ガンダム一年戦争外伝 オデッサの最下層 -Underdogs' Chronicle-   作:Ginさん

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第3話 負け犬の牙 (Underdog's Fang)

宇宙世紀0079年11月。

 

オデッサの夜風は、もはや硝煙の匂いではなく

 

来たるべき冬の冷たさを運んでいた。

 

だが、第7補給基地のB-5セクターだけが、異様な熱を帯びていた。

 

 

【連邦側(負け犬)】

 

「測量局データ保管庫」は旧体制時代の遺物。

 

時代遅れのコンクリート建築物の周囲に

 

二機の陸戦型ジムが、まるで獲物を待つ獣のように静かに潜んでいた。

 

「……少尉、本当に来るんでしょうか」

 

アキラ伍長が、珍しく小声で通信を入れてくる。

 

彼のジムは、前回無様に転倒した泥濘地をあえて背にし

 

強固な地盤の上に陣取っていた。

 

「来るさ」

 

カツオ・イトウ少尉は、自機のコックピットで静かに目を閉じていた。

 

「心理学でいう『成功体験バイアス』だ。彼らは前回、地下排水溝から侵入し、我々を出し抜いて強奪に成功した。人間は、一度成功した手段に固執する」

 

「ですが隊長、敵が同じ場所から来るとは……」

 

「同じ場所には来ないだろうな」

 

カツオは目を開けた。

 

「だからタカシ軍曹の分析が活きる」

 

管制トレーラーに陣取るタカシとリツコのコンソールには

 

B-5セクター周辺の古い地下構造図が

 

AIによって解析され、3Dマップとして表示されていた。

 

『少尉! タカシのAI予測、更新!』

 

リツコの声が響く。

 

『旧温水パイプライン。セクターの真下を通っています。壁厚、推定800ミリ。敵の掘削アームなら、最短で侵入可能です!』

 

『AIによれば、敵が前回盗んだ推進剤の燃費効率と、我々の基地の警備ローテーションを計算に入れると、襲撃は……今です!』

 

カツオは、自機の100mmマシンガンの安全装置を外した。

 

「アキラ、絶対に突っ込むな。タカシ、リツコ、敵が出てきた瞬間に、センサーを集中。弱点を探せ。……やるぞ、ホッジポッジ隊。これは『警備』じゃない。『狩り』だ」

 

 

【ジオン側(穴熊)】

 

その言葉通り、B-5セクターの直下。

 

古い温水パイプラインの暗闇を、二機のザクが進んでいた。

 

「チッ、またドブネズミか。さっさと地上から叩き潰しゃいいんだ」

 

“ビッグX”准尉が、顔の傷跡を歪めて毒づく。

 

彼のザクIIは、先日の戦闘で得たエネルギーにより

 

モノアイの光を力強く灯していた。

 

「焦るな、ビッグX。地上は奴らの庭だ。我々の庭は、この『下』だ」

 

ハンス・シュタイナー中尉のザクタンクが、分厚いコンクリート壁の前に停止した。

 

「“教授”、座標は」

 

『B-5セクター直下。目標のデータサーバーまで、壁を隔てて垂直距離15メートル』

 

「よし。“ルーキー”、掘削アームの圧力を上げろ。静かに、だが迅速にだ」

 

『は、はい!』

 

ハンス機の作業用アームが、特殊なドリルカッターに換装される。

 

金属とコンクリートが擦れる鈍い音を立てて

 

地上の「負け犬」たちへの道が切り開かれていく。

 

(あの隊長……もし読んでいるとしたら、どこまでだ?)

 

ハンスは、一抹の不安を覚えていた。

 

先日の戦闘、あの隊長機の動きは、ただの素人ではなかった。

 

 

『少尉! 直下で振動音! タカシの予測ポイントと一致!』

 

リツコの声と同時に

 

カツオの足元、B-5セクターの中庭の地面が

 

土砂を噴き上げながら崩落した。

 

暗い穴から、まずビッグXのザクIIが

 

続いてハンスのザクタンクが姿を現す。

 

「今だ! 撃て!」

 

ダダダダダッ!

 

カツオとアキラのジムが、出現した二機に対し

 

同時に100mmマシンガンを連射した。

 

だが、その弾丸は機体を狙ったものではない。

 

崩落した穴の縁、ザクが踏みしめようとした足元を執拗に撃ち抜き

 

その体勢を強制的に崩しにかかる。

 

「チッ! 待ち伏せか!」

 

ビッグXが体勢を立て直そうともがく。

 

(読まれていた!?)

 

ハンスは戦慄した。

 

侵入ポイントを正確に予測し、即座に足場を奪う戦術。

 

これは偶然ではない。

 

「ビッグX、攪乱しろ! 俺はデータを奪う!」

 

ハンス機がデータ保管庫の壁に向かおうとする。

 

その前に、アキラの陸戦型ジムが立ちはだかった。

 

「行かせっかよ、泥棒野郎!」

 

アキラは、カツオの言葉を思い出していた。

 

『転ぶなじゃない。早く立て!』

 

ハンスが作業用アームでアキラをいなそうとする。

 

アキラは泥に足を取られた前回とは違う。

 

雑だが、重心を低く保ち、シールドで確実に攻撃を受け止める。

 

粘り強い。

 

(こいつ……! 前と動きが違う!)

 

ハンスが焦りを感じた、その時。

 

「どけよ、ポンコツがァ!」

 

ビッグXのザクIIが、ヒート・ホークを起動させ、アキラ機に襲いかかった。

 

「アキラ!」

 

カツオが割って入ろうとするが、ベテランのビッグXは速い。

 

その瞬間、管制トレーラーからリツコの絶叫が響いた。

 

『少尉! 敵機ザクⅡ、左背面のバーニア! 先日の戦闘レコーダーの分析結果です! 弾痕による機能不全の可能性アリ!』

 

「そこか!」

 

カツオは、アキラを庇うためではなく

 

ビッグXの死角に回り込みながら

 

マシンガンの照準を寸分の狂いなく、その左肩バーニアに集中させた。

 

ダダダダッ!

 

「ぐあっ!?」

 

的確に弱点を撃ち抜かれ、ビッグXの機体がバランスを崩す。

 

「この『負け犬』が……!」

 

 

ハンスは、ビッグXが一瞬怯んだ隙を見逃さなかった。

 

(ここまでか……!)

 

「撤退する! ビッグX、煙幕だ!」

 

ハンスは、作業用アームをデータ保管庫の外壁に叩きつけ

 

ワイヤーアンカーを射出した。

 

サーバーラックそのものではなく

 

壁から露出していた古いデータケーブルの束を、物理的に引きちぎる。

 

ビッグXが、足元の穴に向かって改造ミサイル・ポッドを撃ち込み

 

凄まじい土砂と煙幕を発生させた。

 

「待て!」

 

カツオが煙幕に突っ込むが、煙が晴れた時

 

そこには再び暗い穴が開いているだけだった。

 

「……クソッ! また……逃げられた!」

 

アキラが地面を殴る。

 

「いや……」

 

カツオは、自分の陸戦型ジムのマニピュレーターに突き刺さった

 

ザクの装甲片を見ていた。

 

『少尉!』

 

タカシの興奮した声が通信に入る。

 

『やりました! 敵が強奪したのは、タカシがAIで予測し、意図的にアクセスしやすいよう偽装した古い『インフラ図』のデータケーブルです!』

 

『我々が守るべき、最新の『地質図』サーバーは、無事です!』

 

カツオは、こみ上げるものを抑え、ゆっくりと息を吐いた。

 

「……『引き分け』じゃない。アキラ、タカシ、リツコ。

これは、俺たち『ホッジポッジ隊』の、最初の『勝利』だ」

 

 

地下深く。

 

撤退した「穴熊部隊」の雰囲気は重かった。

 

「クソが! あのジム、完全に俺の動きを読みやがった!」

 

ビッグXが、損傷した左肩をかばいながら怒鳴る。

 

『中尉……』

 

教授の声が響く。

 

『奪取したデータですが、やはり古いものです。我々が必要とする最新の地質図は、手に入りませんでした』

 

ハンス・シュタイナーは、沈黙していた。

 

機体に残った、ジムの弾痕。

 

それは、弱点を的確に、寸分の狂いもなく撃ち抜いていた。

 

侵入ポイントの予測。

 

おとりデータ。

 

そして、あの連携。

 

(あの隊長……。我々の動きを読み、おとりデータまで用意していたというのか?)

 

ハンスは、暗いモノアイの奥で、カツオの顔を思い浮かべていた。

 

(……ただの新米ではない。)

 

(仲間と『勝利』することで、『狩人』に目覚めたか)

 

ハンスは、不完全なインフラ図を睨みつけた。

 

「……次の『仕事』は、骨が折れるぞ」

 

 

その朝。

 

B-5セクターに、ワセン大尉がやってきた。

 

「なんだ、この有様は! また敵に侵入されただと!? やはり『負け犬』は『負け犬』だな!」

 

カツオが、敬礼と共に報告書を差し出した。

 

「大尉。敵は撃退し、重要データは守りました。詳細は、タカシ軍曹の分析報告の通りです」

 

ワセンは報告書を一瞥し、鼻で笑った。

 

「ふん。たまたま敵がバカだっただけだろう。

いいか、勘違いするなよ、『負け犬ども(アンダー・ドッグス)』が。

お前らの仕事は、穴の空いた倉庫の『見張り』だ。それだけだ」

 

ワセンが去っていく。

 

「……あの野郎、俺等を認めてねえ!」

 

アキラが悔しそうに吐き捨てる。

 

カツオは、昇り始めた朝日を見て、静かに笑った。

 

「いいさ。俺たちは『他者評価』のために戦ってるんじゃない。そうだろ?」

 

アキラ、タカシ、リツコが

 

その言葉に、初めて自信に満ちた顔で頷いた。

 

彼らは、初めて『勝利』の味を知った。

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