ガンダム一年戦争外伝 オデッサの最下層 -Underdogs' Chronicle-   作:Ginさん

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第2話 コーチの心理学 (The Coach's Psychology)

あれから三日。

 

連邦軍 第7補給基地において

 

カツオの小隊、通称「ホッジポッジ隊」は公然たる嘲笑の的となっていた。

 

食堂では遠巻きに指をさされ

 

すれ違う兵士たちはわざとらしく「ワンワン」と犬の鳴き真似をした。

 

最下層(アンダードッグス)

 

その烙印は、カツオ・イトウ少尉の小隊の士気を

 

オデッサの泥濘《ぬかるみ》よりも深く、沈んだものにしていた。

 

 

【連邦側(負け犬)】

 

「……もう無理っスよ、少尉」

 

シミュレーター室で

 

アキラ伍長がレーションの銀紙をくしゃくしゃに丸めながら言った。

 

彼の操縦するシミュレーション内のジムは

 

またもや泥地で転倒した判定を受けていた。

 

「俺、もうジム乗るのはやだ。炊事兵にでもなる。そっちの方がマシだ」

 

「AIの予測パターンによれば、あの残党の次の襲撃確率は3.4%です」

 

隣のコンソールで、タカシ軍曹が青白い顔でキーを叩いていた。

 

「あんな非効率な強奪、合理的じゃない。つまり、もう来ません。俺たちの警備は無意味です」

 

リツコ伍長だけが唇を噛んで黙り込んでいたが

 

その目には諦めの色が浮かんでいた。

 

カツオは息を深く吸い込んだ。

 

元心理学徒の血が騒ぐ。

 

「アキラ伍長」

 

「……んスか」

 

「君は【怖い】んだな」

 

「はあ!? 誰が!」

 

「心理学では、過剰な食欲や攻撃的な態度は、しばしば強い不安や恐怖の裏返し『防衛機制』とされる。君は、また転ぶのが怖い。あの夜みたいに、泥の中で『負け犬』として無様に手足をばたつかせるのが怖いんだ」

 

アキラの顔が、怒りから驚き

 

そして羞恥へと変わっていく。

 

「……うるせえ」

 

「怖がるなとは言わない。だが、その『雑な操縦』こそが、恐怖を引き寄せてる。……タカシ軍曹」

 

「は、はい」

 

「君のAIは優秀だ。だが、AIは『確率』しか出せない。敵は人間だ。人間は、合理的なら戦争なんてしない。君が分析すべきは『確率』じゃない。あの夜、敵がなぜ『戦闘』ではなく『強奪』を選んだかの『動機』だ」

 

カツオは、小さなホワイトボードを彼らの前に置いた。

 

「俺たちは、ワセン大尉を見返すために戦うんじゃない。そんなのは『他者評価』だ。そんなものに振り回されるから、士気が下がる」

 

彼はペンを取ると、ボードに大きくこう書いた。

 

『ミスした昨日の自分より、コンマ1秒でも早く動く』

 

「これが、俺たちホッジポッジ隊の新しい目標だ」

 

カツオはアキラを見た。

 

「アキラ伍長。君の目標は『転ばないこと』じゃない。泥で滑った時、『昨日より0.5秒早く立て直す』ことだ。そのための訓練をする」

 

彼はタカシを見た。

 

「タカシ軍曹。君の目標は『敵の襲撃を当てること』じゃない。敵が『何を盗んだか』『なぜそれを盗んだか』を分析し、『次に何を盗むか』を予測することだ。AIをそのためにこそ使え」

 

そしてリツコを見た。

 

「リツコ伍長。君は俺たちの『目』だ。君が自信を失えば、俺たちは全員盲目になる。他の部隊の陰口が聞こえたら、それを『敵情分析』の訓練だと思え。どんな些細な情報でもいい、基地内の『変化』を報告してくれ」

 

カツオは全員を見渡した。

 

「俺たちはガンダムじゃない。だが、心理学でいう『学習性無力感(負け犬根性)』に、いつまでも浸ってる必要はない。やるぞ」

 

その日から、ホッジポッジ隊の奇妙な訓練が始まった。

 

アキラは、延々と泥濘地を歩かされ

 

わざとバランスを崩され、そこから体勢を立て直す反復訓練に明け暮れた。

 

訓練後、カツオはアキラに倍のレーションを渡すことを忘れなかった。

 

タカシとリツコは、基地の全物資の搬入データと

 

盗まれた「エネルギーパック」と「推進剤」の関連性を

 

AIを使って夜通し分析し始めた。

 

 

【ジオン側(穴熊)】

 

一方、地下。

 

ハンス・シュタイナー中尉率いる「穴熊部隊」の潜伏先では

 

強奪したエネルギーパックによる充電が

 

MSのコックピットに仄《ほの》かな明かりを取り戻していた。

 

「……中尉。確認しました」

 

“教授”ことビタム曹長が、コンソールの数字を読み上げる。

 

「盗んだ推進剤を充填しても、我々四機がアジアまで到達するには……計算上、40%不足しています」

 

「40%!? ふざけやがって!」

 

顔に深い傷跡を持つパイロット、“ビッグX”准尉が壁を殴りつけた。

 

「これじゃ、あの『負け犬』どもから盗んだ意味がねえ!」

 

「ビッグX、落ち着け」

 

ハンスが低い声で制する。

 

彼は土木技師の目で、地下水路図を睨んでいた。

 

「問題は量じゃない。『ルート』だ。この古い地図では、黒海を越えた先の地質データが曖昧すぎる。もし途中で岩盤に阻まれれば、それこそ推進剤の無駄遣いだ」

 

「じゃあ、どうするんです……」

 

“ルーキー”のクェン兵長が、怯えた目でハンスを見上げる。

 

「だから、次の『仕事』だ」

 

教授が、冷静に別のデータを指し示した。

 

「連邦の第7基地には、旧体制時代の『測量局データ保管庫』が接収されている。B-5セクターだ。そこには、この地域の最新の地質図、地下インフラ図があるはずだ」

 

「最新のインフラ図……」

 

ハンスの目が光った。

 

「それさえあれば、最短距離で掘り進める。ルートが完成する」

 

「待ちなよ、教授」

 

ビッグXが、深海の闇を宿す目で教授を睨んだ。

 

「そこの警備は?」

 

「……記録によれば、昨日と同じく、第217補給大隊。あの『ホッジポッジ隊』だ」

 

「ハッ!」

 

ビッグXは声を出して笑った。

 

「またあの『負け犬』どもか! 赤子の手をひねるより簡単だぜ。今度は俺が先陣を切る。あの泥まみれのジム、スクラップにしてやる」

 

「……いや」

 

ハンスは、ビッグXの殺気を制した。

 

「今回も『強奪』が最優先だ。戦闘は避ける。だが……」

 

ハンスは、昨夜の光景を思い出していた。

 

泥まみれで転倒した仲間を、即座に庇う位置取りに入った隊長機。

 

あれは、ただの新米の動きではなかった。

 

「ビッグX、油断はするな。あの連邦兵たち……ただの負け犬じゃないかもしれん」

 

 

その夜。

 

ホッジポッジ隊のテントに、タカシとリツコの興奮した声が響いた。

 

「少尉! 分かりました!」

 

タカシが、AIの分析結果をスクリーンに映し出す。

 

「敵が盗んだ推進剤の型番……これは、MS用じゃありません! 旧式の土木作業用……おそらく、長距離掘削機用の高濃度燃料だ!」

 

「それに!」

 

リツコが続けた。

 

「基地の搬入データと照合しました! エネルギーパックと掘削用推進剤……この二つを同時に必要とするセクターが、基地内にもう一つだけあります!」

 

カツオは息を飲んだ。

 

「どこだ」

 

「B-5セクター! 旧測量局のデータ保管庫です!」

 

「そこには、基地建設時の古い『地質図』や『インフラ図』が……」

 

カツオは、全てを理解した。

 

(奴らの狙いは、MSのパーツじゃない。『地図』だ!)

 

(奴らは……この地下から、連邦の包囲網を潜り抜けて、『逃げる』気だ!)

 

その瞬間、テントの入り口が乱暴に開いた。

 

ワセン大尉が、いつもの嘲笑を浮かべて立っていた。

 

「おい、『アンダー・ドッグス』ども。またお前らの出番だ。退屈だろうが、B-5セクターの警備だそうだ」

 

ワセンは、どうせ何も起こらないとタカをくくっていた。

 

 

だがカツオは、あの時とは違う

 

静かな闘志を燃やす目でワセンを見返した。

 

彼は、ゆっくりと立ち上がり、仲間たちに向き直った。

 

アキラが、ニヤリと笑う。

 

タカシが、メガネの位置を直す。

 

リツコが、力強く頷く。

 

「……聞いたか、諸君」

 

カツオの声は、もはや「お人好し」ではなかった。

 

「リベンジマッチだ。今度こそ、俺たちの『負け』を取り返しに行くぞ」

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