ガンダム一年戦争外伝 オデッサの最下層 -Underdogs' Chronicle- 作:Ginさん
貨物輸送ポッド「アーク-01」は
慣性飛行でサイド6方面の宙域へと流れていた。
ポッド内部は、暖房を最小限に絞っているため
吐く息が白くなるほど冷え込んでいた。
【地面のない恐怖】
「……クソッ。気持ち悪ぃ……」
“ビッグX”准尉のうめき声が、通信機から聞こえる。
ポッド内に固定されたザクII J型のコックピットで、彼は青ざめていた。
「どうした、ビッグX。宇宙酔いか?」
ハンス・シュタイナー中尉(教授機に同乗)が尋ねる。
「酔いじゃねえ……。『地面』がねえんだよ、中尉!」
ビッグXが叫ぶ。
「足裏に反動が返ってこねえ! 上も下もねえ! ……まるで、底なし沼に沈んでるみてえだ」
「J型(陸戦用)乗りにはキツイだろうな」
カツオ・イトウが、ポッドの操縦席から言った。
「それに、あんたの機体は宇宙用の姿勢制御バーニアが少なすぎる。
……ポッドから離れたら、最後だぞ。二度と戻ってこれない。気をつけろよ」
「脅すなよ、コーチ!」
彼らは『宇宙の素人』だった。
ジオン公国の出身とはいえ、彼らは地上での運用に特化した工兵部隊だ。
無重力空間での戦闘機動(AMBAC)など、訓練で習った程度の知識しかない。
【デブリ帯の亡霊】
数時間後。
カツオのレーダーが、前方に広がる高密度の反応を捉えた。
「……前方に障害物。デブリ帯、暗礁宙域です」
カツオがモニターを指さす。
「一年戦争の初期、ルウム戦役あたりで破壊された艦船やコロニーの残骸が
ここに溜まっています」
「……鉄屑の墓場か」
“教授”ビタム曹長が呟く。
「俺たちの似合いの場所ですね」
ポッドは、巨大な戦艦の装甲板や
ひしゃげたMSの手足が漂う墓場へと静かに入っていった。
エンジンを切り、慣性だけで進む。
レーダーに映らないためのステルス航行だ。
だが、その死の静寂を破る影があった。
ヒュンッ!
デブリの影から、一本のワイヤーアンカーが射出され、ポッドの外壁に突き刺さった。
ガゴンッ!
「なっ!? 被弾か!?」
カツオが叫ぶ。
「いや、ワイヤーだ! 引き寄せられている!」
ハンスが即座に反応した。
「敵襲! 総員、戦闘配置!」
【宇宙のハイエナ】
ワイヤーの先には、奇妙な機体がいた。
連邦軍の作業用ポッド『ボール』を改造し
巨大なアームとバーニアを増設した、海賊仕様のカスタム機。
通称【スペース・クラブ(宇宙蟹)】だ。
『ヒャハハァ! 上物だぜ! 見ない形のコンテナだが、いただきだ!』
宇宙海賊の薄汚い声が、接触回線を通じて響く。
彼らは、デブリ帯に迷い込んだ船を襲い
物資を奪う「サルベージャー崩れ」だ。
「……チッ。宇宙にもハイエナがいやがるのか!」
ビッグXが怒鳴る。
「やってやるぜ!」
ビッグXは、ポッドのハッチを開け、固定具をつけたままJ型のマシンガンを構えた。
だが、相手は宇宙生まれの宇宙育ち。
デブリを蹴って縦横無尽に飛び回る。
バシュッ! バシュッ!
海賊ボールのキャノン砲が、ポッドを掠める。
「当たらねえ! クソッ、体が回っちまう!」
ビッグXがマシンガンを撃つたび、その反動でザクの体が浮き上がり
ポッド全体が逆回転してしまう。
作用反作用の法則だ。
「地面がねえと、踏ん張れねえ!」
『動きがトロいぞ! 素人か!?』
海賊は、ポッドの死角に回り込み
溶断バーナーを構えて突っ込んでくる。
『中身をいただくぜ! 酸素も、水もな!』
【三次元の砲台】
「落ち着け、ビッグX!」
カツオが叫ぶ。
「狙わなくていい! お前はただの『砲台』だ! 照準は俺が合わせる!」
「あぁ!?」
カツオは、ポッドの姿勢制御スラスターをフル稼働させた。
「ハンス中尉! 左舷30度へ回頭!
教授、ルーキー! 反動を抑えるために、ポッドの内壁を足で押さえろ!」
「了解!」
教授とルーキーの旧ザクが、ポッド内部で踏ん張り、壁となる。
カツオは、デブリの動きと海賊の軌道を予測した。
「……奴は、あの戦艦の残骸を蹴って、右から来る!」
カツオは、ポッド自体を急回転させた。
ポッドに固定されたビッグXのザクが、強制的に旋回させられる。
「うおぉぉぉ! 目が回る!」
「今だ! 正面! 撃て!」
カツオがポッドを急停止させた瞬間
ビッグXの目の前に、加速してきた海賊ボールが飛び出してきた。
「さすが、コーチ!もらったァ!!」
ビッグXは、踏ん張る必要もなかった。
ただ、トリガーを引くだけ。
ズダダダダダダッ!!
120mmマシンガンの至近弾が、海賊ボールのアームとバーニアを粉砕した。
『ぎゃあああ! な、なんだあの動きは!』
制御を失ったボールは、そのままデブリに激突し、動かなくなった。
「……ハァ……ハァ……。ざまあみろ……」
ビッグXは、コクピットでぐったりとしていた。
「……コーチ。次はもっと優しく回してくれ。吐きそうだ」
「善処する」
カツオもまた、冷や汗でびっしょりだった。
ハンスは、機能停止した海賊ボールを見つめて言った。
「……殺すなよ。貴重な『情報源』だ」
彼らは、海賊ボールを鹵獲し、パイロットを引きずり出した。
恐怖に震える海賊に、ハンスは冷たく尋ねた。
「おい、宇宙の先輩。……『プロスペクター・ステーション』ってのは、どんな所だ?
正直に言えば、酸素くらいは恵んでやる」
海賊は、震えながら答えた。
「あ、あそこは……『無法街』だ……。連邦もジオンも、海賊も……金さえあれば何でも買えるが
一歩間違えれば、身ぐるみ剥がれてエアロックから捨てられる……そういう場所だ……」
「……なるほど。俺たちにぴったりの場所だな」
ハンスは、ニヤリと笑った。
デブリ帯を抜けた彼らの目の前に、巨大な小惑星をくり抜いて作られた
歪で怪しい光を放つ宇宙ステーションが姿を現した。
最下層の漂流者たちは、ついに最初の寄港地へとたどり着いた。