ガンダム一年戦争外伝 オデッサの最下層 -Underdogs' Chronicle-   作:Ginさん

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第62話:花売り娘と機械の棺 (The Flower Girl and the Mechanical Coffin)

カツオたちは工業コロニー「バルドル」で準備をしていた。

 

メンバーのIDの書き換えと補給を待つ間

 

カツオ・イトウたちは、煤煙に塗れたこの街で、一輪の「花」に出会っていた。

 

 

【父の遺したハロ】

 

「お兄ちゃんたち、お花はいらない?」

 

市場の片隅で、少女が声をかけてきた。

 

名はマロン。

 

10歳にも満たない、戦災孤児だ。

 

彼女の足元には、錆びた鉄屑で作った花壇に、健気にも本物の花が咲いていた。

 

そして、彼女の傍らには、バスケットボール大の奇妙な球体が浮いていた。

 

「ハロ!花を買え!安くしとくぞ!」

 

「……ハロか。だが、少しデカいな」

 

ハンス・シュタイナー中尉が屈み込む。

 

そのハロは、市販の玩具とは違い

 

重厚な金属装甲と、複雑なセンサーカメラを持っていた。

 

「パパが作ってくれたの」

 

マロンが自慢げにハロを撫でる。

 

「パパはすごいエンジニアだったんだよ。

 このハロは特別製で、どんな環境でも私を守ってくれる『保護カプセル』にもなるんだって」

 

カツオたちは、マロンから花を買い、缶詰を渡して交流を深めた。

 

“ビッグX”准尉などは、「妹に似てる」と言って

 

自分のチョコレート配給を全部渡してしまうほどだった。

 

殺伐とした逃避行の中で、彼女は束の間の癒やしだった。

 

 

【クズどもの報復】

 

だが、その平穏は長くは続かなかった。

 

ビッグXの「フランケン・ザク」に蹴散らされた

 

海賊団「アイアン・ファング」の残党が、報復の機会を窺っていたのだ。

 

「……見ろよ。あのガキ、あの『ダルマ・ザク』のパイロットと仲良さそうにしてやがる」

 

海賊の一人が、陰から目撃する。

 

「へへっ。いい『エサ』を見つけたぜ」

 

その日の夕方。

 

カツオたちが宿に戻ろうとした時、街の広場で悲鳴が上がった。

 

「きゃあああ!」

 

駆けつけると、広場には海賊のドラッツェが着陸し

 

その巨大な腕で、マロンを掴み上げていた。

 

「助けて!ハロ!」

 

マロンのハロがドラッツェに体当たりするが、所詮は玩具サイズ。

 

ドラッツェに弾き飛ばされ、地面に転がる。

 

「よう、余所者ども!」

 

ドラッツェのパイロットが、外部スピーカーで下卑た笑い声を上げる。

 

「昨日はよくも恥をかかせてくれたな。

 ……このガキを助けたければ、あの『化け物ザク』と、船の積荷を全部置いていきな!」

 

 

【握り潰された未来】

 

「てめぇら……!子供を人質にとるとは、それでも男か!」

 

ビッグXが激昂し、自身のザクへ走ろうとする。

 

「動くな!動くとこいつがどうなるか……」

 

ドラッツェが、マロンを掴んでいる手に力を込める。

 

「痛い!お兄ちゃん、助けて……!」

 

「やめろ!分かった、言う通りにする!」

 

カツオが前に出て手を挙げる。

 

「だからその子を放せ!」

 

「へっ、連邦野郎が。土下座して靴を舐めれば考えてやるよ」

 

海賊たちが嘲笑う。

 

その時。

 

ドラッツェのパイロットが、操作を誤ったのか、あるいは単なるサディズムだったのか。

 

ドラッツェの腕の出力制御が、一瞬だけ「強」に入った。

 

グシャッ。

 

鈍く、湿った音が広場に響いた。

 

マロンの悲鳴が、一瞬で途切れた。

 

「……あ?」

 

パイロットが慌てる。

 

「お、おい、脆すぎるぞこのガキ……」

 

マニピュレーターの隙間から、鮮血が滴り落ち

 

潰れた花のようにぐったりとしたマロンの体が地面に落下した。

 

 

【怒りの最下層チーム】

 

時が止まった。

 

そして、次の瞬間、世界が赤く染まった。

 

 

「うおぉぉぉぉぉぉぉッ!!!!」

 

 

ビッグXの絶叫が轟いた。

 

彼は、ダッシュして、駐機していた作業用のクレーン車に飛び乗った。

 

MSではない。

 

生身同然の重機で、ドラッツェに特攻したのだ。

 

「ぶっ殺してやる!!」

 

クレーンのアームがドラッツェのコックピットハッチを強打する。

 

「ひぃッ!?」

 

同時に、ハンスと“教授”そして“ルーキー”も動き出していた。

 

彼らの目は、完全に据わっていた。

 

ハンスは、隠し持っていた対戦車ロケットを、ためらいなくドラッツェの関節に撃ち込んだ。

 

「……後悔するなよ。楽には死なさん」

 

ドラッツェが崩れ落ちる。

 

コックピットから引きずり出された海賊たちは

 

怒り狂った「穴熊部隊」によって叩きのめされた。

 

それは戦闘ではない。一方的な処刑だった。

 

 

【特別製のハロ】

 

「マロン! しっかりしろ!」

 

カツオが、血の海に沈むマロンを抱き起こす。

 

「……う……あ……ぁ……」

 

マロンの瞳から光が消えかけている。

 

体は……見るも無惨だった。

 

内臓破裂、全身骨折。

 

現代医療でも、助かる見込みはゼロだった。

 

「……パパ……」

 

「クソッ!クソッ!」

 

カツオは絶望した。

 

心理学も、MSの操縦技術も、ここでは何の役にも立たない。

 

その時、地面に転がっていたマロンの「ハロ」が、自動音声を発した。

 

『……バイタル低下……緊急保護モード移行……。

 脳波パターン保存可能……生体ユニット接続準備……』

 

「……なんだ、これは?」

 

カツオはハロのメンテナンスハッチを開いた。

 

中には、驚くべきことに、MSのバイオコンピューターにも匹敵する極小の生命維持装置と

 

脳組織を移植するためのインターフェースが組み込まれていた。

 

(……彼女の父親は、娘がいつか戦火に巻き込まれることを予期して、これを……!?)

 

カツオは叫んだ。

 

「ハンス中尉!ガレットを!急いで!」

 

「カツオ、まさか……」

 

「彼女の体はもう助かりません!でも、脳だけなら!このハロになら!」

 

 

【機械の棺】

 

ガレットのガレージ。 無影灯の下、血塗れの手術が行われていた。

 

執刀するのはガレットが手配した闇医者、助手にカツオ。

 

「……狂気だ」

 

闇医者が汗を拭う。

 

「人間の脳を、機械の玩具に移植するだと?サイコミュの実験体じゃあるまいし……」

 

「やるしかないんです!彼女を死なせたくない!」

 

カツオは、マロンの脳神経とハロの回路を、マイクロマニピュレーターで接続していく。

 

「……聞こえるか、マロン。パパが作ったこの箱が、君の新しい家だ……」

 

数時間に及ぶ手術。

 

マロンの肉体は、静かに冷たくなった。

 

そして、手術台に残されたのは、血を拭き取られたオレンジ色のハロだけだった。

 

「……終わったぞ」

 

闇医者がメスを置く。

 

全員が、息を呑んでハロを見守る。

 

数秒の沈黙の後。

 

ハロのカメラアイが、ゆっくりと点滅した。

 

『……お……にい……ちゃん……?』

 

スピーカーから流れたのは、合成音声ではない。

 

マロンの声だった。

 

だが、その声には、人間としての温かみはなく、機械的な響きが混じっていた。

 

「……マロン」

 

ビッグXが、その場に泣き崩れた。

 

「ごめんな……ごめんな……!」

 

『……体が……ない……。ここ……どこ……?』

 

ハロが、パタパタと耳(フラップ)を動かして浮遊する。

 

「……ここは、俺たちの船だ」

 

ハンスが、沈痛な面持ちで言った。

 

「マロン。お前は今日から、俺たちの仲間だ。……もう二度と、誰にも手出しはさせない」

 

 

手術から数時間後。

 

工業コロニー「バルドル」の夜明け前。

 

カツオたちは、マロン(ハロ)を連れて、ボーン・ヤードが停泊する裏ドックへと戻っていた。

 

空気は重かった。

 

マロンは生き延びたが、その代償はあまりにも大きかった。

 

ハロのカメラアイが、周囲の風景を機械的にスキャンしている。

 

かつての愛らしい少女の笑顔は、もうどこにもない。

 

『……街……暗い……。人……いない……』

 

マロンの合成音声が、静まり返った搬入路に響く。

 

「帰ろう、マロン」

 

カツオが、ハロを抱きかかえて、母船に向かった。

 

その目には涙が滲んでいた。

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