ガンダム一年戦争外伝 オデッサの最下層 -Underdogs' Chronicle-   作:Ginさん

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第63話 木星帰りの抜け殻 (The Shell of the Jupiter Returnee)

工業コロニー「バルドル」の夜明け前の裏ドック。

 

ゴミと廃油の臭いが立ち込める中、マロン(ハロ)の機械的な声が響いていた。

 

 

【ゴミ溜めの英雄】

 

『……生体反応……微弱。……おじさん……死にかけてる……?』

 

マロンのハロが、ドックの片隅にある資材置き場のシートを

 

小さなマニピュレーターでめくり上げた。

 

そこにいたのは、ボロ布を纏った一人の男だった。

 

肉体は見る影もなく痩せ細り

 

髭も髪も、雪のように真っ白になっていた。

 

「……う……うぅ……」

 

男は、高熱にうなされるように震えていた。

 

「……おい、アンタ。大丈夫か」

 

カツオ・イトウが駆け寄り、肩を揺する。

 

男は、虚ろな目を開けた。

 

その瞳は、深宇宙のような暗い色をしており、焦点が合っていない。

 

「……静かだ……」

 

男が呟いた。

 

「……声が、聞こえない……。光が……見えない……」

 

「何言ってるんだ?酔っ払いか?」

 

“ビッグX”准尉が鼻をつまむ。

 

「……俺は……」

 

男は、カツオの腕を弱々しく掴んだ。

 

「……俺の名前は……シャリア・ブル。……それ以外は、何も思い出せん……」

 

 

【燃え尽きた老兵】

 

「シャリア・ブルだと!?」

 

ハンス・シュタイナー中尉が、驚愕の表情で男の顔を覗き込んだ。

 

「馬鹿な……。ジオン公国軍の木星船団指揮官

 連邦の白い悪魔に撃破され戦死扱いになっていたニュータイプ部隊のエースか?」

 

ハンスは、男の手を取り、その掌を見た。

 

分厚いタコ。

 

それは、MSの操縦桿ではなく

 

長年、大型艦の舵や作業機械を扱ってきた『現場の男』の手だった。

 

「……本物か。だが、なぜこんな所に」

 

カツオは、男の脈を取りながら、心理学的な所見を述べた。

 

「……解離性健忘、あるいは重度のPTSDです。

 ……それに、何かが『欠落』しているような喪失感を感じます」

 

男――シャリア・ブルは、涙を流していた。

 

「……消えたんだ。……私を導いてくれた『光』が。

 ……宇宙の意思を感じ取る『触角』が……焼き切れてしまった……」

 

かつて彼を英雄足らしめていたニュータイプ能力。

 

ガンダムとの戦闘か、あるいは過酷な実験の果てか。

 

彼の脳の「特別」な部分は完全に死滅し

 

今はただの、心身ともに壊れた老人だけが残されていた。

 

 

【船に乗せる価値】

 

「……置いていこうぜ」

 

ビッグXが吐き捨てるように言った。

 

「俺たちの船は老人ホームじゃねえ。マロンはまだしも

 こんなボケた爺さん連れて行っても足手まといだ」

 

「……いや」

 

ハンスが、シャリア・ブルの目を見つめたまま言った。

 

「連れて行く」

 

「はあ!?中尉、正気かよ!」

 

ハンスは、シャリア・ブルに問いかけた。

 

「……おい、アンタ。ニュータイプの力は消えたと言ったな。

 ……だが、『木星への航路』は覚えているか?」

 

シャリア・ブルの虚ろな目に、一瞬だけ理性の光が宿った。

 

「……ヘリウム3の運搬ルート……。

 重力ターン……。エンジンの……鼓動……」

 

彼は、ドックに停泊している特務輸送艦「ボーン・ヤード」のエンジン音に反応し

 

耳を澄ませた。

 

「……第3燃料ポンプの……噴射圧が、0.2%……ズレている……」

 

ハンスはニヤリと笑った。

 

「聞いたか、ビッグX。こいつの『超能力』は消えたが

 『船乗り』としての腕は骨の髄まで染み付いてる」

 

ハンスは立ち上がった。

 

「俺たちはこれから、地図にない深宇宙へ逃げる。

 ……最高の『水先案内人(ナビゲーター)』が必要だ。たとえ、ボケた爺さんでもな」

 

 

【最下層の乗組員たち】

 

カツオたちは、シャリア・ブルを担架に乗せ、ボーン・ヤードへと搬入した。

 

船医などいないため、応急処置は再びカツオの役目だ。

 

ベッドに寝かされたシャリア・ブルは、天井を見つめながら呟き続けていた。

 

「……私は……役に立つのか……?『あの方』の理想を……守れなかった私が……」

 

『……おじいちゃん……泣かないで……』

 

マロンのハロが、ふわふわと浮き上がり、シャリア・ブルの胸の上に着地した。

 

『……私も……体、ないよ。……でも、ここにいるよ』

 

「ありがとう……お嬢さん(フロイライン)

 

機械の体になった少女と、心を失った老人。

 

二つの傷ついた魂が、互いに寄り添うように静かになった。

 

 

数時間後。ボーン・ヤードは、バルドルの港を離れ、再び暗黒の海へと船出した。

 

ブリッジでは、カツオが操舵を握り、ハンスが航路図を広げていた。

 

そして、エンジニア席には、まだ点滴を打ちながらも

 

震える手でコンソールを操作するシャリア・ブルの姿があった。

 

「……推進剤の混合比率を修正。……慣性制御、最適化……」

 

彼の指先が動くたび、船の微細な振動が消え、滑るような加速へと変わっていく。

 

「……すげえな」

 

ビッグXが舌を巻く。

 

「腐っても木星帰りかよ」

 

ハンスは、窓の外の星々を見つめた。

 

「連邦の脱走兵、ジオンの工兵崩れども、機械仕掛けのお嬢さん

 そして燃え尽きたニュータイプ……。

 地獄の釜の底でも、これほど酷いメンバーは揃わんぞ」

 

「最高の『アンダー・ドッグス』ですね」

 

カツオが苦笑する。

 

「マロンは酷くねえだろ!マロンは一輪の花だ。俺にとって特別な」

 

ビッグXが叫んだ。

 

『ありがとう……お兄ちゃん……』

 

マロンが涙ぐむ。

 

船は進む。

 

目指すは、サイド4の廃棄宙域「ムーア」である。

 

雷鳴と亡霊が支配するその場所で、彼らを待つ運命とは。

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