ガンダム一年戦争外伝 オデッサの最下層 -Underdogs' Chronicle- 作:Ginさん
吹雪が弱まり、凍てついた観測所の広場で
五機のMSが互いの残存エネルギーの限界を見据えて対峙した。
カツオの「確認」
――それは、ハンスという「プロ」に無駄死にさせないための、捨て身の説得だった。
「ハンスの部下ども! 武器を捨てろ!」
カツオ・イトウ少尉の叫びが、雪原に響く。
「俺たちに弾はない! あんたたちも、戦闘するだけのエネルギーは残っていないはずだ!
今すぐ、この観測所を放棄しろ!」
“ビッグX”准尉のザクII J型が、怒りに震えた。
「ふざけるな、コーチ! 弾がないだと? そんな嘘を信じるか!」
ビッグXは、カツオの陸戦型ジムに向かって、ヒート・ホークを起動させた。
グォォォ……!
刀身が赤熱し、周囲の雪が蒸発する。
「ビッグX! やめろ!」
ハンス・シュタイナー中尉が、屋根の上から叫んだ。
だが、ビッグXは止まらない。
彼は、カツオに受けた屈辱を晴らすため
最後のエネルギーをヒート・ホークに集中させた。
ガキン!
ビッグXのJ型が、ヒート・ホークを振り下ろす寸前
その腕の関節に、ハンスのザクタンクの通常マニピュレーターが、体当たりで叩きつけられた。
「中尉!」
ビッグXが、驚愕と怒りの声を上げた。
「……言ったはずだ、ビッグX」
ハンスのザクタンクが、屋根から降りてきて、カツオの陸戦型ジムの前に立ちはだかる。
「無駄なエネルギーを使うな、と。そして、無駄な戦闘はしない、と」
ハンスは、カツオのジムを遮るように立ち、外部スピーカーを起動させた。
「……コーチ殿。あんたの言いたいことは分かった。
あんたは、俺たちを『捕虜』にするつもりはない。
俺たちに、この吹雪の中で『生き延びる』機会を与え
連邦の掃討を避けろ、と言いたいのだろう」
「そうだ、ハンス中尉」
カツオは、マシンガンの砲口をゆっくりと下げた。
「あんたたちの目的は、連邦に捕まることじゃない。あんたたちの『仕事』を続けることだ。
ここから東へ行けば、まだ連邦の目が薄い地域がある。
今、通信機を修復しても、連邦に座標を掴まれれば、あんたたちは死ぬだけだ!」
ハンスは、静かにカツオの陸戦型ジムを見つめた。
「……あんたが、俺に恩を売ったのは分かった。だが、あんたのその『説教』は受け取れん」
ハンスは、背後の観測所を指さした。
「この通信機は、我々の『命綱』だ。
これを破壊されれば、我々は真の『脱走兵』となり、行くあてを失う。
……あんたが本当に我々を助けたいなら、通信機に手を出すな。そのまま帰れ!」
カツオは、ゆっくりと首を振った。
「ダメだ。あんたの命綱は、あんたの『技術』だ。
この通信機は、あんたたちを東部方面軍の罠に嵌める『誘蛾灯』になる!」
カツオは、自分のジムの武装を一箇所に集めた。
そして、その武装
――残っていた最後のハンドグレネードを、マニピュレーターで掴んだ。
「……あんたが俺の言葉を信じないなら、俺もこれ以上の『対話』はしない」
カツオは、そのハンドグレネードを
ハンスたちから離れた雪原に向かって、ゆっくりと投げ捨てた。
武装解除のポーズ。
これ以上の戦闘の意思がないことの、最終通告だった。
カツオの捨て身の行動に、全員が動けなくなった。
「コーチ!」
アキラが叫ぶ。
「……中尉!」
“教授”ビタム曹長の声が震える。
ハンスは、カツオの意図を瞬時に理解した。
(この男……!自分が戦闘不能であることを示し
俺たちに『戦闘』ではなく『撤退』を選べと迫っている! 最後の『賭け』だ!)
カツオは、静かに言った。
「ハンス中尉。あんたは『プロ』だ。プロは、自分に有利な状況でしか、戦わない。
……今のあんたたちは、俺との戦いで得られるものはない。……行け! 東へ!」
ハンスは、ザクタンクの操縦桿を強く握りしめた。
彼の選択肢は二つ。
1.カツオを撃破し、通信機を修復する(エネルギーを使い果たし、東部方面軍の餌食になる)。
2.カツオの『仁義』を受け入れ、通信機を諦め逃走する(命は繋がるが、全てを失う)。
ハンスは、コックピットの中で、深い…深い息を吐いた。
「……ルーキー! 教授!」
ハンスの声は、疲弊しきっていた。
「全機、整備用工具と予備部品を回収。食料は、持てるだけ持つ!」
ハンスは、観測所の屋根を振り返った。
「通信機は……放棄する!」
「中尉!」
ビッグXが、信じられない、という顔で叫んだ。
「我々の命綱です! あんなガキに言われたからって……!」
「黙れ、ビッグX!」
ハンスは、低く、威圧的な声で命じた。
「我々をここへ引き寄せたのは、あの『コーチ』の腕だ。
そして、俺に『撤退』を選ばせたのは、俺がコーチを、奴を認めてしまったという『判断』だ!」
ハンスは、カツオの陸戦型ジムに向かって、最後の通信を入れた。
「……受け取ったぞ、コーチ殿。あんたの『貸し』は、忘れない。……次に会うときは、敵としてだ」
ザクタンクのキャタピラが雪を蹴り上げる。
「全機! 東へ! 最大戦速だ!」
四機のジオンMSは、吹雪の向こうへと姿を消した。
カツオの陸戦型ジムは
崩れた地下駐車場の入口に寄りかかり、力なく沈黙していた。
アキラの陸戦型ジムが、ゆっくりとカツオの隣に近づいた。
「……コーチ」
アキラは、呆然と雪原を見つめた。
「あんた、弾、残ってたんじゃねえのかよ?」
カツオは、コックピットの中で、力なく笑った。
「……少しな。だが、あの場で撃てば、俺たちの『勝ち』はなかった」
アキラは、カツオが投げ捨てたハンドグレネードを
陸戦型ジムのマニピュレーターで拾い上げた。
「……あんたは、なんであそこまでして、あのジジイたちを逃がしたんだ?」
カツオは、目の前にそびえる観測所の屋根を見上げた。
「……俺の心理学の『
『人間とは、最悪の状況で、最良の判断ができる生物だ』と」
カツオは、深々と息を吸い込んだ。
「彼らは、E-2エリアで死んだ少年兵たちとは違う。
『才能』と『プライド』を持った本物の兵士だ。
……あんな場所で、彼らが無駄に死ぬのは、『人類』にとって、あまりにも大きな損失だ。
……俺は、ただそれを防いだだけだ」
アキラは、カツオの言葉を理解することはできなかったが
その凄まじい決意だけは感じていた。
「……帰るか、コーチ。俺たちの『遭難』も、そろそろ限界だ」
二機の陸戦型ジムは、残った僅かなエネルギーで
バリス大尉が待つE-2エリアへと、重い帰路についた。