ガンダム一年戦争外伝 オデッサの最下層 -Underdogs' Chronicle- 作:Ginさん
ハンス・シュタイナーの部隊が東の吹雪に消えてから、約1時間。
旧地熱発電所の広場には、エネルギーが完全に尽き
沈黙した二機の陸戦型ジムだけが取り残されていた。
【連邦側(ホッジポッジ隊)】
「……コーチ。マジで……帰れんのか、俺たち」
アキラ伍長の声は、コックピットの寒さで震えていた。
ヒーターが切れ、機体は急速に冷え切っていく。
「あのジジイどもは逃げ切ったかもしれねえが、俺たちはここで『遭難』完了だ。
……腹減った……」
カツオ・イトウ少尉も、疲労困憊の体で操縦桿を握りしめていた。
(……ハンスは逃した。だが、アキラは生きている。俺の『賭け』は……)
カツオの思考は、満足感と、迫りくる死の寒さで朦朧としていた。
「……アキラ。外部スピーカーを起動しろ。最後のエネルギーだ」
「は? 何すんだよ」
「『SOS』だ。……俺たちの『遭難』は、もう芝居じゃない。現実だ」
二機のジムが、か細い救難信号を発信し始めた。
E-2エリアのバリス大尉の
東部方面軍の
その6時間後。
カツオは、強烈なサーチライトの光で目を覚ました。
陸戦型ジムのハッチが強制的に開けられ
見知らぬヘルメットの兵士が、銃口を向けながら叫んでいた。
「――所属不明機! パイロットは手を上げてゆっくりと降りろ! 抵抗すれば撃墜する!」
それは、E-2の仲間ではなかった。
カツオの「SOS」は
ハンスを追うはずだった「東部方面軍」の正規の掃討部隊に受信されたのだ。
さらに12時間後。
カツオとアキラは、輸送機でE-2エリアに「送還」されていた。
疲労と軽い凍傷でよろめきながら
二人はバリス大尉の前に立たされていた。
バリスは、彼らにコーヒーを差し出すでもなく
ただ冷たい目で二人を見据えていた。
「……東部方面軍の連中は、カンカンだったぞ」
バリスが、静かに切り出した。
「『敵地のど真ん中で、所属不明の陸戦型ジムが二機、呑気に遭難していた』と。
『E-2の部隊は、何を遊んでいるのか』……とな」
「……面目次第もありません」
カツオが答える。
「面目だけの問題ではない、イトウ少尉」
バリスは、一本の通信文書をデスクに放り投げた。
「ドクトル・オーウェンと、貴様の部下のタカシとリツコは、命令通り帰投した。
彼らの報告によれば、『目標(ハンス)は山脈の東側に逃亡』したと。
……そして貴様らは、追撃中に『通信途絶、消息不明』となった」
バリスは、カツオの目を真っ直ぐに射抜いた。
「……そして、貴様ら二機が『発見』されたのは
その山脈から、さらに東へ50キロも離れた地熱発電所だ。
……貴様ら、あの『
アキラが、ビクリと体を震わせた。
カツオは、動揺を隠し、静かに答えた。
「……はい。接触しました」
「なぜ報告しなかった」
「……交戦しました。弾薬もエネルギーも尽き、追撃不能と判断。
帰投中に、猛吹雪により遭難しました」
カツオは、ハンスを「見逃した」という、決定的な事実だけを伏せた。
「嘘をつけ」
バリスは、即座に見抜いた。
「貴様のその目は、E-2で狂った少年兵を撃った時の目じゃない。
第7基地で、あのワセン大尉を出し抜いた時の目でもない。
……あの醸造所で、無血投降させた時と同じ、『何かを成し遂げた』目だ」
バリスは立ち上がり、カツオの胸倉を掴まんばかりの勢いで詰め寄った。
「貴様は、奴に『仁義』でも売ったのか?
あの『プロ』の工兵に、何か『心理学』の講義でもしてきたのか!?」
「……」
「答えろ、イトウ少尉!」
「……私は」
カツオは、バリスの目を真っ直ぐに見返した。
「私は、ハンス・シュタイナーが
E-2の狂気の中で無駄死にすることを、『良し』としなかっただけです。
……彼を生かすことが、この戦争の『最良の判断』だと信じました」
「……貴様……!」
バリスが、カツオを殴ろうと拳を振り上げた、その瞬間。
『大尉! 東部方面軍司令部より、緊急入電!』
オペレーターの声が、テントに響き渡った。
バリスは、忌々しげに拳を下ろし、通信端末を掴んだ。
東部方面軍からの通信内容は、簡潔だった。
『――貴官の部下(ホッジポッジ隊)が提出した
鉱山鉄道の地下ルート及び、ハンス・シュタイナーの行動予測データは、極めて正確であった。
……だが、目標は、その予測ルートから逸脱した』
バリスの顔色が変わった。
『奴らは、観測所を放棄した後、東へは向かわず、南下を開始した模様。目的不明。
……E-2は、直ちに、南下するハンス部隊の追跡任務に復帰せよ』
バリスは、受話器を叩きつけるように置いた。 彼は、カツオを睨みつけた。
「……イトウ少尉。貴様が『見逃した』あの数時間で
奴は、俺たちの予測の、さらに裏をかいた」
ハンスは、カツオの「仁義」を受け入れたフリをしていたのだ。
東へ向かうと見せかけ、カツオたちが去った直後に、南へと進路を変えていたのだ。
「……」
カツオは、言葉を失った。
(ハンス中尉……。あんたは、俺の『情け』すらも、利用したのか……!)
「どうやら、貴様の『心理学』の授業は、あの
バリスは、カツオに新しい命令書を突きつけた。
「イトウ少尉。貴様らホッジポッジ隊は、全機、修理と補給を最優先で受ける。
……そして、24時間後、南下したハンス・シュタイナー部隊を、全力で追撃・殲滅せよ」
それは、カツオにとって、最大の「懲罰」だった。
一度は救おうとした「プロ」を、今度は、この手で「狩り尽くす」任務。
カツオとハンスの、本当の「最下層」での戦いが、再び始まろうとしていた。