ガンダム一年戦争外伝 オデッサの最下層 -Underdogs' Chronicle-   作:Ginさん

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第35話 鉄の墓標、旅の始まり (The Iron Headstone and the Beginning of the Journey)

中央アジア山岳地帯、標高3,500メートル。

 

吹き荒れる風雪の中、大破した陸戦型ジムの残骸が

 

黒い岩肌に突き刺さるようにして静止していた。

 

それは、カツオ・イトウという『連邦軍少尉』の、鉄の墓標のようだった。

 

 

【敵地での朝食】

 

陸戦型ジムの残骸の陰で、小さな固形燃料の火が焚かれていた。

 

それを囲むのは

 

ジオン公国軍の作業服を着た四人の男と

 

連邦軍のパイロットスーツを着た一人の男。

 

「……ほらよ、コーチ。食え」

 

“ビッグX”准尉が、無造作に何かを投げ渡した。

 

カツオが受け取ったのは、ジオン軍支給のチューブ入り流動食だった。

 

パッケージは古く、泥と油にまみれている。

 

「……どうも」

 

カツオが一口すすると、舌を刺すような強い香辛料と、すえた油のような味が広がった。

 

連邦のレーションとは比べ物にならないほど不味い。

 

だが、胃に落ちると、カッと熱くなり、凍えた体に力が戻ってくるのを感じた。

 

「……まずいか?」

 

“ルーキー”クェン兵長が、興味深そうにカツオの顔を覗き込む。

 

「……いや。目が覚める味だ」

 

カツオが答えると、ルーキーは少し嬉しそうに笑った。

 

“教授”ビタム曹長が、携行端末で地図を確認しながら呟いた。

 

「しかし中尉。この『新入り』をどうやって運びます?

 ザクのコックピットは一人乗りです。定員オーバーだ」

 

荷物扱い(カーゴ)でいいだろ」

 

ビッグXが鼻を鳴らす。

 

「ネットに入れて、ザクの腰にぶら下げていきましょう」

 

「凍死するぞ」

 

ハンス・シュタイナー中尉が、スープを飲み干して立ち上がった。

 

「……あの陸戦型ジムだ」

 

ハンスは、半壊したカツオの機体を指さした。

 

「あの中には、寒冷地仕様の『サバイバル・キット』と、予備の『シート』があるはずだ。

 ……コーチ殿。自分の墓を暴くようで悪いが、手伝え」

 

 

【陸戦型ジムの解体】

 

カツオは、ルーキーと共に、自分が乗ってきた陸戦型ジムのコックピットによじ登った。

 

愛機だった陸戦型ジムは、冷たく沈黙している。

 

「へえ……。連邦のシートって、結構いい素材使ってるんスね」

 

ルーキーが、工具を使ってパイロットシートのクッション材や、背後の予備座席を剥がしていく。

 

「これなら、ザクの床に敷けば、なんとか二人座れそうです」

 

カツオは、コンソールに残された一枚の写真――

 

ホッジポッジ隊の集合写真(第7基地時代のアキラ、タカシ、リツコと撮ったもの)を

 

そっとポケットにしまった。

 

(……アキラ、タカシ、リツコ……)

 

カツオは、心の中で部下の名を呼んだ。

 

(俺は生きる。……お前たちを地下に置いてきた罪を背負って、この最下層の旅を続ける)

 

「おい、コーチ! 手伝え! ここの断熱材も剥がすぞ!」

 

下からビッグXが怒鳴る。

 

「……ああ、今やる」

 

カツオは、ルーキーに陸戦型ジムの「急所」を教えた。

 

「ここのラッチを外せば、ヒーター・ユニットが丸ごと外せる。

 ザクIの暖房強化に使えるはずだ」

 

「マジすか! さすがコーチ、詳しいな!」

 

自分たちを殺そうとした機体を、生きるために解体する。 それは、カツオが「兵士」から「サバイバー」へと完全に切り替わった儀式だった。

 

 

【旅立ちの編成】

 

作業を終え、彼らは出発の準備を整えた。

 

陸戦型ジムは、必要な部品を剥ぎ取られ、無惨な鉄骨の塊となっていた。

 

ハンスが、編成を発表した。

 

「先頭はビッグX(ザクII J型)。火力担当だ。 最後尾はルーキー(旧ザク)。資材運搬を担当。

 ……そして、中央は教授(旧ザク)。俺とコーチは、教授の機体に同乗する」

 

「はあ!? 三人乗りですか!?」

 

教授が素っ頓狂な声を上げる。

 

「旧ザクのコックピットですよ!? 窒息します!」

 

「我慢しろ。俺は地図を見る必要があるし、このコーチは『荷物』だ」

 

ハンスは有無を言わせなかった。

 

教授の旧ザクのコックピットは、地獄のような狭さになった。

 

パイロット席に教授。

 

その背後のわずかな隙間に、ジムから奪ったクッションを敷き、ハンスとカツオが体育座りで押し込まれる。

 

男三人の密室。

 

油と汗、そしてジムの断熱材の匂いが充満する。

 

「……最悪だ」

 

カツオが呻く。

 

「文句を言うな、コーチ」

 

ハンスが地図を広げる。

 

「ここからが本番だ」

 

ハンスは、地図上の、山脈のさらに奥深くにある「印」を指さした。

 

「ここから北西へ100キロ。……旧大戦時代に放棄された、隠し補給路の中継点がある。

 通称『雲の上の廃村』だ」

 

「廃村……?」

 

「ああ。そこには、俺たちのような『はぐれ者』が集まるという噂がある。

 ……連邦もジオンも関係ない、本当の『最下層』の安息地だ」

 

 

ズオォォォ……

 

三機のMSが、雪煙を上げて歩き出した。

 

カツオの乗っていた陸戦型ジムの残骸は、あっという間に吹雪の彼方へと消えていった。

 

狭いコックピットの中で

 

カツオはハンスの肩と触れ合いながら、モニターに映る白い世界を見つめていた。

 

かつて照準器越しに睨み合った男と、今は肌が触れる距離にいる。

 

「……なあ、ハンス中尉」

 

「なんだ」

 

「……あんたは、戦争が終わったらどうするつもりだったんだ」

 

ハンスは、少し沈黙してから答えた。

 

「……土木屋に戻るさ。壊すのはもう飽きた。……トンネルを掘って、道を繋ぐ。それが俺の性分だ」

 

ハンスは、カツオを横目で見た。

 

「あんたこそ、どうするつもりだ。心理学者」

 

「……分からない」

 

カツオは、揺れる機体の中で答えた。

 

「だが……今は、あんたたちの『道』がどこに繋がっているのか、それを見てみたい」

 

MSの足音が、雪山に吸い込まれていく。

 

『ホッジポッジ隊』の隊長カツオ・イトウは死んだ。

 

ここにいるのは、名もなき放浪者の一人として生まれ変わった、一人の若者だけだった。

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