ガンダム一年戦争外伝 オデッサの最下層 -Underdogs' Chronicle-   作:Ginさん

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第36話 雲上の安息地 (The Sanctuary Above Clouds)

中央アジア山岳地帯。

 

猛吹雪は止んだが、代わりに足元を脅かすのは、切り立った氷の絶壁だった。

 

「穴熊部隊」の三機のMSは、標高4,000メートルに迫る尾根

 

通称『悪魔の剃刀』を渡ろうとしていた。

 

 

【密室のナビゲーション】

 

「……おい、教授。もっと右だ。左の雪庇(せっぴ)は崩れるぞ」

 

旧ザクの狭いコックピットで、カツオ・イトウがモニターを覗き込みながら声を上げた。

 

「分かってますよ! ああもう、狭いな!」

 

“教授”ビタム曹長が、操縦桿を握りながら悪態をつく。

 

「ただでさえバランスが悪いのに、男二人も背負い込んで……。酸素も薄いし、地獄だ」

 

ハンス・シュタイナー中尉は、二人の会話を無視して地図を見ていたが、不意に口を開いた。

 

「……コーチの言う通りだ、教授。左の雪は色が違う。下が空洞だ」

 

「えっ、マジですか」

 

教授が慌てて機体を右に寄せると、直後

 

左側の雪庇が音もなく崩落し、千メートル下の谷底へ消えていった。

 

「……ヒッ」

 

教授の顔から血の気が引く。

 

「……連邦の士官学校では、山岳地帯での雪質の見極めも教えるのか?」

 

ハンスがカツオに問う。

 

「いえ。……心理学ですよ」

 

カツオは、崩れた雪庇を見つめた。

 

「自然も人間と同じです。表面が綺麗すぎるところには、必ず裏(空洞)がある」

 

「フン。役に立つ屁理屈だ」

 

 

【ルーキーの危機】

 

「うわっ!」

 

最後尾を歩いていた“ルーキー”クェン兵長の旧ザクが

 

凍結した岩盤に足を取られ、大きく体勢を崩した。

 

彼の背中には、カツオの陸戦型ジムから回収した大量の資材が積まれている。

 

その重みで、機体が崖の方へ引っ張られる。

 

「ルーキー!」

 

先頭を行く“ビッグX”准尉が振り返るが

 

狭い尾根道ではJ型を反転させて助けに行くことができない。

 

「荷物を捨てろ! 機体が落ちるぞ!」

 

「で、でも、これは貴重なヒーターと食料が……!」

 

ルーキーが躊躇した一瞬、旧ザクの(かかと)が崖の縁を砕いた。

 

ズザッ……!

 

機体が半身、空中に投げ出される。

 

「いかん!」

 

ハンスが叫ぶ。

 

その時、カツオが教授のコンソールに身を乗り出し、通信マイクを奪った。

 

「ルーキー! 逆だ! 山側に倒れろ!」

 

『えっ!? コーチ!?』

 

「崖から離れようとするな! 重心が高いから余計に滑る!

 あえて崖側の膝を折って、山側の壁に肩をぶつけろ! 摩擦で止めるんだ!」

 

それは、MSの操縦マニュアルの常識――バランスを保つ――とは逆の

 

墜落現場での「ダメージコントロール」の判断だった。

 

ルーキーは、反射的にカツオの指示に従った。

 

旧ザクの膝をガクンと折り、崖側の岩にスパイク・ショルダーを叩きつける。

 

ガガガッ!

 

火花と共に、機体は崖の縁ギリギリで、岩盤に食らいついて停止した。

 

「……はぁ、はぁ……。と、止まった……」

 

ルーキーの安堵の声が響く。

 

「……チッ。口だけは達者な野郎だ」

 

先頭のビッグXが、安堵と悔しさが混じった声で呟いた。

 

「ルーキー、ビビってねえでついて来い!」

 

ハンスは、狭いコックピットの中で、カツオの肩をポンと叩いた。

 

「……いい指示だ。助かった」

 

カツオは、小さく息を吐いた。

 

「……荷物(俺たち)が落ちたら、困りますからね」

 

 

【雲の上の廃村】

 

数時間の難所越えの末、彼らはついに目的の座標に到達した。

 

雲海を抜けた先、断崖絶壁にへばりつくようにして、その『村』はあった。

 

「……ここが、『雲の上の廃村』……」 カツオがモニター越しに息を呑む。

 

旧世紀のチベット様式の石造りの住居群。

 

その間に、明らかに場違いな「鉄の塊」たちが鎮座していた。

 

半壊したマゼラ・アタックの砲塔を改造した監視塔。

 

連邦軍の61式戦車のキャタピラを使った荷車。

 

そして、村の広場には……。

 

「……おい、あれ」

 

ビッグXが声を上げる。

 

村の入り口に立っていたのは

 

右腕をザクのマニピュレーターに、左足をジムのパーツで補修した

 

継ぎ接ぎだらけの『グフ』だった。

 

そのボディは、塗装が剥げ落ち、錆止め塗料で赤茶色に染まっている。

 

『止まれ』

 

グフの外部スピーカーから、しわがれた声が響いた。

 

『ジオン公国軍第13独立工兵中隊……だな? ここは戦場じゃない。軍人はお断りだ』

 

ハンスが、教授の機体のスピーカーを開いた。

 

「……軍人は、あの雪山で死んだよ。ここにいるのは、ただの『迷子』たちだ。

 一夜の宿と、取引を頼みたい」

 

グフのモノアイが、じっと彼らを見定めた。

 

やがて、錆びついたヒート・ロッドが下ろされた。

 

『……いいだろう。「迷子」なら歓迎する。……ただし、武器の安全装置はロックしろ。

 ここでは、「連邦」も「ジオン」も、ただの鉄クズの銘柄に過ぎん』

 

 

三機のMSは、村の広場へと導かれた。

 

そこには、驚くべき光景が広がっていた。

 

連邦の脱走兵、ジオンの残党、そして現地の山岳民たちが

 

一つの焚き火を囲み、同じ釜の飯を食っている。

 

61式戦車のエンジンで沸かした風呂に、ジオン兵が入っている。

 

ジムのシールドを屋根にした家で、子供たちが遊んでいる。

 

「……なんだ、ここは」

 

カツオは、呆然と呟いた。

 

「ここは『墓場』であり、『楽園』だ」

 

ハンスが言った。

 

「戦争からドロップアウトした連中が、最後に流れ着く場所さ」

 

MSを降りたカツオたちは、泥と油と

 

そして何より『生気』に満ちた村人たちの視線を浴びながら

 

その奇妙な安息地へと足を踏み入れた。

 

だが、カツオは気づいていた。

 

この平和な光景の裏で、村の奥から鋭い視線を向ける、一人の眼帯の男がいることを。

 

そいつは、カツオの着ている連邦軍パイロットスーツを見て

 

明らかに敵意ある手つきでナイフを(もてあそ)んでいた。

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