ガンダム一年戦争外伝 オデッサの最下層 -Underdogs' Chronicle-   作:Ginさん

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第68話 死神の計算 (The Reaper's Calculation)

暗礁宙域の静寂は、高機動スラスターの咆哮とビームの閃光によって切り裂かれた。

 

それは、教科書通りの戦闘ではなかった。

 

死神と、二人の踊り子による、命を懸けた舞踏だった。

 

 

【計算不能の変数】

 

『……チッ、ちょこまかと!』

 

グリム・ローゼンのゲルググ・イェーガーが

 

バックパックのスラスターを噴射し、デブリを蹴って後退する。

 

彼が放った精密射撃のビームは、ビッグXの機体が「いたはずの場所」を虚しく貫いた。

 

通常、MSの回避機動には「予備動作」がある。

 

脚部の踏み込み、重心の移動。

 

グリムのような熟練者は、それを読んで未来位置を撃つ。

 

だが、ビッグXの『ザクII・高機動【最下層(アンダードッグ)】カスタム Ver.2.0』には、その常識が通用しない。

 

「ヒャハハ!どこを撃ってやがる!俺はここだぜ!」

 

脚がないゆえに、重心移動のタメがない。背中の巨大スラスターと

 

姿勢制御用の「ボールのアーム」を振るうことで、物理法則を無視したような直角移動を繰り返す。

 

それはまるで、重力のない空間を滑るアイスホッケーのパックのようだった。

 

「いいぞ、ビッグX!そのままZ軸(上下)の不規則運動を続けろ!奴に照準を絞らせるな!」

 

ボーン・ヤードのブリッジから、カツオの指示が飛ぶ。

 

『了解だ、コーチ!目が回って吐きそうだぜ!』

 

グリムの意識が、この「不愉快なハエ」に釘付けになった一瞬。

 

その死角から、白い流星が突っ込んだ。

 

『もらったッ!!』

 

ハヤブサのR-1Aだ。

 

正規のエースパイロットらしい、無駄のない最短距離の突撃。

 

ザク・バズーカの砲弾が、ゲルググの横腹を襲う。

 

 

【狩人の修正】

 

ズドンッ!!

 

爆風がゲルググを揺らす。

 

だが、直撃ではない。

 

グリムは寸前でシールドを構え、致命傷を避けていた。

 

『……連携か。確かに厄介だ』

 

ゲルググのコックピットで、グリムは冷ややかに計器を確認した。

 

シールド損傷率15%。

 

『一機は、出鱈目な動きで私の計算を崩す「混沌(カオス)」で

 もう一機は、その隙を突く正統派の「秩序(コスモス)」か……。

 即席にしては、よく調教された部隊だ』

 

グリムの目が、獲物を観察する猛禽類の色に変わる。

 

『だが、カオスには法則がない。ゆえに、脆い』

 

ゲルググ・イェーガーが加速した。

 

標的はハヤブサではない。ビッグXでもない。

 

グリムは、周囲に漂う無数の『スペースデブリ』に向けて、ビーム・マシンガンを連射した。

 

 

【鉄の雨】

 

「なっ……!?奴め、どこを撃って……!」

 

ハンスがモニターを見て叫ぶ。

 

直後、ビームによって切断され、加熱された巨大な鉄骨の破片が

 

散弾のようにビッグXの周囲に降り注いだ。

 

「うおぉっ!?」

 

ビッグXが慌てて回避する。

 

だが、相手は「面」で来る鉄の雨だ。

 

ガンッ!ガギンッ!

 

装甲の薄いスラスター・ユニットに、鉄屑が激突する。

 

『予測できない動きなら、動ける空間そのものを潰せばいい』

 

グリムの声が通信機に響く。

 

『脚のない踊り子よ。足場がなければ、踊れまい?』

 

ビッグXの動きが鈍った瞬間、ゲルググの銃口が、今度こそ彼を捉えた。

 

「ビッグX!下がれ!右スラスターをやられてる!」

 

カツオが絶叫する。

 

 

【老人の眼、若者の機転】

 

その時、ブリッジの隅で沈黙していたシャリア・ブルが、カッとした目を見開いた。

 

「……いかん!奴の狙いはザクではない!その奥だ!」

 

「えっ?」

 

シャリアの視線の先。

 

ビッグXの背後には、ドロスの残骸の一部――かつての「推進剤貯蔵タンク」が漂っていた。

 

グリムの射線は、ビッグXを貫通し、そのタンクを撃ち抜くコースだ。

 

「誘爆させる気か!全機、衝撃に備えろ!!」

 

カツオの警告と同時に、グリムがトリガーを引いた。

 

閃光。

 

そして、宇宙空間を白く染め上げる大爆発。

 

爆風が、ビッグXとハヤブサ、そして後方のボーン・ヤードをも激しく揺さぶる。

 

衝撃波でセンサーが焼き付き、視界がホワイトアウトする。

 

『終わりだ』

 

爆炎の向こうから、漆黒の影が飛び出した。

 

ゲルググがビーム・サーベルを抜き放ち、姿勢を崩したハヤブサのR-1Aに斬りかかる。

 

ハヤブサは回避行動が取れない。

 

『しまっ……!』

 

その時。

 

爆風の中から、一本の「腕」が伸びた。

 

 

ガシィィッ!!

 

 

ゲルググの腕を掴んだのは、MSのマニピュレーターではない。

 

作業用ポッド「ボール」の、細く、しかし強靭な作業用アームだった。

 

『なにっ!?』

 

「……捕まえたぜ、インテリ野郎」

 

黒煙の中から、装甲が焼け焦げたビッグXの機体が現れた。

 

彼は、とっさに背中の「第三の腕(ボール・アーム)」を伸ばし

 

死角からグリムの腕を拘束したのだ。

 

「俺は元々、トンネル屋だ!爆発も衝撃も、日常茶飯事なんだよ!!」

 

ビッグXが吼える。

 

「今だ、ハヤブサァァッ!!」

 

 

【撤退のシグナル】

 

『恩に着る、最下層(アンダードッグ)!!』

 

ハヤブサのR-1Aが、至近距離からヒート・ホークを振り下ろす。

 

グリムは舌打ちし、拘束された腕をパージ(強制排除)する覚悟を決めたが――

 

その直前、彼のセンサーが新たな反応を捉えた。

 

ドロスの残骸から、無数の光が灯り始めていた。

 

旧ザク、作業用ジム、ボール。

 

ハヤブサの危機を感じ取った、ドロスの亡霊たちが、次々と武器を持って現れたのだ。

 

『……チッ。ハイエナどもが目を覚ましたか』

 

グリムは即座にスラスターを逆噴射し、ビッグXを蹴り飛ばして距離を取った。

 

一対二なら勝てる。

 

だが、一対多数、しかも地の利のない迷宮での乱戦は、特務士官の戦い方ではない。

 

『……いいだろう。今日のところは預けておく』

 

グリムのゲルググは、デブリの影に溶け込むように後退していく。

 

『だが忘れるな。ドロスの位置は特定した。次は艦隊を連れてくる。

 ……その時が、貴様らの本当の最期だ』

 

漆黒の機体は、闇へと消え去った。

 

 

「……逃げたか」

 

カツオは、コンソールに崩れ落ちるように息を吐いた。

 

冷や汗で背中がびっしょりだった。

 

「勝ったわけじゃない。……見逃されただけだ」

 

ハンスが、厳しい表情でモニターを見つめる。

 

そこには、片側のスラスターから煙を吹くビッグX機と、装甲に傷を負ったハヤブサ機が

 

互いの無事を確認するように漂っていた。

 

「……だが、生き残った」

 

シャリア・ブルが、静かに言った。

 

「それが全てだ。……今はな」

 

ボーン・ヤードのハンガーに帰還したビッグXは

 

コクピットから降りるなり、ヘルメットを脱ぎ捨てて叫んだ。

 

「見たかコーチ!俺の『第三の腕』の威力!あいつの腕、へし折ってやったぜ!」

 

「ああ、よくやった。……だが、機体はボロボロだぞ」

 

カツオは苦笑しながら、彼を迎えた。

 

勝利の余韻に浸る暇はない。グリムは必ず戻ってくる。

 

そして、彼らが守ろうとした「HADES」の秘密は

 

もはや時限爆弾のスイッチが入ったも同然だった。

 

「……ハヤブサ大尉から入電です」

 

"教授"ビタムが告げた。

 

『……礼を言う。そして、話がある。……我々が守ってきた【呪い】について』

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