ガンダム一年戦争外伝 オデッサの最下層 -Underdogs' Chronicle- 作:Ginさん
ホッジポッジ隊、束の間の休息日。
基地のゲートから数キロ離れた場所
『灰色の街』に行く予定だ。
辛うじて復興しつつある、そこは連邦兵と
解放されたのか占領されているのか
曖昧なままの民間人が、奇妙な共存をしている場所だった。
「なあコーチ! 本当にこの店か? やってるように見えねえぜ」
“大食い”アキラ伍長が、オンボロのジープを降りながら言った。
「タカシのAIが弾き出した情報だ。この街で唯一、『本物の』豚肉を使ったシチューが食える店らしいぞ」
カツオ・イトウ少尉はその店の看板を見上げながら言った。
「……アキラ、ここは基地の外だ。あまり大声を出すなよ?」
カツオは、弛緩しきった相棒に釘を刺しながら
古びた飲食店のドアを押した。
カツン、と乾いたベルが鳴る。
店内は、煙草と、煮込み料理の匂いで満ちていた。
狭い店内に、連邦兵の制服は彼ら二人だけ。
あとは、この土地の労働者風の男たちが
黙々と酒をあおり、黒パンをかじっていた。
「……満席かよ」
アキラが舌打ちする。
「あちらと、相席でよければ」
店の老婆が、無愛想に奥のテーブルを指さした。
そこには、すでに二人の男が座っていた。
一人は、40代半ば。
作業着を着込んだ、まるで土木技師のような、落ち着いた目を持つ男。
もう一人は、20代半ば。
顔に生々しい傷跡があり、まるで深海の闇を宿したような目で
黙々とシチューを口に運んでいる。
「……失礼します」
カツオが会釈し、アキラと共にそのテーブルの向かい側に腰を下ろした。
カツオたちの前にも、すぐに目当てのシチューが運ばれてきた。
「うおっ、うめえ! 肉だ! 本物の肉の味がするぞ!」
アキラが、周囲の目も気にせず歓声を上げる。
(……最悪だ)
カツオは内心でため息をついた。
二人の『労働者』が、値踏みするようにこちらを見ているのが分かった。
特に、顔に傷のある男の視線が痛い。
「アキラ。少しは静かに食べられないのか。……それに、昨日のシミュレーターの反省会、まだ終わってないぞ」
カツオは、この場を早く切り上げたくて
ヒソヒソと小声で仕事の話を始めた。
「君は、また泥濘地でバランスを崩した。あの『穴熊』との戦闘の教訓が……」
「あー、もう、うるせえな!」
アキラが、スプーンを皿に叩きつけるように置いた。
「休みの日まで説教かよ! だからアンタは嫌なんだ!
そういうとこだぞ、
「……!」
カツオの顔が赤くなる。
「だいたいよ、俺はアンタみたいに頭でっかちに考えられねえんだ。
心理学だかなんだか知らねえが、俺は腹が減ったら動けねえし、ムカついたら殴る! それだけだ!」
「それが俺達『
「またそれか! もういい、俺はもう一杯食う!」
アキラが席を立ち、カウンターの老婆に大声で追加注文をしに行った。
重苦しい沈黙が、テーブルに落ちる。
カツオが、居たたまれなさそうにシチューに視線を落としていると
向かいの席から、低い声がかけられた。
「……大変だな。あんた」
顔を上げると、作業着の男が
カツオに同情するような目を向けていた。
「あ……いえ、お見苦しいところを」
「いや。うちの若い衆も、あんたのと似たようなもんでな。短気で、口が悪くて、すぐ手が出る。……だが、腕は立つ」
作業着の男の言葉に
顔に傷のある男が、ピクリと眉を動かしたが
何も言わずに酒をあおった。
「ふふっ……『コーチ』か。いいあだ名じゃないか」
作業着の男は、人の良さそうな笑みさえ浮かべた。
「あんたみたいな、頭の切れる若いのが、ああいう馬力だけの奴をうまく『指導』してやる。……どこの世界でも、仕事ってのはそうやって回っていくもんだ」
(この人、土木作業員か何かだろうか……?人の使い方が分かっている)
カツオは、敵意のない男の態度に、少しだけ警戒を解いた。
「いえ……俺は、ただの『
「まあ謙遜するな」
男は勘定をテーブルに置くと、ゆっくりと立ち上がった。
「だがな、コーチ殿。ああいう馬力だけの奴は、『理屈』で押さえつけると、いつか必ず暴発する。……時には、『理屈』じゃないもんで、腹を満たしてやるこった」
男は、カウンターで戻ってきたアキラの肩をポンと叩いた。
「坊主、そんだけ食えりゃ、いい仕事するだろう。コーチの言うこと、たまには聞いてやれよ」
「……あ? ああ……」
訳も分からず頷くアキラを尻目に
作業着の男たちは店を出て行った。
【帰り道:連邦側】
ジープに戻る道すがら、アキラは上機嫌だった。
「いやー、食った食った! あのオッサン、なかなか話分かるじゃねえか。
なあ、コーチ?」
カツオは、笑っていなかった。
彼は、基地のゲートが見えてきたところで、急ブレーキを踏んだ。
「……コーチ? どうしたんだよ、腹でも……」
「アキラ。あの二人の男……」
カツオの顔は、血の気が引いていた。
「あの『顔に傷のある男』を見たか?あいつ、シチューを食うスプーンを持つ手が、ずっと小刻みに震えていた。……あれは、極度の戦闘ストレスか、あるいは薬物の禁断症状だ」
「は……?」
「そして、俺を『コーチ』と呼んだ、年かさの男。……彼の作業着の袖口」
カツオは、自分の手を握りしめた。
「……土木作業員がつくはずのない、高濃度の『冷却水』のシミが付いていた。
アキラの顔から、一瞬で酔いが覚めた。
「……まさか。ジオン……? あの『穴熊』か!?」
「分からない。だが……ただの民間人じゃない。
……そして、奴らは俺の顔と『あだ名』を知った」
【路地裏:ジオン側】
一方、飲食店から離れた暗い路地裏。
ハンスとビッグXは、マンホールの蓋を開けていた。
彼らは、闇業者から手に入れた旧ザクを
新たな地下壕へ移動させるための、地上ルートの偵察に来ていたのだ。
「……中尉。なぜあの場で殺らなかった」
ビッグXが、深海の闇を宿す目で、ハンスを睨んだ。
「あれは、間違いなく第7基地の『
あのデブは、俺たちの補給物資の上で転がってたマヌケだ」
「だから、殺らなかったんだ」
ハンスは、地下へ続く梯子に足をかけながら、冷たく言った。
「あの『
「だが、いずれ……」
「ああ。いずれ、また戦場で会うだろう」
ハンスは、地下の闇に消える直前、不敵な笑みを浮かべた。
「その時が楽しみだ。……心理学で戦場を渡ろうなんざ、甘っちょろいガキだ。
本当の戦場がどういうものか、この俺が、直々に『コーチ』してやるとしよう」