ガンダム一年戦争外伝 オデッサの最下層 -Underdogs' Chronicle-   作:Ginさん

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第5話 寄せ集めの意地 (Hodgepodge's Resolve)

「――見事だ、コーチ殿!」

 

ハンス・シュタイナー中尉の

 

皮肉とも敬意とも取れる声が

 

旧工業地帯の寒空に響き渡る。

 

カツオ・イトウ少尉は

 

あの飲食店の「人の良さそうな作業員」が

 

今やザクタンクのコックピットで牙を剥いている事実に

 

背筋が凍るのを感じていた。

 

(あの男が……ハンス!)

 

(あの青年が……コーチ!)

 

両者の認識が一致した瞬間、戦場の空気は変わった。

 

これはもはや【残党狩り】でも【強奪】でもない。

 

「獲物」と「狩人」が立場を入れ替えた、決着の場だった。

 

 

「あの時の、顔に傷のある野郎だな!」

 

“大食い”アキラ伍長が、憎しみを込めて叫んだ。

 

あの店で感じた威圧感の正体を知り

 

怒りが恐怖を上回っていた。

 

「コーチ! こいつ、俺にやらせろ!」

 

『アキラ! 感情に呑まれるな!』

 

カツオが制止するより早く

 

アキラの陸戦型ジムが、100mmマシンガンを乱射しながら

 

“ビッグX”准尉のザクII J型に突進した。

 

「ハッ! あの時のデブが、MSに乗っていたとはな!」

 

ビッグXは、深海の闇を宿す目で

 

迫る陸戦型ジムを冷ややかに見据える。

 

「食堂と戦場の違いを教えてやる!」

 

ザクII J型は、アキラの乱射を最小限の動きで回避し、一気に間合いを詰めた。

 

ヒート・ホークが、陸戦型ジムのシールドめがけて振り下ろされる。

 

ガギィィン!!

 

凄まじい衝撃。

 

アキラの機体は、あのB-5セクターの夜のように、体勢を崩しかけた。

 

(クソッ、重い! ただのザクじゃねえ!)

 

「寄せ集めのスクラップが!」

 

ビッグXは、アキラの「雑な」操縦癖を見抜き

 

的確に機体の重心を崩しにかかる。

 

だが、アキラは倒れなかった。

 

『アキラ! 呑まれるな! あの泥の中を思い出せ!』

 

カツオの「コーチ」としての声が、通信機から響く。

 

()()()じゃない! 倒されても、()()()()! 思い出せ、あの訓練を!』

 

「……うおおおっ!」

 

アキラは、恐怖に足をすくませていたかつての自分ではない。

 

彼は、カツオに組まされた「反復訓練」

 

――泥濘地でひたすら体幹を維持する、あの地味な訓練を思い出していた。

 

アキラの陸戦型ジムは、教科書通りの綺麗な動きではない。

 

だが、雑ながらも執拗に、シールドでヒート・ホークを受け止め

 

機体の重心を落としてビッグXの斬撃の威力を殺す。

 

(そうだ、俺はもう、転ばねえ……!)

 

「チッ! このポンコツ、しぶとい!」

 

ビッグXの焦りが見て取れた。

 

「腹が……減ってるんでな! お前なんかにやられてる場合かよ!」

 

アキラの「寄せ集め」の機体が

 

エース崩れのベテランを、努力と意地で押さえ込み始めた。

 

 

その隙に、カツオは『本命』であるハンスのザクタンクに向き直っていた。

 

ハンスは、機能不全に陥った右掘削アームを庇《かば》うように

 

後退しようとしていた。

 

「ハンス中尉。あんたは技術者だ。土木のプロだ。

こんな所で無駄死にするべきじゃない」

 

カツオは100mmマシンガンを構えながら、心理的な揺さぶりをかける。

 

「投降してください。我々はあんたたちを捕虜として……」

 

「甘いな、コーチ殿」

 

ハンスの低い声がスピーカーから響く。

 

()()()()()()()()()、と思っているのか? 違う。

俺は、俺の部下を故郷《サイド3》に帰すために、この道を選んだ!」

 

 

「そして俺は工兵だ。穴は『塞ぐ』もんじゃない。『掘る』もんだ!」

 

ザクタンクの、唯一動く正常な左腕のアームで

 

傍《かたわ》らにあった工場の瓦礫を掴み、カツオのジムに投げつけた。

 

戦闘ではなく、あくまで「作業」の延長。

 

だが、その質量は陸戦型ジムの装甲をも容易く凹ませる。

 

「くっ!」

 

カツオが瓦礫を回避した、その一瞬。

 

ハンスは、アキラとビッグXが組み合っている場所

 

――その「背後」の、別のコンクリート壁を指差した。

 

(あのコーチ……俺の掘削アームを狙ったのは見事だ。

だが、このザクタンクの本当の武器が『腕』だけと思っていたなら、大間違いだ!)

 

ハンスは、機体の全重量をかけ

 

ザクタンクの『キャタピラ』で

 

アキラたちが戦う広場のコンクリートに亀裂を入れた。

 

「ビッグX! 今だ!こっちへ来い!」

 

 

ハンスの狙いは、カツオではなかった。

 

彼は、この工業地帯の構造を、あの『古い地図』から読み解いていた。

 

この広場は、一つの穴ではなく

 

二つの『送水路』が交差するジャンクションだったのだ。

 

ハンスは、ザクタンクの左腕とキャタピラで

 

もう一つの『送水路』へと通じる壁を、強引に破壊し始めた。

 

(しまった! 誘い込まれたのは俺たちの方か!)

 

カツオが気付いた時には遅かった。

 

アキラと組み合っていたビッグXが

 

ハンスの合図と同時に、アキラの陸戦型ジムの腹部を蹴り飛ばす。

 

「じゃあな、デブ!」

 

アキラの陸戦型ジムが体勢を崩す。

 

だが、彼はもう転ばなかった。

 

「逃がすかよ!それと俺はデブじゃねえ!!」

 

アキラが体勢を立て直そうとするより早く

 

ビッグXのザクII J型は、ハンスが開けた新しい『脱出口』へと飛び込んだ。

 

「アキラ、追うな! 罠だ!」

 

カツオが叫ぶ。

 

穴の中で、ハンスのザクタンクが待っていた。

 

「……コーチ殿」

 

ハンスは、カツオの陸戦型ジムに向かって、外部スピーカーで告げた。

 

「あんたの『指導(コーチ)』、確かに受け取った。だがな……」

 

ハンスは、ザクタンクの無事な左アームで

 

地下送水路の天井を支える支柱を掴んだ。

 

「……ここは、あんたたち『ホッジポッジ隊』には、まだ早い舞台だ。さらばだ」

 

ハンスがアームに力を込めると、支柱が軋み

 

工業地帯の地面そのものが揺れ始めた。

 

「まずい、ここが崩落する!」

 

カツオは、アキラのジムのアームを掴んだ。

 

「撤退するぞ、アキラ!」

 

二機の陸戦型ジムが、崩れ落ちる工場から後退する。

 

凄まじい轟音と共に、ハンスたちが消えた地下送水路は

 

その上の建造物ごと、完全に崩落・陥没した。

 

 

長い夜が明けた。

 

第7補給基地に戻るジープの中、アキラは無言だった。

 

カツオも、あの「土木作業員」の顔を思い出していた。

 

「……クソッ……!」

 

アキラが、ジープのダッシュボードを殴りつけた。

 

「また……逃げられた。あの顔に傷のある野郎、あと一歩だったのに!」

 

「……いや」

 

カツオは、朝日が昇る荒野を見つめていた。

 

「負けじゃない。俺たちは、ジオンのベテランと渡り合い、生き残った。

……そしてアキラ」

 

「……んスか」

 

「君は、最後まで一度も転ばなかった。見事だった」

 

アキラは、一瞬きょとんとした後

 

照れくさそうにヘルメットのバイザーを上げた。

 

「……へへっ。ま、まあな。腹が減って、踏ん張りが効いただけっスよ」

 

彼らの間には、もはや『負け犬』の空気はなかった。

 

 

一方、地下深く。

 

崩落を免れた別の坑道で

 

「穴熊部隊」の四機が静かに停止していた。

 

『中尉……ザクタンクの掘削アームが……』

 

ルーキーが息をのむ。

 

「……ああ、失った」

 

ハンスは、無残に破壊された右腕を見つめていた。

 

「だが、東へ抜ける『道』は開いた。

……教授、ルーキー、お前たちの旧ザクは無事か」

 

『は、はい。しかし中尉、あの『コーチ』……』

 

「……ああ」

 

ハンスは、あの飲食店の、人の良さそうな青年の顔を思い出していた。

 

「……『寄せ集め(ホッジポッジ)』どころか、とんでもない『狩人(ハウンド)』を育てやがった。……この借りは、高くつくぞ」

 

データも、掘削機も失った。

 

だが、彼らは連邦軍の包囲網を、完全に突破した。

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