ガンダム一年戦争外伝 オデッサの最下層 -Underdogs' Chronicle- 作:Ginさん
暗礁宙域の静寂は、高機動スラスターの咆哮とビームの閃光によって切り裂かれた。
それは、教科書通りの戦闘ではなかった。
死神と、二人の踊り子による、命を懸けた舞踏だった。
【計算不能の変数】
『……チッ、ちょこまかと!』
グリム・ローゼンのゲルググ・イェーガーが
バックパックのスラスターを噴射し、デブリを蹴って後退する。
彼が放った精密射撃のビームは、ビッグXの機体が「いたはずの場所」を虚しく貫いた。
通常、MSの回避機動には「予備動作」がある。
脚部の踏み込み、重心の移動。
グリムのような熟練者は、それを読んで未来位置を撃つ。
だが、ビッグXの『ザクII・高機動【
「ヒャハハ!どこを撃ってやがる!俺はここだぜ!」
脚がないゆえに、重心移動のタメがない。背中の巨大スラスターと
姿勢制御用の「ボールのアーム」を振るうことで、物理法則を無視したような直角移動を繰り返す。
それはまるで、重力のない空間を滑るアイスホッケーのパックのようだった。
「いいぞ、ビッグX!そのままZ軸(上下)の不規則運動を続けろ!奴に照準を絞らせるな!」
ボーン・ヤードのブリッジから、カツオの指示が飛ぶ。
『了解だ、コーチ!目が回って吐きそうだぜ!』
グリムの意識が、この「不愉快なハエ」に釘付けになった一瞬。
その死角から、白い流星が突っ込んだ。
『もらったッ!!』
ハヤブサのR-1Aだ。
正規のエースパイロットらしい、無駄のない最短距離の突撃。
ザク・バズーカの砲弾が、ゲルググの横腹を襲う。
【狩人の修正】
ズドンッ!!
爆風がゲルググを揺らす。
だが、直撃ではない。
グリムは寸前でシールドを構え、致命傷を避けていた。
『……連携か。確かに厄介だ』
ゲルググのコックピットで、グリムは冷ややかに計器を確認した。
シールド損傷率15%。
『一機は、出鱈目な動きで私の計算を崩す「
もう一機は、その隙を突く正統派の「
即席にしては、よく調教された部隊だ』
グリムの目が、獲物を観察する猛禽類の色に変わる。
『だが、カオスには法則がない。ゆえに、脆い』
ゲルググ・イェーガーが加速した。
標的はハヤブサではない。ビッグXでもない。
グリムは、周囲に漂う無数の『スペースデブリ』に向けて、ビーム・マシンガンを連射した。
【鉄の雨】
「なっ……!?奴め、どこを撃って……!」
ハンスがモニターを見て叫ぶ。
直後、ビームによって切断され、加熱された巨大な鉄骨の破片が
散弾のようにビッグXの周囲に降り注いだ。
「うおぉっ!?」
ビッグXが慌てて回避する。
だが、相手は「面」で来る鉄の雨だ。
ガンッ!ガギンッ!
装甲の薄いスラスター・ユニットに、鉄屑が激突する。
『予測できない動きなら、動ける空間そのものを潰せばいい』
グリムの声が通信機に響く。
『脚のない踊り子よ。足場がなければ、踊れまい?』
ビッグXの動きが鈍った瞬間、ゲルググの銃口が、今度こそ彼を捉えた。
「ビッグX!下がれ!右スラスターをやられてる!」
カツオが絶叫する。
【老人の眼、若者の機転】
その時、ブリッジの隅で沈黙していたシャリア・ブルが、カッとした目を見開いた。
「……いかん!奴の狙いはザクではない!その奥だ!」
「えっ?」
シャリアの視線の先。
ビッグXの背後には、ドロスの残骸の一部――かつての「推進剤貯蔵タンク」が漂っていた。
グリムの射線は、ビッグXを貫通し、そのタンクを撃ち抜くコースだ。
「誘爆させる気か!全機、衝撃に備えろ!!」
カツオの警告と同時に、グリムがトリガーを引いた。
閃光。
そして、宇宙空間を白く染め上げる大爆発。
爆風が、ビッグXとハヤブサ、そして後方のボーン・ヤードをも激しく揺さぶる。
衝撃波でセンサーが焼き付き、視界がホワイトアウトする。
『終わりだ』
爆炎の向こうから、漆黒の影が飛び出した。
ゲルググがビーム・サーベルを抜き放ち、姿勢を崩したハヤブサのR-1Aに斬りかかる。
ハヤブサは回避行動が取れない。
『しまっ……!』
その時。
爆風の中から、一本の「腕」が伸びた。
ガシィィッ!!
ゲルググの腕を掴んだのは、MSのマニピュレーターではない。
作業用ポッド「ボール」の、細く、しかし強靭な作業用アームだった。
『なにっ!?』
「……捕まえたぜ、インテリ野郎」
黒煙の中から、装甲が焼け焦げたビッグXの機体が現れた。
彼は、とっさに背中の「第三の腕(ボール・アーム)」を伸ばし
死角からグリムの腕を拘束したのだ。
「俺は元々、トンネル屋だ!爆発も衝撃も、日常茶飯事なんだよ!!」
ビッグXが吼える。
「今だ、ハヤブサァァッ!!」
【撤退のシグナル】
『恩に着る、
ハヤブサのR-1Aが、至近距離からヒート・ホークを振り下ろす。
グリムは舌打ちし、拘束された腕をパージ(強制排除)する覚悟を決めたが――
その直前、彼のセンサーが新たな反応を捉えた。
ドロスの残骸から、無数の光が灯り始めていた。
旧ザク、作業用ジム、ボール。
ハヤブサの危機を感じ取った、ドロスの亡霊たちが、次々と武器を持って現れたのだ。
『……チッ。ハイエナどもが目を覚ましたか』
グリムは即座にスラスターを逆噴射し、ビッグXを蹴り飛ばして距離を取った。
一対二なら勝てる。
だが、一対多数、しかも地の利のない迷宮での乱戦は、特務士官の戦い方ではない。
『……いいだろう。今日のところは預けておく』
グリムのゲルググは、デブリの影に溶け込むように後退していく。
『だが忘れるな。ドロスの位置は特定した。次は艦隊を連れてくる。
……その時が、貴様らの本当の最期だ』
漆黒の機体は、闇へと消え去った。
「……逃げたか」
カツオは、コンソールに崩れ落ちるように息を吐いた。
冷や汗で背中がびっしょりだった。
「勝ったわけじゃない。……見逃されただけだ」
ハンスが、厳しい表情でモニターを見つめる。
そこには、片側のスラスターから煙を吹くビッグX機と、装甲に傷を負ったハヤブサ機が
互いの無事を確認するように漂っていた。
「……だが、生き残った」
シャリア・ブルが、静かに言った。
「それが全てだ。……今はな」
ボーン・ヤードのハンガーに帰還したビッグXは
コクピットから降りるなり、ヘルメットを脱ぎ捨てて叫んだ。
「見たかコーチ!俺の『第三の腕』の威力!あいつの腕、へし折ってやったぜ!」
「ああ、よくやった。……だが、機体はボロボロだぞ」
カツオは苦笑しながら、彼を迎えた。
勝利の余韻に浸る暇はない。グリムは必ず戻ってくる。
そして、彼らが守ろうとした「HADES」の秘密は
もはや時限爆弾のスイッチが入ったも同然だった。
「……ハヤブサ大尉から入電です」
"教授"ビタムが告げた。
『……礼を言う。そして、話がある。……我々が守ってきた【呪い】について』