ガンダム一年戦争外伝 オデッサの最下層 -Underdogs' Chronicle- 作:Ginさん
ICBMサイロの底。
頭上の巨大なハッチが開放され
オデッサの夜空と満天の星が、地下の闇を青白く照らしていた。
その光の下で、異様な光景が繰り広げられていた。
【燃料注入】
「急げ! プロペラントの注入率、120%までぶち込め!」
“ビッグX”准尉の怒号が飛ぶ。 ザクII J型と二機の旧ザクが
ICBMの基部から太いパイプを引き抜き、自機の燃料タンクへと無理やり接続していた。
「中尉! この燃料、純度が高すぎます! ザクのジェネレーターが焼けるかもしれません!」
“教授”ビタム曹長が、旧ザクの計器を見ながら悲鳴を上げる。
「構わん」
カツオの陸戦型ジムのコックピットから、ハンス・シュタイナー中尉の声が通信で響く。
「エンジンが焼け付く前に、高度3000まで跳べばいい。……コーチ殿、あんたもだ。自分のジムに満タンまで入れろ」
カツオ・イトウ少尉は、屈辱に震える手で、ジムの燃料ハッチを開放した。
「……これを使えば、陸戦型ジムの推進系はイカれるぞ」
「ここを出られればそれでいい」
ハンスは、カツオの背後で冷ややかに言った。
「それとも、ここでガス欠になって、連邦の増援に包囲されるのを選ぶか?」
カツオは無言でパイプを接続した。
高純度の液体燃料が、ジムのタンクに流れ込む。
機体が、武者震いのように小刻みに振動した。
【別れ】
その作業を、片腕を失い、エネルギーの尽きかけたアキラの陸戦型ジムだけが
蚊帳の外で見つめていた。
『……コーチ』
アキラの声が、通信機から寂しげに響く。
『……俺は、置いてけぼりかよ』
カツオは、胸が張り裂けそうだった。
「アキラ……すまない。お前の機体の状態じゃ、この推力には耐えられない」
『……分かってるよ。俺は、ただの電池だったんだろ』
アキラは自嘲気味に笑った。
『……へっ。せいぜい達者でな、コーチ。あの顔に傷のある野郎と仲良くドライブかよ。傑作だぜ』
「違う!」
カツオが叫ぶ。
「俺は……!」
「……別れの挨拶は済んだか」
ハンスが、通信に割り込んだ。
「アキラ伍長と言ったな。……安心しろ。ここには食料の備蓄がある。
サイロの設備で通信機も生きている。朝になれば、上司が迎えに来るだろう」
『……うるせえ、ジジイ。情けかけられてんのは、俺の方かよ……』
アキラは、悔しそうに鼻をすすった。
『……コーチ。……死ぬなよ』
「……ああ。必ず、戻る」
【打ち上げ】
「注入完了! 全機、スラスター臨界!」
ビッグXが叫ぶ。
「行くぞ、野郎ども! 地獄の底からおさらばだ!」
ズオオオオオ……!!
ICBM用の高純度燃料が、MSのバーニアから青白い炎となって噴き出す。
それは通常の数倍の輝きと熱量を放っていた。
「飛べぇぇ!!」
ドッゴオオオオン!!
まず、ビッグXのJ型が。
続いて二機の旧ザクが。
サイロの底を蹴り、ロケットのように垂直に上昇を開始した。
重力を振り切り、音速に近い速度で、夜空へと吸い込まれていく。
「……行くぞ、コーチ殿」
ハンスが、カツオの耳元で囁いた。
「操縦はあんたに任せる。……俺を、星の海へ連れて行け」
カツオは、奥歯が砕けるほど噛みしめ、スロットルを全開にした。
「……チクショウ!!」
バシュゥゥゥッ!!
カツオの陸戦型ジムもまた、爆発的な加速と共に大地を離れた。
凄まじいGが、コックピットの二人をシートに押し付ける。
モニターの景色が、コンクリートの壁から、一瞬で満天の星空へと変わった。
「ICBMサイロ」
アキラは、コックピットのハッチを開け、サイロの底から見上げていた。
四つの光の点が、夜空に軌道を描き、東の彼方へと消えていく。
「……行っちまった……」
アキラは、サイロの底に残された静寂の中で
カツオが落としていった空の薬莢を拾い上げた。
「……一人前の『
[上空]
高度3000メートル。
カツオの陸戦型ジムは、限界を超えたエンジンの悲鳴と共に
成層圏に近い夜空を飛んでいた。
眼下には、広大なオデッサの荒野が、黒い海のように広がっている。
「……いい眺めだ」
ハンス・シュタイナーは、狭い整備スペースの窓から、その光景を見下ろしていた。
「泥と瓦礫の
カツオは、涙で滲む目で、計器を睨みつけていた。
「……どこへ行くつもりだ」
「東だ」
ハンスは、星の一つを指さした。
「この推力なら、連邦の前線を飛び越え、中央アジアの山岳地帯まで届く。
……そこが、俺たちの次の『穴』だ」
カツオは、この瞬間、自分が完全に「連邦軍人」としての道を外れ
ハンス・シュタイナーという男の「共犯者」として
終わりのない旅路に引きずり込まれたことを悟った。
「……切符は、片道だぞ。コーチ」
カツオとハンスを乗せたジムは、流星のように夜空を切り裂き、戦場の彼方へと消えていった。
(第一部・完)