザクのコックピットで歯を食いしばる。
旧式機の貧弱な空調では、この寒気は防ぎきれない。
「中尉、見えます!」
“教授”ビタム曹長が、吹雪の向こうを指さした。
「旧体制時代の『気象観測所』です。あの地質図に載っていた通りだ!」
雪に半ば埋もれた、ドーム型の白い建物。
「よし」
ハンス・シュタイナー中尉は、ザクタンクのキャタピラを軋ませた。
「全機、あの観測所を確保する。そこを新たな『穴』とする」
幸い、観測所は無人だった。
彼らが老朽化したハッチをこじ開けて入った内部は
埃っぽいが、風雪をしのぐには十分だった。
「……中尉、これを見てください」
教授が、メインコンソールを起動させる。
「生きています。電力供給、地熱発電による自家発電です。そして……これだ!」
教授が指さしたのは、部屋の大部分を占める
旧式の「長距離パラボラアンテナ」の制御盤だった。
「中尉、これで……」
「ああ」
ハンスは、教授の肩を掴んだ。
「これで、アジアの友軍、あるいは
「ハッ! やっとお役御免かよ」
“ビッグX”准尉が、ザクII J型を観測所の影に隠しながら、ヒート・ホークを雪に突き立てた。
「で、俺たちは何をすりゃいい。こんな雪ん中じゃ、目立ってしょうがねえ」
「いや、この雪こそが『隠れ蓑』だ」
ハンスは、観測所にあった古い地図を広げた。
「教授とルーキーは、通信機の修復とMSの耐寒整備。俺とビッグXは、この周辺の『食料』と『燃料』を調達する。……この観測所を、我々の『脱出基地』にするぞ」
【連邦側(ホッジポッジ隊)】
一方、ハンスたちが抜けた「穴」の出口。
ホッジポッジ隊の二機の陸戦型ジムと管制トレーラーもまた、雪と風の洗礼を受けていた。
「……な、なんだこりゃあ!?」
ジムから降りたアキラ伍長が、吹雪に顔を叩かれ、叫んだ。
「コーチ! ここはどこだ! オデッサはどこ行ったんだよ!」
管制トレーラーから、リツコ伍長の震える声が響く。
『……センサー、及び地図データを照合……。信じられません。我々は、中央山脈の地下を……完全に横断しています。ここは、E-2エリアのはるか東……。完全に、作戦行動領域の外です』
トレーラーから降りてきたドクトル・オーウェンが、雪に残されたMSの足跡を見つめ、満足げに頷いた。
「……フン。やりおったわい、あの『
カツオは、ザクタンクのキャタピラが残した、深い
(……彼は、逃げ切ったのか)
カツオは、トレーラーに戻り、司令部のバリス大尉に通信を入れた。
「こちら、ホッジポッジ隊イトウ。偵察任務、完了しました。目標は……」
『――目標は、作戦領域外へ逃亡。そうだな?』
バリスの、全てを見透かしたような声が返ってきた。
『……ご苦労だった、イトウ少尉。貴様らの任務は、これにて『完了』とする。ドクトル・オーウェンを伴い、速やかにE-2エリアへ帰投せよ』
「……しかし大尉! 目標はまだ活動中です! 追撃の許可を!」
『許可しない』
バリスの声は、冷たかった。
『そこは、東部方面軍の管轄だ。我々の
通信は、一方的に切断された。
管制トレーラーの内部は、重い沈黙に包まれた。
「……聞いたかよ、コーチ」
アキラが、ヘルメットを脱いで頭をかいた。
「やったぜ!『任務完了』だってさ!やっと帰れるぜ! E-2のクソみたいな泥よりは、あの第7基地の方がマシだったけど……」
カツオは、黙って地図を見つめていた。
雪に残された、四機のMSの足跡。
それは、あの観測所がある方角へと、確かに続いていた。
(……ハンス・シュタイナー。あんたは、俺に『借り』を作った。俺の戦術の穴を埋め、俺の部下の命を救った。……そして、俺に『プロ』の戦い方を教えてくれた)
(あんたが、このまま東部方面軍の『掃討対象』になって、E-2の少年兵のように、狂った連中に殺されるのは……)
(……俺が、許さない)
カツオは、ゆっくりと顔を上げた。
「……ドクトル・オーウェン。ここまでの誘導、感謝します。あなたの任務は完了です」
「フン。まあ、退屈はしなかったわい」
カツオは、リツコとタカシに向き直った。
「タカシ軍曹、リツコ伍長。君たちは、ドクトル・オーウェン殿をトレーラーに乗せ、E-2エリアへ帰投してくれ。バリス大尉には『任務完了』と報告を」
「え……?」
リツコが、カツオの言葉の意図を測りかねた。
「少尉は……?『我々』は……」
「……コーチ?」 アキラも、カツオの異変に気付いた。
カツオは、陸戦型ジムのコックピットに向かいながら、静かに、だが揺るぎない声で言った。
「バリス大尉は、『ホッジポッジ隊』に帰投を命じた。……だが、俺は知らん」
カツオは、ジムのハッチを掴んだ。
「この雪山で『遭難』した……二機のジムのパイロットのことなど、俺は知らん」
アキラの顔が、驚愕から、やがて、どうしようもないというような笑みに変わった。
「……マジかよ、コーチ。あんた、バリス大尉よりタチが悪いぜ」
アキラは、空になったレーションの袋を雪に投げ捨てた。
「弾もねえ! 食料もねえ! おまけに命令違反だ!
……ああ、クソッ! 母ちゃんのカボチャの煮つけが、また遠のいた!」
アキラも、自分のジムに向かって走り出す。
「だがな、コーチ!あの『顔に傷の野郎』に、借りを返してねえんだ!つき合ってやるよ!」
二機の『
公式には『任務完了』し、そして『遭難』したことになった。
彼らは、補給も援軍もないまま
ハンス・シュタイナーという『宿題』の答えを求め
猛吹雪の『空白地帯』へと、姿を消した。