ガンダム一年戦争外伝 オデッサの最下層 -Underdogs' Chronicle- 作:Ginさん
「……行けぇぇぇッ!!」
カツオ・イトウが、貨物輸送ポッドの制御盤にある
『射出』ボタンを叩き込んだ、その瞬間。
【爆炎の推進力】
「くらいやがれ、黒い死神!」
“教授”ビタム曹長の旧ザクが
抱えていた即席爆弾(ロケット弾の束)を、迫りくるイフリートの足元へ放り投げた。
「今だ!」
“ビッグX”准尉のザクII J型が、マシンガンでその束を狙撃する。
ズドォォォォォン!!
閉鎖空間であるトンネル内で、凄まじい爆発が起きた。
爆風と炎が、イフリートを飲み込み、同時に貨物輸送ポッドの底面を強烈に押し上げた。
『ぬぅっ……! 小賢しい!』
グリム少佐のイフリートは
爆風と崩落する天井の瓦礫に阻まれ、態勢を崩す。
ショットガンの射線が逸れ、ポッドの装甲を浅く掠めるに留まった。
その爆発の衝撃を『初期推力』として利用し
マスドライバーのリニア・カタパルトが唸りを上げた。
キィィィィィィン!!
村の全電力を吸い上げた電磁レールが
貨物輸送ポッドを不可視の巨人の手で掴み、天空へと放り投げる。
「うぐぁぁぁぁぁっ!!」
ポッド内のMSコックピットにいる全員が、強烈なG(重力加速度)に押し潰されそうになる。
これは、通常のシャトル打ち上げのように計算されたGではない。
無理やり再稼働させた、暴力的とも言える加速だった。
【地上の敗北者】
トンネル内に残された黒煙の中。
イフリートは、ヒート・サーベルを杖にして立ち上がっていた。
装甲は煤け、爆風でセンサーの一部が破損していたが、機体は健在だった。
グリム少佐は、開かれたトンネルの天井――遥か彼方へ伸びるレールの先を見上げた。
一筋の光の矢が、雲を突き抜け、蒼穹へと消えていく。
『……逃げられたか』
グリムの声には、悔しさよりも、獲物に対する奇妙な執着が混じっていた。
『ハンス・シュタイナー……。そして、あの連邦の裏切り者……。
グリムは、通信機を開いた。
『……こちらデュラハン1。作戦失敗。目標はマスドライバーを使用し、宇宙へ脱出した』
『……ああ。追撃の手配を頼む。【狩り】の場所が変わるだけだ』
【成層圏の振動】
ガガガガガガッ!!
上昇するポッドの内部は、分解寸前の振動に包まれていた。
三機のザクは、固定具が軋み、互いの装甲がぶつかり合う音に耐えていた。
「……電圧……臨界突破……! 耐えろ……! 耐えてくれ!」
カツオは、ポッド内の簡易座席(MSの外にある整備用シート)にシートベルトで体を縛り付け
手元の端末で必死に制御していた。
「レールの歪みが酷い! 軌道修正プラス2度! ビッグX、重心を右に寄せろ!」
『右だと!? 動けるわけねえだろ! 舌噛むぞ!』
ビッグXの悲鳴が返ってくる。
ハンス・シュタイナー中尉(教授の旧ザクに同乗)が、呻くように言った。
「……カツオ! 第一宇宙速度に達するぞ! 衝撃に備えろ!」
ドォォォォォン!!
ポッドが、大気の壁を突き破った。
窓の外が、青から群青へ、そして漆黒へと変わる。
激しい振動が、嘘のようにピタリと止まった。
【静寂の海】
無重力。
カツオの体から、鉛のような重圧が消えた。
宙に浮いたマイナスドライバーが、ゆっくりと回転している。
「……抜けた……のか?」
カツオは、震える手でベルトを外し、ポッドの小さな丸窓にへばりついた。
そこには、息を呑むような光景が広がっていた。
青く輝く地球の曲線。
そして、無限に広がる、星々の海。
『……おい、見ろよ。すげえぞ』
ルーキーの泣きそうな声が通信から聞こえる。
『地球があんなに小さい……。俺たち、本当に宇宙に来ちまったんだ……』
『へっ。泥だらけの穴熊が、お空の星になるとはな』
ビッグXが、安堵のため息をつく。
ハンスは、モニター越しに地球を見下ろしていた。
オデッサの地下、雪山、そして廃村。
彼らが這いずり回った『最下層』が、今は遥か彼方にあった。
「……バト殿。あんたのくれた翼、確かに受け取った」
ハンスは、亡き友に静かに祈った。
カツオは、窓の外の星々を見つめながら、自分の立場を再確認していた。
(俺は、連邦軍を捨て、ジオンの脱走兵と共に宇宙へ上がった。……もう、戻れない)
だが、感傷に浸る時間は短かった。
ポッドのレーダーが、接近する物体を捉えた。
ピピピピピッ!
「……感傷はそこまでだ、野郎ども」
ハンスの声が、一瞬で『指揮官』のものに戻った。
「ここは宇宙だ。地球とは違う『ルール』がある。
……そして、俺たちのような『所属不明機』を歓迎する奴ばかりじゃない」
ポッドのモニターに映し出されたのは
地球連邦軍のパトロール艦艇――サラミス級巡洋艦だった。
「……サラミス!」
カツオが息を呑む。
「識別信号を求めています! ……どうしますか、中尉。
今の俺たちは『民間貨物』を装っていますが、中身を見られたら一発アウトです」
「……賭けに出るぞ」
ハンスは言った。
「コーチ殿。ここからは、あんたの『喋り』と『ID』が頼りだ。
……俺たちを、この宇宙の『漂流者』として演出しろ」
「最下層」からの脱出は成功した。
だが、彼らがたどり着いた「静寂の海」は
地上以上に冷たく、広大な無法地帯だった。
(第二部・完)
(次話より、第三部:宇宙の漂流者編 開始)